新日本書紀《異世界転移後の日本と、通訳担当自衛官が往く》

橘末

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第一章 小笠原事変

第一八話 会談へ

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    「それにしても、貴国の宰相は途中から随分と、歯切れが悪かった様ですな。
たしかに、異常事態ではありますが、そこまで伝え難い事なのですか?」

    政府声明を、生中継で視た伯爵が、そう言った。
万屋は、長台詞を訳したばかりで、喉が乾いたのだろう。
手元にあったコップの水を飲み干してから、伯爵の問いに答えようとする。

    「伯爵、控えてください。
些か無礼ではありませんか?」

    しかし、その前にベアトリクスが、伯爵を諫める。

    「ふむ。
いや、姫様の仰る通りですな。
失礼、致しました」

    伯爵は、素直に謝った。
珍しく、隙を見せた伯爵であるが、おそらくはテレビの物珍しさに、気を取られたのであろう。
その証拠に、何処と無く上の空だった顔が、今は引き締まっている。

    「いえいえ、事実ですからね。
お気になさらず。
沢村首相は胃痛持ちですから。
頼り無く見えるのも、当然でしょう。
最後が雑になってしまったのも、そのせいだと思いますよ。
まあ、ああ見えて決断力のある方です」

    万屋個人としては、直接的に関係が無いので、どうでもよかったのであるが、それでも内閣総理大臣という、雲の上の人物なので、念の為にフォローをしておく。
政府首脳から見れば、万屋こそが今現在、最も注目すべき人材なのだ。
人体実験の材料と言う、万屋の妄想は流石に有り得ないが、それでも一挙一動に気を配らねば、何かと危うい立場である。
万屋は、冗談半分の妄想とは別に、その事実をそれなりに理解していた。

    「では、政府の都合もありますので、皆さんには申し訳ありませんが、首相と会食していただきます。
逃走船の捜索は、海自さん任せになりますね。
それで、よろしいでしょうか?」

    山田が、この後の予定を確認する。
僅か一日で、未知の言語をここまで覚えられるのは、有能を通り越して、異様に近いレベルであった。

    「ええ、それで構いません」

    山田の態度は、日本側の予定を一方的に優先する姿勢に見えるが、エルフ達は約一名を除いて、気分を害した様子を見せない。
その一名も、何かを言い出す前に、身内からの一睨みで沈黙している。
リアルタイムのテレビ中継には、それだけのインパクトがあったのだ。

    「では、ヘリの準備が整うまで、お待ちください」

    山田はそう言ってから、様子を訊ねに艦内電話へと、向かった。
貴賓室なだけあって、他の部屋のものとは違い、クラシカルなデザインの電話だ。
山田は、おそらく特注品であろう、それの受話器を取って、艦橋に確認を取る。

    「あれで、遠くの相手と会話が出来るのでしたか。
何とも、年寄りには難しい代物ですな」

    伯爵は、付いて行けない事を自覚しつつも、その有用性は察している様だ。
興味深そうに、山田の様子を観ている。

    (どうしても油断出来ないな……
もう、諦めたいぐらいだ)

    万屋は、一瞬諦めかけたものの、気を取り直した。
防諜の概念は、嫌と言う程分かっているのだろう。

    第二次世界大戦を観て、日本人には向いていない、という説も存在するが、暗号が破られた上に、情報漏洩が酷かったのは、主に海軍の話である。
それは、暗号が破られた後に、それを察した人物が居ても、上層部がそれを認めずに、そのままマニュアル通りのスパンで、暗号を更新し続けた点を見れば、明白であろう。
陸軍の暗号が、終戦まで破られなかった点を考えると、国民性として、向いていない訳でも無いのだ。
あくまでも海軍と言う、組織の体質だったのであろう。
暗号に限って言えば、防諜意識そのものよりも、硬直化した官僚組織の問題だったと言える。

