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第二章 西端半島戦役
第三十二話 遠方にて(五)
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「余の事を、誰かに忘れられた気がする……………」
シドンの高級旅館にある、最上級貴賓室のバルコニーでそう嘯く人影があった。
「姫殿下…………、お痛わしや。
御身内に陥れられた上に、遂には御心まで……………」
その人影を気遣っている様な、憐れんでいる様な声が応じる。
実際はおちょくっているのかもしれないが、余人には判断が出来ない。
「違うわ!
確かにそんな気がしたのだ!」
「姫殿下。
それは気の病でございます。
一種の気のせいでございます。
お気を確かに」
実際、彼女が『誰かに忘れられた』などという事実は存在しない。
存在しないのだ。
「む、むう………………。
そうなのか……………、いやしかし……………ふむう」
反論も虚しく言いくるめられつつあるのは、ドレスを身に纏った少女だ。
歳は十四、五といったところか。
少し銀色の混ざった暗い金髪は編み込まれ、短めにされている。
その灰色の瞳には、釈然としない感情が溢れ出ていた。
「まあ、御痛わしいと申しましても、同時に自業自得な面もございますからな。
御身内に命を狙われるのも、やむを得ぬ事ではございませんか?」
慰めるつもりの無いもう一人は男だ。
執事服の上から、鎧の胸当てのみを着込んでいる。
歳は六十程か。
長い顎髭が特徴的だ。
「何故だ!?」
「何故と申されましても……………。
中央大陸において圧倒的な少数派である、原理派を支持なさったのです。
現法主様の即位以前は、異端として扱われていた派閥を支持なさったのですから、当然の結果でございます」
執事は呆れた様に言う。
「そなたは、余への敬意が足らぬのではないのか?」
「姫殿下は、御立場を理解しておられない様で。
敬意に足る御方は、最初から異端など信仰なさいません」
「だが、余は皇女である!」
ドン
少女は、テーブルに拳を叩き付ける。
「皇女なればこそ、その影響力は恐れられましょう。
それが少数派ともなれば、尚更でございます。
御命を狙われる覚悟は、最初から出来ておられた筈です」
執事は少女の行動に動揺した様子も無く、そのままの口調だ。
少女は反論出来ずに黙り込む。
少しの間沈黙が続く。
「何故、原理派を支持なさったのですか?」
執事が意を決したのか、真面目な表情で訊ねた。
「モフモフは正義だからだ!!!!!
それが全てだ!!!!!」
少女は大真面目に主張する。
「可愛いだろう?
モフモフだぞ、モフモフ!
触り心地最高だぞモフモフ!
見て良し、触れて良しなんだ。
これが正義でなくて何が正義か!!!!!」
急に饒舌となった事に執事はドン引きしているが、少女はそれに気付いていない。
「よいか、そもそもモフモ「姫殿下の御気持ちはよく分かりました」」
尚もモフモフ論を語り出そうとする少女であったが、執事はそれを遮る。
これが、突っつくと面倒臭い話題であると察しての事だ。
一種の敗北宣言であるものの、残念ながら勝者な筈の少女は、その事に気付いていなかった。
「分かれば良いのだ」
少女は満足気にウンウンと頷く。
「御気持ちは充分に分かりました。
ですが、これから先はどうなさるおつもりでしょう?
帝国の情報を持ち込めるだけ持ち込み、食客となりますか?」
執事は色々と諦めたのか、話題を変える。
「うむ、折角モフモフ天国にたどり着いたのだ。
余はこれで満足じゃ」
少女の言葉に、執事は冷たい視線を返した。
まるで、ゴミを見るかの様な目だ。
「な、何だその目は!?」
「何でもございません」
何でもない筈はないのだが、執事はそれを否定する。
「何かあるのなら申せ」
「では申し上げましょう。
姫殿下は、帝国内の異種族がどの様な扱いを受けているのか、当然御存じですな」
「む、むぅ」
執事の言いたい事を察したのであろう。
少女は気不味そうに唸るのみだ。
「姫殿下に、彼等を解放されるつもりはございませんか?」
執事の台詞は、少女の耳に堪えた。
少女が気にしている点を突かれたのだ。
「そなたは、自分が何故その様に奇妙な格好をしているのか、忘れた訳でもあるまいな。
言うまでもなく、余の護衛の為であろう?
