新日本書紀《異世界転移後の日本と、通訳担当自衛官が往く》

橘末

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第二章 西端半島戦役

第十四話 奇襲

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    兵士達が集まっていた為、強襲となる事も覚悟していた特戦群であったが、その覚悟は杞憂であった。
たしかに兵士達は、奴隷商館の内外に居るものの、外部からの襲撃に備えている様子は無い。
むしろ、商館の内側を見張っているのだ。
明らかに、館内から逃げ出される事の方を警戒している動きである。
包囲や封鎖と言っても過言ではないだろう。
それだけではなかった。
商館の見張りと兵士達は、何かを言い争っていた。
しかし、そんな状況下であっても流石に正規軍である。
外側を警戒している兵士は二人と、少数ながらも存在した。
そういった点で見ると、決して油断の出来ない相手である。
もっとも、彼等をよく見れば外側を向いているというだけであり、実態は言い争いの方に気を取られている様にも見えた。

    (これなら奇襲で行けるだろうな)

    通りの角に隠れつつ観察していた佐藤は、奇襲の成功を確信した。
油断している訳ではない。
あくまでも客観的に見た判断である。
外側を向いている兵士達は、明らかに気が散っているというのが、佐藤の見立てであった。
敵のいさかいは、随分と異常な事態なのであろう。
肩透かしを喰らった気分ではあったが、部下が安全であるのに越した事はない。
特殊作戦群は精鋭であり、育成には時間も予算もふんだんに掛けられている。
個人的な感情を除いても、簡単に死傷者を出す訳にはいかないのだ。
その為、佐藤には拉致被害者だけでなく、部下達の安全にも細心の注意を払う必要があった。
血気に逸る部下達にとってはともかく、佐藤としては都合の良い状況である。

    「スリーカウントで発砲。
目標の入口には、中へ押し入ろうとする勢力が居る様だが、奴隷商館の人間と区別する必要はない。
武器を持った相手に対しては、射殺を許可する。
入口周辺に居る武装集団を排除後に突入、目標を救出。
建物内部に於ける発砲の基準は入口での基準に準ずる。
ただし、万が一にも目標に当たらない様、細心の注意を払え。
以上だ」

    佐藤は、迷いつつもそう決断した。
政治的に危うくなりそうな決断であるが、気にはしていられない。
危うくなるのは政権であって、彼等ではないのだ。
それに作戦が失敗すれば、余計危うくなる事は想像に難くない。
これぐらいは現場の判断で、追認される範疇であろう。
小声での命令であったが、それを聞き逃す者はいない。
全員が了解の意思を伝えると、それぞれ態勢を整えカウントを待つ。
彼等は一般の隊員と異なり、修羅場には慣れている為であろう。
多少の差はあるものの、全員が落ち着き払っている。

    (天、人は揃っているな…………
地が無くとも、これなら行けるだろう)

    部下達の様子を見た佐藤は、益々奇襲の成功を確信した。
もともと、失敗する事など考えられない程、戦力には差があったのだ。
たしかに魔法という、予想もつかない要素は存在する。
油断は禁物であろう。

    しかし、一方で自衛隊は小笠原諸島の戦闘によって、魔法の威力はそう大きなものではない、という戦訓を得ていた。
近世に於ける擲弾程度の威力こそ有してはいるが、その射程は高々二十メートルにも満たない。
それに加え、術者によって個人差があるのだ。
不意討ちに対する警戒は必要であるが、基本的にそれ程恐れる様なものではなかった。
要するに、油断さえしなければ問題は皆無であり、敵を圧倒する事が可能なのだ。
そして、精鋭である特戦群に油断は無い。

    幸いにも、佐藤が少しばかり迷っている間に、状況は好転していた。
口論は押し問答となり、遂には死人を出すまでに至ったのだ。
それだけでは無い。
見張りを二人だけ残した上で、内部に押し入ったのだ。

