女の首を所望いたす

陸 理明

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 岩崎城には、六法山の麓にある妙仙寺へと続く抜け穴が存在していた。
 寺の境内の松の根本に過去の丹羽家の当主が時間をかけて掘りぬいたもので、住職の日洲徳鯨と丹羽家の主幹しか知りえない秘密であった。
 歴史上も何度かいくさの際に使用されている。
 その抜け穴を通らず、氏重は月毛の愛馬に乗って妙仙寺にやってくると、裏手にある竹ノ山を登っていった。
 城内の女子供を妙仙寺にまで避難させる手配が終わり、やや時間ができたため、故郷の景色を目に焼き付けておきたいと願ったのである。
 竹ノ山はこの地域で最も高い山であるため頂に立つと、南に伊勢の海、北に小牧山から木曽御岳、西に伊吹から鈴鹿の山並み、反対側の東には猿投の御山から三河へと続く山々が一望できる。
 氏重はこの景色が好きだった。
 生まれ故郷。この土地しか知らないからこそ、よそと比較したりすることもない。少年少女特有の遠方への憧れもなく、どこかへ旅をしようとも思わない。
 兄の氏次が甲州征伐に向かったときに同行するということもできたが、あえて選ばなかった。
 まだ、父である氏勝が織田信長に許されていなかったため、岩崎城を空けておくことができなかったこともある。

「それでも、兄上と甲州に行くべきだったでしょうか」

 わざわざ付き添いにきてくれた日洲徳鯨はその言葉を聞き流さなかった。

「……若は、皮膚が崩れおちてとけていく疱瘡にかかって、長年療養なさっているということになっておりましょう。ご領地から一歩もでないですませられるようにという、大殿と殿のご配慮でございます。ありがたくお受けしておくのが孝というものでございますよ」
「丹羽の家は兄上がいなければなりたたない。氏重が強き男であれば、みなに迷惑をかけずに済んだのですが……」
「領民はわかっております。若のお悩みについて。華のある武士であることも」
「和尚様、ありがとうございます」
「なんの」

 日洲徳鯨にとって、氏重は孫のようなものだった。
 物心つく前から面倒を見てきたのである。
 この見目麗しい若き武士がここまで大きく育ってくれたことについて感慨深くさえもあった。

「ただ、氏重も兄上について小牧山へと向かいたかったです」

 城では氏次が八百の兵を率いて出陣する準備を進めていた。
 最初の軍議で決まった通り、岩崎城を守備するために氏重と加藤景常が残ることになっていた。
 直接の家臣以外は領民兵という頼りない三百人であったが、ともに戦ってくれるというだけで氏重にはありがたい。
 敵に回っているのは、羽柴秀吉を中心としたもと織田の精兵。仮にいくさとなったら瞬く間に殲滅されかねない兵力ではあったが。

「……若、あれを」

 やや寛いだ雰囲気で景色を眺めていた日洲徳鯨の目が鋭く光り、人差し指がとある一点を指し示す。
 氏重の視線が追う。
 かすかな煙があがっていた。
 見間違えようのない、火によるものだった。
 しかも、方角からしてそこは小牧山の周辺である。
 岩崎城には本多正信の使いによって、徳川軍の主力が羽柴軍の占領している犬山城を目指しているという報告があったばかりだ。
 その犬山城から南に一里ほどいったさきに小牧山がある。
 かつて信長が築城して清州から移った土地だが、尾張平野にぽつねんと存在しているため、囲まれたら逃げ場がないということで短い期間しか居住しなかった来歴がある。
 煙はいくさによるものというよりも、むしろ何らかの合図のための狼煙であろうと日洲徳鯨は判断した。
 ついに、徳川と羽柴の戦いが始まるということである。
 氏重は飛ぶように竹ノ山を下っていき、馬を走らせ、岩崎城へと駆け戻った。
 
