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第一章 小笠原事変
第十一話 二日目の朝
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二日目の朝、小隊は捕虜管理の引き継ぎを終え、『いずも』の艦内で休息を摂っていた。
長期間の演習に較べれば、大分楽な任務だが、やはり演習と実戦は違うのだろう。
精神的疲労は逆に、演習とは比較にならない程、大きかった様だ。
それに、事前に想定されていた実戦とは、全く違う戦闘だった事も、疲労の大きな原因だろう。
ファンタジー相手の戦闘等、某怪獣の襲来と同列の扱いなのだ。
同期の内で、雑談で想定する事はあっても、予算を割いた正式な研究等、行われていなくて当然である。
そう考えると、自衛隊は陸海共に、充分過ぎる程の働きを、為し得たのだろう。
そんな事もあって現在。
小隊の面々は、急遽あてがわれた部屋で、倒れ込む様にして眠っている。
急な予定変更という事もあって、予備の部屋に簡易ベットというスタイルだが、野営よりは遥かにましだろう。
一方のエルフ達は、来賓という扱いなので、万屋と共に別室だ。
総理大臣が、式典の際に使用する為の、(あるいは、政府機能の移転も視野に入れている)護衛艦には不釣り合いな、貴賓室である。
やはり、『いずも』程の艦ともなれば、設備もいろいろと異なるのだろう。
こちらはこちらで、初めて使われる部屋なのだが、掃除は行き届いている。
ちなみに、万屋は隣室で待機する予定であったが、例によってベアトリクスの、強い要望があり、アンジェリカに唸られながらも、同室に泊まる事となっていた。
もちろん、伯爵やアンジェリカ、侍女達と同じ様に、簡易ベットであるが、同室である事には変わり無い。
何も無いだろうと思いつつ、つい身構えてしまうのは、当然だろう。
(いくら美人でも、変則系肉食とか、唸る阿呆の子とか、勘弁して欲しい)
同室で寝る事を求められた際、万屋はそんな事を思ったが、何か言う前に伯爵が肩を叩いて、同情してくれたので、黙る事とした。
理解者が一人居るだけで、人間は様々な事に、耐えられるものだ。
山田の方は、部屋の外で待機している。
天津語を、ある程度覚えているので、何かの時には、案内役を務めるのだ。
普通なら、山田の歳になると、徹夜は辛いだろうが、そこは慣れである。
ふらつきもせず、弱った様子も見せず、古参の意地を貫いていた。
(俺ばっかり仮眠を摂って、申し訳ないな。
後で、礼を言っておこう)
仮眠を摂る事を、後ろめたく感じていた万屋は、そう決意する。
たかが数時間程度の、豪華な部屋とはいえ、絨毯の上での仮眠であるが、万が一にも、後ろ弾はごめんなのだ。
そんな有り得ない話を抜きにしても、常に世話になっている相手を、無下には出来ない。
万屋としては、「山さん無しではやっていけない」というのが、本音なのだ。
御歳暮も、御中元も毎年欠かさず贈っている。
これはある意味で、古来より続く古参の兵士と指揮官の、理想的な関係であろう。
少なくとも、その一種ではある筈だ。
(ホントに神様、仏様、山田様だよな。
ありがたや、ありがたや)
無下には出来ないので、心の中では大袈裟に扱う万屋だが、一応階級差があるので、心の中に留めている。
尚、日本人らしく仏様も拝んでいるが、万屋は仏教とは縁の遠い人間だ。
実家はもとより、東京の家族も、冠婚葬祭の全てが、神道式だったのだから、当然である。
そして万屋は、山田について考える事を止めた。
体を大きく伸ばしてから、上体を起こす。
「う、う??ん……
0630過ぎか。
とっくに日は昇ったな。
拉致被害者は、どうなったろう……」
目を開けて、腕時計で時間を確認した万屋は、昨日の事を思い出し、暗い顔をする。
万屋としては、拉致被害者の存在を知った時点で、可能ならばそのまま敵を追撃したい、という思いだった。
だが、残念ながら万屋の所属は陸自なのだ。
小舟ぐらいしか接舷出来ない様な、敵の脱出路の急な崖や、そこから少し離れたところで、停泊している状態の敵船ならともかく、沖に逃げ出した船は、専門外である。