    ここまで来れば、迷う理由は無い。
僅かな躊躇いも掻き消される程の好機である。
そして好機であると同時に、内部に居る邦人の危機である可能性もあった。
押し入った兵士達が何者であるかは不明だが、彼等が邦人に危害を加えない保証など、何処にも無いのだ。
佐藤は迷いを完全に打ち消し、突入する覚悟を決めた。

    「状況が変わったが、基本方針に変更は無い。
見張りを排除した後に一旦入口前で待機、調査をする。
ただし、余程の事がない限り直ぐに突入だ。
三、二、……、撃て!」

    普段の訓練通り手振りを交えてカウントし、指示を下す。
そして、自身も街角から飛び出した。

    パシュ、パシュ。

    消音機を使用した、小さな発砲音がする。

    ドサッ、ドサッ。

    直後に、人の倒れる音が響く。
見張りの兵士達二名に対しては声を出されない様に、一発で倒す事が求められる。
所謂、ヘッドショットという倒し方だ。
特戦群に所属している隊員のほとんどは、これを難無くこなして見せるのだ。
例外は、身体能力以外の特殊な才能を買われた隊員であるが、それは彼等が前線に出てくる事など滅多に無いからである。
ともかく、正面の障害である見張りの兵士達が、音も無く倒れたという事実は特戦群の高い実力を示していた。
もっとも見張りの兵士達が、重装歩兵や騎士の様に金属鎧を装備していれば、状況は違ったであろう。
その場合は、倒れた際に大きな音が響き渡った筈だ。
必然的に、見張りを倒した後は強襲となるだろう。

    耳の良い部下が、入口へ近付いて中の様子を窺った。
幸いな事に、内部の敵がこちらに気付いた様子は無い。
襲撃する側は、襲撃に対する警戒が薄くなるものなのであろうか。
軽装歩兵を配備したからといって、そこを軽視しているとも言い切れないが、結果的に敵の判断は失敗であろう。
佐藤は、敵の判断ミスの背景に人手不足があると見ていた。
無理もない話だ。
三十万の大軍が、僅か数百にまで減ったのである。
少なくとも、この場にいる敵はその残存戦力らしく、装備がバラバラであった。
おそらくは、臨時編成の部隊であろう。
見張りとして表に残した軽装歩兵と、中へ突入した軽装歩兵を比べても、装備の質や外見は大きく異なる。
中へ突入した重装歩兵などは、同じ装備ではあるものの数が少な過ぎた。
これでは、見張りとして重装歩兵を残す訳にいかなかったのも頷ける。
彼等は見張りを軽視せざるを得なかったのかもしれない。
とにかく、敵が入口の見張りを軽視していたにしても、してなかったにしても、入口に居たのが革鎧を着た軽装歩兵であった事は、特戦群にとって幸いであった。
もちろん幸運が無くとも、実力から考えれば作戦の成功は確実である。
だが、戦場で幸運があるに越した事はないのだ。

    「気付かれた様子は無いな」

    佐藤達は、油断無く周囲を確認する。

    「中では口論に留まっている様です。
少なくとも争ってはいません」

    耳の良い部下が佐藤に報告した。
石の壁は予想以上に厚い様だ。
さらに入口の中は、直ぐに突き当たりとなっている。
用途が用途なのだ。
中の様子を窺い難くする為、或いは奴隷の逃亡を防ぐ為に、複雑な構造となっているのであろう。
佐藤には何も聞こえない。
こういった状況では、この部下が頼りになる。

    「こう楽な任務だと、フラグを立ててしまいそうですね」

    部下の一人が、冗談を口にした。
余裕のある証拠だ。

    「余裕を持っても、油断はするなよ」

    佐藤は思わず笑いそうになるが、それを堪えて釘を指した。
自信を持つ事は重要であるが、だからと言って油断されては困る。

    「直ぐに突入しますか?
今なら、もう一度奇襲が成立しますけど?」

    中の様子を窺っていた耳の良い部下が、振り返ってそう言った。

    「信用していいんだな?」

    佐藤は、質問に質問を返す。
部下は黙って頷いた。
もちろん、特殊作戦群に引き抜かれた時点で、その実力は折り紙つきである。
当然、佐藤もその事は理解していたし、納得もしていた。
その質問には、何の意味も無いだろう。
それでも、佐藤は敢えて質問した。
周囲を落ち着かせる為である。
何の問題も無い事を示し、冷静さを保つ様に仕向けたのだ。

