新日本書紀《異世界転移後の日本と、通訳担当自衛官が往く》

橘末

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第二章 西端半島戦役

第十六話 陽動の限界

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「潮時ってのは見極めるのがかなり難しいらしいけど、流石にこりゃあそろそろかなぁ…………」

    万屋はそう呟いた。
    陽動作戦開始から、既に三十分程経過している。
    敵は当初の混乱から立ち直り、遮蔽物に身を隠しつつあった。
    組織的に対抗策を講じているのだ。
    こうなると、陽動の意味は薄れる。
    万屋小隊の任務は敵の誘引だけでなく、敵を混乱させる事も含まれているのだ。
    万屋が『潮時』と言った理由はそれだけではなかった。
    当然の事であるが小隊という単位は、統率された城塞の守備隊を相手取る様な戦力ではない。
    あくまでも奇襲であるからこそ、何とか交戦し続けられたのだ。
    三十分も攻撃を続けていれば、奇襲の効果は薄れる。
    それだけでなく、こちらの位置が特定されてしまう危険性が高まるだろう。
    既にこちらの位置を特定されている可能性も、充分にあった。
    むしろ見付かっていない方が不自然である。
    それにも拘らず、敵が出て来ない理由は唯一つであろう。
    単純に攻めあぐねているのだ。

    武器の射程や速射性といった技術的格差、遠距離からの攻撃のみに限定された奇襲という考え方の違い。
    攻めあぐねる理由は山程あった。
    そんな状況でも戦闘が長引けば、何らかの切っ掛けで攻めて来られる可能性はある。
    もちろん相手次第であるが、相対しているのがそれなりの相手であった場合、僅かでも隙を見せれば危ういのだ。
    相手の情報が不足している以上、無茶をする事は出来ない。
    万屋の判断は的確であった。

「隊長も実戦を経て、勘が働く様になったんスね」

    霧谷が上から目線で言う。
    自衛隊という上下関係に厳しい職業であっても、上官によっては差が出る。
    万屋小隊の緩やかな雰囲気が、まさにそれであった。
    そんな気風の上に、霧谷は狙撃手という一種の職人である。
    そんな態度であっても、許される空気があった。
    せいぜい、山田に小突かれるぐらいで済むのだ。

「上から目線で言うな!」

「痛いッス!?」

    霧谷は不意討ちを喰らい、驚きの声を出した。

「だが、隊長の判断が正確なのは確かだな」

    山田は霧谷を小突きつつも、正しい点を誉める。
    何だかんだと文句を言っても、霧谷を一番可愛がっているのは山田なのだ。

「実際問題、このまま交戦し続けてはこちらの集中力が持ちません。
    特殊作戦群が、拉致被害者を連れて脱出するまで持たせるのは、かなり無理があります」

    山田は、作戦そのものに欠陥が有ったかの様な言い回しをした。

「今になってそんな事を言われても困るよ。
    俺に言われるのはもっと困る。
    あちらさんの遅れ問題だろう」

    万屋は大人気無く頬を脹らませ、不貞腐れた様に言う。

「その顔は止めてください」

    山田は呆れつつも諫める。
    たしかに指揮官のする顔では無い。
    いくら緩い気風の万屋小隊であっても、流石に止めなければ不味い一線というものはあるのだ。

    山田としては、緩い気風も改めて欲しいところであったが、それに関しては半分諦めている。
    こういった事は水の流れと同様に、上の方から下の方へと進むものであると、経験から知っていたのだ。
    その為、手遅れであると判断した上で、これ以上下に流されない様に注意する方針へ、早々と切り替えている。
    全て万屋のせいであるが、それを口に出す事は無い。
    何故なら、人前でなくともそれを言ってしまうと、指揮官の権威に傷が付くからである。

    この指揮官の権威というものは、二十一世紀という現代に於いても、必要とされているものだ。
    自衛隊の様に、上下関係を徹底している組織では、それを権威という形で明確化すしている。
    あまり徹底し過ぎると、外部から『軍国主義』だの『否理性的』だのと苦情が寄せられるが、それは間違いだ。
    『軍国主義』というものの定義はともかく、少なくとも諸外国の軍隊に於いても徹底されている。

    一般的に耳にする機会があるのは、海兵隊の訓練であろう。
    訓練中、聞くに堪えない罵声を浴びせられる事で有名な彼等であるが、それを無意味にやっている訳ではない。
    上下関係の徹底は、指揮系統の徹底に繋がるのだ。
    そして、それは作戦行動の円滑化へと続くのである。
    咄嗟の時に、誰に従うかを徹底しておく事で、不足の事態に於いても迅速に対応する事が可能なのだ。
    現代の日本社会では、警備業などを除いて廃れつつあるが、それは必要性が無いからである。
    それだけ平和である証拠とも言えよう。
    何かと言われる事もあるが、自衛隊では必要であると判断しているからこそ、徹底しているのだ。

    家庭があればそこで愚痴を溢す事も出来た。
    しかし、山田は一戸建てを買った後に離婚された、不幸なバツイチである。
    ストレスが溜まっても家に帰って酒を呑みつつ、独り言を言うしかないのだ。
    もっとも指揮官の権威を守る代わりに、仕事とは関係の無い愚痴は万屋が聞くので、そこはバランスが取れている。
    おかげで、万屋はローンだの面会権だのに詳しくなってしまうが、そこは自業自得であろう。

    そんな彼等のやり取りは、戦場であっても普段通りであった。

「よ??し!
    作戦そのものの問題は放って置いて、あちらさんの状況を推理しよう。
    作戦に遅れが生じている理由として、可能性が高いものは何だと思う?」

