新日本書紀《異世界転移後の日本と、通訳担当自衛官が往く》

橘末

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第二章 西端半島戦役

第四十一話 面倒な問題

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    アレクサンドロス大王の逸話に、ゴルディアスの結び目というというものがある。
    詳しい経緯は省くが、『これを解いた者は世界を支配する』という複雑な結び目を、剣で一刀両断にする話だ。
    欧米では、難解な問題を強引に解決する諺として成立している。

(そんな事が出来たら苦労は無いよなぁ)

    万屋は紅葉模様に腫れた頬をさすった。
    普段なら心配する者もいる筈だが、今回ばかりは全員の視線が冷たい。

(感情の問題だけじゃないしなぁ……………………。
    何かトラブルでもあったなら別だけど、特戦群の連中は無事だったし……………………)

    万屋自身も、ミスは自覚しているので反論は難しい。
    フォロー役の山田も、万屋が飛び出した時の事情を聞いてからは、何も言わなくなっている。

(山さんが心配で飛び出したのに、その山さんがフォローしてくれないなんて……………………)

    ここで下手な事を言えば、余計に立場が悪くなるだろう。
    万屋は内心でいじけるものの、それを口に出さないだけの常識は持っていた。

「万屋さん!
    私達、とても心配致しました!」

「ウグッ」

    ベアトリクスの言葉は、そんな万屋に後ろめたさを感じさせる。
    これが万屋の内心を察しての、計画的な言葉であれば大したものだ。
    ヘリから出るプロペラの轟音に対抗する為に、かなりの大声で叫んでいる事すら愛嬌だった。

「………………………………、申し訳御座いませんでした!」

    万屋は項垂れて謝罪する。

「もう、二度とこんな真似はなさらないでくださいね!」

    ベアトリクスは慈愛に満ちた瞳で微笑んだ。
    その右斜め後ろではアンジェリカが、恍惚とした顔でベアトリクスを見ている。

(反省してるのに、色々台無しだな)

    万屋は、この光景を見ながら反省する事に、ある種の理不尽さを感じた。
    納得がいかないのだろう。
    ここまで来るとアンジェリカも立派なものかもしれないが、だからといって残念なものは残念なのだ。
    万屋としても、反省するにはそれなりの景色が欲しい。
    それは贅沢でも何でもない、当然の感情だろう。

「まあまあ、姫様!
    万屋殿も反省されております!
    その辺りで!」

    ベアトリクスの左斜め後ろに立っている伯爵は、そう言って冷静に取り成す。
    だが、アンジェリカの方を見ない様にと首の向きが不自然だ。
    万屋達と出会った頃から、伯爵にはアンジェリカを躾け損なった点に関して、どこか後悔している節があった。
    だが、ここ数日間でキャパシティを超えたのか、遂に目を背ける様になったのだ。
    万屋は伯爵に同情した。
    取り成してくれた恩は大きく、何よりも同情するだけならタダなのだ。
    しない方が損である。

(出来れば、もう少し早く取り成して欲しかったんだけどね)

    そんな不満も少しはあるが、それはまた別の話だった。
    万屋はその思いを封印する。
    実際問題、護衛兼通訳対象をほっポリ出したのだから、責められるのが当然だ。
    取り成して貰えるだけありがたいものだろう。
    何だかんだ複雑な思いはあっても、万屋は伯爵に感謝していた。

「伯爵!
    ありがとうございました!」

    そう言って軽く頭を下げる。
    伯爵は万屋を見て、ニコリと笑うだけだった。

    伯爵が万屋を庇った理由は、意外な事に政治的な意味合いが少ない。
    それよりも文化的な理由があったのだ。
    この世界は地球で言うところの中世である。
    地球と同じ様に騎士階級があり、同じ様に騎士道精神が美徳とされているのだ。
    そしてエルフ達から見ると、万屋は神殿出身者でありそれなりの身分に見える。
    身分制度が日本に存在しない事は、散々説明を受けているものの、どうやら理解し切れていない様子だった。
    伯爵でさえも、未だに違和感を感じるのみである。
    万屋達が多忙な事もあって、その辺りの具体的な擦り合わせはされていなかった。
    万屋の事も一代限りの騎士に近い存在と見ており、山田はその従者という認識だ。
    自衛隊という制度を理解し切れていないのは、無理もない話だろう。

