43 / 92
第二章 西端半島戦役
第七話 リース代官職
しおりを挟む
「何も無い土地に、一から港を築くのだ」
帝国宰相の次席書記官であった我輩、フリードリッヒ・フォン・リッテンハイムが、そんな上役の一言によって、無茶苦茶な計画に巻き込まれたのは、かれこれ二十年以上も昔の話である。
今思っても馬鹿げた話だ。
言い出した御方が、当時の宰相ヒンデンブルク公爵でなければ、関わらずに済ませる事も出来た。
少しばかり出世が遅れるであろうが、断れない話でも無かったのだ。
しかし、兄がリッテンハイム男爵家の家督を継承した事で、部屋住みとされ燻っていた我輩を、登用してくださったのは他ならぬ、ヒンデンブルク公である。
あの方に声を掛けていただけなければ、我輩は今でも燻っていた筈。
その大恩に報いるのは、当然の事であろう。
断る選択肢など、我輩には無かった。
それでも、最初は絵空事に巻き込まれた事を、随分と嘆いたものである。
帝都リヒトブルクに生まれ育ち、郊外へ出た事は数える程の我輩には、流刑地にも等しい赴任地であったのだ。
流刑地という言い回しも、あながち間違ってはいない。
人によっては、絶望してもおかしく無いであろう。
我輩個人の生い立ちとは関係無く、貴族であろうと庶民であろうと、少なくとも当時の帝都では、それが当たり前の感覚であった。
いや、今でも喜んで受ける様な仕事では無い。
少なくとも我輩としては、二度と引き受けたく無いと思っている。
僻地に皇帝直轄領たる、港町を築くのだ。
一生物の大事業である。
成功すれば大変に名誉な功績であるが、我輩が死ぬまでに工事が終わる保証は、どこにも無かった。
比喩でも冗談でも無い。
二度と帝都に戻れない可能性も、充分にあったのだ。
さらに、失敗すれば悲惨である。
当初の責任者は、ヒンデンブルク公の縁者であった。
失敗した場合、責任は我輩一人に押し付けられ、下手をすれば背任罪に問われたであろう。
そして何より、我輩一人が覚悟を決めたところで、どうにもならない問題は多々
あったのだ。
特に、人材不足は致命的な問題であった。
僻地故に、人材が集まらないのだ。
それも、高等教育を受けた官僚だけでは無い。
職人どころか単純労働者すら、なかなか集まらなかったのだ。
仕方の無い事ではあった。
当時のリースは、神聖連邦を構成する領邦が不要として、帝国への献上という名目で放棄した程、何も無い土地であったのだ。
街道からは遠く、町を建設する以前に、まともな道を切り拓く事が必要であった。
船で資材を運ぼうにも、港が完成するまでは接岸の難しい地形であり、どうしてもそれが必要であったのだ。
その上、報酬が空手形であった事は、状況をより困難にしたと言える。
商人相手の空手形であれば、通用しない事もなかった。
先行投資として出資させ、その対価として港の優先使用権や、倉庫の使用権等の権利を与えれば、資金の調達は容易である。
しかし、それには責任者の理解が必要であった。
我輩が実務を取り仕切っていても、そこまで大きな話になると、責任者に話を通さない訳にもいかなかったのだ。
残念な事に、責任者は無能であった。
ヒンデンブルク公爵より、責任者を補佐する様にと念を押されてはいたものの、あれ程酷い責任者とは、我輩を含め関係者一同、想像の範疇外であったのだ。
ヒンデンブルク公が身罷られた今となっては、確かめる術も無いが、あれは公爵御自身も存ぜぬ酷さであった可能性もある。
責任者が無能であっても、怠け者であればまだ良いのだ。
署名さえさせれば、何も問題は無い。
怠け者であれば口を出す事も、引っ掻き回す事も無いであろう。
だが残念ながら、責任者は無能な働き者であったのだ。
我輩の提案を理解せず、何をどう勘違いしたのやら、終いには売国奴扱いである。
おそらくは、周辺の連邦構成国にまで出資を求めるべき、という意見を曲解したのであろうが、それにしても酷い曲解であろう。
そうで無い可能性も、無くはないが少なくとも我輩には、それぐらいしか心当たりが無かった。
実際問題、連邦構成国を警戒するという考えも、理解出来ない話でもない。
彼等は、中央大陸で帝国に敵対した、最後にして最大の勢力であった。
その総力は、無視出来ない程に大きい。
今でも、団結して反乱を起こされれば、帝国の存亡に関わる程だ。
しかし、それは団結していればという話である。
リヒト大帝が彼等を滅ぼし損ねて以来、帝国は離間工作を繰り返して来た。
今さら、彼等が団結する等という話は、先ずあり得ないのだ。
当時の責任者は、おそらく反射的に拒否感を示したのであろうが、それなりの立場にある人間が、放言した時点で問題であろう。
そして、それなりの立場にある以上、自身の発言が放言であったとは認め難いものである。