どんなに手伝いたくとも、見付かるまでは、海自に任せる他無いのだ。
逆に言えば、見付かりさえすれば、通訳という形で役に立つ事が出来る。
だからこそ、万屋は涙を呑んで体を休めたのだ。
「おはようございます、万屋さん」
ベアトリクスが、声を掛ける。
彼女は王族であるが、同時に軍人でもあるので、異性との雑魚寝には、そこそこ慣れているらしい。
万屋としては、彼女が自ら望んだ事とはいえ、少なからず動揺する筈だと思っていたのだが、そんな事は無く、ベアトリクスは就寝前から、動揺を見せていない。
むしろ、堂々としているぐらいだ。
アンジェリカも、不満気ではあったが、同様である。
逆に、どちらかと言えば、侍女達の方が意識しているぐらいだ。
侍女達の感覚だと伯爵の方は、最初から男の数に入っていないらしいが、万屋の方にはさりげなく視線を送っていた。
よく眠れなかったのか、目の下にクマが出来ている娘も居る。
「おはようございます、殿下。
仮眠は摂れましたか?」
「ええ、ぐっすりと。
これ程揺れない船もありませんね。
ゆっくりとは言えませんが、船上とは思えない程、快適な仮眠でした。」
万屋が挨拶すると、ベアトリクスはそう応えた。
そのやり取りだけを観れば、両者の仲は良好に見える。
しかし実際は、ベアトリクスからの一方的な好意と、万屋の強く拒絶出来ない立場から成る、微妙なバランスを保った状況なのだ。
断じて甘酸っぱいものでは無かった。
そう。
彼女が海自から提供された、薄手のシャツにジャージという、ラフな格好であっても、その下は何も身に付けていなくとも、肉食獣の様な目付きでは、そういう気分にならないものだ。
(せめて、獲物を見る様な目付きは止めて欲しい……)
そうは思っても、やはり口には出さない。
「はっはっはっ。
それは少し大袈裟ですよ。
揺れが少ない様に、工夫はされていますが、湾内でもない限り、揺れはあります。
まあ、『いずも』は海自さんの中でも、かなりの大船ですから、揺れが少ない方ですね」
万屋は、本音の代わりにそう言った。
「そういえば、最初に乗った船よりも、大きかったですね」
ベアトリクスは、万屋の本音に気付いていないのか、或いは気付いていても、無視しているのか、当たり障りの無い反応だ。
(警戒し過ぎなのか?
いや、でも……)
万屋はベアトリクスの視線が余程恐ろしいのだろう。
彼女の一挙一動に、疑いを持つ様になりつつあった。
「ええ、『いずも』は別格ですよ。
ところで、伯爵はどちらへ?」
万屋は、ふと気になった事を訊ねた。
ちなみに、アンジェリカはまだ寝ている。
彼女は寝相が悪いのか、就寝前とは上下逆の方向を、向いていた。
「伯爵は、山田の案内で、艦内を見学するとか……」
万屋は、ベアトリクスが山田を呼び捨てにした事に、ギョッとする。
(俺はまだ勇者扱いなのか!?
いい加減、諦めて認めればいいのに……)
どうやらベアトリクスは、未だに万屋のみを、特別扱いしているらしい。
もちろん万屋も、その事には気付いていたが、それを初めて実感したのだろう。
驚きを隠せていない。
「そ、そうですか。
伯爵がいらっしゃらないとなると、朝食は如何なさいます?」
万屋はそう問いつつも、貴賓室で食べる事を前提としていた。
最初の偶発的戦闘による捕虜の数は多く、当然『いずも』艦内にも、多数の捕虜が収容されているのだ。
エルフ達の存在やその待遇が、彼等を刺激する可能性も充分にある。
万が一、ベアトリクスが怪我でもしたら、一大事なのだ。
(山さんも、その辺り分かってる筈なんだけどなぁ……)
万屋は、そう考えながら、溜め息を吐いた。
もちろん、山田もその事は理解している。
残念ながら、伯爵が強引に押し切ってしまったのだ。
しかし今の時点で、万屋がそれを知る術は無かった。
「私、昨日のスープ料理が食べたいです」
ベアトリクスは、食べる場所や時間ではなく、料理の方を指定してきた。
何かがずれている。
おそらく、昨日のスープとやらを気に入ったが故の、ずれた返答なのだろう。
(昨日のスープ?
