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第二章 西端半島戦役
第十二話 混乱する港町
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万屋小隊の活躍もあって、城壁内への侵入そのものは、易々と成功させた佐藤達特殊作戦群であったが、侵入後の移動は簡単にいかなかった。
正門側の陽動は、敵を混乱させると同時に、目を覚まさせてしまったのである。
それだけであれば、事前の想定通りなので問題は無い。
しかし、敵が行動を起こすタイミングは、佐藤達の予想よりも遥かに、遅かった。
この誤算は、夜という時間に於ける生活習慣上の大きな齟齬から生じたものであろう。
何せ、日本人にとってこの襲撃予定時刻は、それ程遅いとは思えない時間帯である。
子供であれば寝ている可能性も高いが、半分くらいの大人は起きている筈だ。
故に事前の想定では、陽動開始の時点で大半の敵は起きており、直ぐに正門方面へ向かうとされていた。
しかし、その感覚は現地の文化や文明と、大きくかけ離れたものであったのだ。
戦場では齟齬が付き物であるとは言え、これは事前の情報不足も原因と言える。
そして、戦場では充分な情報が有っても、必ず齟齬が生じるものだ。
当然ながら、情報が不足していれば、それは生じる。
不幸にも、佐藤が齟齬に気付いたのは、城壁を越えて直ぐであった。
事前の想定よりも、敵が彷徨いていたのだ。
気付かない方がおかしいだろう。
結局のところ、何の事は無い。
作戦が始まり、実際に陽動が始まる頃の時間帯は、普段敵が寝静まっている時間帯である。
そこへ、陽動作戦が始まったのだ。
敵にとっては常識はずれの陽動である。
彼等の習慣上、夜は眠るものなのだ。
地球上の歴史於いても、近代まで夜襲が行われた例は、極めて少ない。
魔法という要素があっても、基本的に中世程度の文明である彼等にとって、夜襲とは青天の霹靂であったのだ。
それでも、彼等の半分を占める職業軍人達は、冷静さを保った。
これは、彼等の優秀さを示していると言えよう。
ただし残念ながら、彼等は冷静さを保っていたが故に、万屋小隊の攻撃を正面からの陽動作戦とは認識出来ず、奇襲と捉えた。
この敵の判断ミスが、佐藤達の足を止めているのであるから、皮肉な話だ。
その判断ミスの結果、敵は少しばかり動揺した末に、特戦群が町中を移動している頃になって、漸く準備を整えつつ正門へ向かっていたのである。
さらに面倒な事は、バラバラに向かう兵と、隊列を組んで向かう部隊が、入り乱れている状況だ。
これはこれで、隠密行動中の部隊にとっては、地味に困る反応である。
敵が何処を通るのか、どの程度の人数で通るのか、何度やり過ごしてもパターンを掴み難いのだ。
そして、何処から敵が現れるのか分からない為、移動のしようが無かった。
それ故に足止めを喰らっているのが、佐藤率いる特戦群の現状である。
敵の反応が分かれているのには、理由があった。
単純な事である。
リースの戦力が、二系統存在するという話だ。
一つは、陽動を受けた事で浮き足立っているものの、それなりの人数で纏まって行動し、それなりに統制が取れた集団、帝国の正規軍である。
リースに居るのは、全ての帝国直轄領に配置されているのと同様の、一般的な直轄領駐留軍であった。
これは各直轄領そのものだけでなく、そこへ通じる交易路を保護する役目も持つ。
交易の要所は、直轄領として必ず確保する帝国らしい、発想であった。
その様な部隊である為、状況によっては城壁の外へ出る事もある。
彼等は、総督や市長といった行政側の要請に応じる事もあるが、当然帝国軍の指揮系統の下に在った。
もう一つは、民家から慌てて飛び出し、個人単位で移動している為、完全にバラけ切っている集団である、自警団だ。
