新日本書紀《異世界転移後の日本と、通訳担当自衛官が往く》

橘末

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第二章 西端半島戦役

第七話 リース代官職

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    「何も無い土地に、一から港を築くのだ」

    帝国宰相の次席書記官であった我輩、フリードリッヒ・フォン・リッテンハイムが、そんな上役の一言によって、無茶苦茶な計画に巻き込まれたのは、かれこれ二十年以上も昔の話である。
今思っても馬鹿げた話だ。
言い出した御方が、当時の宰相ヒンデンブルク公爵でなければ、関わらずに済ませる事も出来た。
少しばかり出世が遅れるであろうが、断れない話でも無かったのだ。
しかし、兄がリッテンハイム男爵家の家督を継承した事で、部屋住みとされ燻っていた我輩を、登用してくださったのは他ならぬ、ヒンデンブルク公である。
あの方に声を掛けていただけなければ、我輩は今でも燻っていた筈。
その大恩に報いるのは、当然の事であろう。
断る選択肢など、我輩には無かった。

    それでも、最初は絵空事に巻き込まれた事を、随分と嘆いたものである。
帝都リヒトブルクに生まれ育ち、郊外へ出た事は数える程の我輩には、流刑地にも等しい赴任地であったのだ。
流刑地という言い回しも、あながち間違ってはいない。
人によっては、絶望してもおかしく無いであろう。
我輩個人の生い立ちとは関係無く、貴族であろうと庶民であろうと、少なくとも当時の帝都では、それが当たり前の感覚であった。
いや、今でも喜んで受ける様な仕事では無い。
少なくとも我輩としては、二度と引き受けたく無いと思っている。
僻地に皇帝直轄領たる、港町を築くのだ。
一生物の大事業である。
成功すれば大変に名誉な功績であるが、我輩が死ぬまでに工事が終わる保証は、どこにも無かった。
比喩でも冗談でも無い。
二度と帝都に戻れない可能性も、充分にあったのだ。
さらに、失敗すれば悲惨である。
当初の責任者は、ヒンデンブルク公の縁者であった。
失敗した場合、責任は我輩一人に押し付けられ、下手をすれば背任罪に問われたであろう。

    そして何より、我輩一人が覚悟を決めたところで、どうにもならない問題は多々
あったのだ。
特に、人材不足は致命的な問題であった。
僻地故に、人材が集まらないのだ。
それも、高等教育を受けた官僚だけでは無い。
職人どころか単純労働者すら、なかなか集まらなかったのだ。
仕方の無い事ではあった。
当時のリースは、神聖連邦を構成する領邦が不要として、帝国への献上という名目で放棄した程、何も無い土地であったのだ。
街道からは遠く、町を建設する以前に、まともな道を切り拓く事が必要であった。
船で資材を運ぼうにも、港が完成するまでは接岸の難しい地形であり、どうしてもそれが必要であったのだ。

    その上、報酬が空手形であった事は、状況をより困難にしたと言える。
商人相手の空手形であれば、通用しない事もなかった。
先行投資として出資させ、その対価として港の優先使用権や、倉庫の使用権等の権利を与えれば、資金の調達は容易である。

    しかし、それには責任者の理解が必要であった。
我輩が実務を取り仕切っていても、そこまで大きな話になると、責任者に話を通さない訳にもいかなかったのだ。
残念な事に、責任者は無能であった。
ヒンデンブルク公爵より、責任者を補佐する様にと念を押されてはいたものの、あれ程酷い責任者とは、我輩を含め関係者一同、想像の範疇外であったのだ。
ヒンデンブルク公が身罷られた今となっては、確かめる術も無いが、あれは公爵御自身も存ぜぬ酷さであった可能性もある。
責任者が無能であっても、怠け者であればまだ良いのだ。
署名さえさせれば、何も問題は無い。
怠け者であれば口を出す事も、引っ掻き回す事も無いであろう。
だが残念ながら、責任者は無能な働き者であったのだ。
我輩の提案を理解せず、何をどう勘違いしたのやら、終いには売国奴扱いである。
おそらくは、周辺の連邦構成国にまで出資を求めるべき、という意見を曲解したのであろうが、それにしても酷い曲解であろう。
そうで無い可能性も、無くはないが少なくとも我輩には、それぐらいしか心当たりが無かった。

