女の首を所望いたす

陸 理明

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 秀吉は、三月二十一日になって大坂城を出発し、近江から東山道を通って美濃に入り、二十四日に岐阜に辿り着いた。
 犬山城入りは二十七日のことである。
 翌日になると、小牧山にむかう楽田・羽黒・小松寺といった地域に砦を築きつつ進軍し、本陣自体は楽田に置く。
 この日を境に両軍は睨み合う形となる。
 ともに野戦。数十年後に起きる関ヶ原と違い、まったく両軍の動きがないままの膠着状態に陥り、互いに手の内を明かさないまま数日が経つ。
 森長可と池田恒興の率いる中入りの部隊が、犬山からこっそりと離れていったのは翌月七日の夜半のことであった。

 軍の編成は、
 第一隊 池田恒興・之助 七千
 第二隊 森長可 三千
 第三隊 堀秀政 五千
 第四隊 三好秀次 一万

 計二万五千である。
 正直なところ、長可からするとあまりにも多い兵数であった。

(足手まといにしかならん)

 三河の入り口にあたる鳴海付近に前線基地を築くための兵が加わっているからであるが、奇襲強襲のための部隊としては非合理である。
 これでは、中入りという難易度の高い作戦をこなすのがさらに困難となる。

「――傾いたなりが無駄にならんといいが」

 森長可はこの戦いに雪辱がかかっている。
 武士として、恥に塗れた先の戦いでの評判を覆さなくてはならない。
 そのため、いでたちも特に傾いたものを選んだ。
 白装束で全身を固め、漆を塗って光沢のある黒づくめの鎧をまとい、金襴の陣羽織をはおり、鹿の角をたてた黒鉄の兜をかぶった。
 武装は、森家伝来の鶴の丸の大太刀と小姓に持たせた人間無骨の大槍である。
 人の骨をないもののように切り裂く人間無骨は、長可にとって旗印にも等しいものであった。
 これほどひときわ目立つ格好をしたのは、次の戦いに必ず勝ち、派手に鬼武蔵の名を喧伝するためである。
 武士たるもの、討ち死にしたとて当然のものとして受け入れねばならない。しかも、こそこそと目立たないおかげで敵に気づかれず生き残るのは恥である。
 敵に挑戦されたら、誇りがある限り乗らなければならない。
 それが森長可の目指す武士の在り様であった。
 戦国の世において、多くの武士が恥知らずで生き汚いものばかりになっていようと、彼はそうはなりたくなかった。
 だからこそ、長可はこのいくさ中に書いたとされる遺言状に、

『おこう事京の町人に御取らせ候へく候。薬師のやうなる人に御し付け候へく候』

 と、書き残している。
 武士である自分の娘であるおこうを薬師などの町人の嫁にしてやってほしいということは、武家には嫁がせるなという意味だと考えらている。
 彼は、目指していた武士がいなくなり、薄汚れていく渡世に嫌気がさしていたのか知れない。
 ゆえに武士としての矜持のみは失いたくなく、羽黒での惨敗をなかったこととして屈辱を雪がずにいられなかったのではないか。
 中入りという困難な作戦を、手柄にガツガツとする功名心のみで挑戦するとはとても思えないからである。

      ◇◆◇

 暗い道を池田隊は進む。
 雑木ばかりの裏道を黙々と歩み、時折泥に足を取られ転倒する兵もいたがが、誰も責めたりはしない。静かな場所では人の声は大小を問わず目立ちすぎるからだ。隠密を第一にするためこのあたりは徹底していた。
 小牧の池場の物狂坂の難所を越え、大草から関田へと辿っていく。
 小牧を後方にして、東に太陽の気配がし始めたころ、遠方から鉄砲の音が響いてきた。
 秀吉の軍勢が徳川の陣めがけて発砲したのだ。
 打ち合わせ通りならば同時に幾つかの部隊が楽田から出て、威嚇めいた挑発行動を繰り返しているはずである。
 中入り部隊の動きを悟らせないようにするための陽動であった。
 こういった小賢しい真似をさせると秀吉という武将はとてつもなく上手い。この陽動について疑問を感じさせない程度に何度も行わせ、野戦の達人である家康の目を欺き切ったのである。
 そのためか、この時点では徳川方で池田・森による中入り作戦を見抜いたものはでていなかったという。
 部隊は篠木から柏井へと抜けたところで、休息に入った。
 ちょうど夕暮れを迎えていたということもある。
 とはいえ飯炊きのような真似は許さない。煙がでるためである。口にできるのは水とボソボソとした携行食だけであった。
 かつて信長しか成功していない作戦であるため、池田恒興も森長可もかなり慎重になっていた。
 もともと織田家の直轄であったが、今は徳川方が支配している土地だ。
 なり上がりものの秀吉を嫌っている層も多いため、徳川贔屓の地元民に知られたらすぐにでも進軍が筒抜けになってしまうおそれがある。
 もともと恒興とこの地域の地侍たちは長篠の戦いで陣を供にした戦友であるため、むしろ中入り部隊へ協力を申し出るほどであった。
 とはいえ、人間は数が増えれば派閥もできる。恒興に協力するものと敵対する者たちがいて当然であり、彼らが小牧山に報せに行かないという保証はない。
 下手な反感を買わないうちに三河へと到着しなければ作戦は失敗する。
 夜になってから再び部隊は動き出した。
 庄内川を渡り、なだらかな丘ばかりの長久手に入った。
 久手というだけあって、湿地ばかりの土地柄であり、鎧装備の武者や馬たちがまともに勧める道は細くならざるを得ず、部隊は南北一里に渡って伸びてしまう。
 その後、この土地が自分たちにとっての地獄となるとは夢にも思わず、池田隊は長久手の土地を過ぎ去った。
 そして、彼らは岩崎に差し掛かる。
 恒興はあらかじめ斥候を出して偵察をしていたが、小城であり三百人ほどの兵しか入らないという報告を受けていたため、無視して素通りすることに決めていた。
 これまでとは違い、小なりといえど城の傍を通るのであるから、馬の口には布を噛ませて極力無音のまま行こうとしたが、大軍の気配までは消すことはできない。
 岩崎城に詰めている兵たちは当然気が付いていた。
 九日の未明のことであった。
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