    モラルの高さを騎士道精神と見ているのも仕方の無い事だ。
    地球伝来の制度をある程度取り入れてはいるものの、この世界で軍と言えば基本的に諸侯軍の寄せ集めである。
    騎士と農奴、平民で構成される傭兵団が入り交じった複雑な存在であり、統制すら難しい。
    国民軍を通り越したところにあって、国家にのみ所属する職業軍人の存在など、想像すら出来ないのだろう。
    大陸間戦争中である為、露骨な不義理こそ無いものの、二股やら複数の王への従属等が当たり前なのだ。
    国民意識すら無いのが現状である。
    戦地での乱暴狼藉は当たり前。
    味方領主の土地ですら、対立関係にあれば通過時に荒らして回る。
    騎士道という美徳は尊ばれても、それは物語の話であり現実には存在しない。

    だからこそ、エルフ達は万屋小隊と振り回されつつも、不満は無かった。
    彼等にしてみれば、万屋の通訳としての能力もさることながら、他の部隊までモラルが高いとは信じられないのだ。
    嫌なものを見ずに済むと考えれば、多少振り回されても文句は無い。
    万屋は大した事もせずに、いつの間にか信頼を勝ち取っていたのだ。

    ガタン

    不意に機体が揺れる。
    乱気流の様に大きくはなく継続的な揺れでもなかったが、機内は緊張感に包まれた。

(今までは運が良かったけど、これぐらいは当たり前だよなぁ。
    乱気流にでも入ったらどうなるんだ………………)

    一見すると被害は無さそうだが、実態は大惨事だ。
    エルフ達の顔色を見ると真っ青であり、まだまだ空を飛ぶ機械には不慣れである事が窺える。
    ペーターは余計に酷かった。
    静かにはしているものの、よくよく見れば気絶している。

(どうしよう)

    ズボンから悪臭が漂って来ているのを見て見ぬふりも出来ず、万屋は頭を抱えた。

    現実から逃げようとしている万屋とは異なり、素早く紙を用意したのは山田だ。
    ペーターを機体後部まで引き摺って行く。
    職業柄というよりも、指導する立場が多い為に慣れているのだろう。
    過酷な訓練で失禁するという状況は、そこそこあるのだ。

「た、大変ですね………………」

    誰もが沈黙する中で、最初に声を出したのはベアトリクスだった。

「平民では、空を飛ぶ事も御座いません。
    姫様、我々とは違うのです!」

    アンジェリカが何故か誇らしげに言う。
    空気が読めないのか、話題を逸らすつもりは無いらしい。

「そなたは竜騎兵の試験に落ちたであろう。
    軍事用の慣れぬ機動で、嘔吐しておったな。
    人の事を言える身ではないわ」

    伯爵が無慈悲にアンジェリカの過去をバラす。
    余程見兼ねたのだろう。
    冗談染みた様子は微塵も無く、冷たい目だ。

「ピッ!?」

    そんな目を向けられたアンジェリカは堪らず悲鳴を上げる。
    伯爵が本気で怒っている事に気付いたのか、恥ずかしい過去をバラされた事に対する文句も出ないらしい。

(こっちもとばっちりなんだが………………)