    実際問題、連邦構成国を警戒するという考えも、理解出来ない話でもない。
彼等は、中央大陸で帝国に敵対した、最後にして最大の勢力であった。
その総力は、無視出来ない程に大きい。
今でも、団結して反乱を起こされれば、帝国の存亡に関わる程だ。
しかし、それは団結していればという話である。
リヒト大帝が彼等を滅ぼし損ねて以来、帝国は離間工作を繰り返して来た。
今さら、彼等が団結する等という話は、先ずあり得ないのだ。
当時の責任者は、おそらく反射的に拒否感を示したのであろうが、それなりの立場にある人間が、放言した時点で問題であろう。
そして、それなりの立場にある以上、自身の発言が放言であったとは認め難いものである。
気位が高ければ尚更であった。
結局、当時の責任者は最後まで、首を縦に振らなかったのだ。

    その結果、責任者が更迭されるまでの間、工事は遅々として進まなかった。
空手形では、当然ながら好き好んで関わろうとする者が、皆無であったのだ。
当然の結果である。
余裕の無い庶民が、空手形に応じる筈も無いのだ。
故に我輩は、面倒な手を使った。
そう、奴隷である。
それも、商品にならない状態の捨て値の奴隷を、使い潰したのだ。
こういった奴隷は、主に戦争奴隷が多い。
捕らえた戦争奴隷は、怪我をしている場合もあるが、何より反抗的なのだ。
西方大陸の蛮地では、亜人であっても人族と同等に扱う為、奴隷となっても身の程を弁えない者が多い。
一ヵ所で集中して使役すれば、反乱を起こされる可能性も、非常に高いのだ。
そんな欠点があるので、戦争奴隷の値段は安い。
どれ程安いのかと言えば、中央大陸しか知らない養殖の奴隷と比較すると、実に一割程度の値段である。
好事家が、愛玩奴隷として重宝する場合もあるが、基本的に戦争奴隷や、僻地に隠れ潜んでいた天然奴隷は、価値が低いのだ。
それはそうであろう。
奴隷商人としては、早く売り捌きたいのだ。
何せ、それなりに知恵の働く反抗的な相手を、長期間閉じ込めておく訳にはいかない。
長期間閉じ込めておくには、当然ながら厳重な警備が必須であり、その経費は膨大なものとなる。
元値は少ないので、安くとも構わないという理由もある。
領主軍にしろ帝国軍にしろ、定期的に訓練も兼ねているのか、僻地で狩りを行っている為、元値は無いに等しいのだ。
少々供給過多ではあるものの、それは軍も承知しているので、収入源として計算に入ってはいない。
それどころか、各指揮官の小遣い稼ぎという側面もある程だ。

しかし、今は慣習化しているそれが、リース港開港計画が成功した要因となった。
何故なら、我々の場合は商人の仲介を必要とせずに、軍から直接的に奴隷の供給を受けられたからだ。
さらには、輸送から使役中までの警備についても、軍の全面的な協力を得る事が可能であった点も、商人とは異なるところであろう。
これによって、天然奴隷が安値となる理由の一つである、警備費用という問題が解決したのだ。
もちろん軍としても、利の無い話では無い。
輸送中の警備にしろ、使役中の警備にしろ、新兵の訓練としては充分なのだ。
我輩としても、新兵中心という編成に不安はあったが、他に方法が無かったのである。
結果的に、その心配は杞憂であった。
兵役に就いたばかりの新兵であっても、古参兵と共同であれば、何ら問題は無かったのだ。
軍とは縁の無い、我輩の考え過ぎであった。
こうして、軍から奴隷の直接購入を行い、労働力の不足は解消されたのである。
もちろん、弊害が無かった訳では無い。

