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第一章 小笠原事変
第十三話 現地情勢と、歴史的経緯(前編)
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「国家転移の謎はともかく、最初にこちらの情勢や、文化等のお話をすべきでしたね」
沈黙を破ったのは、ベアトリクスだった。
伯爵も頷いている。
「今からでも、遅くはありません。
少し長くなりますが、お話しましょう」
そう言って、ベアトリクスは語り出した。
ベアトリクスの話から、彼女達の主観に基づく正義や、邪悪だのといった部分を除くと、以下の様になる。
話の結構な部分を除く事になるのであるが、それはやむを得ない措置だった。
何せ当事者、それも交戦国の王族なのだ。
主観的な話題に偏るのは、仕方の無い事だろう。
その為、万屋と山田は突っ込みどころがあっても、可能な限りはとにかく黙って聴く事にした。
こっそりとボイスレコーダーを起動させ、頭に記憶するのは確実そうな部分に、留めておくのだ。
そして、怪しい部分の判断は専門家に任せる。
二人の立場では、そうするのがベストだろう。
もちろん、重要な部分はメモをとるが、下手にそれ以上の事は、しない方が良いのだ。
非常時に、誤報をばらまく訳にはいかないのである。
先ず、地理的な話をすると、この世界は五大陸に分かれているとの事。
意外にも、大まかながら世界地図があり、地動説が主流となっている様だ。
これには、『勇者』が関わっていないらしく、あくまでこの世界で独自に発見されているらしい。
北半球には、中央大陸、西方大陸、東方大陸が存在し、日本の現在地は、中央大陸と西方大陸の間、西中洋との事。
エルフ達が言うところの天津大陸とは、あくまで住民の呼称であり、世界的な公称では、西方大陸の事を指す。
ちなみに、中央大陸には神聖大陸、東方大陸にもアトランティス大陸と、それぞれ住民独自の呼称が存在するらしい。
これ等北半球は、人類領域と呼ばれる。
そして、もう一方の南半球は、魔族領域と呼ばれ、人類領域の住民とは、相容れ無い存在、魔族の住む土地だと言う。
相容れ無いと言うのが、どういった意味合いなのかは、不明である。
彼等が人類領域に攻め寄せる、という事件もある様だが、それだけならば北半球の他国と同じであろう。
しかし、魔族の扱いは異教徒や異種族と、別格なのである。
部外者である日本人には、この辺りの事がよく分からない。
どうにも、北半球の全ての宗教で、同様に魔族の邪悪な性質が、叫ばれている様だが、その理由についても不明である。
万屋は、中世的な信仰心と言う名の、盲信を面倒に思いつつ、それをメモ帳に書き加えた。
もちろん、本格的な報告書にまで、断定的に書くつもりは無い。
専門家の参考になる程度の、推論として報告するのだ。
個人的には、確信しているが、所詮は素人考えである。
読んだ相手を、ミスリードさせる様な真似は、避けたいのだ。
妙な事に、魔族襲来ともなると人類領域の各国はど団結するらしい。
戦争中であっても、どれだけ歪み合っていようとも、直ぐ様講和を纏めあげて、迎撃に向かうと言う話だ。
万屋も山田も困惑したが、「魔族とは、それだけ恐ろしい存在なのだろう」と思い釈然としないものの、無理矢理自分を納得させた。
専門家に任せるべき案件、と思ったのだ。
丸投げであるが、気にはしない。
そこまでの能力は、求められていないのだ。
魔族領域には、べリアル大陸とアザゼル大陸の、二大陸が存在する。
位置的には、日本の転移した西中洋の南方、北半球に近い場所に、アザゼル大陸が存在し、東方大陸の遥か南、北半球とは遠い位置に、べリアル大陸が存在する。
北半球と南半球で、生存圏が綺麗に分かれている理由は、二柱の創造神が分担して創造した事とされている。
もっとも、それは西方大陸での神話であり、中央大陸の聖十字教といった唯一神教では、考えが異なる様子だ。
ちなみに、西方大陸では二柱を、イザナギ、イザナミと呼んでいるらしい。
北半球をイザナギが、南半球をイザナミが、それぞれ担当したとの事。
しかも、イザナミは顔に怪我を負い、それをイザナギに見られた事で、心を病んだという、何処かで聞いた様な神話も残っていた。
それを聴いた山田は、自説が証明された事を喜んでいたが、万屋の方は当然と言うべきか、落ち込んでいる。
地理以上に重要なのは、国際情勢である。
西方大陸と中央大陸の間では、日本にとって面倒な事に、宗教戦争が続いているというのだ。