昨日と言えば、捕虜が出たのは中途半端な時間だったな。
捕虜に出した食事は、急遽夕食の材料を回して作ったとか。
で、昨日は金曜日と……
朝からカレーを所望とか、どんな王族だよ……)
万屋は、想像だけで胸焼けを起こしたのか、顔を青くする。
普段ならともかく、ここは船の上なのだ。
更に、拉致被害者という、心配事も残っている。
我慢出来ずに、顔に出してしまうのも、仕方のない事だろう。
「万屋さん、顔色が悪いですよ?」
ベアトリクスは、心配そうにそう言った。
「い、いえ大丈夫です。
これでも、それなりに訓練は受けておりますので、丈夫な体をしています。
ご希望のスープですが、時間が掛かりますので、残念ながら諦めた方がよろしいでしょう。
もしよろしければ、昼食に用意出来る様、手配致しますよ?」
万屋は胃痛を避ける為に、適当な事を言って誤魔化す。
彼の場合、自炊は一切出来ないので、調理に掛かる時間等、全く知らないのだ。
「そうですか。
残念です」
途端に、ベアトリクスの顔が曇る。
それを見た万屋は、罪悪感に苛まれそうになるが、何とか堪えた。
相手は、『女は魔性』というのを、地でいった様な存在なのだ。
もちろん、客観的に観れば、万屋の勘違いという可能性も、否定出来ないが、少なくとも彼にとってのベアトリクスは、そういう存在だった。
やはり万屋は、疑心暗鬼になりつつあるのだろう。
「昼食を楽しみにしていてください」
何だかんだと、思うところはあるが、万屋も男である。
猜疑心を持ちつつも、昼食がカレーになる様に、全力を尽くすつもりで、そう言った。
アンジェリカの事を、バカに出来ない程の単純さであるが、男という存在の本質はそんなものなのだろう。
「はい、楽しみにしていますね♪」
ベアトリクスは、そう言って蕩ける様な、最高の笑みを浮かべた。
その笑顔に、万屋は為す術もなく惚けてしまう。
(お、落ち着こう。
魔性魔性魔性魔性……)
万屋は、冷静さを取り戻す為、ひたすら念じる。
「え、えぇ。
朝食は、この部屋で食べられますが、如何なさいます?」
そして、何とか冷静さを取り戻し、朝食を摂る場所を訊ねた。
「アンジェリカは朝に弱いので、連れ回すのも可哀想です。
申し訳ありませんが、部屋で食べましょう」
ベアトリクスにとってのアンジェリカは、身内も同然の様だ。
護衛される立場にも拘らず、気を使っている。
だが、そんな事情は万屋の預かり知らぬところであった。
(相対的に、余計残念に見えるな)
万屋は、事情を知らないが故に、アンジェリカの残念さを、再確認した。
もっとも、護衛対象に気を使わせる護衛等、どの様な事情があっても、そう思われて当然であろう。
「ムニャッ!?
誰だ、私を馬鹿にしたのは!?」
万屋の心の声を聴いた訳では無いだろうが、ベアトリクスが突然、ガバッと起き上がる。
「うおっ!?」
万屋は驚いて飛び退った。
(フ、ファンタジー怖い。
偶然かどうか、判断出来ん)
もちろん偶然なのだが、万屋にはそれが判断出来ないので、無意味に怯えているのだ。
「むえ?
