新日本書紀《異世界転移後の日本と、通訳担当自衛官が往く》

橘末

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第二章 西端半島戦役

第十七話 救出部隊の救出部隊

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「という訳で、我々は万屋小隊からの報告の報告に基づき、特殊作戦群と彼等が保護しつつあるであろう邦人拉致被害者の救出に向かう。
    諸君等から観ても、拉致被害者の救出そのものが失敗している可能性や、戦力の逐次投入などと突っ込みたい点は沢山あるだろう。
    正直、通信手段を大幅に制限する必要性に関しては、私も呆れそうになる話だ。
    だが、戦争とは予定通りに行かないものであり、これが普通なのだと思って堪えて欲しい。
    無駄足となる可能性もあるが、逆に多数の国民を救う事になる可能性も、充分にあると思われる。
    各員心して掛かる様に。
    私からは以上だ」

    マイクを通した声が、大音量で聞こえる。
    ここだけ見ると訳の分からない状況だ。
    状況を理解した上で傾聴している筈の隊員達も、心なしか困惑している。
    それどころか言っている艦長本人ですら、困惑を隠し切れていない様だ。
    どこか心にもない事を言っている様な、白々しい雰囲気である。

    それはそうだろう。
    実在するかも怪しいとされてきた、陸上自衛隊の最精鋭部隊が安否不明である上に、それを救出しようというのだ。
    今の激励らしき訓示を聞いたところで、奮い立つ様な気持ちよりも先に困惑が来るのは当然である。
    ましてや、訓示をする方ですら同じ様な気持ちなのだ。
    どこか困惑した空気のままであっても、仕方の無い事であろう。

    それでも任務は任務である。
    困惑から来る一瞬の沈黙を経たものの、輸送艦『みうら』の艦内は俄に慌ただしくなり始めた。
    困惑や戸惑いこそあったものの、動揺した様な素振りは全く見られない。
    表情も含めてとは言えないものの、彼等の動きを見るに通常通りの働き振りと言えよう。
    その辺りは流石であった。
    訓練の賜物である。
    どこぞの旧家出身の小隊長にも、是非見習わせたいものだ。

    ヘリが次々と飛び立つ中、暗い顔をすしている者が居た。
    階級章を見るに幹部である。

「我々の介入が分かり易くなるのは構わないんだろうか………………」

    何処にでも鋭い者は居るものだ。
    彼はその鋭さ故に悩んでいた。
    混乱の最中、普段ならば必ず気付くであろう問題点であっても、それに気付けない事は多い。
    そんな状況下であっても、普段と同様に判断や分析が出来る者は希であろう。
    そういった不測の事態に備えた訓練を行っている筈の自衛官ですら、その能力を最大限に引き出す事は難しい。
    その中でも彼は冷静であった。

    曰く『拉致被害者の救出』、曰く『解放を待ち望む市民』。
    そういったシチュエーションは、自衛官の心に火を灯すのだ。
    考えてもみて欲しい。
    死人を出す様な厳しい訓練。
    危険な割には安い給料。
    外で酒を呑めば絡まれれば、素人相手に抵抗する事も憚られる。
    不祥事があれば報道で叩かれ、そうで無くともデモで叩かれるのだ。
    退官した後であっても叩かれる場合もあった。
    災害派遣であっても、それすら非難する者までいる。
    彼等が意識を高く保つ為には、使命感が必要であった。
    強い使命感のある人間でなければ、とてもやって行ける職業ではない。

    故に彼等は、燃え上がりつつあった。
    最精鋭部隊の救出という、訳の分からない状況に困惑しつつも、国民を救い出すというシチュエーションである。
    不謹慎ではあるが、ある意味待ち望んでいた状況でもあるのだ。
    何せ国民を救出するとなると、非難は小さい。
    昨今のインターネットの発達により、非難を目的とした非難をする者は、逆に非難の対象となりつつある。
    特にマスコミの場合は中立という建前があるのだ。
    横槍を入れる事は困難であろう。

