新日本書紀《異世界転移後の日本と、通訳担当自衛官が往く》

橘末

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第二章 西端半島戦役

第十五話 救出

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    パシュッという小さな音の後に、ドサッという何かが倒れる様な音が続く。
    奴隷商館の中では、そんな音が繰り返されていた。
    時折、二つの音の間でウッという小さな声も聞こえるが、それはあくまでも稀な事であり、大半は倒れる音のみであった。
    館内の兵士達も異変には気付いていたものの、その不気味な状況に対応出来る者は居ない。
    倒れる音はともかく、最初の小さな音は彼等にとって未知の音なのだ。
恐慌状態に陥らないだけマシといったところである。

    彼等がある程度の冷静さを保てた理由は、やはり小笠原諸島での経験であろう。
    怯えつつはあっても、現状が未知の兵器による攻撃である事は、それなりに理解しているのだ。
    あれだけ一方的な戦闘を経験していれば、その衝撃は大きい。
    それなりの耐性が出来るのは当然であった。
    軍隊組織という観点から考えると、状況を整理した上で何らかの対抗策を考えついているのが理想的ではあるが、それは流石に贅沢であろう。
    兵士達は、あくまでも兵士であって指揮官では無い。
    未知の新兵器への対策を考えるのは、百人隊長格以上の者達の務めなのだ。
    この場に居る者達の中で、もっとも最上位である組頭にしたところで、数十人の指揮を務める事はあっても、百人単位の指揮には縁の薄い話である。
    状況を受け止めているだけで、大したものであろう。

    ただし冷静と言っても、それはあくまでも小笠原諸島での戦いと、比較した話である。
    以前からの、彼等が慣れ親しんでいる様な魔法と矢が飛び交い、槍と剣を交わす様なありふれた戦場での、ありふれた敵と対峙しているのに比べれば、充分恐慌状態と言えよう。
    歴戦の彼等であったが、動揺を全く隠せていないのだ。

    動揺は部隊の行動にも現れていた。
    何を隠そう、奴隷商館への押し入りの事である。
    組頭が、普段通りの冷静さを保っていたのであれば、勅許商人の商館へ押し入る事など無かった筈だ。
    本来ならば組頭一人が冷静でなくとも、隊の誰かが止めたであろう。
    少なくとも、護衛を切り捨てる様な事は無かった筈である。
    その様な事態に陥っている状況こそが、彼等が動揺している証なのだ。

   冷静さを保てた理由としてもう一つ挙げるとすれば、諦めつつあったという可能性がある。
    小笠原諸島での一撃で、既に心を砕かれた兵士も少なからず居る筈なのだ。
    地球で言うところのシェルショックであれば、日常生活にすら支障が出る。
    そこまで行かなくとも、衝撃が大きかった事は想像に難くない。
    正常な戦闘行動が取れなくなってしまったとしても、不思議は無かった。
    何せ、シェルショックとは既知の戦争であっても、度々起こりうるのだ。
    未知の兵器による未知の攻撃を受けた結果として、心が砕かれてしまったという可能性も、充分にあろう。
    とにかく、奇襲を受けつつあった兵士達は、おそろしく鈍いながらも組織立った抵抗を行い、最後までその動きを止める事はなかったのである。

    一方で、兵士達が異変に気付いたのと同様、奴隷とされた日本人達もその騒ぎには気付いていた。
    しかし、その反応は様々だ。
    例えば、ドラマや映画で慣れ親しんでいる音とは微妙に異なる銃声を聞き、その事に不安を隠せない者。
    単純に、救援が来た事を予想して素直に喜ぶ者。
    小さな発砲音を聞き取れず、人の倒れる音だけを聞き取った者の中には、今以上に事態が悪化する可能性を危惧する者も居た。
    押し込み強盗の類いを想像したのだ。
    ほんの少数ではあったが、中には自衛隊が国外で戦闘を行っている事に、憤慨する者も居る。