つまり日本は、両大陸間の戦争と、無関係ではいられない、という事である。
もっとも現在の戦線は、中央大陸西部に突き出ている、西端半島の付け根辺りであり、数百年単位で膠着状態な事から、今すぐ戦争に巻き込まれる、という可能性は低い。
少なくとも、話を聴いた山田はそう判断した。
そして万屋は、山田の判断を頼りにしているので、簡単に納得している。
事実、少し前まで日本の位置に存在し、日本と入れ替わったと思われる国、『タルターニャ広域植民都市連合王国』は、中立を保っていたとの事。
ただし、中立とは言っても、民間の海運業者は、事実上の西方大陸陣営である。
何故なら、タルターニャ領海を避けての、両大陸間輸送は不可能だからだ。
つまり、両大陸間での物資や人員の輸送は、タルターニャの海運商人達に、依存せざるを得ないのである。
当然中央大陸側から、攻撃を受けそうなものであるが、過去には中央大陸側も、タルターニャの海運を利用していた、という経緯もあって、補給線を断つ様な作戦は立てられていない。
これは、タルターニャが強大な海軍を、長期間維持していた事が理由であるが、彼等に出来て、日本に出来ないという事は無いだろう。
魔法という、比較し難い存在もあるが、基本的に技術格差は桁違いなのだ。
そして、『勇者』という存在についての話であるが、これは歴史的な経緯を含めた話であった。
そもそもこの戦争は、(ベアトリクス曰く)聖十字教による第一次神聖軍遠征という、今から八百年前の戦争に端を発する。
これは、当時の聖十字教法主、ピウス一世によって発せられた、『西方大陸教化の大号令』に基づき、中央大陸諸国から数十万の大軍が、西方大陸へ攻め寄せる、という一大事件であった。
当然、西方大陸の国々も、団結してこの事態に対応したものの、それは明確な同盟とは言い難く、連携は不充分であり、各個撃破されている。
そして、敗北を続けた西方大陸陣営の元に、イザナギ神殿から遣わされた人物こそが、『初代勇者ミアヴォート・ヨシツニー』である。
山田によって、源義経と同一人物説が立てられた人物だ。
事実、彼は極めて有能な戦術家であったと、伝えられている。
それは、圧倒されていた西方大陸陣営が、彼のもたらした戦術によって、戦線を膠着状態に持ち込んだ事からも明らかだ。
そして、その状況はヨシツニーの死後も、なんとか維持された。
もっとも、それは西方大陸陣営の努力によってのみ、維持された訳では無い。
聖十字教会内部の宗派抗争も、大きな要因である。
それから約四百年後には、西方大陸東海岸で成立した聖十字教国、『ノヴァ・サヴォイア大公国』を中心とした、第二次聖十字軍遠征が開始された。
この頃、西方大陸陣営は戦乱期であり、団結してこれに抵抗する事は、不可能と思われたが、この時も『勇者』が現れる。
『二代勇者サキノウダイ・ジン』は、初代とは大きく異なる存在であった。
イザナギ神殿を中心に、西方大陸諸神殿の支持を得て、瞬く間に大陸西部を統一したのだ。
そして、『ジン朝西天津国』を建国し、何故か王号を名乗らずに自らを『デジョーヴ・デー・ジン』と称した。
それを聴いた山田が、前右大臣云々、太政大臣云々と、再び話の腰を折ったのは別の話である。
サキノウダイは、その上で東部の諸国と盟約を交わし、聖十字軍を一気に撃ち破り、ノヴァ・サヴォイアを滅ぼし、さらには中央大陸まで攻め寄せている。
初代勇者との違いは、その卓越した政治、戦略的才能であったのだ。
こうして、西端半島西部まで戦線は進み、今に至るとの事だった。
何故停滞しているのかと言えば、それは地形が原因であるらしい。
西端半島の地形は、東西に異様な程細長く伸びた東部の地峡地帯と、円の様に丸い西部の平原地帯に、分かれているのだ。
地峡地帯はさらに、地峡の中央部分にあって、東西へ伸びる山脈地帯と、南北両岸の僅かな海岸地帯の二つに、分けられている。
つまり、急な山脈のある中央部分は行軍出来ないのだ。
守備側は、狭く細長い沿岸地帯だけを守っていれば良いのである。
要するに、守るに易く攻めるに堅い、守備側にとっては理想的な地形なのだ。
さらに言えば、西天津国にはサキノウダイのもたらした、ティコーゼンと呼ばれる、鉄張の海軍が存在する。
タルターニャの人魚部隊には勝てないものの、海上の守りは鉄壁であった。
しかし、それ以上東進する事は叶わず、サキノウダイが死去した事で、戦線は四百年程の永きに渡り、停滞している。
(もしかして、完全に勇者頼みと言うか、勇者に依存し過ぎなんじゃないか?
