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第二章 西端半島戦役
第十三話 内紛
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「代行指揮官様から、命令が下った。
我々が連れて来た、タルターニャ人らしき奴隷達は、殺処分とする」
石造りの陰気な建物の前で、そんな宣告が為されたのは、万屋小隊の陽動攻撃から数分後であった。
宣告する側は、なにがなんでも目的を達成したいのであろう。
既に建物の正面は、複数の兵士達によって固められていた。
この様子では裏口の類いがあっても、回り込まれているだろう。
ここまでくると、軍事行動と言ってもよい。
ただし、偉そうに宣告してはいるものの、彼等は神聖軍の敗残兵である。
箝口令が出されてはいるものの、その事実は噂として広まりつつあった。
必然的に、彼等の立場は低いものとなる。
それ以前に、騎士や聖職者ならばともかく、リース代官が差配する勅許公営奴隷商人に対して平の兵士が命令するのは、不自然な光景であった。
立場の悪い敗残兵ともなれば、むしろ異様と言ってもよい。
何故なら、帝国の勅許を得た公営商人とは、貴族に準ずる存在であるからだ。
兵士からの無礼な振る舞いなど、許される事ではない。
勅許程度であれば、無礼打ちとはならないであろうが、それでも鞭打ち刑に処せられる程度には、大罪である。
これが恩賜であれば、間違いなく死罪であろう。
そんな事実が、状況を複雑化させていた。
「我等は勅許商人である!
平兵士風情が、無礼であろう」
入口に立っていた二人の傭兵風の男の内、右に立っていた若い方の男がそう言い放つ。
男は、兵士の一方的な言い草に反発したのであろう。
若さ故の、向こう見ずな振る舞いである。
しかし、これはこれで問題のある対応であった。
たしかに、貴族に準ずる勅許商人ともなれば、帝国の権威の一端を背負っている。
平の兵士、ましてや敗残兵の命令に従う義務は無く、建前の上では下手に出る必要すら無い。
下手に従ってしまえば、帝国の権威を軽んじる事になるからだ。
そうなれば、勅許を剥奪される可能性もあった。
さらに言えば、勅許の剥奪で済むならまだしも、不敬罪でも適応されようものなら命すら危うい。
それ故、たとえ本音では従いたい状況であっても、軽々しくは従えないのだ。
だが、ややこしい事にそれは勅許商人個人、或いは商家全体での話である。
入口の護衛となれば、話は別となるのだ。
大抵の場合、彼等は商家の人間ではなく、雇われ者である。
それこそ『傭兵風情』、『冒険者風情』なのだ。
長年の繋がりから雇い主の信頼を勝ち取り、商家に属する場合も無くはないが、商家の人間とは一線を画する。
当然、平の兵士よりも立場は下であった。
つまり、護衛の言い草もまた、正規軍への振る舞いでは無かったのだ。
「我々は神聖軍である。
逆らうのであらば、破門を覚悟せよ」
兵士達は、時間が惜しいのであろうか。
無礼な振る舞いには、一切言及しなかった。
敗残兵という立場を弁えているという訳ではない。
代わりに、権威を振りかざす。
この権威がまた、特殊なものであった。
神聖軍の権威とは、文字通り神聖なものであり、教会に属する権威である。
兵士の言う逆らえば破門というのも、はったりでは無い。
そして、中世的な価値観が普通の中央大陸で破門されるという事は、事実上死を意味する。
破門とは、現代で言うところの『人権』を失うに等しいのだ。
地球の歴史上でいえば、『カノッサの屈辱』が有名であろう。
仮にも皇帝たる者が、何故雪の中裸足で平伏し続けなければならなかったのか。
それは、たとえ皇帝であっても教会から破門された者に対して、従う謂れがないからである。
キリスト教世界に於いて、皇帝という至高の冠は、教会権威によって正統性を裏付けされたのだ。
貴族や騎士はもちろんの事、理屈の上では農奴ですら、破門された者に従う必要は無い。
教皇という宗教的権威に逆らえば、王侯貴族でさえも文字通り全てを失うのだ。
