新日本書紀《異世界転移後の日本と、通訳担当自衛官が往く》

橘末

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第一章 小笠原事変

第十一話 二日目の朝

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    二日目の朝、小隊は捕虜管理の引き継ぎを終え、『いずも』の艦内で休息を摂っていた。
長期間の演習に較べれば、大分楽な任務だが、やはり演習と実戦は違うのだろう。
精神的疲労は逆に、演習とは比較にならない程、大きかった様だ。
それに、事前に想定されていた実戦とは、全く違う戦闘だった事も、疲労の大きな原因だろう。
ファンタジー相手の戦闘等、某怪獣の襲来と同列の扱いなのだ。
同期の内で、雑談で想定する事はあっても、予算を割いた正式な研究等、行われていなくて当然である。
そう考えると、自衛隊は陸海共に、充分過ぎる程の働きを、為し得たのだろう。

    そんな事もあって現在。
小隊の面々は、急遽あてがわれた部屋で、倒れ込む様にして眠っている。
急な予定変更という事もあって、予備の部屋に簡易ベットというスタイルだが、野営よりは遥かにましだろう。

    一方のエルフ達は、来賓という扱いなので、万屋と共に別室だ。
総理大臣が、式典の際に使用する為の、(あるいは、政府機能の移転も視野に入れている)護衛艦には不釣り合いな、貴賓室である。
やはり、『いずも』程の艦ともなれば、設備もいろいろと異なるのだろう。
こちらはこちらで、初めて使われる部屋なのだが、掃除は行き届いている。
ちなみに、万屋は隣室で待機する予定であったが、例によってベアトリクスの、強い要望があり、アンジェリカに唸られながらも、同室に泊まる事となっていた。
もちろん、伯爵やアンジェリカ、侍女達と同じ様に、簡易ベットであるが、同室である事には変わり無い。
何も無いだろうと思いつつ、つい身構えてしまうのは、当然だろう。

    (いくら美人でも、変則系肉食とか、唸る阿呆の子とか、勘弁して欲しい)

    同室で寝る事を求められた際、万屋はそんな事を思ったが、何か言う前に伯爵が肩を叩いて、同情してくれたので、黙る事とした。
理解者が一人居るだけで、人間は様々な事に、耐えられるものだ。
山田の方は、部屋の外で待機している。
天津語を、ある程度覚えているので、何かの時には、案内役を務めるのだ。
普通なら、山田の歳になると、徹夜は辛いだろうが、そこは慣れである。
ふらつきもせず、弱った様子も見せず、古参の意地を貫いていた。

    (俺ばっかり仮眠を摂って、申し訳ないな。
後で、礼を言っておこう)

    仮眠を摂る事を、後ろめたく感じていた万屋は、そう決意する。
たかが数時間程度の、豪華な部屋とはいえ、絨毯の上での仮眠であるが、万が一にも、後ろ弾はごめんなのだ。
そんな有り得ない話を抜きにしても、常に世話になっている相手を、無下には出来ない。
万屋としては、「山さん無しではやっていけない」というのが、本音なのだ。
御歳暮も、御中元も毎年欠かさず贈っている。
これはある意味で、古来より続く古参の兵士と指揮官の、理想的な関係であろう。
少なくとも、その一種ではある筈だ。

    (ホントに神様、仏様、山田様だよな。
ありがたや、ありがたや)

    無下には出来ないので、心の中では大袈裟に扱う万屋だが、一応階級差があるので、心の中に留めている。
尚、日本人らしく仏様も拝んでいるが、万屋は仏教とは縁の遠い人間だ。
実家はもとより、東京の家族も、冠婚葬祭の全てが、神道式だったのだから、当然である。

    そして万屋は、山田について考える事を止めた。
体を大きく伸ばしてから、上体を起こす。

    「う、う??ん……
0630過ぎか。
とっくに日は昇ったな。
拉致被害者は、どうなったろう……」

    目を開けて、腕時計で時間を確認した万屋は、昨日の事を思い出し、暗い顔をする。
万屋としては、拉致被害者の存在を知った時点で、可能ならばそのまま敵を追撃したい、という思いだった。
だが、残念ながら万屋の所属は陸自なのだ。
小舟ぐらいしか接舷出来ない様な、敵の脱出路の急な崖や、そこから少し離れたところで、停泊している状態の敵船ならともかく、沖に逃げ出した船は、専門外である。
どんなに手伝いたくとも、見付かるまでは、海自に任せる他無いのだ。
逆に言えば、見付かりさえすれば、通訳という形で役に立つ事が出来る。
だからこそ、万屋は涙を呑んで体を休めたのだ。