    万屋が仕切り直す様に言う。
    心なしか、表情も真面目そうだ。

「地球上の戦闘なら、それなりに予想出来ますがね…………。
    正直言ってお手上げです。
    変に警戒して、通信手段を無くしたのは失敗でしたね」

    山田が不吉な事を言う。
    これは珍しい事であった。
    普段であれば何か問題が生じても、大きな声でそれを指摘する事は無い。
    小隊の士気を維持する為である。
    何かを言うにしても、万屋にこっそりと耳打ちするぐらいであった。
    頼り気無い万屋を補佐する立場として、気を使っているのだ。
    にも拘らず、今はその気遣いが無い。
    これは奇妙な事であった。

(特戦群の連中を心配しているのか?
    あまり気を取られ過ぎると、こっちが困るんだけどな…………)

    万屋はそんな事を思いつつ、溜め息を吐く。
    山田の帰属意識は、未だに特戦群に寄っているのであろう。
    その事に寂しさを感じたのだ。
    それだけではない。
    万屋も、自身の頼り無さは自覚している。
    頼れる相手が、気を逸らしているという事実は、溜め息を吐くのに充分な理由であった。
    部下を良く観察しているという点は、万屋の数少ない美点であるが、それを活かせるかどうかは別の話なのだ。

「実際問題うちの隊としては、あとどれぐらい続けられるだろう?」

    結局、万屋は山田を頼る。
    それが一番ましな選択肢であると、信じ切っているのだ。

「五分もすれば各員、集中が乱れるでしょう。
    敵に気取られるかどうかは、分かりませんがね」

    これにも確証は無かった。
    そもそも敵の情報が、あまりにも少な過ぎるのだ。
    地形と大まかな人数以外、皆無と言ってよい。
    そこを技術的格差と奇襲効果、最後に火力でごり押ししようという作戦なのだ。
    それも、時間が惜しいという政治的理由から進められている。
    政治に振り回され、作戦内容も強引という状況下であるが、そのツケを払わされているのは万屋達、現場の人間だ。
    彼等は不運であった。
    後方の状況が悪過ぎるのだ。

    ただでさえ悪い場の空気は、余計に重苦しくなる。

「そもそも、特戦群の連中は無事なんスかね?」

    霧谷が空気を読まずに、疑問を口にした。
    これは最悪の展開である。
    国民国家が成立する以前、近世までの軍隊であれば士気が崩壊し、そのまま壊走し兼ねない発言であろう。
    所謂、『裏崩れ』というものの原因は、戦意の喪失にあるのだ。
    もちろん、現代国家の忠実な公務員たる自衛隊とは無縁の話である。
    そうならない様、心構えを含めて訓練を施しているのだ。
    しかし、士気に影響しないかといえば、それは別の話である。

「まあ、魔法みたいな不確定要素によって、劣勢或いは壊滅している可能性も、無くはないな」

    山田が無表情を作りながらそう言った。
    それを聞いた隊員達は、沈黙する。
    場の空気は、かつて無い程重苦しくなった。
    それは、万屋小隊にとって初めての戦闘となった、小笠原の時よりも思い程だ。

((霧谷、空気読めや))

    隊員達の心が一つになった瞬間である。

「ドローンでも有ればな………………」

    重苦しい沈黙の中、山田がボソリと呟く。
    彼が独り言を漏らすとなると、相当な重症である。

「よ、要請してみるかい?
    海自さんは持ってないかもしれないけど、うちで保有していれば『みうら』から飛ばせるだろう」

    万屋は気を使って、そう提案した。
    自身にお守りが必要であると、理解しているが故の発言である。

    実はこの行為、案外と難しい。
    人間誰しも、自身の無力さを認めたがらないものである。
    古今東西、古参の部下を頼らず自身の能力を過信する話は多い。
    軍隊に限って言えば、それが原因で敗北してしまうケースも多々あるのだ。

    古くは、身分制度の弊害であろう。
    例えば、君主の息子が張り切りすぎて古参の家臣の言葉を聞き入れず、その結果大失敗する。
    身分制度の存在した時代では、そんな例が枚挙に事欠かない。
    現代であっても、ワンマン社長の二代目が会社を傾けるケースは、希に見られる程だ。

    さて、現代の軍事面に限って見た場合でも、やはりその様な可能性は常に存在する。
    士官としての教育過程を修了したばかりの士官には、必ず古参の下士官が付くものなのだ。
    何故なら、古参の下士官による助言は、新米士官にとって貴重だからである。
    しかしながら、どれだけ前例があろうと過信する者は過信してしまう。
    場合によっては下士官の助言を無視した士官によって、小隊規模の部隊が窮地に陥る事もある。

    そんな中、万屋の素直に力量不足を認めるというところは、彼の数少ない美点と言えよう。
    それを認めている山田は微笑ましく思ったのか、苦笑する。

「隊長、心配しなくとも自分は大丈夫ですよ。
    少し気を取られたのは事実ですが、隊長の補佐をするのに支障はありません」

    山田はそう言って、気を緩めた様な穏やかな表情を浮かべた。
    もちろん、周囲のにやける様な視線に気付いたのか、直ぐにその表情は改まる。
    下士官にも士官とは異なるが、威厳が必要なのだ。

「う、うぅん。
    それで、隊長はどうされるおつもりですか?」

    咳払いをした山田は取り繕った顔のまま、そう訊ねる。
    どうするにせよ、今後の方針を決めなければならない状況なのだ。

「え、俺の意見!?
    俺としては、山さんの意見を報告した上で、『みうら』に指示を仰ぐつもりだったんだけど………………」

    万屋はキョトンとした表情を浮かべる。
    自分が決断する事だとは、思いもよらなかったのであろう。
    本気で意味が分からなさそうな顔である。

(見直した傍からこれだよ………………)

    山田は、溜め息を吐きそうになるものの、それを堪えて説教を始めた。
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