    そうは言っても、やはり情報漏洩の問題は重要であり、万屋達の様な自衛官の場合は、防大で防諜の大切さを、叩き込まれる。
今回の事態の様に、圧倒的技術格差があろうとも、それは変わらない。
現時点で、相手が理解出来ないからと言って、請われるがままに、情報を伝える訳にはいかないのだ。
少なくとも、それなりの対価と引き換えなければ、叱責されてしまうだろう。
今回の場合は、世界情勢がその対価であるが、それにしても嘘偽りが無いか、客観的な情報かどうかは、まだ分からない。

    (まあ、雑談に応じない訳にもいかないから、ある程度は仕方がないよなぁ。
宮仕えは辛いよ)

    万屋は、常日頃からそんな事を思っていたが、口に出した事は無かった。
安定した収入と引き換えたと思って、当然の様に受け止めるべき、と言うのが万屋のスタンスである。

    「隊長、離陸準備は間もなく整う、との事です」

    「少し早過ぎないか?
予定では、もう少し先だろう」

    山田の報告に、万屋は質問で返した。

    「もう、ヒトマルヒトマルですよ。
こんなものでしょう」

    山田にそう言われて、時計を確認した万屋は、政府声明を観ていた時間に、気付いた。

    「テレビを観ていたからか、早い気がしたけど、そんなもんなのか。
えっと、では申し訳ありませんが、そろそろ時間との事ですので、出発の準備をお願い致します」

    万屋はそう言って、エルフ達を促す。
準備と言っても、大したものは無い。
彼女等は、捕虜から救出されたばかりなのだ。
逃げ出す際に取り返した弓を除けば、文字通り身一つであった。
侍女達には、それさえ無い。

    (そう言えば、服はどうするんだろう?)

    万屋はふと、面倒な事に気付いた。
今のエルフ達が着ているのは、サイズの合いそうな自衛官から借りた、制服の予備である。
一応礼装を借りてはいるが、このまま会談する訳にもいかないだろう。
絵的に不味過ぎる。

    (山さん、彼等の格好はどうしようか?)

    万屋は一人で悩まずに、山田に近付いてこっそりと、相談する。

    (貸し出している制服の、持ち主と同じサイズの背広を、急遽用意しているそうです。
会談直前に着替えれば、問題ありませんよ)

    どうやら、万屋が心配するまでも無く、上の人間が対処している様だった。
考えてみれば当然である。

    「では、問題も無い様ですので、行きましょう!」

    万屋は、恥ずかしさを隠す様に、大きな声でエルフ達の先導を始めた。
何処と無く、顔に赤みが差している。

    「また、あれに乗るのですね」

    「姫様、大丈夫ですか?」

    ベアトリクスが、憂鬱そうに言うと、すかさずアンジェリカが、声を掛ける。
難しい話が出来ないので、侍女達と同レベルの空気っぷりであったが、ちゃんとベアトリクスの傍に居たのだ。

    (側近と言うよりは、護衛専門なんだろうなぁ。
でもこれだけ酷いと、コネだの贔屓だの言われそうだ」

    「今コネって言ったのは、誰だ!?」

    万屋は呆れて口が弛んだのか、思っていた事を途中から、口に出してしまった。
当然、アンジェリカは怒りの声を上げる。

    「気のせいですよ」

    慌て、ベアトリクスが誤魔化す。

    「む。
気のせいでしたか。
失礼致しました姫様」

    アンジェリカは納得した様だ。
ベアトリクスは、アンジェリカの様子を確認してから、万屋の直ぐ傍へ近付く。

     (万屋さん。
ベアトリクスは、我が国随一の剣士です。
武具では、弓が主流の我が国ですが、それでも大陸有数の、優れた実力を持っています。
決して、コネや贔屓ではありません)

    アンジェリカが馬鹿にされた様に、思ったのであろう。
ベアトリクスの声には、小声ながらも怒気が含まれていた。

    (まあ、頭の方はあれですけど、人並みに気は利きますし、優秀な側近です)

    しかし、途中から徐々に、自信を無くした様な声色となる。
アンジェリカのオツムの出来は、ベアトリクスも理解しているのだ。

    (気が利くのですか?
それは凄いですね)