お、おはようございます、姫様!」
万屋が飛び退っても、大した反応を示さないアンジェリカであるが、ベアトリクスを視界に入れると、ハッとした顔で跳ね起き、挨拶をする。
「おはようございます、アンジェリカ。
今日は、昼食に昨日のスープ料理が出るそうですよ。
楽しみですね」
護衛にしては、随分と酷い有り様であるが、ベアトリクスの方は気にした様子も無い。
普段から、これなのだろう。
万屋は呆れている。
こうして、昨日と同様の、濃厚な一日が始まるのだった。
長期間の演習に較べれば、大分楽な任務だが、やはり演習と実戦は違うのだろう。
精神的疲労は逆に、演習とは比較にならない程、大きかった様だ。
それに、事前に想定されていた実戦とは、全く違う戦闘だった事も、疲労の大きな原因だろう。
ファンタジー相手の戦闘等、某怪獣の襲来と同列の扱いなのだ。
同期の内で、雑談で想定する事はあっても、予算を割いた正式な研究等、行われていなくて当然である。
そう考えると、自衛隊は陸海共に、充分過ぎる程の働きを、為し得たのだろう。
そんな事もあって現在。
小隊の面々は、急遽あてがわれた部屋で、倒れ込む様にして眠っている。
急な予定変更という事もあって、予備の部屋に簡易ベットというスタイルだが、野営よりは遥かにましだろう。
一方のエルフ達は、来賓という扱いなので、万屋と共に別室だ。
総理大臣が、式典の際に使用する為の、(あるいは、政府機能の移転も視野に入れている)護衛艦には不釣り合いな、貴賓室である。
やはり、『いずも』程の艦ともなれば、設備もいろいろと異なるのだろう。
こちらはこちらで、初めて使われる部屋なのだが、掃除は行き届いている。
ちなみに、万屋は隣室で待機する予定であったが、例によってベアトリクスの、強い要望があり、アンジェリカに唸られながらも、同室に泊まる事となっていた。
もちろん、伯爵やアンジェリカ、侍女達と同じ様に、簡易ベットであるが、同室である事には変わり無い。
何も無いだろうと思いつつ、つい身構えてしまうのは、当然だろう。
(いくら美人でも、変則系肉食とか、唸る阿呆の子とか、勘弁して欲しい)
同室で寝る事を求められた際、万屋はそんな事を思ったが、何か言う前に伯爵が肩を叩いて、同情してくれたので、黙る事とした。
理解者が一人居るだけで、人間は様々な事に、耐えられるものだ。
山田の方は、部屋の外で待機している。
天津語を、ある程度覚えているので、何かの時には、案内役を務めるのだ。
普通なら、山田の歳になると、徹夜は辛いだろうが、そこは慣れである。
ふらつきもせず、弱った様子も見せず、古参の意地を貫いていた。
(俺ばっかり仮眠を摂って、申し訳ないな。
後で、礼を言っておこう)
仮眠を摂る事を、後ろめたく感じていた万屋は、そう決意する。
たかが数時間程度の、豪華な部屋とはいえ、絨毯の上での仮眠であるが、万が一にも、後ろ弾はごめんなのだ。
そんな有り得ない話を抜きにしても、常に世話になっている相手を、無下には出来ない。
万屋としては、「山さん無しではやっていけない」というのが、本音なのだ。
御歳暮も、御中元も毎年欠かさず贈っている。
これはある意味で、古来より続く古参の兵士と指揮官の、理想的な関係であろう。
少なくとも、その一種ではある筈だ。
(ホントに神様、仏様、山田様だよな。
ありがたや、ありがたや)
無下には出来ないので、心の中では大袈裟に扱う万屋だが、一応階級差があるので、心の中に留めている。
尚、日本人らしく仏様も拝んでいるが、万屋は仏教とは縁の遠い人間だ。
実家はもとより、東京の家族も、冠婚葬祭の全てが、神道式だったのだから、当然である。
そして万屋は、山田について考える事を止めた。
体を大きく伸ばしてから、上体を起こす。
「う、う??ん……
0630過ぎか。
とっくに日は昇ったな。
拉致被害者は、どうなったろう……」
目を開けて、腕時計で時間を確認した万屋は、昨日の事を思い出し、暗い顔をする。
万屋としては、拉致被害者の存在を知った時点で、可能ならばそのまま敵を追撃したい、という思いだった。
だが、残念ながら万屋の所属は陸自なのだ。