執事であるそなたが、鎧を着て武装せざるを得ぬのが余の現状だ。
ただでさえ少なかった者共が、ここまでたどり着けたのはそなた一人。
これでは、どうする事も出来まい。
皇女としての余は終わったのだ」
少女の逃避行には、騎士や従者からメイドまで様々な人々が付き従ったものの、現状は彼女の認識通りだった。
少女を知る者以外にとっての彼女は、異端者でしかないものの、彼女を知る者にとっては良い主人だったのだろう。
しかし、彼等はいなくなった。
原因は病気や怪我がほとんどだ。
しかし、中には彼女の亡命を黙殺しようという帝国の意を意図的に、あるいは意図せずに無視した貴族や、諸国によって討たれた者も少なくない。
少女は自身が無力となった事も、再起が難しい事も理解しているのだ。
執事もそれは理解していた。
「では、皆の仇討ちもなさらないのでしょうか?」
「くっ!」
少女の最も気にしている点を、執事は容赦なく突く。
それは、彼自身も気にしているからだ。
少女が、このままただの食客と成り下がって、本当に良いのかと。
それで彼女自身は気が晴れるのかと。
何より、死んでいった同僚達に自分が顔向け出来るのかと。
それ等は、彼が気になっている事でもあったが、彼女もまた似た様な思いに駈られていたのだ。
暫くの沈黙が続いた後、少女は何かを告げようとしつつも、躊躇しているのか口をモゴモゴと動かす。
「余とて………………、余とて何も思うところが無い訳ではない。
だが、どうしようも無いではないか。
余とそなたの二人で、如何程の事が成せよう。
もう………………、もう、終わったのだ………………」
少女の声は後半から涙声だった。
「御心は御察し致します。
姫殿下の御心痛、如何程のものでありましょう」
執事は先程と違い、優しげな口調でそう言いつつ、ハラハラと涙を流す。
「同輩達は、帝国や教会の抵抗の前に屍を晒しました。
この屈辱と無念をどうにか晴らさねば、死んでも死に切れません。
それは、姫殿下も同じ御気持ちで御座いましょう。
ここは諦めずに、耐えるべき時かと思われます」
「雌伏の時…………、か。
だが、好機など巡って来るのだろうか。
余には、それが信じられぬ」
執事に励まされつつも、少女は弱音を吐き続ける。
ほとんどの臣下を失った事で、心が折れつつあるのだろう。
執事にも、それは理解出来る。
「何も、無策で申し上げてはおりません。
策は御座います」
だからこそ、そう言って希望を持たせるのだ。
「さ、策があるのか!!!?
ならば、早く申せ!!!」
空元気も尽きて、死んだ魚の様な目をしていた少女だったが、執事の言葉は瞬く間に彼女の気力を取り戻す。
「はい。
策とは、タルターニャの参戦です」
促された執事はニコリと微笑み、自身の非常識な策を口に出した。
「………………、は?」
少女は、それだけ口にするのが精一杯らしい。
目を丸く見開いて驚いている。
執事の意見は、この世界(正確には北半球の人類領域)に於いてそれ程までに、非常識なものだった。
この頃には、帝国主導の神聖軍がタルターニャ領海を侵犯するという、大きなタブーを犯しているものの、その情報は未だにシドンやティルスまで伝わっていない。
同時期に似た様な形で、タルターニャというタブーを犯そうとする非常識な発想が、二ヶ所で考えられたのだ。
つまり、常識が同時多発的に破られつつあった事になる。
それは、タルターニャの扱いが特殊に過ぎた事も理由なのだろう。
彼等は交戦中である大勢力二つの中間に位置し、一方は狂信的な唯一神教徒の集団にも拘らず、安定して中立を保っているのだ。
領海に侵入する者は居らず、敵対勢力と交易しようが、莫大な船賃で軍を輸送しようが、手出しすらされない。
もちろん、将来的な魔族と人類の戦争に備えての事であるが、それにしても異常だ。
この時期に、その異常なまでの厚遇を反故にしようとする動きがあったのも、当然と言えば当然なのかもしれない。
しかし、最も大きな要因は戦争の長期化にあった。
両陣営共に、長期間の停戦協定こそ結ばれるものの、決定的な講和にまで至らない戦争に、嫌気が差していたのだ。
何せ、一部の例外的な技術を除けば、中世並みの世界である。
近現代の様な総力戦とは言わないまでも、停戦程度では負担が大き過ぎた。
何故なら、双方が互いの協定破棄を警戒せざるを得ないからだ。
それ故に、軍事予算を削減する事は難しくなる。
人口の減少した農村や、疲弊した経済を建て直す為には、講和が必要だったのだ。
その為にも常識に捕らわれない発想で、決定的な勝利を欲した。
オーベルシュタインの軍師や、この執事が現れなくとも、何れは誰かがタブーを破ったのだろう。
帝国の場合は大勝利を収めた上で、タルターニャ領海侵犯というタブーを犯した事を口実に、上手く講和へ持ち込もうと。
執事の場合は、単純に帝国へ大打撃を与えようとした。
どちらにしろ、タブーを破る発想は時代の風潮だったのだろう。
「そ、その様な大それた事など、本当に出来るのか?」
だが、そんな流れを読める者ばかりではない。
少女も読めない者の一人だった。
「人類同士の盟約は、最早無意味になりつつあります。
姫殿下は、魔族を相手に帝国の者共と肩を並べて戦えますか?