    伯爵の人を殺せそうな視線に、万屋は震える。
    最早これは殺気なのだろう。
    当然ながら、万屋自身に向けられたものではないのだが、そうと分かっていても怖いものは怖いのだ。
    万屋にも実戦経験はある。
    装甲越しにとは言え、殺気を浴びた経験もあった。
    だが、戦場の様に無我夢中の状況ならばともかく、ヘリでの移送中にこれは怖い。
    逃げ場の無い密閉空間である事も関係しているのだろうが、それよりも気を抜いているところに不意討ちの様に来られる事が問題なのだ。
    数日前に初の実戦を迎えた万屋には、心の準備が無い状態での殺気はきつい。
    そう感じた者は万屋以外にも居たらしく、機内の空気は凍り付いた。
    何せ、平然としているのは山田くらいなものである。
    仕切られている筈の操縦席からも、動揺が伝わって来る程だ。
    動揺しつつも、機体を少しも揺らさない操縦士は流石であろう。

    ショワ??????????

    アンジェリカは気絶こそしていないものの、意識を保ったままに悪臭を撒き散らした。
    意識を失った状態で大きく失禁してしまったペーターと、意識を保ったままに小さな失禁をしたアンジェリカ。
    どちらがマシなのかは分からない。
    一見すると、大きな方が恥ずかしいと思い勝ちだが、意識を失っていた場合はそうとも言い切れないだろう。
    その場に居た全員が忘れたふりをしてくれれば、主観的には無かった事になるからだ。
    しかし、アンジェリカの様に意識を保ったままであれば、恥ずかしい記憶はそのまま残る。
    どちらがマシとは一概に言い切れるものではなかった。
    確かな事は、機内に悪臭が充満しているという事実だけだ。

「扉を開けましょう」

    臭いに敏感な体質だったのか。
    二階堂が恐ろしい事を言い出した。

「ちょ、ちょっと待ってくれさい!?」

    万屋は大慌てでそれを止める。
    輸送ヘリの扉は大きい。
    二階堂の言っている事は、高度を考えると自殺行為でしかないのだ。
    その上、そういった事を許可出来る権限が万屋には無い。
    空挺降下でもあるまいし、輸送されている状況下では機長に権限がある。
    二階堂の心情は臭い程理解出来ても、万屋には止める他無かった。

「止めないでください!
    これは大丈夫じゃないです!」

「落ち着け、死ぬから落ち着いて!」

    万屋は叫ぶ二階堂を羽交い締めにする。
    もちろん、セクハラとは取られない様、充分に気を使っての行動だ。

(これ、難しいぞ)

    だが、そういった気遣いは仇となる。
    気を使って羽交い締めにする行為は、自衛官の仕事に含まれていないのだ。
    治安維持出動という任務も存在はするものの、それは少し違う内容だろう。
    その場合は警察の手に負えない状況であり、銃火器が必要とされている場合なのだ。
    それはつまり、素手で気を使って拘束する事態を大きく超えている。
    全く必要性が無い訳でもないが、少なくとも万屋の様な一般的な幹部には、馴染みの薄い技術なのだろう。

「山さん、タッケテ??!」

    万屋は技術を持っていそうな人間に助けを求める。
    普段からの癖で山田を選んだだけなのだが、この選択は正しかった。
    山田以外に、こういった技術を持つ者が機内には居なかったのだ。
    一見、経験豊富そうな伯爵も居る。
    実際、伯爵にも技術が無い訳でもなかったが、それには問題もあった。
    あくまでも、経験上技術を持っているというだけで、人体の構造を理解しているとは言い難い。
    もしも万屋が伯爵に助けを求めていた場合、二階堂の命は危うい事になったかもしれなかった。

「仕方無いですね」

    山田はサッと人間離れした速度で、二階堂の後ろへ回り込む。

「ハァ!!!」

    そして気合いと共に、首の後ろ目掛けて手刀を喰らわした。

「うっ!?」

    二階堂はなす術も無く崩れ落ちる。
    そのまま山田は何事も無かったかの様に、ペーターの世話を続行した。
    僅か三秒の出来事である。

「何のバトル漫画だよ………………」

    万屋はそう呟きつつも、山田だけは怒らせない様にしようと心に誓うのだった。
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