新日本書紀《異世界転移後の日本と、通訳担当自衛官が往く》

橘末

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第一章 小笠原事変

第十四話 現地情勢と歴史的経緯(中編)

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    「さて、そうは言っても、某は何処から話しますか……
これ以上、大陸史を掘り下げても、あまり意味はありませんしなぁ……
軍事協力体制の話をしましょうか。
それから、各国の話に移るのが無難でしょうな」

    ベアトリクスの後を引き継いだ伯爵は、そう前置きしてから、話を始める。

    第一次神聖軍の侵攻以来、断続的に戦争が続いている情勢下、西方大陸は強い結び付きを必要とした。
そしてその答えは、第二次神聖軍との戦争の最中、『多種族連盟』という形で、導き出されたのである。
そして今現在も、西方大陸の諸国と諸部族全ては、『多種族連盟』に参加しているとの事だった。
連盟は四百年前の、神聖軍による西方大陸侵攻、俗に言う第二次神聖軍遠征に対抗する、と言う名目で西天津国主導の下に結成された、純粋な軍事同盟である。
本来ならば、西端半島を制した時点で、解消されてもおかしくは無いだろう。
しかし、西方大陸での神聖軍の蛮行が、あまりにも酷かった為、神聖軍を中央大陸に押し返した後も、条約を更新し続けているという事だった。

    (地球の十字軍は、善意で住民を切り刻んだらしいしなぁ。
危機感持って当然か)

    万屋は、あくまで他人事として聴いている。
万屋の立場では、むしろ感情移入する方が難しいだろう。

    もちろん、平時が長く続く事で、分裂の危機もあったと言う話だが、連盟は奇跡的にこれまで存続している。
これには、神殿が主導している、と言う大きな理由があったが、それにしても長期の同盟だと言えよう。
現在の連盟軍は、主力を西端半島に配備している。
その構成は、各国が二年交代で派遣する駐留軍や、在地貴族の私兵、各村を守る義勇兵との事だ。
そして、いざという時には他の各国が援軍を送る、という制度を採っているとの事だった。
一応、西天津国の領土とされているが、少なくとも最前線に当たる、城塞都市『シドン』や『ティルス』等は、事実上の共同統治状態が、続いている。

    (軍制度に関して、ここまで話すって事は、日本を中立にさせる気は無いんだろうな。
引き込む気満々だ)

    万屋はそう思ったが、困るのはお偉方と考え直す。
実際、万屋が直接的に困る事には、まずならないだろう。
一方、万屋とは違い、山田は何かを考えている様だ。
万屋には分からない何かを、察したのであろう。
万屋は、後で訊けると思い、気にしない事とした。

    連盟の様な組織が成立すれば、中央大陸側の諸国も、同様に団結するのが必然である。
『聖十字条約機構』と呼ばれるその組織は、中央大陸諸国が聖十字教の法主という権威の下、軍事的指揮系統を統一する為のものであった。
そういう意味で言えば、連盟よりも一歩踏み込んだ組織なのだろう。
結成は、『多種族連盟』と同時期であり、西端半島を喪失した第二次神聖軍遠征の後である。
正確には、西端半島の喪失と連盟の成立が、引き金となって結成された、と言うべきだろう。
その最終目標は、あくまでも西方大陸の教化、布教と強気に設定されている。
しかし、中央大陸の防衛と、西端半島の回復を目的としている事は、公然の秘密であった。
加盟国は戦争の際に法主の号令で集結し、神聖皇帝の指揮下で行動する事が、義務付けられている。
しかし、近年は教国内での宗教論争から、結束が乱れつつあるとの事だった。

    (隊長、少しおかしくありませんか?)

    伯爵がここまで話終えると、山田が万屋に小声で話し掛けた。
余程慌てているのだろう。
恐ろしい程失礼な振る舞いだが、伯爵は気にしなかった。
厳密には、小声を聞き取ろうと、意識を集中している。

    (何がおかしい?)

    (連盟や、条約機構という概念です。
文明の度合いと、不釣り合いではありませんか?)