無理で御座いましょう?
ここまで血を流し続けた以上、人類領域全体による魔族の迎撃など、夢物語に過ぎません。
前提が崩れつつあるのです。
タルターニャの中立を尊重する意味は、もうございません」
執事の発想は非常識ではあったものの、理に叶う話だ。
少なくとも、矛盾は無い様に見える。
「余は………………、余は何をすれば良いのだ?」
少しの沈黙の後、少女改めライン朝神聖帝国第六皇女、ハンナ・アルテイシア・ラインは、執事の提案を受け入れた。
腹を括ったせいか、清々しい表情だ。
「先ずは、連盟に話を通すべきで御座いましょう。
それが筋かと思われます。
合意に達らずとも、通告だけは致しましょう。
その上で、ガザの港より商人の伝を辿るのが、最も早い道かと」
「あい分かった。
連盟の駐留軍司令部に、会談を申し込む。
羊皮紙とペンを持って参れ」
ハンナはそう言うと、勢い良く立ち上がり伸びをした。
シドンの高級旅館にある、最上級貴賓室のバルコニーでそう嘯く人影があった。
「姫殿下…………、お痛わしや。
御身内に陥れられた上に、遂には御心まで……………」
その人影を気遣っている様な、憐れんでいる様な声が応じる。
実際はおちょくっているのかもしれないが、余人には判断が出来ない。
「違うわ!
確かにそんな気がしたのだ!」
「姫殿下。
それは気の病でございます。
一種の気のせいでございます。
お気を確かに」
実際、彼女が『誰かに忘れられた』などという事実は存在しない。
存在しないのだ。
「む、むう………………。
そうなのか……………、いやしかし……………ふむう」
反論も虚しく言いくるめられつつあるのは、ドレスを身に纏った少女だ。
歳は十四、五といったところか。
少し銀色の混ざった暗い金髪は編み込まれ、短めにされている。
その灰色の瞳には、釈然としない感情が溢れ出ていた。
「まあ、御痛わしいと申しましても、同時に自業自得な面もございますからな。
御身内に命を狙われるのも、やむを得ぬ事ではございませんか?」
慰めるつもりの無いもう一人は男だ。
執事服の上から、鎧の胸当てのみを着込んでいる。
歳は六十程か。
長い顎髭が特徴的だ。
「何故だ!?」
「何故と申されましても……………。
中央大陸において圧倒的な少数派である、原理派を支持なさったのです。
現法主様の即位以前は、異端として扱われていた派閥を支持なさったのですから、当然の結果でございます」
執事は呆れた様に言う。
「そなたは、余への敬意が足らぬのではないのか?」
「姫殿下は、御立場を理解しておられない様で。
敬意に足る御方は、最初から異端など信仰なさいません」
「だが、余は皇女である!」
ドン
少女は、テーブルに拳を叩き付ける。
「皇女なればこそ、その影響力は恐れられましょう。
それが少数派ともなれば、尚更でございます。
御命を狙われる覚悟は、最初から出来ておられた筈です」
執事は少女の行動に動揺した様子も無く、そのままの口調だ。
少女は反論出来ずに黙り込む。
少しの間沈黙が続く。
「何故、原理派を支持なさったのですか?」
執事が意を決したのか、真面目な表情で訊ねた。
「モフモフは正義だからだ!!!!!