「家康さまが小牧山に陣を張り終えたという合図だ。先だっての本多殿の使いのものが告げていた通りとなったな。夜になってから、祖父右衛門は十五人ほど連れて、徳川方に氏次がいくと伝えろ。わしは朝になったら本隊を連れていく」

 これは城の周囲に羽柴方の間者がいることを警戒しての発言である。
 それに、氏次自身、岩崎城の守備を命じられているのに徳川本陣に推参することで混乱を招きかねない。事前に根回し的な報告をしておこうということだった。
 祖父右衛門は加藤景常の弟として、丹羽方の主幹の一人で、気の利く男だった。
 氏次の意図を確実に読み取って動いてくれることだろう。

「承知」

 夜の移動ということもあって祖父右衛門が小牧山に到着したのは、翌朝の巳の刻のことであった。
 そのとき、すでに戦闘は起こっていた。
 犬山城を目指していた徳川の兵が八幡林に潜み、近づいてきた森長可の物見の兵を鉄砲で撃ち殺し、槍を持った歩兵が本隊に突撃していたのである。
 この時、鬼武蔵こと森長可は大変珍しいことに焦っていた。
 なぜなら、徳川の支配下にあった犬山城を舅である池田恒興が占領するという武勲をたてていたからである。
 恒興はもともと犬山城主であったことからか、城下のものにも親しいものが大勢おり、彼らを内応させることで簡単にほぼ無血のうえ短時間で奪い取ったのである。
 例え、舅が相手とは言え、手柄を先にとられたとあっては猛将の名が泣く。
 長可は南の羽黒へと進出し、小牧山に陣を張ろうとしていた。
 確かに、徳川軍がそこに陣を張ろうとしていたことを考えれば、先に長可が占領することで有利な布陣を敷くことができる。
 ただし、時機が悪かった。
 すでに小牧山は電光石火の機動性を発揮した徳川軍によって奪取されており、そこから派遣された酒井忠次・榊原康政・奥平信昌らの五千の兵が待ち伏せていたのである。
 八幡林と、南にある桑畑に配置された兵によって挟撃され、長可自身まで傷を負う劣勢に立たされてしまう。
 名槍・人間無骨を持ち、突破力は織田軍団で随一と恐れられた森隊であったが、不意を突かれればもろい部分がある。
 乱戦になればなるほど敗色が濃厚となっていった。
 犬山城の恒興がすぐに援軍をよこさなかったために、森隊は見殺しに近い状態となっていく。
 さすがの猛将長可も撤退を余儀なくされ、

「殿、ここは拙者が!」
「任せた!」

 長可の次に槍の達人と言われた野呂助三郎がしんがりとなり、榊原隊を食い止めている間に森隊はなんとか脱出に成功する。
 この戦いは完全な森隊の敗北に終わるが、丹羽方にとっては痛恨の事態がおきてしまう。
 小牧山についたおり、地元の地形に詳しいということで徳川軍の案内役に抜擢された祖父右衛門が流れ矢を受けて戦死してしまったのである。
 また、十五名の丹羽勢のうち十三名も死ぬという最悪の結果で終わったのだ。
 この初戦ののち、八百名を四隊に分け、家老の鈴木秀澄・光澄に率いらせると、氏次らは三月十八日に小牧山に到着する。
 榊原康政によって四方に砦を配され、城塞を整備されると小牧山は野戦の得意な家康の手により、強固な野戦陣地として完成した。
 ここに剛勇の誉れも高く忠実な氏次が加わったことで、家康はかなり安堵した。
 兵力では劣るとしても、自分にとって都合のいい戦略の形に持ち込めたという自負があったからである。
 ただ、そんな彼にとってわずかだが不安の種は残っていた。

(――あの鬼武蔵が一敗地に塗れたままで黙って引き下がるとは思えんのぉ。さて、どんな乱暴なことをしでかしてくるか……)

 本来ならば杞憂といってて考えであったが、その予測は的中てしまう。

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