これは帝国直轄領だけでなく、城壁に囲まれた都市であれば、貴族の領地であっても存在する。
都市の治安維持と防衛のみを目的とした、民兵に近い戦力と言えよう。
こちらは総督や領主といった為政者側と、市長や市議会、ギルドといった住民側が予算を出し合って、編成している。
その為、非常時には為政者側の指示に従うものの、極端な弾圧の類いは行えない上に、指揮系統が明文化されていない。
都市内部に於ては、全体的な総数こそ多いものの、その実態は烏合の衆に近いものであった。
ちなみに、彼等は城壁の外へ出る事が無く、万が一武装した状態で組織的に外へ出た場合は、大逆罪が適応される。
規模にこそ制限は無いものの、運用面に於いては大幅な制限が、掛けられているのだ。
逆に言えば、各都市によって違いはあるものの、制限が無ければ保有する事を認められない程、大規模な戦力である。
無視する事は出来ない。
もちろん、特戦群の実力ならば相手に見付かる前に、その相手を始末してしまう事も、不可能では無かった。
むしろ彼等の性質を考えると、それなりに慣れている作業であろう。
しかし、この状況では始末している間に、新手が出てくる可能性が大きい。
そして一度見付かり、警笛でも吹かれたりすれば、その時点で作戦は失敗するであろう。
結局のところ彼等は、文化的な錯誤からタイミングを見誤ったのだ。
この様な異世界との錯誤は、戦闘に限らず外交や異文化交流等、様々な面でこれからの課題となるであろう。
たしかについ数時間前、無理矢理とは言え条約が調印された。
それは一見、相互理解が深まったかの様に見える。
しかし、それは錯覚であった。
その強引な調印(批准では無い)は、お互いを知らなかったが故の、「焦り」という感覚を双方が共有していたからこそ、出来た事である。
そう考えると、今回のこの苦境は条約が結ばれた事による、一種の錯覚によって引き起こされた事態である、とも言えるであろう。
(どうするべきか………………)
路地裏で伏せつつ、佐藤は悩んでいた。
現場にとって、苦境の原因究明よりも大切な事は、苦境の打開策である。
極論を言えば、原因究明等どうでもよいのだ。
現場からしてみると、原因究明は後方へ一任した上で、一つの事例としてマニュアル化されれば、それで充分である。
佐藤は指揮官として、悩んでいる素振りこそ見せない様にしているが、手には汗を握っていた。
彼は、決断を迫られているのだ。
すなわち、作戦の続行についての決断である。
この場合、作戦は延期される事が無い。
あくまでも中止となる。
仕方の無い事だ。
ここで撤退すれば、敵も警戒度を上げてしまう。
如何に特殊作戦群と言えども、侵入した痕跡を完全に消し去る事は、極めて困難なのだ。
同様の奇襲は、不可能となる。
それは、拉致被害者の命運が尽きるという事でもあった。
もちろん、正確にはそうと決まった訳では無いし、公式にそういった見解が表明される事も無い。
あくまでも、その可能性が高いという話である。
しかし、可能性が高いという状況で見捨てるという選択は、実質的に拉致被害者の命運が尽きる事と、同意義と言ってもよい。
そして、万が一拉致被害者が無傷であったとしても、話はそれで終わらないのだ。
関係者が責任を追及されるだけに止まらず、少なくとも与党の命運は確実に尽きる事が、予想される。
せっかく、無理矢理合意させていた野党も、黙ってはいない筈なのだ。
そうなれば、内閣の目指す挙国一致体制は、大きく遠ざかるであろう。
そんな政治的な意味合いも考えると、作戦の中止は決断し難い。
佐藤でなくとも、躊躇する状況である。
「もう少し、この路地裏で待機する。
もう少し待ってくれ」
結局、佐藤の判断は待機であった。
悩んだ末の決断にしては、無難な判断であるものの、それなりに正しい決断と言えるであろう。
少なくとも、ベターな判断ではあった。
部下達にも特に異論は無かった様で、佐藤達は気配を消したまま、その場で待機する。