それが全てだ!!!!!」
少女は大真面目に主張する。
「可愛いだろう?
モフモフだぞ、モフモフ!
触り心地最高だぞモフモフ!
見て良し、触れて良しなんだ。
これが正義でなくて何が正義か!!!!!」
急に饒舌となった事に執事はドン引きしているが、少女はそれに気付いていない。
「よいか、そもそもモフモ「姫殿下の御気持ちはよく分かりました」」
尚もモフモフ論を語り出そうとする少女であったが、執事はそれを遮る。
これが、突っつくと面倒臭い話題であると察しての事だ。
一種の敗北宣言であるものの、残念ながら勝者な筈の少女は、その事に気付いていなかった。
「分かれば良いのだ」
少女は満足気にウンウンと頷く。
「御気持ちは充分に分かりました。
ですが、これから先はどうなさるおつもりでしょう?
帝国の情報を持ち込めるだけ持ち込み、食客となりますか?」
執事は色々と諦めたのか、話題を変える。
「うむ、折角モフモフ天国にたどり着いたのだ。
余はこれで満足じゃ」
少女の言葉に、執事は冷たい視線を返した。
まるで、ゴミを見るかの様な目だ。
「な、何だその目は!?」
「何でもございません」
何でもない筈はないのだが、執事はそれを否定する。
「何かあるのなら申せ」
「では申し上げましょう。
姫殿下は、帝国内の異種族がどの様な扱いを受けているのか、当然御存じですな」
「む、むぅ」
執事の言いたい事を察したのであろう。
少女は気不味そうに唸るのみだ。
「姫殿下に、彼等を解放されるつもりはございませんか?」
執事の台詞は、少女の耳に堪えた。
少女が気にしている点を突かれたのだ。
「そなたは、自分が何故その様に奇妙な格好をしているのか、忘れた訳でもあるまいな。
言うまでもなく、余の護衛の為であろう?
執事であるそなたが、鎧を着て武装せざるを得ぬのが余の現状だ。
ただでさえ少なかった者共が、ここまでたどり着けたのはそなた一人。
これでは、どうする事も出来まい。
皇女としての余は終わったのだ」
少女の逃避行には、騎士や従者からメイドまで様々な人々が付き従ったものの、現状は彼女の認識通りだった。
少女を知る者以外にとっての彼女は、異端者でしかないものの、彼女を知る者にとっては良い主人だったのだろう。
しかし、彼等はいなくなった。
原因は病気や怪我がほとんどだ。
しかし、中には彼女の亡命を黙殺しようという帝国の意を意図的に、あるいは意図せずに無視した貴族や、諸国によって討たれた者も少なくない。
少女は自身が無力となった事も、再起が難しい事も理解しているのだ。
執事もそれは理解していた。
「では、皆の仇討ちもなさらないのでしょうか?」
「くっ!」
少女の最も気にしている点を、執事は容赦なく突く。
それは、彼自身も気にしているからだ。
少女が、このままただの食客と成り下がって、本当に良いのかと。
それで彼女自身は気が晴れるのかと。
何より、死んでいった同僚達に自分が顔向け出来るのかと。
それ等は、彼が気になっている事でもあったが、彼女もまた似た様な思いに駈られていたのだ。
暫くの沈黙が続いた後、少女は何かを告げようとしつつも、躊躇しているのか口をモゴモゴと動かす。
「余とて………………、余とて何も思うところが無い訳ではない。
だが、どうしようも無いではないか。
余とそなたの二人で、如何程の事が成せよう。
もう………………、もう、終わったのだ………………」
少女の声は後半から涙声だった。
「御心は御察し致します。
姫殿下の御心痛、如何程のものでありましょう」
執事は先程と違い、優しげな口調でそう言いつつ、ハラハラと涙を流す。
「同輩達は、帝国や教会の抵抗の前に屍を晒しました。
この屈辱と無念をどうにか晴らさねば、死んでも死に切れません。
それは、姫殿下も同じ御気持ちで御座いましょう。
ここは諦めずに、耐えるべき時かと思われます」
「雌伏の時…………、か。
だが、好機など巡って来るのだろうか。
余には、それが信じられぬ」
執事に励まされつつも、少女は弱音を吐き続ける。
ほとんどの臣下を失った事で、心が折れつつあるのだろう。
執事にも、それは理解出来る。
「何も、無策で申し上げてはおりません。
策は御座います」
だからこそ、そう言って希望を持たせるのだ。
「さ、策があるのか!!!?