    この様に、彼等の反応は奇怪と言って良い程様々であった。
    民主主義の確立した先進国民ならではの光景である。

「うるせぇ!
    静かにしやがれ!」

    だが、牢の中の騒ぎを聞き付けて地下牢まで降りて来た牢番から観れば、それは奇怪な光景でしかなかった。
    故に動揺したのであろう。
    今が普通ではない状況である事も、ここに居る奴隷が普通ではない奴隷であろう事も充分に承知しつつ、普段奴隷達が騒いだ時の様に怒鳴り散らした。
    動揺するのも無理もない話だ。
    牢番からしてみれば敗残兵に押し入られ、上役が揃って宥めている最中に、別の何者かに押し入られている状況なのだ。
    しかも、その何者かは商館の人間と敗残兵の区別をせず、謎の武器を使って双方を情け容赦無く討ち取っている。
    奴隷商館の牢番にしては聡明な男は、これが奴隷達の救出を目的とした襲撃である事を、漠然と感じていた。
    仮にこの何者かが、奴隷達の助けであったとしよう。
    おもしろい事に牢番の考えたその仮定は、中央大陸の常識から外れたものである。
    異様な発想と言っても過言ではない。

    そもそも普通に考えれば、町中にある奴隷商館を襲ったとしても、メリットは無い。
    皆無である。
    理由は複数あった。
    第一に奴隷商人とは職業柄、裏社会との繋がりを持つ者が多く、拐った奴隷を売り捌くのが困難であるという点だ。

    裏社会に関しては、転売だけが問題ではない。
    裏社会との繋がりがあるという事は、実力のある用心棒を雇う事も困難ではないという事でもあった。
    たとえ、そういった繋がりが薄い奴隷商館であっても、信用出来る真っ当な護衛を多数雇っている。
    どちらにせよ無防備な奴隷商館というものは、あり得ないのだ。
    これが第二の理由である。

    故に必然的に襲撃には大人数が必要となるが、その場合必要なだけの人数で利益を割っては、割りに合う様な取り分が出ないのだ。
    これが第三の理由となる。

    第四の理由として勅許商人ともなると、裏社会との繋がりこそ薄くしなければ不味いが、その代わりに御上との繋がりが強いという事が挙げられよう。
    役人と勅許商人の関係は大抵の場合、癒着と言っても過言ではない筈だ。
    そうなると、追手の追撃が激しくなる事は確実である。
    そうでなくとも、奴隷を連れての移動は困難となろう。
    以上の理由から、盗賊の類いが金目当てで奴隷商館を襲撃する、という可能性は全くと言っていい程無いのである。

    では、金目当て以外に襲撃される可能性はあるのか?
    たしかに、怨恨などの可能性ならば無くもないだろう。
    自身が罪に問われる覚悟と潤沢な資金、若しくは忠実な家臣さえあれば、そう困難な話でもない。
    しかし、勅許商人襲撃とは大逆罪にも等しいのだ。
    そこまで恨まれるという状況ならば、商館側も大いに警戒する筈であるが、牢番の目にその様な兆候は映らなかった。
    故にそれも否定される。

    最後に、非常識な可能性として挙げられるのが、奴隷達の解放であった。
    何故非常識なのかと言えば、この世界の政体のほとんどが、封建制度であるからだ。
    封建社会に於いては、権利が保障される立場などほんの一握りである。
    基本的に奴隷へと落とされた者を、国家が救出する義務は無い。
    そして、権利が保障される様な一握りの立場の者であれば、そもそも奴隷にまで落ちる事は無いのだ。
    万が一捕虜となっても丁重に扱われ、身代金と引き換えに解放されるのが、常である。
    中央大陸の場合、教会に知られる訳にはいかないものの、異種族の奴隷でさえもその者が高貴な立場であれば、こっそりと厚遇した上で同様に身代金交渉を行うのである。

    奴隷商館を襲うとなれば奴隷の救出以外に理由は無い。
    理屈の上ではあるが、他に考えられないのだ。
    故に牢番はそれを確かめようと、牢へ向かったのである。
    敵の襲撃が、本当に奴隷の救出を目的としたものであれば、奴隷達は揃って喜んでいる筈であった。