気配を消すと言うと、いかにも特殊部隊らしい、困難な行動の様に聞こえるが、実際は違う。
気配を消す程度であれば、特殊作戦群程の技量は必要としない。
レンジャー記章持ち程度の技量でも、充分に可能なのだ。
実際、近くを通る敵が居ても、特戦群の存在に気付いた敵は皆無である。
彼等にとって、気配を消すという行為は、大した事ではないのだ。
そして、佐藤が待機する事を決断してから十分程、事態は動いた。
「隊長、反対方向へ向かう一団が居ます。
一本向こうの通りです」
耳の良い部下が、そんな報告をして来たのだ。
佐藤は、部下の報告に身構えた。
「我々が発見された可能性は?」
佐藤は、敵に気付かれない自信を持っていたが、魔法という特殊な要素を、計算に入れていない。
あくまでも、以前から想定されていた手段に対してのみの、自信である。
魔法的な探知方法に関しても、想定すべきなのであろうが、何せ時間が足りなかったのだ。
現時点では情報が少な過ぎて、計算に入れ様が無いというのが、佐藤の本音であろう。
だからこそ佐藤は、自信を保ちつつ発見された可能性を問い掛けた。
「発見されたにしては、足音が少ないですね。
何らかの任務を帯びた、小規模な部隊と思われます」
部下のその報告に、消された筈の気配が僅かに緩む。
報告を疑う事は無い。
特戦群に籍を置く以上、全員が何かしらの特技を持つ。
そして、この部下は聴力を買われた男であった。
その実力は、海自の聴音手にも匹敵する。
報告を疑う余地は無い。
「そうか………
何処へ向かっているか、分かるか?」
佐藤の頬も少しばかり緩んでいるが、質問は至って真面目である。
「立ち止まっているならともかく、移動していますからね。
流石に特定は出来ませんよ」
部下は苦笑混じりで答えた。
「ですが、大まかな位置と進路ぐらい………………不味いですね。
我々の目標地点です」
僅かに緩んだ空気が、一気に戻る。
「こちらの目的に気付いたのか!?」
佐藤は声のトーンを上げた。
拉致被害者はあくまでも、無傷のまま救出しなければならない。
待ち伏せでもされようものなら、任務は困難を極める。
そんな状況下になってしまうと佐藤や部下はともかく、救出対象の民間人が無傷で済むとは思えない。
いくら楽観的に考えても、無理があるのだ。
「待ち伏せする様な人数ではありませんが……………。
いえ、二十人はいますから、人質を取るのに充分な人数ですね」
部下は、最悪の予想を否定した。
人質に取られている状況も、それはそれで面倒な状況であるが、特戦群は救出作戦に慣れている。
「………………、やるか」
佐藤は一瞬躊躇したものの、決断を下した。
今のところ、陽動作戦の方は上手く進んでいるのだ。
これ以上の好機は、二度と作れないだろう。
それに、部下の察知した敵が居なくとも、敵が皆無とは佐藤も思っていない。
どちらにしろ、拉致被害者の前での流血は、避け難いのである。
それならば、可能性の高い選択肢を選ぶ方が良い。
それが佐藤の決断であった。
「これより、目標地点へ向かう。
気を引き締めて行け」
佐藤がそう言うと、部下達は無言のまま進み始める。
城壁を越えた後と同様の、事前に定められた通りの動きだ。
上空からの画像とはいえ、町並みは把握されている為、その動きは素早かった。
しかし、城壁の近くまでの獣道で見せた、人間離れした素早さとは異なる。
何せ単純な市街戦とは違って、隠密行動中なのだ。
単純な市街戦であっても、町中では進路と交差する道がある度に、立ち止まって確認する必要がある。
如何に聴力や視力に優れた部下がいても、無茶は出来ない。
見付かった場合、切り抜ける事も可能ではある。
だが、敵の情報伝達手段が不明である以上、報告される前に上手く口を封じる事が可能とは、とても言い難い。
魔法でなくとも、通報用に笛をくわえていれば、それだけで危うくなるのだ。
(敵が少人数で向かう理由は何だ?