ならば、早く申せ!!!」
空元気も尽きて、死んだ魚の様な目をしていた少女だったが、執事の言葉は瞬く間に彼女の気力を取り戻す。
「はい。
策とは、タルターニャの参戦です」
促された執事はニコリと微笑み、自身の非常識な策を口に出した。
「………………、は?」
少女は、それだけ口にするのが精一杯らしい。
目を丸く見開いて驚いている。
執事の意見は、この世界(正確には北半球の人類領域)に於いてそれ程までに、非常識なものだった。
この頃には、帝国主導の神聖軍がタルターニャ領海を侵犯するという、大きなタブーを犯しているものの、その情報は未だにシドンやティルスまで伝わっていない。
同時期に似た様な形で、タルターニャというタブーを犯そうとする非常識な発想が、二ヶ所で考えられたのだ。
つまり、常識が同時多発的に破られつつあった事になる。
それは、タルターニャの扱いが特殊に過ぎた事も理由なのだろう。
彼等は交戦中である大勢力二つの中間に位置し、一方は狂信的な唯一神教徒の集団にも拘らず、安定して中立を保っているのだ。
領海に侵入する者は居らず、敵対勢力と交易しようが、莫大な船賃で軍を輸送しようが、手出しすらされない。
もちろん、将来的な魔族と人類の戦争に備えての事であるが、それにしても異常だ。
この時期に、その異常なまでの厚遇を反故にしようとする動きがあったのも、当然と言えば当然なのかもしれない。
しかし、最も大きな要因は戦争の長期化にあった。
両陣営共に、長期間の停戦協定こそ結ばれるものの、決定的な講和にまで至らない戦争に、嫌気が差していたのだ。
何せ、一部の例外的な技術を除けば、中世並みの世界である。
近現代の様な総力戦とは言わないまでも、停戦程度では負担が大き過ぎた。
何故なら、双方が互いの協定破棄を警戒せざるを得ないからだ。
それ故に、軍事予算を削減する事は難しくなる。
人口の減少した農村や、疲弊した経済を建て直す為には、講和が必要だったのだ。
その為にも常識に捕らわれない発想で、決定的な勝利を欲した。
オーベルシュタインの軍師や、この執事が現れなくとも、何れは誰かがタブーを破ったのだろう。
帝国の場合は大勝利を収めた上で、タルターニャ領海侵犯というタブーを犯した事を口実に、上手く講和へ持ち込もうと。
執事の場合は、単純に帝国へ大打撃を与えようとした。
どちらにしろ、タブーを破る発想は時代の風潮だったのだろう。
「そ、その様な大それた事など、本当に出来るのか?」
だが、そんな流れを読める者ばかりではない。
少女も読めない者の一人だった。
「人類同士の盟約は、最早無意味になりつつあります。
姫殿下は、魔族を相手に帝国の者共と肩を並べて戦えますか?
無理で御座いましょう?
ここまで血を流し続けた以上、人類領域全体による魔族の迎撃など、夢物語に過ぎません。
前提が崩れつつあるのです。
タルターニャの中立を尊重する意味は、もうございません」
執事の発想は非常識ではあったものの、理に叶う話だ。
少なくとも、矛盾は無い様に見える。
「余は………………、余は何をすれば良いのだ?」
少しの沈黙の後、少女改めライン朝神聖帝国第六皇女、ハンナ・アルテイシア・ラインは、執事の提案を受け入れた。
腹を括ったせいか、清々しい表情だ。
「先ずは、連盟に話を通すべきで御座いましょう。
それが筋かと思われます。
合意に達らずとも、通告だけは致しましょう。
その上で、ガザの港より商人の伝を辿るのが、最も早い道かと」
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連盟の駐留軍司令部に、会談を申し込む。
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