    最大の誤算は、弱りきって安くなった奴隷が、我輩の想定以上に死にやすかった事であろう。
流石に、輸送中の死亡例こそ無かったものの、使役開始から一日で死なれる、という事も多々あったのだ。
それによって、死骸の処理という面倒な作業が、必要となったのである。
残念な事に人族へと感染する病は、野蛮な亜人の死骸からでも発生するのだ。
亜人だけに感染するのであれば、放置しても構わなかった。
軍からだけ無く、奴隷商人の在庫奴隷も買い漁った為、供給される奴隷は使い潰せる程に、多かったからである。
だが、人族にまで感染しては堪らない。
単純な重労働は奴隷に任せれば良いが、漆喰や装飾等といった作業には、専門の職人が欠かせなかったのだ。
それだけでは無い。
作業が進むにつれて、職人達を標的とした商人達も、増えていったのである。
この商人達が重要なのだ。
港が完成した後、大商人の場合はそのまま交易拠点を、設ける筈であった。
中小規模の商人達の場合も、職人から港湾労働者へと目標を変えるだけで、そのまま商売を続ける事が可能なのだ。
彼等が、将来的にも商売をやり易い様に、衛生面を整える事も、代官の義務であろう。
故に、死骸処理は必須となった。
奴隷は、週に数百単位で死んで行ったものの、補充には限りが無い為、数の問題は最初から存在していない。
問題は、死骸を埋める場所である。
リースに近くすれば、悪臭や景観の支障となるのだ。
しかし、リースから遠過ぎても問題である。
可能であれば、死骸を埋める作業は午前中で終わらせ、午後は通常の作業をさせるべきなのだ。
もちろん人間の墓とは異なり、死骸は埋めるだけであるが、それでも遠ければ遠い程、作業時間は増える。
些末な作業に時間を取られては、大いに困るのだ。

    そういった弊害はあったものの、リースの港が完成したのは、半年前であった。
完成直後は千人程であったリースの人口も、急激な人口増加によって今では、五千人を超えつつある。
他に例を見ない為、正確には言い切れないが、建設速度も発展速度も、異様な速さであろう。
大変に名誉な事であった。
当時の責任者、厳密には我輩の前任者であるが、あれがあのまま責任者を続けていれば、間違い無く工事は続いていた筈だ。
これ程早期に、開港までこぎつけたのは、自惚れでも何でも無く、我輩の功績である。
皇帝陛下も認めて下さった以上、これ程の名誉は他に無いであろう。
近々、帝都に凱旋した上で帝国最高の栄誉である、『双頭驢馬一等勲章』が授与される、という話も出ている。
当事者とはいえ、この様な僻地にまで聞こえてくる噂なのだ。
信憑性は高い。
手柄を横取りされなかった以上、我輩にも運が向いて来たと言えよう。

    そして、リースへと逃げて来た軍船からの敗報である。
軍が大敗したとなれば、相対的に我輩の名声が高まる筈なのだ。
幸いな事に、敗走して来た神聖軍の残存部隊は、大きく混乱している。
何せ自分達以外は、全滅したと言うのだ。
数十万の大軍が、百人程を残して全滅する。
いくら何でも、その様な事はあり得ないであろう。
軍事に疎い我輩でも、それぐらいの事は分かる。
それ程までに、混乱しているのだ。
敗走した上で、その様な醜態を晒していれば、軍の名声は地に墜ちるであろう。
我輩はただ単純に、「この様な報告が上がって参りました」と報告し、混乱具合を添えた上で、帝都への急使を送れば良い。
間違った報告をする訳でも、不正を働く訳でも無く、杓子定規に職務を全うするのだ。
軍とは協力関係であったものの、安い奴隷を必要としなくなった以上、恩を売る必要も無い。

    少しばかりの報復が怖くもあるが、軍の名声と引き換えに、高い名声を得る事が出来れば、我輩が元老院議員として選出される事も、決して夢では無いのだ。
むしろ、宰相府には我輩の知り合いが多く、政治に関しては軍よりも、協力関係を築き易い。
宰相府の協力さえ得られれば、元老院議員の椅子は得たも同然である。
元老院議員といえば、伯爵家の次男という立場から、目指す事の出来る限界であろう。
そこまで上り詰めれば、我輩も悔いは無い。
残存部隊の指揮官には可哀想であるが、我輩の出世の為に犠牲となってもらおう。

    そこまで考えながら、我輩は無意識に動いていた足を止めた。
無意識の内に、あちこち歩き回ってしまうのは、我輩の悪い癖である。
いつの間にか、梯子を登って城壁の上にまで、出ていた程だ。
流石に怪我をしては堪らないので、いい加減に治さなくてはならない。
今回の様に高い所の場合、景色さえ見えればまだ良いのであるが、この時間ともなれば暗くて何も見えないのだ。
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