しかし、地球上の中世ヨーロッパ同様に政教、聖俗の分離が出来ていない中央大陸であっても、世俗的権威をないがしろにし過ぎる事は問題であった。
当然と言えば当然であろう。
地球では、『カノッサの屈辱』で破門を解いた教皇が、皇帝の反撃で失脚したという例もある。
そもそも、兵士達は宗教的権威そのものではなく、宗教的権威によって召集された者に過ぎない。
ましてや敗残兵という、権威の磨り減った立場である。
これで反発されない方がおかしかった。
「けっ、敗残兵が嘗め腐りやがって。
おい、旦那さん呼んでこい」
左に立っていたベテランらしき護衛が、右に立っていた若い方の護衛に、そう命じる。
もちろん、平時であれば兵士達も冷静であり、この様な状況にはならなかった。
この様な状況になったのは、万屋小隊の奏でる銃声が原因である。
彼等は、小笠原で聞いた『恐怖の音』を聞き、冷静さを失っていたのだ。
それはそうだろう。
『ドガガガガガガガガガガ』
という聞いた事もない轟音と共に、兵士がバタバタと倒れて逝くのを目の当たりにしたのだ。
それも自分達が、手も足も出せない距離から、一方的にである。
その場に居た兵士達は、無力感を感じた筈だ。
そしてその死に様も、確りと目に焼き付けている。
理屈は分からなくとも、同じ目に遭いたくはないのであろう。
人間誰しも、穏やかに死にたいものである。
態々、挽き肉になりたいという者は稀であろう。
「問答している暇は無い!
邪魔立てするならば、押し通るぞ!」
先程宣告した、少し老け気味の組頭らしき兵士が大声を出す。
その声は、焦りと恐怖のあまり悲鳴に近かった。
「何を怯えてやがる………
おい、いいから旦那さんを呼んでこい。
話はそれからだ」
「へい!」
そしてそれを聞いて、兵士達の怯えを感じ取った護衛達が、兵士達を益々軽んじるという、悪循環が生じる。
事情を知らないからこその判断であった。
冷静な判断である。
歳の行った護衛は、ベテランらしく胆の座った男であった。
彼にとっての不幸は、判断材料たる情報が圧倒的に不足していた事だ。
男は、兵士達の焦りや恐怖を肌で感じてはいたものの、それがどれ程のものかを読み切れなかったのである。
それ故に、押し通る等と言われても、本気とは取らなかったのだ。
戦場で鍛え上げた感覚は、リースの町中ですっかり鈍ってしまったのであろう。
男は非常事態を理解しつつも、兵士達の理性を信じてしまった。
ベテラン傭兵と言えども、平穏な生活の中ではこうなってしまうものだ。
これが不幸な出来事の幕開けであった。
「ええ??い、時間が無いと言っているだろう!
やむを得ん、突入するぞ!」
組頭はそう言うと抜剣する。
「これが最後だ。
退かねば押し通る」
抜剣した上で、最後の警告を行う。
その殺気は本物である。
「はぁ……………
あんたらが何を焦ってるんだか知らねぇが、少し落ち着いたらどうだい。
俺達もそうだが、旦那さんだってそう簡単に譲れねえ立場だってのは、あんたらも分かってんだろうよ?」
歳の行った護衛は確かにベテランではあった。
だが、それは逆に言えばロートルという事でもある。
現に抜剣した兵士達を見ても、未だにその殺気をハッタリであると判断していた。
「キエイッ!」
組頭は、気合いを入れて剣を振るう。
組頭は組頭で、実戦経験の豊富な古兵であった。
護衛達は、組頭の二振りで声も無く絶命する。
彼等は、最期まで事の重大さに気付けなかったのだ。
組頭が斬りかかると直ぐに、他の兵士達は入口の扉を蹴り開け、中へ押し入った。
「神聖軍である!
神妙に致せぃ!」
組頭はそう叫ぶと、先頭に立って奥へ進んだ。
兵士達も、組頭が護衛を切り捨てた事で覚悟を決めたのであろう。
躊躇する様子も無く、後に続く。
「キャー!?」
「ヒェー!?」
状況を理解しているのか、していないのかは不明であるが、下女や使用人達の悲鳴が響き渡る。
問答を聞き付け、入口の近くまで集まって来たのであろう。
兵士達は、それを無視して奥へ進む。
「お止めくださいませ!