    「おはようございます、万屋さん」

    ベアトリクスが、声を掛ける。
彼女は王族であるが、同時に軍人でもあるので、異性との雑魚寝には、そこそこ慣れているらしい。
万屋としては、彼女が自ら望んだ事とはいえ、少なからず動揺する筈だと思っていたのだが、そんな事は無く、ベアトリクスは就寝前から、動揺を見せていない。
むしろ、堂々としているぐらいだ。
アンジェリカも、不満気ではあったが、同様である。
逆に、どちらかと言えば、侍女達の方が意識しているぐらいだ。
侍女達の感覚だと伯爵の方は、最初から男の数に入っていないらしいが、万屋の方にはさりげなく視線を送っていた。
よく眠れなかったのか、目の下にクマが出来ている娘も居る。

    「おはようございます、殿下。
仮眠は摂れましたか?」

    「ええ、ぐっすりと。
これ程揺れない船もありませんね。
ゆっくりとは言えませんが、船上とは思えない程、快適な仮眠でした。」

    万屋が挨拶すると、ベアトリクスはそう応えた。
そのやり取りだけを観れば、両者の仲は良好に見える。
しかし実際は、ベアトリクスからの一方的な好意と、万屋の強く拒絶出来ない立場から成る、微妙なバランスを保った状況なのだ。
断じて甘酸っぱいものでは無かった。
そう。
彼女が海自から提供された、薄手のシャツにジャージという、ラフな格好であっても、その下は何も身に付けていなくとも、肉食獣の様な目付きでは、そういう気分にならないものだ。

    (せめて、獲物を見る様な目付きは止めて欲しい……)

    そうは思っても、やはり口には出さない。

    「はっはっはっ。
それは少し大袈裟ですよ。
揺れが少ない様に、工夫はされていますが、湾内でもない限り、揺れはあります。
まあ、『いずも』は海自さんの中でも、かなりの大船ですから、揺れが少ない方ですね」

    万屋は、本音の代わりにそう言った。

    「そういえば、最初に乗った船よりも、大きかったですね」

    ベアトリクスは、万屋の本音に気付いていないのか、或いは気付いていても、無視しているのか、当たり障りの無い反応だ。

    (警戒し過ぎなのか?
いや、でも……)

    万屋はベアトリクスの視線が余程恐ろしいのだろう。
彼女の一挙一動に、疑いを持つ様になりつつあった。

    「ええ、『いずも』は別格ですよ。
ところで、伯爵はどちらへ?」

    万屋は、ふと気になった事を訊ねた。
ちなみに、アンジェリカはまだ寝ている。
彼女は寝相が悪いのか、就寝前とは上下逆の方向を、向いていた。

    「伯爵は、山田の案内で、艦内を見学するとか……」

    万屋は、ベアトリクスが山田を呼び捨てにした事に、ギョッとする。

    (俺はまだ勇者扱いなのか!?
いい加減、諦めて認めればいいのに……)

    どうやらベアトリクスは、未だに万屋のみを、特別扱いしているらしい。
もちろん万屋も、その事には気付いていたが、それを初めて実感したのだろう。
驚きを隠せていない。

    「そ、そうですか。
伯爵がいらっしゃらないとなると、朝食は如何なさいます?」

    万屋はそう問いつつも、貴賓室で食べる事を前提としていた。
最初の偶発的戦闘による捕虜の数は多く、当然『いずも』艦内にも、多数の捕虜が収容されているのだ。
エルフ達の存在やその待遇が、彼等を刺激する可能性も充分にある。
万が一、ベアトリクスが怪我でもしたら、一大事なのだ。

    (山さんも、その辺り分かってる筈なんだけどなぁ……)

    万屋は、そう考えながら、溜め息を吐いた。
もちろん、山田もその事は理解している。
残念ながら、伯爵が強引に押し切ってしまったのだ。
しかし今の時点で、万屋がそれを知る術は無かった。