日本に依存されたらどうなるんだろう……)
ここまでの話を聴いた万屋は、そんな事を考える。
そして、絶対に報告すべき事として、さりげなくメモを取った。
無論万屋としては、それが杞憂であれば幸いなのだが、残念な事に山田も同じ考えの様で、顔を顰めている。
次の危機は百五十年程前の、第三次神聖軍遠征であった。
これは、中央大陸最大の国家である、『神聖帝国』が海路より、西端半島西部へと攻め寄せた戦争である。
難攻不落と呼ばれる、西端半島西部への遠征であり、無謀かと思われたが、帝国も無策ではなかった。
帝国は、西天津国の『ティコーゼン』に対する策として、大規模艦隊を編成しての飽和攻撃を計画し、実行に移したのだ。
そして、北岸部をタルターニャ領海に侵入しない様、長い戦列を組んで前進する帝国艦隊の前に、三度現れたのは異界の軍艦『ウィネビー』であった。
鋼鉄の軍艦は、西天津国のものとは比較なならない程の、強大な『ヲーズズ』を用いて、帝国艦隊を滅ぼしたと言う。
ちなみに、ここから『勇者』の定義があやふやになったとは、ベアトリクスの言である。
それはそうだろう。
万屋も、無理は無いと思った。
今までは、優れた個人だったものが、いきなり軍艦になったのだ。
戸惑うのは当然であるし、様々な意見が出るのも、やはり当然の事であろう。
ベアトリクス達の住む、『ハイエルフ王国』でも論争が起こり、王家の公式見解では『勇者』の定義を、「西方大陸の危機に駆け付ける、異世界の存在」としているとの事だった。
(明らかに、曖昧にして誤魔化してるな……)
万屋はそう思ったが、何時も通り口には出さない。
山田に軽く目配せを送ったが、それだけである。
外交上重要な情報ではあるが、個人的にはどうでもいいのだ。
山田の方も食い付くのは、自分の予想に関する事ばかりで、他はメモを取るだけに留めている。
後で纏めて質問するのだろう。
その後も『勇者』は現れた。
百年程前には、『勇者』らしき存在が、断続的に現れた時期もあったという。
ある時は異界の軍艦『ヒリュヴー』が、西天津国の港に着底した。
またある時は、小競り合いの最中に、突如飛行物体が現れ、そのまま敵陣に落下した事件も、記録されている。
そして、唯一の生存者が発見された事件も起きた。
西天津国沿岸の海に墜落した、巨大な飛行物体から、生存者が救助されたのだ。
その人物が、『クォガー・ネーチ』である。
もっとも、彼を『勇者』として認める国は、極めて少ない。
彼は、『ヒリュヴー』についての知識があり、それを参考に西天津国は、航竜母艦の建造に踏み切ったのだ。
そして、当時は大規模な神聖軍遠征も無く、小競り合いは頻繁に起こるものの、比較的平和な時代であった。
つまり、戦闘に参加して、戦果を挙げた訳でも、窮地を救った訳でも無いのだ。
そして、西天津国一国にのみ、利益をもたらしたのである。
故に、西天津国では人気があるものの、他国での評価は低いのだ。
「少し疲れました。
後は伯爵にお願いします」
ここまで話したベアトリクスは、侍女に用意させた紅茶を、一気に飲み干してから、そう言った。
昨日は、日本茶やコーヒーに興味を持っていた様だが、慣れ親しんだ味の方が落ち着くのだろう。
ちなみに、侍女達は流石と言うべきか、電気ポットの使い方を、既に覚えている。
「では、某が姫様に替わって、ご説明致しましょう」
指名を受けた伯爵が、ベアトリクスに替わって話し出した。
沈黙を破ったのは、ベアトリクスだった。
伯爵も頷いている。
「今からでも、遅くはありません。
少し長くなりますが、お話しましょう」
そう言って、ベアトリクスは語り出した。
ベアトリクスの話から、彼女達の主観に基づく正義や、邪悪だのといった部分を除くと、以下の様になる。
話の結構な部分を除く事になるのであるが、それはやむを得ない措置だった。
何せ当事者、それも交戦国の王族なのだ。
主観的な話題に偏るのは、仕方の無い事だろう。
その為、万屋と山田は突っ込みどころがあっても、可能な限りはとにかく黙って聴く事にした。