当家は、勅許商人ですぞ!?」
すると、騒ぎを聞き付けたのであろう。
商家の主らしき恰幅の良い男が、兵士達に駆け寄ってそう言った。
男は五十を越えた程の風貌で、息を切らしている。
年齢だけでなく、体格も走るには向いていないのであろう。
「勅許奴隷商人、ベルガー殿。
無礼は詫びましょう。
しかし、我々は神聖軍の軍務で参ったのです。
邪魔立てなさいますな」
組頭は、丁重にそう言った。
いくら焦っているとはいえ、流石に護衛達と同じに扱う事はしない。
あくまでも丁重に、教会の権威の下やむを得ず行っている、という体裁なのだ。
それは、勅許商人という帝国の権威との、妥協であった。
「それならば、それなりの貴人が参られるべきでしょう。
組頭程度の来訪では、納得致しかねますな」
ベルガーと呼ばれた商人は、毅然と答える。
彼も、組頭が妥協を求めている事は理解していた。
だからこそ、許という権威を出来うる限り傷付けない様、遠回しに騎士や聖職者の来訪ならば従う、と言っているのだ。
ここでもう一つ重要な点は、『来訪』という言い回しである。
ベルガーは、兵士達による押し入りを咎めないと、暗に示したのだ。
つまり、護衛を切り捨てた件についても、水に流すという事である。
これは、大きな譲歩と言えよう。
「ベルガー殿。
それは困難です。
貴殿も、神聖軍の惨状を御存知な筈。
ここは我等に譲ってくださいませんか?」
譲歩された組頭であったが、彼としては引く事の許されない状況であった為、この様な返答となった。
時間的な意味だけではない。
壊滅どころか、ほぼ全滅してしまった神聖軍本隊は、人手不足どころの騒ぎではなかったのだ。
中央大陸が封建制度下にある事も、問題を加速させている。
何せ、識字率が数パーセントにも満たないのだ。
当然、三桁程しかいない残存戦力の内、貴族や聖職者といった貴人は少数派であった。
そして、文字の読み書きが出来る彼等は、書類仕事に忙殺されている。
敗走したからこそ詳細な報告が必要であり、また本隊が敗走した以上は別動隊を留め置く必要があるのだ。
しかし、この世界に於いて読み書きが出来る人材は貴重である。
商人を除く平民層では、皆無と言ってもよい。
その上、軍機が含まれる書類仕事である為、無関係な部隊から増援を受ける事も困難である。
その為、神聖軍は読み書きを必要としない雑事に、貴人を派遣する余裕など無かった。
彼等にしてみれば、身分に拘っている余裕など無かったのだ。
追い詰められているとはいえ、その辺りは実に合理的である。
彼等は、軍人としての本分を尽くしているのだ。
だが、それはベルガーの都合を完全に無視したものである。
反発を受けるのは至極当然であった。
「そもそも、貴殿方神聖軍が売りに来たのでしょう!?
それを返金もせずに何です!?
我等を何だと思っておられるのか!?」
ベルガーは遂に怒鳴り声を上げる。
彼が反発していた理由は、実利的な面であったのだ。
当然である。
彼にしてみれば、返金の話も無しに売った品を廃棄しろと言われているのだ。
それも入口を蹴り開けられ、雇っていた傭兵を殺された上での話である。
怒らない方がおかしいのだ。
ベルガーとしては、これ以上譲るつもりは無かった。
「ベルガー殿。
我等は時が惜しいのです。
地下牢の鍵を渡して戴こう」
そう言うと組頭は、護衛達を脅した様に殺気を放つ。
途端にベルガーは、気圧されて沈黙する。
如何に大規模な商人であろうと、傭兵よりも胆が太いという事はあり得ないのだ。
「……………、ハァ。
後程、返金はしていただきますよ」
組頭は無言で頷くと、差し出された鍵を受け取る。
しかし、それは数分ばかり遅かった。
彼が鍵を受け取るのとほぼ同時に、特戦群の隊員が入口の外に残された見張りの口を塞ぎ、喉を掻き切ったのだ。
我々が連れて来た、タルターニャ人らしき奴隷達は、殺処分とする」
石造りの陰気な建物の前で、そんな宣告が為されたのは、万屋小隊の陽動攻撃から数分後であった。
宣告する側は、なにがなんでも目的を達成したいのであろう。
既に建物の正面は、複数の兵士達によって固められていた。
この様子では裏口の類いがあっても、回り込まれているだろう。
ここまでくると、軍事行動と言ってもよい。
ただし、偉そうに宣告してはいるものの、彼等は神聖軍の敗残兵である。
箝口令が出されてはいるものの、その事実は噂として広まりつつあった。
必然的に、彼等の立場は低いものとなる。
それ以前に、騎士や聖職者ならばともかく、リース代官が差配する勅許公営奴隷商人に対して平の兵士が命令するのは、不自然な光景であった。
立場の悪い敗残兵ともなれば、むしろ異様と言ってもよい。
何故なら、帝国の勅許を得た公営商人とは、貴族に準ずる存在であるからだ。
兵士からの無礼な振る舞いなど、許される事ではない。
勅許程度であれば、無礼打ちとはならないであろうが、それでも鞭打ち刑に処せられる程度には、大罪である。
これが恩賜であれば、間違いなく死罪であろう。
そんな事実が、状況を複雑化させていた。
「我等は勅許商人である!