    デモが起こる可能性は高かいものの、その辺りは諦めの気持ちが強い。
    何故ならそういった連中は、最初から話を聞く耳を持っていない者が多いからである。
    それでいて、『自身の行動が正義である』と信じて疑わないのであるから、質が悪い。
    盲信っぷりが酷いからこそ行動を起こすのであろうが、あまりにも宗教染みているのだ。
    平和云々と言いつつも、暴徒と化して暴力を振るうケースもあり、それこそ彼等が盲信的である証拠と言えよう。

    今の状況は、それらに対する反動が起こったと言い切って良い。
    もちろん憂慮すべき事態である。
    熱気により判断力が低下している状況は、お世辞にも好ましいとは言えないだろう。
    しかし、熱気とは止め難いものである事も事実なのだ。
    そもそも救出部隊の救出という、考えそのものが熱気に押されての発想である。
    何故なら、救出しようという対象は国民だけでなく、陸自の最精鋭部隊なのだ。
    冷静さを保っているのであれば、それを救出しようなどとは考えないだろう。
    それこそ万屋の考えた様に、先ずはドローンを出すのが道理である。
    『みうら』艦内は熱狂とまで言わないものの、かなりの熱狂に包まれている事は明白であった。
    そして日本人の場合、こういった問題のある空気であっても、必ず読んでしまうという悪い癖がある。

    この空気を読むという行為は、別に悪い事に限らないのだ。
    少し位問題があっても、調和を保とうという心掛けは重要である。
    特に家庭内であれば、空気を読むという行為は美徳と言って良い。
    今回の場合は、あくまでも状況そのものが最悪であるからこそ、悪い事になるのである。
    空気を読んだ結果、状況が悪化するというケースは、家庭や友人関係といった私的な問題よりも、現状の様に公的な場合に起こり易いのだ。
    かつての大戦時の場合、日本の指導部は空気を読んでしまったが故に、負けの決まった戦争へと突き進んでしまう。
    空気を読んだ結果、亡国の道を歩んだのだ。
    こういった時、マスコミですら空気を読むのであるから、質が悪い。
    売れる為に空気を読み、勇ましい文章で紙面を飾り散々に煽る有り様であった。
    その様に、公的な事柄で空気を読んでしまうと、間違った事であっても引き返し難くなるのである。

    公に於いて空気を読む事の問題点は、それだけではない。
    責任の拡散という点は大きな問題であろう。
    例えば敗戦後に責任を感じて自決した、軍人は確かに存在した。
    しかし、その割合はドイツに較べると遥かに低いのである。
    空気を読むという事は、結果的に責任が拡散してしまうのだ。
    誰もが決断したという自覚を持たず、自身は空気を読んだだけという認識であった事実には、呆れるしかない。
    法的な責任こそ存在するものの、空気を読んだだけの指導者層にしてみれば、理不尽さを感じたのであろう。
    それ故に、自浄作用が鈍かったのである。

    だが考えて欲しい。
    たとえ空気を読んだだけであろうと道義的、法的責任は消えないのだ。
    そして、空気を読む事で国家を破滅へと導いたのであれば、そこに罪が無いとは言えないだろう。
    この事が、東京裁判の遡及的な面へと繋がるのは興味深い。

    指導者層が国内の刑法、軍刑法などで裁かれていれば、或いは自決者が多数出ていれば話は大きく異なった。
    連合軍としても、遡及的な面が強くなる事は避けたかった筈である。
    下手をすれば反発が起こり、占領統治に支障が出てしまうからだ。
    しかし、指導者層が裁かれなければ、今度は自国民からの不満が出る事になる。
    連合軍としてはそうなった場合の方が困まったのであろう。
    故に、日本の指導者層は遡及法によって裁かれたのである。
    真実の追求よりも、指導者層を裁く事が目的であった為に、東京裁判は茶番劇に近いものとなったのだ。