周辺に、護衛を必要とする重要人物でも居るのか…………
何にせよ、急いだ方が良いな)
佐藤は、色々ともどかしさを感じつつあったが、彼等には慎重に進む以外、道はなかった。
正門側の陽動は、敵を混乱させると同時に、目を覚まさせてしまったのである。
それだけであれば、事前の想定通りなので問題は無い。
しかし、敵が行動を起こすタイミングは、佐藤達の予想よりも遥かに、遅かった。
この誤算は、夜という時間に於ける生活習慣上の大きな齟齬から生じたものであろう。
何せ、日本人にとってこの襲撃予定時刻は、それ程遅いとは思えない時間帯である。
子供であれば寝ている可能性も高いが、半分くらいの大人は起きている筈だ。
故に事前の想定では、陽動開始の時点で大半の敵は起きており、直ぐに正門方面へ向かうとされていた。
しかし、その感覚は現地の文化や文明と、大きくかけ離れたものであったのだ。
戦場では齟齬が付き物であるとは言え、これは事前の情報不足も原因と言える。
そして、戦場では充分な情報が有っても、必ず齟齬が生じるものだ。
当然ながら、情報が不足していれば、それは生じる。
不幸にも、佐藤が齟齬に気付いたのは、城壁を越えて直ぐであった。
事前の想定よりも、敵が彷徨いていたのだ。
気付かない方がおかしいだろう。
結局のところ、何の事は無い。
作戦が始まり、実際に陽動が始まる頃の時間帯は、普段敵が寝静まっている時間帯である。
そこへ、陽動作戦が始まったのだ。
敵にとっては常識はずれの陽動である。
彼等の習慣上、夜は眠るものなのだ。
地球上の歴史於いても、近代まで夜襲が行われた例は、極めて少ない。
魔法という要素があっても、基本的に中世程度の文明である彼等にとって、夜襲とは青天の霹靂であったのだ。
それでも、彼等の半分を占める職業軍人達は、冷静さを保った。
これは、彼等の優秀さを示していると言えよう。
ただし残念ながら、彼等は冷静さを保っていたが故に、万屋小隊の攻撃を正面からの陽動作戦とは認識出来ず、奇襲と捉えた。
この敵の判断ミスが、佐藤達の足を止めているのであるから、皮肉な話だ。
その判断ミスの結果、敵は少しばかり動揺した末に、特戦群が町中を移動している頃になって、漸く準備を整えつつ正門へ向かっていたのである。
さらに面倒な事は、バラバラに向かう兵と、隊列を組んで向かう部隊が、入り乱れている状況だ。
これはこれで、隠密行動中の部隊にとっては、地味に困る反応である。
敵が何処を通るのか、どの程度の人数で通るのか、何度やり過ごしてもパターンを掴み難いのだ。
そして、何処から敵が現れるのか分からない為、移動のしようが無かった。
それ故に足止めを喰らっているのが、佐藤率いる特戦群の現状である。
敵の反応が分かれているのには、理由があった。
単純な事である。
リースの戦力が、二系統存在するという話だ。
一つは、陽動を受けた事で浮き足立っているものの、それなりの人数で纏まって行動し、それなりに統制が取れた集団、帝国の正規軍である。
リースに居るのは、全ての帝国直轄領に配置されているのと同様の、一般的な直轄領駐留軍であった。
これは各直轄領そのものだけでなく、そこへ通じる交易路を保護する役目も持つ。
交易の要所は、直轄領として必ず確保する帝国らしい、発想であった。
その様な部隊である為、状況によっては城壁の外へ出る事もある。
彼等は、総督や市長といった行政側の要請に応じる事もあるが、当然帝国軍の指揮系統の下に在った。
もう一つは、民家から慌てて飛び出し、個人単位で移動している為、完全にバラけ切っている集団である、自警団だ。
これは帝国直轄領だけでなく、城壁に囲まれた都市であれば、貴族の領地であっても存在する。
都市の治安維持と防衛のみを目的とした、民兵に近い戦力と言えよう。
こちらは総督や領主といった為政者側と、市長や市議会、ギルドといった住民側が予算を出し合って、編成している。
その為、非常時には為政者側の指示に従うものの、極端な弾圧の類いは行えない上に、指揮系統が明文化されていない。