    万屋は呆れた様に、溜め息を吐いた。

    (あのねぇ。
ここはあくまでも異世界だよ。
ズレが無い方がおかしいだろう
魔法とかある世界で、そんな事を気にしたら、切りが無い。
割り切って、報告するしかないだろう)

    万屋は呆れつつも、何処か嬉しそうにそう言った。
普段は、フォローされてばかりなのだ。
逆の立場に、浮かれているのだろう。

    「話を続けてよろしいですかな?」

    そのタイミングで、伯爵が声を掛ける。
ちなみに、この状況なら真っ先に、騒ぎ出しそうなアンジェリカは、話が難しかったのか、居眠りをしていた。

    「し、失礼致しました」

    山田は落ち着いたのか、自分の振る舞いに気付いた様だ。
顔を真っ青にして席を立ち上がり、九十度近く頭を下げている。
ただし、まだ気になっているのか、表情は腑に落ちない、という様子のままだ。

    「いや、お気になさらず。
そういう事もありましょう」

    伯爵はそう言ってから、話を続けた。

    中央大陸には、人族以外の国家は存在しない。
これは、聖十字教会の主流派が、人族至上主義である事が原因との事だ。
ちなみに、多種族(当然と言うべきか、魔族は除く)間の平等を唱える派閥は、原理主義である。
現在の法主こそ原理主義派であるが、聖十字教会全体では少数派であり、この争いによって教会の動きは鈍っていた。

    故に、隠れ里があるならともかくも、基本的に人族以外の種族は、奴隷という扱いを受けている。
さらには、同じ奴隷でも人族の奴隷とは、異なる扱いを受けるとの事だ。
例えば人族の奴隷は、債務奴隷や犯罪奴隷と呼ばれ、何かあっても傷害罪や殺人罪の範疇であるが、異種族はあくまでも、器物の損壊という扱いを受ける。
そして、債務奴隷や犯罪奴隷とは、決定的に異なる点は、終わりが無い事だ。
債務奴隷ならば借金の返済、犯罪奴隷ならば刑期の終了や恩赦等、奴隷という立場から脱け出せる。
しかし、異種族奴隷は違う。
亡命に成功さえすれば、西天津国領内に土地を与えられ、人並みの生活も可能であるが、その成功率は低い。
彼等は、奴隷のまま一生を終える他無いのだ。
それが中央大陸の現状である。

    (人権団体とか、騒ぐだろうなぁ)

    万屋は溜め息を吐いた。
こういう場合、非難されるべきは、中央大陸各国なのであるが、下手をすると何故か日本政府にまで飛び火する、と言う事もあるのだ。
極めて理不尽な話である。
もっとも、伯爵が大袈裟に言っている可能性も、否定は出来ないだろう。
同情を誘うというのは、なかなか効果的な手段なのだ。
あり得ない話でもない。
アメリカ人なら、今の話で間違い無く参戦するだろう。
伯爵の予想が、どの程度のものかは分からないが、日本人でも少なからず影響を受ける筈だ。

    さて、伯爵の真意はともかく、一方の西方大陸でも、実は大差無い制度が敷かれている。
やはり、債務奴隷や犯罪奴隷以外の奴隷が、一定数存在するのだ。
捕虜奴隷である。
中央大陸側が全く交渉に応じない(一方的な通告はするのだが)為、捕虜を交換出来ないと言う、西方大陸の基準では至極真っ当な理由はあるのだ。
しかし、日本人の基準ではどっちもどっちである。

    (余計な事を喋らないで欲しい)

    万屋は頭を抱えながら、そう思った。
知った以上は報告すべきなのだが、そうなると知っていた政府も、人権団体からの批判に晒されるのだ。
知らなければ、知らなかったで済む話である。
もちろん、万屋が報告しなければ済む話であるが、それだけ器用ならもっと楽に生きられるだろう。
しかし、残念な事に万屋は、非常に不器用な男だった。
もちろん、本人も自覚はしているが、治せるぐらいなら、それは不器用とは呼ばないだろう。
治せないからこそ、不器用なのだ。