こっそりとボイスレコーダーを起動させ、頭に記憶するのは確実そうな部分に、留めておくのだ。
そして、怪しい部分の判断は専門家に任せる。
二人の立場では、そうするのがベストだろう。
もちろん、重要な部分はメモをとるが、下手にそれ以上の事は、しない方が良いのだ。
非常時に、誤報をばらまく訳にはいかないのである。
先ず、地理的な話をすると、この世界は五大陸に分かれているとの事。
意外にも、大まかながら世界地図があり、地動説が主流となっている様だ。
これには、『勇者』が関わっていないらしく、あくまでこの世界で独自に発見されているらしい。
北半球には、中央大陸、西方大陸、東方大陸が存在し、日本の現在地は、中央大陸と西方大陸の間、西中洋との事。
エルフ達が言うところの天津大陸とは、あくまで住民の呼称であり、世界的な公称では、西方大陸の事を指す。
ちなみに、中央大陸には神聖大陸、東方大陸にもアトランティス大陸と、それぞれ住民独自の呼称が存在するらしい。
これ等北半球は、人類領域と呼ばれる。
そして、もう一方の南半球は、魔族領域と呼ばれ、人類領域の住民とは、相容れ無い存在、魔族の住む土地だと言う。
相容れ無いと言うのが、どういった意味合いなのかは、不明である。
彼等が人類領域に攻め寄せる、という事件もある様だが、それだけならば北半球の他国と同じであろう。
しかし、魔族の扱いは異教徒や異種族と、別格なのである。
部外者である日本人には、この辺りの事がよく分からない。
どうにも、北半球の全ての宗教で、同様に魔族の邪悪な性質が、叫ばれている様だが、その理由についても不明である。
万屋は、中世的な信仰心と言う名の、盲信を面倒に思いつつ、それをメモ帳に書き加えた。
もちろん、本格的な報告書にまで、断定的に書くつもりは無い。
専門家の参考になる程度の、推論として報告するのだ。
個人的には、確信しているが、所詮は素人考えである。
読んだ相手を、ミスリードさせる様な真似は、避けたいのだ。
妙な事に、魔族襲来ともなると人類領域の各国はど団結するらしい。
戦争中であっても、どれだけ歪み合っていようとも、直ぐ様講和を纏めあげて、迎撃に向かうと言う話だ。
万屋も山田も困惑したが、「魔族とは、それだけ恐ろしい存在なのだろう」と思い釈然としないものの、無理矢理自分を納得させた。
専門家に任せるべき案件、と思ったのだ。
丸投げであるが、気にはしない。
そこまでの能力は、求められていないのだ。
魔族領域には、べリアル大陸とアザゼル大陸の、二大陸が存在する。
位置的には、日本の転移した西中洋の南方、北半球に近い場所に、アザゼル大陸が存在し、東方大陸の遥か南、北半球とは遠い位置に、べリアル大陸が存在する。
北半球と南半球で、生存圏が綺麗に分かれている理由は、二柱の創造神が分担して創造した事とされている。
もっとも、それは西方大陸での神話であり、中央大陸の聖十字教といった唯一神教では、考えが異なる様子だ。
ちなみに、西方大陸では二柱を、イザナギ、イザナミと呼んでいるらしい。
北半球をイザナギが、南半球をイザナミが、それぞれ担当したとの事。
しかも、イザナミは顔に怪我を負い、それをイザナギに見られた事で、心を病んだという、何処かで聞いた様な神話も残っていた。
それを聴いた山田は、自説が証明された事を喜んでいたが、万屋の方は当然と言うべきか、落ち込んでいる。
地理以上に重要なのは、国際情勢である。
西方大陸と中央大陸の間では、日本にとって面倒な事に、宗教戦争が続いているというのだ。
つまり日本は、両大陸間の戦争と、無関係ではいられない、という事である。
もっとも現在の戦線は、中央大陸西部に突き出ている、西端半島の付け根辺りであり、数百年単位で膠着状態な事から、今すぐ戦争に巻き込まれる、という可能性は低い。
少なくとも、話を聴いた山田はそう判断した。
そして万屋は、山田の判断を頼りにしているので、簡単に納得している。