小舟ぐらいしか接舷出来ない様な、敵の脱出路の急な崖や、そこから少し離れたところで、停泊している状態の敵船ならともかく、沖に逃げ出した船は、専門外である。
どんなに手伝いたくとも、見付かるまでは、海自に任せる他無いのだ。
逆に言えば、見付かりさえすれば、通訳という形で役に立つ事が出来る。
だからこそ、万屋は涙を呑んで体を休めたのだ。
「おはようございます、万屋さん」
ベアトリクスが、声を掛ける。
彼女は王族であるが、同時に軍人でもあるので、異性との雑魚寝には、そこそこ慣れているらしい。
万屋としては、彼女が自ら望んだ事とはいえ、少なからず動揺する筈だと思っていたのだが、そんな事は無く、ベアトリクスは就寝前から、動揺を見せていない。
むしろ、堂々としているぐらいだ。
アンジェリカも、不満気ではあったが、同様である。
逆に、どちらかと言えば、侍女達の方が意識しているぐらいだ。
侍女達の感覚だと伯爵の方は、最初から男の数に入っていないらしいが、万屋の方にはさりげなく視線を送っていた。
よく眠れなかったのか、目の下にクマが出来ている娘も居る。
「おはようございます、殿下。
仮眠は摂れましたか?」
「ええ、ぐっすりと。
これ程揺れない船もありませんね。
ゆっくりとは言えませんが、船上とは思えない程、快適な仮眠でした。」
万屋が挨拶すると、ベアトリクスはそう応えた。
そのやり取りだけを観れば、両者の仲は良好に見える。
しかし実際は、ベアトリクスからの一方的な好意と、万屋の強く拒絶出来ない立場から成る、微妙なバランスを保った状況なのだ。
断じて甘酸っぱいものでは無かった。
そう。
彼女が海自から提供された、薄手のシャツにジャージという、ラフな格好であっても、その下は何も身に付けていなくとも、肉食獣の様な目付きでは、そういう気分にならないものだ。
(せめて、獲物を見る様な目付きは止めて欲しい……)
そうは思っても、やはり口には出さない。
「はっはっはっ。
それは少し大袈裟ですよ。
揺れが少ない様に、工夫はされていますが、湾内でもない限り、揺れはあります。
まあ、『いずも』は海自さんの中でも、かなりの大船ですから、揺れが少ない方ですね」
万屋は、本音の代わりにそう言った。
「そういえば、最初に乗った船よりも、大きかったですね」
ベアトリクスは、万屋の本音に気付いていないのか、或いは気付いていても、無視しているのか、当たり障りの無い反応だ。
(警戒し過ぎなのか?
いや、でも……)
万屋はベアトリクスの視線が余程恐ろしいのだろう。
彼女の一挙一動に、疑いを持つ様になりつつあった。
「ええ、『いずも』は別格ですよ。
ところで、伯爵はどちらへ?」
万屋は、ふと気になった事を訊ねた。
ちなみに、アンジェリカはまだ寝ている。
彼女は寝相が悪いのか、就寝前とは上下逆の方向を、向いていた。
「伯爵は、山田の案内で、艦内を見学するとか……」
万屋は、ベアトリクスが山田を呼び捨てにした事に、ギョッとする。
(俺はまだ勇者扱いなのか!?
いい加減、諦めて認めればいいのに……)
どうやらベアトリクスは、未だに万屋のみを、特別扱いしているらしい。
もちろん万屋も、その事には気付いていたが、それを初めて実感したのだろう。
驚きを隠せていない。
「そ、そうですか。
伯爵がいらっしゃらないとなると、朝食は如何なさいます?」
万屋はそう問いつつも、貴賓室で食べる事を前提としていた。
最初の偶発的戦闘による捕虜の数は多く、当然『いずも』艦内にも、多数の捕虜が収容されているのだ。
エルフ達の存在やその待遇が、彼等を刺激する可能性も充分にある。
万が一、ベアトリクスが怪我でもしたら、一大事なのだ。
(山さんも、その辺り分かってる筈なんだけどなぁ……)
万屋は、そう考えながら、溜め息を吐いた。
もちろん、山田もその事は理解している。
残念ながら、伯爵が強引に押し切ってしまったのだ。
しかし今の時点で、万屋がそれを知る術は無かった。
「私、昨日のスープ料理が食べたいです」
ベアトリクスは、食べる場所や時間ではなく、料理の方を指定してきた。
何かがずれている。
おそらく、昨日のスープとやらを気に入ったが故の、ずれた返答なのだろう。
(昨日のスープ?