    奇妙な事に、連合軍はこの日本人の性質に気付かなかった様に見える。
    彼等は、日本が暴走した原因として最初に識字率の低さを疑う程、空気を読むという事に無知であったのだ。
(その際の調査によって、日本人の識字率の高さに驚愕したり、漢字の種類が多い為に様々な調査に支障が出た事で常用漢字を押し付けたりという事もあったが、それは別の話である)
    識字率の低い無知な国民が、無関心なままに始まった戦争であろうという発想であるが、一種の差別意識を伴った考えであろう。
    結局、連合軍は制度改革や新憲法という、表面上の改革こそ行ったものの、日本人の本質を理解する事は出来なかった為、精神面での改革は行わなかった。
    この事が日本人にとって幸であったか、不幸であったかは不明である。
    ただ、独自性を維持出来たという事だけは言い切れよう。

(戦火は最小限に抑えないと後が怖い。
    それは全員分かっているのだろう。
    だが、果たしてこれはその範疇なのかどうか……………………)

    そう、上から下或いは現場から霞ヶ関、制服組から内閣まで全員が、戦火の拡大を危惧していた。
    それは間違いの無い話であろう。
    要は、必要最低限の線についての問題なのだ。

    そもそも、日本という国に取って最低限必要なものは、既に獲得しつつあった。
    日本の様に工業の発展した島国の場合は、食糧や資源の輸入元と工業製品の輸出先に加え、海上交通路が維持されているだけで充分なのだ。
    そして、多種族連盟各国との仲介役は、ハイエルフ王国が買って出ている。
    これにより、西方大陸市場は確保されたも同然であろう。
    海上交通路を脅かす様な国家は存在しない為、これは最初から確保されている。
    中世的価値観の世界である為、掌を返されない様に軍事力は見せ付けなければならないが、それも小笠原での戦闘で既に達成していた。
    拉致被害者の救出に成功すれば、戦う理由は無くなるのだ。

    無駄に戦線を拡げる事は、正面戦力の増加だけで済む話では無い。
    必要物質の増加も意味するのだ。
    そしてそれはそのまま、通常の海上交通量に悪影響を与える。
    無意味に戦火を拡げる事は、国民も望まないであろう。
    益が無いのだ。
    しかし、相手が降伏するまで続ける事を容認する空気ならば、蔓延する可能性は充分にあり得る。

    そして、それはそっくりそのまま日華事変の再現となろう。
    強大な戦力を見せ付ける事で、譲歩を引き出せるのであればともかく、遠方へ遷都してまで徹底抗戦される可能性もあるのだ。
    相手は異世界の覇権国家という、行動を予想し難い存在である。
    下手に空気を読んで、流される訳にはいかない。
    幸いな事に超大国の介入や、国家予算の八割程を軍需に注ぎ込む様な風潮は無いが、それでも油断は出来ないだろう。
    古い事を直ぐに忘れてしまうのが、大衆の欠点なのだ。
    煽る者が居れば、危険な空気は生まれるだろう。

    奇妙な話である。
    日本は国交樹立という形で、最悪の状況から脱する目処が立ちつつあった。
    その上、圧倒的な技術力と戦力を保持しているにも拘わらず、危うい状況のままなのだ。
    それも、内側からの悪意無き空気に圧され兼ねないという、独特の脅威である。
    これを外部の人間が理解する事は、極めて困難であろう。
    現代の地球人であっても、理解し難いのだ。
    民意という概念すら無いこの世界の住人達では、余程研究しない限り困難であろう。

(こうなった以上、相手次第だな。
    冷静に判断出来る相手なら良いんだが………………)

    しかし、そんな期待は淡くも裏切られる。
    日本人は、中世に於ける唯一神教がどれ程盲信的であるか、実感を持って知らなかったのだ。
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