事実、少し前まで日本の位置に存在し、日本と入れ替わったと思われる国、『タルターニャ広域植民都市連合王国』は、中立を保っていたとの事。
ただし、中立とは言っても、民間の海運業者は、事実上の西方大陸陣営である。
何故なら、タルターニャ領海を避けての、両大陸間輸送は不可能だからだ。
つまり、両大陸間での物資や人員の輸送は、タルターニャの海運商人達に、依存せざるを得ないのである。
当然中央大陸側から、攻撃を受けそうなものであるが、過去には中央大陸側も、タルターニャの海運を利用していた、という経緯もあって、補給線を断つ様な作戦は立てられていない。
これは、タルターニャが強大な海軍を、長期間維持していた事が理由であるが、彼等に出来て、日本に出来ないという事は無いだろう。
魔法という、比較し難い存在もあるが、基本的に技術格差は桁違いなのだ。
そして、『勇者』という存在についての話であるが、これは歴史的な経緯を含めた話であった。
そもそもこの戦争は、(ベアトリクス曰く)聖十字教による第一次神聖軍遠征という、今から八百年前の戦争に端を発する。
これは、当時の聖十字教法主、ピウス一世によって発せられた、『西方大陸教化の大号令』に基づき、中央大陸諸国から数十万の大軍が、西方大陸へ攻め寄せる、という一大事件であった。
当然、西方大陸の国々も、団結してこの事態に対応したものの、それは明確な同盟とは言い難く、連携は不充分であり、各個撃破されている。
そして、敗北を続けた西方大陸陣営の元に、イザナギ神殿から遣わされた人物こそが、『初代勇者ミアヴォート・ヨシツニー』である。
山田によって、源義経と同一人物説が立てられた人物だ。
事実、彼は極めて有能な戦術家であったと、伝えられている。
それは、圧倒されていた西方大陸陣営が、彼のもたらした戦術によって、戦線を膠着状態に持ち込んだ事からも明らかだ。
そして、その状況はヨシツニーの死後も、なんとか維持された。
もっとも、それは西方大陸陣営の努力によってのみ、維持された訳では無い。
聖十字教会内部の宗派抗争も、大きな要因である。
それから約四百年後には、西方大陸東海岸で成立した聖十字教国、『ノヴァ・サヴォイア大公国』を中心とした、第二次聖十字軍遠征が開始された。
この頃、西方大陸陣営は戦乱期であり、団結してこれに抵抗する事は、不可能と思われたが、この時も『勇者』が現れる。
『二代勇者サキノウダイ・ジン』は、初代とは大きく異なる存在であった。
イザナギ神殿を中心に、西方大陸諸神殿の支持を得て、瞬く間に大陸西部を統一したのだ。
そして、『ジン朝西天津国』を建国し、何故か王号を名乗らずに自らを『デジョーヴ・デー・ジン』と称した。
それを聴いた山田が、前右大臣云々、太政大臣云々と、再び話の腰を折ったのは別の話である。
サキノウダイは、その上で東部の諸国と盟約を交わし、聖十字軍を一気に撃ち破り、ノヴァ・サヴォイアを滅ぼし、さらには中央大陸まで攻め寄せている。
初代勇者との違いは、その卓越した政治、戦略的才能であったのだ。
こうして、西端半島西部まで戦線は進み、今に至るとの事だった。
何故停滞しているのかと言えば、それは地形が原因であるらしい。
西端半島の地形は、東西に異様な程細長く伸びた東部の地峡地帯と、円の様に丸い西部の平原地帯に、分かれているのだ。
地峡地帯はさらに、地峡の中央部分にあって、東西へ伸びる山脈地帯と、南北両岸の僅かな海岸地帯の二つに、分けられている。
つまり、急な山脈のある中央部分は行軍出来ないのだ。
守備側は、狭く細長い沿岸地帯だけを守っていれば良いのである。
要するに、守るに易く攻めるに堅い、守備側にとっては理想的な地形なのだ。
さらに言えば、西天津国にはサキノウダイのもたらした、ティコーゼンと呼ばれる、鉄張の海軍が存在する。
タルターニャの人魚部隊には勝てないものの、海上の守りは鉄壁であった。
しかし、それ以上東進する事は叶わず、サキノウダイが死去した事で、戦線は四百年程の永きに渡り、停滞している。
(もしかして、完全に勇者頼みと言うか、勇者に依存し過ぎなんじゃないか?