平兵士風情が、無礼であろう」
入口に立っていた二人の傭兵風の男の内、右に立っていた若い方の男がそう言い放つ。
男は、兵士の一方的な言い草に反発したのであろう。
若さ故の、向こう見ずな振る舞いである。
しかし、これはこれで問題のある対応であった。
たしかに、貴族に準ずる勅許商人ともなれば、帝国の権威の一端を背負っている。
平の兵士、ましてや敗残兵の命令に従う義務は無く、建前の上では下手に出る必要すら無い。
下手に従ってしまえば、帝国の権威を軽んじる事になるからだ。
そうなれば、勅許を剥奪される可能性もあった。
さらに言えば、勅許の剥奪で済むならまだしも、不敬罪でも適応されようものなら命すら危うい。
それ故、たとえ本音では従いたい状況であっても、軽々しくは従えないのだ。
だが、ややこしい事にそれは勅許商人個人、或いは商家全体での話である。
入口の護衛となれば、話は別となるのだ。
大抵の場合、彼等は商家の人間ではなく、雇われ者である。
それこそ『傭兵風情』、『冒険者風情』なのだ。
長年の繋がりから雇い主の信頼を勝ち取り、商家に属する場合も無くはないが、商家の人間とは一線を画する。
当然、平の兵士よりも立場は下であった。
つまり、護衛の言い草もまた、正規軍への振る舞いでは無かったのだ。
「我々は神聖軍である。
逆らうのであらば、破門を覚悟せよ」
兵士達は、時間が惜しいのであろうか。
無礼な振る舞いには、一切言及しなかった。
敗残兵という立場を弁えているという訳ではない。
代わりに、権威を振りかざす。
この権威がまた、特殊なものであった。
神聖軍の権威とは、文字通り神聖なものであり、教会に属する権威である。
兵士の言う逆らえば破門というのも、はったりでは無い。
そして、中世的な価値観が普通の中央大陸で破門されるという事は、事実上死を意味する。
破門とは、現代で言うところの『人権』を失うに等しいのだ。
地球の歴史上でいえば、『カノッサの屈辱』が有名であろう。
仮にも皇帝たる者が、何故雪の中裸足で平伏し続けなければならなかったのか。
それは、たとえ皇帝であっても教会から破門された者に対して、従う謂れがないからである。
キリスト教世界に於いて、皇帝という至高の冠は、教会権威によって正統性を裏付けされたのだ。
貴族や騎士はもちろんの事、理屈の上では農奴ですら、破門された者に従う必要は無い。
教皇という宗教的権威に逆らえば、王侯貴族でさえも文字通り全てを失うのだ。
しかし、地球上の中世ヨーロッパ同様に政教、聖俗の分離が出来ていない中央大陸であっても、世俗的権威をないがしろにし過ぎる事は問題であった。
当然と言えば当然であろう。
地球では、『カノッサの屈辱』で破門を解いた教皇が、皇帝の反撃で失脚したという例もある。
そもそも、兵士達は宗教的権威そのものではなく、宗教的権威によって召集された者に過ぎない。
ましてや敗残兵という、権威の磨り減った立場である。
これで反発されない方がおかしかった。
「けっ、敗残兵が嘗め腐りやがって。
おい、旦那さん呼んでこい」
左に立っていたベテランらしき護衛が、右に立っていた若い方の護衛に、そう命じる。
もちろん、平時であれば兵士達も冷静であり、この様な状況にはならなかった。
この様な状況になったのは、万屋小隊の奏でる銃声が原因である。
彼等は、小笠原で聞いた『恐怖の音』を聞き、冷静さを失っていたのだ。
それはそうだろう。
『ドガガガガガガガガガガ』
という聞いた事もない轟音と共に、兵士がバタバタと倒れて逝くのを目の当たりにしたのだ。
それも自分達が、手も足も出せない距離から、一方的にである。
その場に居た兵士達は、無力感を感じた筈だ。
そしてその死に様も、確りと目に焼き付けている。
理屈は分からなくとも、同じ目に遭いたくはないのであろう。
人間誰しも、穏やかに死にたいものである。
態々、挽き肉になりたいという者は稀であろう。
「問答している暇は無い!