    (休暇が被ったら、何か奢ってやろう)

    佐藤は、心の中でそんなフラグを立てる。
ネタで思った訳ではない。
いくら上官であっても、厳しい訓練を乗り越えた立派な隊員に対して、その実力を疑う様な発言は無礼極まりないものである。
部下の方も、必要性を理解しているからこそ、何も言わずに頷いたのであるが、だからと言って不満に思わない訳がない。
必要に駈られてとはいえ、佐藤もその事は理解していた。
故にフォローが必要であると考えたのだ。

    「よし、突入する。
先程と同じくスリーカウントだ。
くれぐれも、目標への誤射には注意しろ」

    余程の事がない限り突入すると決めたのは、当の佐藤である。
信頼出来る部下の報告に基づき、予定通り突入する事は当然であろう。
佐藤は先程の決断とは異なり、何の迷いも持たなかった。

    「隊長、目標以外への配慮は………」

    ふと、部下の一人が何かに気付いたかの様に、恐る恐る疑問を口に出す。

    (今さら何を言っているんだこいつは?
攻撃前の説明で気付かなかったのか?)

    佐藤は鈍い部下に呆れ返った。

    「奴隷商館の人間と敵を区別するのは、現状極めて困難だ。
後は言わなくても分かるな」

しかし、何も言わないという訳にもいかない。
心底面倒くさそうであったが、一応は説明を加える。
無視などしようものなら、部下達からの人望は地に墜ちてしまう。
可能な限り疑問に答える事は、人心掌握術の一環として重要なのである。

    「は、はい………」

    部下は一転して蒼白い顔をした。
この様子では、全く気付いていなかったのであろう。

    (本気で気付いていなかったのか…………)

    佐藤は溜め息を吐きたくなるのを堪える。

    「特殊作戦群にスカウトされた時点で、こんな状況になる可能性は考慮していただろう?
テロリストだけを、間違いなく撃ち抜けるとは限らない。
非正規戦ってのは、そういうものだ。
理解はしているな?」

    佐藤は心配のあまり、そう問い掛けた。
配属されるより前に、確認済である筈の話だ。
この部下も、理解はしているのであろう。
心構えが出来ていなかっただけだ。

    (部下の心構えが出来ていない上、出来ていない事を把握していない時点で、指揮官失格だな………)

    佐藤は自虐的な思いに捕らわれる。
それ程までに、予想外な事態であった。

    「だ、大丈夫です。
理解はしております」

    このままでは、迷惑を懸けかねない事に気付いたのであろう。
部下は慌てて肯定した。
もちろんそれだけではなく、自身に異動命令が下される可能性も考えているのであろう。
どちらにしろ、動揺している事に変わりはない。

    (この状況で動揺されると、非常に困るのだがな………)

    佐藤は、その様子に危うさを感じた。
しかし、それを口には出さない。
本来、部下の精神状態に不安があるのであれば、彼一人に待機命令を出せば済む話であった。
少子高齢化の現代では、自衛隊であっても無理をさせる事は稀である。
自衛隊の場合は訓練でも無理をさせずに、ギリギリ無茶のラインまでに止める事が重要視されている。
だがこの様な場合、待機命令では逆に動揺が大きくなってしまうだろう。
今必要なのは、動揺を最小限に収める手段なのだ。

    「その様子なら、大丈夫そうだな。
よし、予定通りスリーカウントで突入する」

    佐藤はそう言わざるを得なかった。
上官が大丈夫と言えば自信も戻るであろう、という判断である。
少なくとも、これ以上悪くはなるまいという、希望的観測とも言えよう。

    (予定通りに行ける方がおかしいんだ。
これぐらい許容範囲だ)

    佐藤は不安を振り払うと、先程と同じ様に手振りの交ざったカウントを始めるのであった。
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