    「私、昨日のスープ料理が食べたいです」

    ベアトリクスは、食べる場所や時間ではなく、料理の方を指定してきた。
何かがずれている。
おそらく、昨日のスープとやらを気に入ったが故の、ずれた返答なのだろう。

    (昨日のスープ?
昨日と言えば、捕虜が出たのは中途半端な時間だったな。
捕虜に出した食事は、急遽夕食の材料を回して作ったとか。
で、昨日は金曜日と……
朝からカレーを所望とか、どんな王族だよ……)

    万屋は、想像だけで胸焼けを起こしたのか、顔を青くする。
普段ならともかく、ここは船の上なのだ。
更に、拉致被害者という、心配事も残っている。
我慢出来ずに、顔に出してしまうのも、仕方のない事だろう。

    「万屋さん、顔色が悪いですよ?」

    ベアトリクスは、心配そうにそう言った。

    「い、いえ大丈夫です。
これでも、それなりに訓練は受けておりますので、丈夫な体をしています。
ご希望のスープですが、時間が掛かりますので、残念ながら諦めた方がよろしいでしょう。
もしよろしければ、昼食に用意出来る様、手配致しますよ?」

    万屋は胃痛を避ける為に、適当な事を言って誤魔化す。
彼の場合、自炊は一切出来ないので、調理に掛かる時間等、全く知らないのだ。

    「そうですか。
残念です」

    途端に、ベアトリクスの顔が曇る。
それを見た万屋は、罪悪感に苛まれそうになるが、何とか堪えた。
相手は、『女は魔性』というのを、地でいった様な存在なのだ。
もちろん、客観的に観れば、万屋の勘違いという可能性も、否定出来ないが、少なくとも彼にとってのベアトリクスは、そういう存在だった。
やはり万屋は、疑心暗鬼になりつつあるのだろう。

    「昼食を楽しみにしていてください」

    何だかんだと、思うところはあるが、万屋も男である。
猜疑心を持ちつつも、昼食がカレーになる様に、全力を尽くすつもりで、そう言った。
アンジェリカの事を、バカに出来ない程の単純さであるが、男という存在の本質はそんなものなのだろう。

    「はい、楽しみにしていますね♪」

    ベアトリクスは、そう言って蕩ける様な、最高の笑みを浮かべた。
その笑顔に、万屋は為す術もなく惚けてしまう。

    (お、落ち着こう。
魔性魔性魔性魔性……)

    万屋は、冷静さを取り戻す為、ひたすら念じる。

    「え、えぇ。
朝食は、この部屋で食べられますが、如何なさいます?」

    そして、何とか冷静さを取り戻し、朝食を摂る場所を訊ねた。

    「アンジェリカは朝に弱いので、連れ回すのも可哀想です。
申し訳ありませんが、部屋で食べましょう」

    ベアトリクスにとってのアンジェリカは、身内も同然の様だ。
護衛される立場にも拘らず、気を使っている。
だが、そんな事情は万屋の預かり知らぬところであった。

    (相対的に、余計残念に見えるな)

    万屋は、事情を知らないが故に、アンジェリカの残念さを、再確認した。
もっとも、護衛対象に気を使わせる護衛等、どの様な事情があっても、そう思われて当然であろう。

    「ムニャッ!?
誰だ、私を馬鹿にしたのは!?」

    万屋の心の声を聴いた訳では無いだろうが、ベアトリクスが突然、ガバッと起き上がる。

   「うおっ!?」

    万屋は驚いて飛び退った。

    (フ、ファンタジー怖い。
偶然かどうか、判断出来ん)

    もちろん偶然なのだが、万屋にはそれが判断出来ないので、無意味に怯えているのだ。

    「むえ?
お、おはようございます、姫様!」

    万屋が飛び退っても、大した反応を示さないアンジェリカであるが、ベアトリクスを視界に入れると、ハッとした顔で跳ね起き、挨拶をする。

    「おはようございます、アンジェリカ。
今日は、昼食に昨日のスープ料理が出るそうですよ。
楽しみですね」

    護衛にしては、随分と酷い有り様であるが、ベアトリクスの方は気にした様子も無い。
普段から、これなのだろう。
万屋は呆れている。
こうして、昨日と同様の、濃厚な一日が始まるのだった。
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