都市内部に於ては、全体的な総数こそ多いものの、その実態は烏合の衆に近いものであった。
ちなみに、彼等は城壁の外へ出る事が無く、万が一武装した状態で組織的に外へ出た場合は、大逆罪が適応される。
規模にこそ制限は無いものの、運用面に於いては大幅な制限が、掛けられているのだ。
逆に言えば、各都市によって違いはあるものの、制限が無ければ保有する事を認められない程、大規模な戦力である。
無視する事は出来ない。
もちろん、特戦群の実力ならば相手に見付かる前に、その相手を始末してしまう事も、不可能では無かった。
むしろ彼等の性質を考えると、それなりに慣れている作業であろう。
しかし、この状況では始末している間に、新手が出てくる可能性が大きい。
そして一度見付かり、警笛でも吹かれたりすれば、その時点で作戦は失敗するであろう。
結局のところ彼等は、文化的な錯誤からタイミングを見誤ったのだ。
この様な異世界との錯誤は、戦闘に限らず外交や異文化交流等、様々な面でこれからの課題となるであろう。
たしかについ数時間前、無理矢理とは言え条約が調印された。
それは一見、相互理解が深まったかの様に見える。
しかし、それは錯覚であった。
その強引な調印(批准では無い)は、お互いを知らなかったが故の、「焦り」という感覚を双方が共有していたからこそ、出来た事である。
そう考えると、今回のこの苦境は条約が結ばれた事による、一種の錯覚によって引き起こされた事態である、とも言えるであろう。
(どうするべきか………………)
路地裏で伏せつつ、佐藤は悩んでいた。
現場にとって、苦境の原因究明よりも大切な事は、苦境の打開策である。
極論を言えば、原因究明等どうでもよいのだ。
現場からしてみると、原因究明は後方へ一任した上で、一つの事例としてマニュアル化されれば、それで充分である。
佐藤は指揮官として、悩んでいる素振りこそ見せない様にしているが、手には汗を握っていた。
彼は、決断を迫られているのだ。
すなわち、作戦の続行についての決断である。
この場合、作戦は延期される事が無い。
あくまでも中止となる。
仕方の無い事だ。
ここで撤退すれば、敵も警戒度を上げてしまう。
如何に特殊作戦群と言えども、侵入した痕跡を完全に消し去る事は、極めて困難なのだ。
同様の奇襲は、不可能となる。
それは、拉致被害者の命運が尽きるという事でもあった。
もちろん、正確にはそうと決まった訳では無いし、公式にそういった見解が表明される事も無い。
あくまでも、その可能性が高いという話である。
しかし、可能性が高いという状況で見捨てるという選択は、実質的に拉致被害者の命運が尽きる事と、同意義と言ってもよい。
そして、万が一拉致被害者が無傷であったとしても、話はそれで終わらないのだ。
関係者が責任を追及されるだけに止まらず、少なくとも与党の命運は確実に尽きる事が、予想される。
せっかく、無理矢理合意させていた野党も、黙ってはいない筈なのだ。
そうなれば、内閣の目指す挙国一致体制は、大きく遠ざかるであろう。
そんな政治的な意味合いも考えると、作戦の中止は決断し難い。
佐藤でなくとも、躊躇する状況である。
「もう少し、この路地裏で待機する。
もう少し待ってくれ」
結局、佐藤の判断は待機であった。
悩んだ末の決断にしては、無難な判断であるものの、それなりに正しい決断と言えるであろう。
少なくとも、ベターな判断ではあった。
部下達にも特に異論は無かった様で、佐藤達は気配を消したまま、その場で待機する。
気配を消すと言うと、いかにも特殊部隊らしい、困難な行動の様に聞こえるが、実際は違う。
気配を消す程度であれば、特殊作戦群程の技量は必要としない。
レンジャー記章持ち程度の技量でも、充分に可能なのだ。
実際、近くを通る敵が居ても、特戦群の存在に気付いた敵は皆無である。
彼等にとって、気配を消すという行為は、大した事ではないのだ。
そして、佐藤が待機する事を決断してから十分程、事態は動いた。