邪魔立てするならば、押し通るぞ!」
先程宣告した、少し老け気味の組頭らしき兵士が大声を出す。
その声は、焦りと恐怖のあまり悲鳴に近かった。
「何を怯えてやがる………
おい、いいから旦那さんを呼んでこい。
話はそれからだ」
「へい!」
そしてそれを聞いて、兵士達の怯えを感じ取った護衛達が、兵士達を益々軽んじるという、悪循環が生じる。
事情を知らないからこその判断であった。
冷静な判断である。
歳の行った護衛は、ベテランらしく胆の座った男であった。
彼にとっての不幸は、判断材料たる情報が圧倒的に不足していた事だ。
男は、兵士達の焦りや恐怖を肌で感じてはいたものの、それがどれ程のものかを読み切れなかったのである。
それ故に、押し通る等と言われても、本気とは取らなかったのだ。
戦場で鍛え上げた感覚は、リースの町中ですっかり鈍ってしまったのであろう。
男は非常事態を理解しつつも、兵士達の理性を信じてしまった。
ベテラン傭兵と言えども、平穏な生活の中ではこうなってしまうものだ。
これが不幸な出来事の幕開けであった。
「ええ??い、時間が無いと言っているだろう!
やむを得ん、突入するぞ!」
組頭はそう言うと抜剣する。
「これが最後だ。
退かねば押し通る」
抜剣した上で、最後の警告を行う。
その殺気は本物である。
「はぁ……………
あんたらが何を焦ってるんだか知らねぇが、少し落ち着いたらどうだい。
俺達もそうだが、旦那さんだってそう簡単に譲れねえ立場だってのは、あんたらも分かってんだろうよ?」
歳の行った護衛は確かにベテランではあった。
だが、それは逆に言えばロートルという事でもある。
現に抜剣した兵士達を見ても、未だにその殺気をハッタリであると判断していた。
「キエイッ!」
組頭は、気合いを入れて剣を振るう。
組頭は組頭で、実戦経験の豊富な古兵であった。
護衛達は、組頭の二振りで声も無く絶命する。
彼等は、最期まで事の重大さに気付けなかったのだ。
組頭が斬りかかると直ぐに、他の兵士達は入口の扉を蹴り開け、中へ押し入った。
「神聖軍である!
神妙に致せぃ!」
組頭はそう叫ぶと、先頭に立って奥へ進んだ。
兵士達も、組頭が護衛を切り捨てた事で覚悟を決めたのであろう。
躊躇する様子も無く、後に続く。
「キャー!?」
「ヒェー!?」
状況を理解しているのか、していないのかは不明であるが、下女や使用人達の悲鳴が響き渡る。
問答を聞き付け、入口の近くまで集まって来たのであろう。
兵士達は、それを無視して奥へ進む。
「お止めくださいませ!