日本に依存されたらどうなるんだろう……)
ここまでの話を聴いた万屋は、そんな事を考える。
そして、絶対に報告すべき事として、さりげなくメモを取った。
無論万屋としては、それが杞憂であれば幸いなのだが、残念な事に山田も同じ考えの様で、顔を顰めている。
次の危機は百五十年程前の、第三次神聖軍遠征であった。
これは、中央大陸最大の国家である、『神聖帝国』が海路より、西端半島西部へと攻め寄せた戦争である。
難攻不落と呼ばれる、西端半島西部への遠征であり、無謀かと思われたが、帝国も無策ではなかった。
帝国は、西天津国の『ティコーゼン』に対する策として、大規模艦隊を編成しての飽和攻撃を計画し、実行に移したのだ。
そして、北岸部をタルターニャ領海に侵入しない様、長い戦列を組んで前進する帝国艦隊の前に、三度現れたのは異界の軍艦『ウィネビー』であった。
鋼鉄の軍艦は、西天津国のものとは比較なならない程の、強大な『ヲーズズ』を用いて、帝国艦隊を滅ぼしたと言う。
ちなみに、ここから『勇者』の定義があやふやになったとは、ベアトリクスの言である。
それはそうだろう。
万屋も、無理は無いと思った。
今までは、優れた個人だったものが、いきなり軍艦になったのだ。
戸惑うのは当然であるし、様々な意見が出るのも、やはり当然の事であろう。
ベアトリクス達の住む、『ハイエルフ王国』でも論争が起こり、王家の公式見解では『勇者』の定義を、「西方大陸の危機に駆け付ける、異世界の存在」としているとの事だった。
(明らかに、曖昧にして誤魔化してるな……)
万屋はそう思ったが、何時も通り口には出さない。
山田に軽く目配せを送ったが、それだけである。
外交上重要な情報ではあるが、個人的にはどうでもいいのだ。
山田の方も食い付くのは、自分の予想に関する事ばかりで、他はメモを取るだけに留めている。
後で纏めて質問するのだろう。
その後も『勇者』は現れた。
百年程前には、『勇者』らしき存在が、断続的に現れた時期もあったという。
ある時は異界の軍艦『ヒリュヴー』が、西天津国の港に着底した。
またある時は、小競り合いの最中に、突如飛行物体が現れ、そのまま敵陣に落下した事件も、記録されている。
そして、唯一の生存者が発見された事件も起きた。
西天津国沿岸の海に墜落した、巨大な飛行物体から、生存者が救助されたのだ。
その人物が、『クォガー・ネーチ』である。
もっとも、彼を『勇者』として認める国は、極めて少ない。
彼は、『ヒリュヴー』についての知識があり、それを参考に西天津国は、航竜母艦の建造に踏み切ったのだ。
そして、当時は大規模な神聖軍遠征も無く、小競り合いは頻繁に起こるものの、比較的平和な時代であった。
つまり、戦闘に参加して、戦果を挙げた訳でも、窮地を救った訳でも無いのだ。
そして、西天津国一国にのみ、利益をもたらしたのである。
故に、西天津国では人気があるものの、他国での評価は低いのだ。
「少し疲れました。
後は伯爵にお願いします」
ここまで話したベアトリクスは、侍女に用意させた紅茶を、一気に飲み干してから、そう言った。
昨日は、日本茶やコーヒーに興味を持っていた様だが、慣れ親しんだ味の方が落ち着くのだろう。
ちなみに、侍女達は流石と言うべきか、電気ポットの使い方を、既に覚えている。
「では、某が姫様に替わって、ご説明致しましょう」
指名を受けた伯爵が、ベアトリクスに替わって話し出した。
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赤城たちは光に呑まれ、異世界へと召喚されてしまった。
「お~、異世界召喚ね。ラノベあるあるだな」
そう、他人事のように見送った俺だったが……。
直後、俺の足元にも魔法陣が浮かび上がる。
「ちょ、待て待て待て! 俺は陰キャだぞ!? 勇者じゃないんだぞ!?」
――かくして、ゲームライフを愛する陰キャ高校生の異世界行きが始まる。
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この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
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※カクヨムにも投稿しています
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