「隊長、反対方向へ向かう一団が居ます。
一本向こうの通りです」
耳の良い部下が、そんな報告をして来たのだ。
佐藤は、部下の報告に身構えた。
「我々が発見された可能性は?」
佐藤は、敵に気付かれない自信を持っていたが、魔法という特殊な要素を、計算に入れていない。
あくまでも、以前から想定されていた手段に対してのみの、自信である。
魔法的な探知方法に関しても、想定すべきなのであろうが、何せ時間が足りなかったのだ。
現時点では情報が少な過ぎて、計算に入れ様が無いというのが、佐藤の本音であろう。
だからこそ佐藤は、自信を保ちつつ発見された可能性を問い掛けた。
「発見されたにしては、足音が少ないですね。
何らかの任務を帯びた、小規模な部隊と思われます」
部下のその報告に、消された筈の気配が僅かに緩む。
報告を疑う事は無い。
特戦群に籍を置く以上、全員が何かしらの特技を持つ。
そして、この部下は聴力を買われた男であった。
その実力は、海自の聴音手にも匹敵する。
報告を疑う余地は無い。
「そうか………
何処へ向かっているか、分かるか?」
佐藤の頬も少しばかり緩んでいるが、質問は至って真面目である。
「立ち止まっているならともかく、移動していますからね。
流石に特定は出来ませんよ」
部下は苦笑混じりで答えた。
「ですが、大まかな位置と進路ぐらい………………不味いですね。
我々の目標地点です」
僅かに緩んだ空気が、一気に戻る。
「こちらの目的に気付いたのか!?」
佐藤は声のトーンを上げた。
拉致被害者はあくまでも、無傷のまま救出しなければならない。
待ち伏せでもされようものなら、任務は困難を極める。
そんな状況下になってしまうと佐藤や部下はともかく、救出対象の民間人が無傷で済むとは思えない。
いくら楽観的に考えても、無理があるのだ。
「待ち伏せする様な人数ではありませんが……………。
いえ、二十人はいますから、人質を取るのに充分な人数ですね」
部下は、最悪の予想を否定した。
人質に取られている状況も、それはそれで面倒な状況であるが、特戦群は救出作戦に慣れている。
「………………、やるか」
佐藤は一瞬躊躇したものの、決断を下した。
今のところ、陽動作戦の方は上手く進んでいるのだ。
これ以上の好機は、二度と作れないだろう。
それに、部下の察知した敵が居なくとも、敵が皆無とは佐藤も思っていない。
どちらにしろ、拉致被害者の前での流血は、避け難いのである。
それならば、可能性の高い選択肢を選ぶ方が良い。
それが佐藤の決断であった。
「これより、目標地点へ向かう。
気を引き締めて行け」
佐藤がそう言うと、部下達は無言のまま進み始める。
城壁を越えた後と同様の、事前に定められた通りの動きだ。
上空からの画像とはいえ、町並みは把握されている為、その動きは素早かった。
しかし、城壁の近くまでの獣道で見せた、人間離れした素早さとは異なる。
何せ単純な市街戦とは違って、隠密行動中なのだ。
単純な市街戦であっても、町中では進路と交差する道がある度に、立ち止まって確認する必要がある。
如何に聴力や視力に優れた部下がいても、無茶は出来ない。
見付かった場合、切り抜ける事も可能ではある。
だが、敵の情報伝達手段が不明である以上、報告される前に上手く口を封じる事が可能とは、とても言い難い。
魔法でなくとも、通報用に笛をくわえていれば、それだけで危うくなるのだ。
(敵が少人数で向かう理由は何だ?
周辺に、護衛を必要とする重要人物でも居るのか…………
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※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
あっとさん
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
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