当家は、勅許商人ですぞ!?」
すると、騒ぎを聞き付けたのであろう。
商家の主らしき恰幅の良い男が、兵士達に駆け寄ってそう言った。
男は五十を越えた程の風貌で、息を切らしている。
年齢だけでなく、体格も走るには向いていないのであろう。
「勅許奴隷商人、ベルガー殿。
無礼は詫びましょう。
しかし、我々は神聖軍の軍務で参ったのです。
邪魔立てなさいますな」
組頭は、丁重にそう言った。
いくら焦っているとはいえ、流石に護衛達と同じに扱う事はしない。
あくまでも丁重に、教会の権威の下やむを得ず行っている、という体裁なのだ。
それは、勅許商人という帝国の権威との、妥協であった。
「それならば、それなりの貴人が参られるべきでしょう。
組頭程度の来訪では、納得致しかねますな」
ベルガーと呼ばれた商人は、毅然と答える。
彼も、組頭が妥協を求めている事は理解していた。
だからこそ、許という権威を出来うる限り傷付けない様、遠回しに騎士や聖職者の来訪ならば従う、と言っているのだ。
ここでもう一つ重要な点は、『来訪』という言い回しである。
ベルガーは、兵士達による押し入りを咎めないと、暗に示したのだ。
つまり、護衛を切り捨てた件についても、水に流すという事である。
これは、大きな譲歩と言えよう。
「ベルガー殿。
それは困難です。
貴殿も、神聖軍の惨状を御存知な筈。
ここは我等に譲ってくださいませんか?」
譲歩された組頭であったが、彼としては引く事の許されない状況であった為、この様な返答となった。
時間的な意味だけではない。
壊滅どころか、ほぼ全滅してしまった神聖軍本隊は、人手不足どころの騒ぎではなかったのだ。
中央大陸が封建制度下にある事も、問題を加速させている。
何せ、識字率が数パーセントにも満たないのだ。
当然、三桁程しかいない残存戦力の内、貴族や聖職者といった貴人は少数派であった。
そして、文字の読み書きが出来る彼等は、書類仕事に忙殺されている。
敗走したからこそ詳細な報告が必要であり、また本隊が敗走した以上は別動隊を留め置く必要があるのだ。
しかし、この世界に於いて読み書きが出来る人材は貴重である。
商人を除く平民層では、皆無と言ってもよい。
その上、軍機が含まれる書類仕事である為、無関係な部隊から増援を受ける事も困難である。
その為、神聖軍は読み書きを必要としない雑事に、貴人を派遣する余裕など無かった。
彼等にしてみれば、身分に拘っている余裕など無かったのだ。
追い詰められているとはいえ、その辺りは実に合理的である。
彼等は、軍人としての本分を尽くしているのだ。
だが、それはベルガーの都合を完全に無視したものである。
反発を受けるのは至極当然であった。
「そもそも、貴殿方神聖軍が売りに来たのでしょう!?
それを返金もせずに何です!?
我等を何だと思っておられるのか!?」
ベルガーは遂に怒鳴り声を上げる。
彼が反発していた理由は、実利的な面であったのだ。
当然である。
彼にしてみれば、返金の話も無しに売った品を廃棄しろと言われているのだ。
それも入口を蹴り開けられ、雇っていた傭兵を殺された上での話である。
怒らない方がおかしいのだ。
ベルガーとしては、これ以上譲るつもりは無かった。
「ベルガー殿。
我等は時が惜しいのです。
地下牢の鍵を渡して戴こう」
そう言うと組頭は、護衛達を脅した様に殺気を放つ。
途端にベルガーは、気圧されて沈黙する。
如何に大規模な商人であろうと、傭兵よりも胆が太いという事はあり得ないのだ。
「……………、ハァ。
後程、返金はしていただきますよ」
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……陰キャ代表の俺に混ざる理由なんて一ミリもない。見なかったことにしてゲームしに帰りたい!
そう願った矢先――空気が変わり、街に巨大な魔法陣が出現。
赤城たちは光に呑まれ、異世界へと召喚されてしまった。
「お~、異世界召喚ね。ラノベあるあるだな」
そう、他人事のように見送った俺だったが……。
直後、俺の足元にも魔法陣が浮かび上がる。
「ちょ、待て待て待て! 俺は陰キャだぞ!? 勇者じゃないんだぞ!?」
――かくして、ゲームライフを愛する陰キャ高校生の異世界行きが始まる。
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この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
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※カクヨムにも投稿しています
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