    しかし、彼等の反応は様々であった。

「どうなってやがる!?
    こいつらとは関係が無いのか!?」

    牢番は推測が外れ、訳の分からなくなった状況に恐怖する。
    推測通りであれば、自発的に牢から解放するといった、生存の為に何らかの対応策が用意出来た。
    彼は牢番であり、地下牢にある全ての鍵を管理する立場なのだ。
    商館の人間は皆殺しにされつつあったが、解放を待つ側に恩を売る事で、生き残る道も開ける。
    例えば自発的に鍵を開ける事で恩を売るのだ、
    そうすれば目こぼしされ、生き残る事も不可能では無い。
    男はそこまで考えていたのだ。
    奴隷商館の牢番という汚れ仕事に就いている割に、随分と頭が切れている。
    こういった仕事に就くからには、何か訳ありなのであろうか。
    もしくは裏社会で生きていく為に、自然と察しが良くなったのかもしれない。
    それでも、民主主義国家の市民感情までは、流石に理解出来なかったのは、仕方の無い事であろう。
    ともかく、彼は誤解してしまったのである。

(どうする…………
    関係あるかどうかはさっぱりだ…………
    一か八かこいつらを出してみるか…………)

    牢番が躊躇するのには訳があった。
    襲撃者達の正体に関して、奴隷達を救出しに来た者達という可能性よりも遥かに少ないものの、無視出来ない可能性があったのだ。
    その可能性とは、襲撃者達の目的が解放とは真逆であった場合である。
    もしも、襲撃者達の目的が奴隷達の殺害であった場合、恩を売るどころの話では無くなるであろう。
    足を引っ張られた腹いせに、惨たらしく殺されてしまうかもしれない。
    その可能性を考えると、簡単に動く訳にもいかなかった。

    牢番が躊躇したまま、数分の時が流れる。
    彼が躊躇している間にも、誰かが殺されていると思われる音は続いていた。

(終る可能性は…………
    そもそも今は何処だ?
    近くまで来ているのか?)

    こういった時、焦れば焦る程決められないものだ。
    頭の切れる牢番であったが、彼も例外ではない。
    残された時間が少ない事を知りつつも、頭が良いからこそ悩むのだ。
    いつの間にか奇怪な音は止み、館内には静けさが戻りつつあった。
    牢番は、楽観的な可能性にすがりたくなっていたが、それを堪えつつ思考を張り巡らせる。
    この様な時に現実から目を背けて楽観視すれば、直ぐに死んでしまうという事を理解しているのだ。
    かといって何かしらの行動を起こせる程の、潔さが彼には欠けていた。
    静かになったという事は、商人や商館に務める家人達だけでなく最初に押し入って来た兵士達をも含め、商館に居た者達が皆殺しにされた可能性が高い。
    牢番もその事は理解していた。
    自分が最後の一人である事を理解しつつ、この期に及んで何も出来ないのだ。
    頭が切れる。
    それが彼の長所であり、同時に限界であった。
    致命的なまでに、決断力が不足しているのだ。

ドンドンドンドンドン

    不意に乱暴なノックの音が響き渡った。
    地下牢へ続く階段を降りた所には、重い扉がある。
    それを叩く音である事は、冷静さを失った牢番にも容易に想像出来た。

(間に合わなかったのか…………。
    いや。
    まだ、どうにか出来る筈だ。
    何か生き残る方法がある筈だ…………)

    牢番は顔を蒼白にしながらも、考える事を止めない。
    諦めの悪さは見上げたものである。
    そうこうしている間に、ノックの音は体当たりの音へと変わってしまう。
    牢番は焦ったまま、必死に思考を巡らせた。

「これだ!!!」

    遂に何かを思い付いた牢番は、行動を起こす。
    彼は、その思い付きが素晴らしいものであると、信じて疑わなかった。

    そして数分後、遂に扉が破られる。
    扉を破った特戦群の隊員達の目に映る光景は、鍵の刺さったままになった牢の扉と、死んだ振りをして倒れている牢番の姿であった。
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