    万屋には、到底信じられない話であったが、素直に感心して見せる。
どこか馬鹿にした様にも聴こえるが、それは仕方の無い事であろう。

    「姫様、何を仰っておられるのですか?」

    アンジェリカが、ストレートに訊ねる。
主君に対しては、疑う事を知らないのだろう。
小首を傾げる姿は、少しばかり可愛いらしく見える。

    (ベアトリクスにだけは、盲信してるみたいだな。
まあ、猜疑心でギスギスしてるよりは、よっぽど良いけど)

    万屋は、そんな事を思いつつ、ふと、アンジェリカがそうなった理由に、興味を持った。
他者への警戒心は、人並み以上に強いのに、ベアトリクスにだけは、盲信しているのだ。
おそらくアンジェリカが、ベアトリクスを盲信する様になるまでには、様々な出来事があるのだろう。

    (そのうち、訊ねてみよう)

    万屋は歩きながら、そう心に決めた。

    そんなやり取りをしながら、複雑な艦内通路を五分程歩き、万屋達は飛行甲板へと、たどり着く。

    「複雑な造りですね。
私一人では、迷ってしまいそうです」

    ベアトリクスが、そんな感想を漏らした。
万屋にさりげなく、尊敬の眼差しを送っている様だ。

    「居住性は二の次ですからね。
仕方の無い事ですよ」

    万屋は、ベアトリクスの視線に辟易しつつ、そう答えた。
迷わない様、事前に道筋を確認していたのは、内緒にしている。
予定を守る為だけでなく、見栄もあるのだろう。

    「そう言えば、先程お渡しした酔い止め薬は、飲んでいますよね?
自分の私物ですから、乗り込んでから飲んでも、効果は薄いと思いますので、もし飲んでらっしゃらない様なら、今のうちに飲んでください」

    「大丈夫ですよ。
アンジェリカは渋りましたけど、全員飲んでいます」

    流石に、昨日の経験から、ヘリの酔い易さは理解したのだろう。
アンジェリカは随分と煩かったが、他のエルフ達はどうなるか分からない。
彼女自身も、体調に左右される可能性は、充分にある。
渋ったとは言えアンジェリカが、渡された薬を飲んだ事に、万屋は内心驚いた。
酷い話ではあるが、万屋の中でアンジェリカの存在は、アホの娘キャラとして定着しつつあるのだ。

    「なら、問題ありませんね」

    万屋はそう言うと、ヘリに乗り込みベアトリクスに、手を差し伸ばす。

    「へぁ!?
……あ、ありがとうございます」

    ベアトリクスは素直に手を取るが、顔が赤く染まっている。

    (可愛いけど、演技なんだよなぁ)

    万屋の心は冷めていた。
ここまで分かっているにも拘わらず、不快感が無いのは、ベアトリクスの美貌が原因であろう。

    (美人は得だよなぁ)

    万屋はそんな事を思いながら、ベアトリクスの手を引いた。

    「姫様ぁ……」

    アンジェリカが嫌そうな顔をしている。
しかし、いつの間にか誰かに諭されたらしく、具体的に何かを言う事は無かった。
万屋の方を、チラチラと断続的に、睨んでいるだけだ。
万屋は、それを不気味に感じたが、指摘する様な真似はしない。
アンジェリカが静かにしているのは、余程の事であろう。

    (知らない方が良さそうだ)

    万屋は不用意に、無意味な好奇心を発動させる程、若くはなかった。
それを気にする程度に、若いのだ。

    「隊長、気が散る様でしたら、自分が訊きますよ?」

    山田が、そう言って気を利かせようとしたが、万屋は首を横に振る。

    「いや、大丈夫だ。
それに、出番はまだ先だろう」

    「何のお話ですか?」

    ベアトリクスは、理解しているのか、していないのか、再び首を傾げている。

    (二番煎じだと寒いな……)

    万屋はそう思った。

    「何でもありませんよ。
それより殿下、直ぐに離艦しますので、シートベルトを巻いてください」

    そう言って誤魔化す万屋であった。
ベアトリクスは素直に従い、他のエルフ達もそれに倣う。

    「では、離艦します」

    ヘリの機長が一声掛けてから、直ぐにヘリは浮かび上がった。
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