昨日と言えば、捕虜が出たのは中途半端な時間だったな。
捕虜に出した食事は、急遽夕食の材料を回して作ったとか。
で、昨日は金曜日と……
朝からカレーを所望とか、どんな王族だよ……)
万屋は、想像だけで胸焼けを起こしたのか、顔を青くする。
普段ならともかく、ここは船の上なのだ。
更に、拉致被害者という、心配事も残っている。
我慢出来ずに、顔に出してしまうのも、仕方のない事だろう。
「万屋さん、顔色が悪いですよ?」
ベアトリクスは、心配そうにそう言った。
「い、いえ大丈夫です。
これでも、それなりに訓練は受けておりますので、丈夫な体をしています。
ご希望のスープですが、時間が掛かりますので、残念ながら諦めた方がよろしいでしょう。
もしよろしければ、昼食に用意出来る様、手配致しますよ?」
万屋は胃痛を避ける為に、適当な事を言って誤魔化す。
彼の場合、自炊は一切出来ないので、調理に掛かる時間等、全く知らないのだ。
「そうですか。
残念です」
途端に、ベアトリクスの顔が曇る。
それを見た万屋は、罪悪感に苛まれそうになるが、何とか堪えた。
相手は、『女は魔性』というのを、地でいった様な存在なのだ。
もちろん、客観的に観れば、万屋の勘違いという可能性も、否定出来ないが、少なくとも彼にとってのベアトリクスは、そういう存在だった。
やはり万屋は、疑心暗鬼になりつつあるのだろう。
「昼食を楽しみにしていてください」
何だかんだと、思うところはあるが、万屋も男である。
猜疑心を持ちつつも、昼食がカレーになる様に、全力を尽くすつもりで、そう言った。
アンジェリカの事を、バカに出来ない程の単純さであるが、男という存在の本質はそんなものなのだろう。
「はい、楽しみにしていますね♪」
ベアトリクスは、そう言って蕩ける様な、最高の笑みを浮かべた。
その笑顔に、万屋は為す術もなく惚けてしまう。
(お、落ち着こう。
魔性魔性魔性魔性……)
万屋は、冷静さを取り戻す為、ひたすら念じる。
「え、えぇ。
朝食は、この部屋で食べられますが、如何なさいます?」
そして、何とか冷静さを取り戻し、朝食を摂る場所を訊ねた。
「アンジェリカは朝に弱いので、連れ回すのも可哀想です。
申し訳ありませんが、部屋で食べましょう」
ベアトリクスにとってのアンジェリカは、身内も同然の様だ。
護衛される立場にも拘らず、気を使っている。
だが、そんな事情は万屋の預かり知らぬところであった。
(相対的に、余計残念に見えるな)
万屋は、事情を知らないが故に、アンジェリカの残念さを、再確認した。
もっとも、護衛対象に気を使わせる護衛等、どの様な事情があっても、そう思われて当然であろう。
「ムニャッ!?
誰だ、私を馬鹿にしたのは!?」
万屋の心の声を聴いた訳では無いだろうが、ベアトリクスが突然、ガバッと起き上がる。
「うおっ!?」
万屋は驚いて飛び退った。
(フ、ファンタジー怖い。
偶然かどうか、判断出来ん)
もちろん偶然なのだが、万屋にはそれが判断出来ないので、無意味に怯えているのだ。
「むえ?
お、おはようございます、姫様!」
万屋が飛び退っても、大した反応を示さないアンジェリカであるが、ベアトリクスを視界に入れると、ハッとした顔で跳ね起き、挨拶をする。
「おはようございます、アンジェリカ。
今日は、昼食に昨日のスープ料理が出るそうですよ。
楽しみですね」
護衛にしては、随分と酷い有り様であるが、ベアトリクスの方は気にした様子も無い。
普段から、これなのだろう。
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貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
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【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
夢幻の錬金術師 ~【異空間収納】【錬金術】【鑑定】【スキル剥奪&付与】を兼ね備えたチートスキル【錬金工房】で最強の錬金術師として成り上がる~
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女神の助手として異世界に召喚された厨二病少年・神薙拓光。
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ただでさえ、魔法があり魔物がはびこる危険な世界。そこを生産職の助手と巡るのかと、女神も頭を抱えたのだが……。
彼の持つ【錬金工房】は、レアスキルである【異空間収納】【錬金術】【鑑定】の上位互換機能を合わせ持ってるだけでなく、スキルの【剥奪】【付与】まで行えるという、女神の想像を遥かに超えたチートスキルだった。
これは一人の少年が異世界で伝説の錬金術師として成り上がっていく物語。
※カクヨムにも投稿しています
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