    万屋を置いて、話は各国とその軍備の話へと進んでいく。
万屋の事情等、伯爵の知った事では無いのだ。
ハイエルフ王国の正式名称は、『エルフ森林連合王国』と言う。
ハイエルフ王国という呼び方は、国際的に定着している呼び方であるが、自ら名乗った事は無いらしい。
西方大陸東部の内陸に位置する大森林地帯を、主な国土とする国という話だ。
大森林地帯の中心には湖が、さらにその中心には島があり、統治者たるハイエルフは、精霊の恩恵を受け易い様にと言う理由で、滅多に島から出る事が無く、神官に近い存在らしい。
ただし王族の役割は、他のハイエルフと異なり、戦争を指揮する事とされているので、ベアトリクスの様に前線に出る事もある。
その為王族は、唯一島を出入りする事の多い存在となった。
住人の多くは、大森林地帯に住むエルフであり、一部山岳地帯にダークエルフの集落も存在する。
ハイエルフは、精霊が俗世を嫌うという迷信から、政治に干渉する事が少ない。
政体は事実上の部族連合である。
その為、王国とは名ばかりであり、基本的に族長会議での合議制となっている。
王族は、戦争を指揮する為に、非常時のみ独裁権を持ち、判断を下す。

    軍備はほとんどが長弓兵や魔法兵であり、ダークエルフのみが、夜襲やゲリラ戦を得意とする軽装歩兵を構成する。
総戦力は十万人程であるが、大森林地帯での防衛戦となると、ほぼ全ての国民が動員されるとの事だ。
そして、エルフは基本的に弓が得意である為、全国民百二十万人のほぼ全てが、他国のベテランの弓兵に相当する、と言われている。

    「軍備の話等なさって、大丈夫なのですか?」

    万屋が心配して、声を掛けた。

    「少し調べれば解る程度の話です。
貴国に無駄な隠し事をするよりは、正直に話した方が良いと思いましてな。
余計な事でしたか?」

    「いえいえ、そんな事はありませんよ」

    万屋はそう言ってから、続きを促した。

    歴史や『勇者』絡みの話で、何度も出てきた『ジン朝西天津国』は、約400年前に突然現れた、太祖サキノウダイ・ジンによって建国された国である。
サキノウダイの功績としては、神託を受けたイザナギ神殿からの支援の下、新兵器ティネガーシマの開発、量産化に成功しただけではない。
建国から僅か二年で、西方大陸西部を統一し、西方大陸東部に侵攻中の神聖軍を撃破した上に、中央大陸への逆上陸を敢行、西端半島をも手中に収めたのである。
しかし、戦争中に袂を分かったイザナギ神殿、激しく抵抗する聖十字教会への、徹底した焼き討ちや、生きながらにして自身を崇めさせようとした事から、他国からの評価は低い。
現在のジン朝は神道と共存つつも、太祖を主神とするデロークテンマー派を、国教としており、デロークテンマー神殿には、王族から大神官を輩出している。

    軍事力は常備軍のみで、ティネガーシマを装備したティボー・アシガーレ兵を中心に、約三十万程保持しているが、アシガーレの全ては屯田兵の模様。
屯田兵である理由は、海上交易が沿岸部のみである以上、交易による利益が見込めないからである。
そういった、交易による利権が小さい以上、交易よりも開墾等を優先すべき、と言う判断があったのだろう。
常備軍を欲したものの、このままではそれを維持出来ない。
サキノウダイは、その事を充分に理解していたのだろう。
親子二代で、津港の莫大な利益を得たが、その様な好条件は滅多にない、という事に気付いたのである。
その為、純粋な常備軍を諦め、平時に職業を持つ屯田兵制度を、考案したのだ。

    アシガーレは、平時には常に最新の開拓地で開墾を行う。
そして、退役後はその土地が自分のものとなるのだ。
故に、農家を中心に各地から、次男以下の若者が殺到する職業となっている。
アシガーレの長男は農地を継いで農民となるが、場合によってはその近くで、次男がアシガーレとなる事も、多々ある様だ。
騎士階級の兵は、キヴァ・ティボーと呼ばれ、小型のティネガーシマを装備している。
鎧は軽装備であり、地球の龍騎兵に近い。
西天津国は、これらの他にもヲーヅツ隊等、多数の兵科を保持している。
海軍の方は、タルターニャ海軍の次に強いと言われており、主力であるヲーヅツを搭載した、ティコーゼンと呼ばれる鉄張りの船は、数さえ揃えばタルターニャ海軍と互角に戦う事が可能との事だ。

    屯田兵制度によって農地、人口共に未だ増加を続けており、現在の人口は六百万程である。
そして、何より日本に都合の良い事があった。
それは、西天津国の食料生産量である。
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