気位が高ければ尚更であった。
結局、当時の責任者は最後まで、首を縦に振らなかったのだ。
その結果、責任者が更迭されるまでの間、工事は遅々として進まなかった。
空手形では、当然ながら好き好んで関わろうとする者が、皆無であったのだ。
当然の結果である。
余裕の無い庶民が、空手形に応じる筈も無いのだ。
故に我輩は、面倒な手を使った。
そう、奴隷である。
それも、商品にならない状態の捨て値の奴隷を、使い潰したのだ。
こういった奴隷は、主に戦争奴隷が多い。
捕らえた戦争奴隷は、怪我をしている場合もあるが、何より反抗的なのだ。
西方大陸の蛮地では、亜人であっても人族と同等に扱う為、奴隷となっても身の程を弁えない者が多い。
一ヵ所で集中して使役すれば、反乱を起こされる可能性も、非常に高いのだ。
そんな欠点があるので、戦争奴隷の値段は安い。
どれ程安いのかと言えば、中央大陸しか知らない養殖の奴隷と比較すると、実に一割程度の値段である。
好事家が、愛玩奴隷として重宝する場合もあるが、基本的に戦争奴隷や、僻地に隠れ潜んでいた天然奴隷は、価値が低いのだ。
それはそうであろう。
奴隷商人としては、早く売り捌きたいのだ。
何せ、それなりに知恵の働く反抗的な相手を、長期間閉じ込めておく訳にはいかない。
長期間閉じ込めておくには、当然ながら厳重な警備が必須であり、その経費は膨大なものとなる。
元値は少ないので、安くとも構わないという理由もある。
領主軍にしろ帝国軍にしろ、定期的に訓練も兼ねているのか、僻地で狩りを行っている為、元値は無いに等しいのだ。
少々供給過多ではあるものの、それは軍も承知しているので、収入源として計算に入ってはいない。
それどころか、各指揮官の小遣い稼ぎという側面もある程だ。
しかし、今は慣習化しているそれが、リース港開港計画が成功した要因となった。
何故なら、我々の場合は商人の仲介を必要とせずに、軍から直接的に奴隷の供給を受けられたからだ。
さらには、輸送から使役中までの警備についても、軍の全面的な協力を得る事が可能であった点も、商人とは異なるところであろう。
これによって、天然奴隷が安値となる理由の一つである、警備費用という問題が解決したのだ。
もちろん軍としても、利の無い話では無い。
輸送中の警備にしろ、使役中の警備にしろ、新兵の訓練としては充分なのだ。
我輩としても、新兵中心という編成に不安はあったが、他に方法が無かったのである。
結果的に、その心配は杞憂であった。
兵役に就いたばかりの新兵であっても、古参兵と共同であれば、何ら問題は無かったのだ。
軍とは縁の無い、我輩の考え過ぎであった。
こうして、軍から奴隷の直接購入を行い、労働力の不足は解消されたのである。
もちろん、弊害が無かった訳では無い。
最大の誤算は、弱りきって安くなった奴隷が、我輩の想定以上に死にやすかった事であろう。
流石に、輸送中の死亡例こそ無かったものの、使役開始から一日で死なれる、という事も多々あったのだ。
それによって、死骸の処理という面倒な作業が、必要となったのである。
残念な事に人族へと感染する病は、野蛮な亜人の死骸からでも発生するのだ。
亜人だけに感染するのであれば、放置しても構わなかった。
軍からだけ無く、奴隷商人の在庫奴隷も買い漁った為、供給される奴隷は使い潰せる程に、多かったからである。
だが、人族にまで感染しては堪らない。
単純な重労働は奴隷に任せれば良いが、漆喰や装飾等といった作業には、専門の職人が欠かせなかったのだ。
それだけでは無い。
作業が進むにつれて、職人達を標的とした商人達も、増えていったのである。
この商人達が重要なのだ。
港が完成した後、大商人の場合はそのまま交易拠点を、設ける筈であった。
中小規模の商人達の場合も、職人から港湾労働者へと目標を変えるだけで、そのまま商売を続ける事が可能なのだ。
彼等が、将来的にも商売をやり易い様に、衛生面を整える事も、代官の義務であろう。
故に、死骸処理は必須となった。
奴隷は、週に数百単位で死んで行ったものの、補充には限りが無い為、数の問題は最初から存在していない。
問題は、死骸を埋める場所である。
リースに近くすれば、悪臭や景観の支障となるのだ。
しかし、リースから遠過ぎても問題である。
可能であれば、死骸を埋める作業は午前中で終わらせ、午後は通常の作業をさせるべきなのだ。
もちろん人間の墓とは異なり、死骸は埋めるだけであるが、それでも遠ければ遠い程、作業時間は増える。
些末な作業に時間を取られては、大いに困るのだ。
そういった弊害はあったものの、リースの港が完成したのは、半年前であった。
完成直後は千人程であったリースの人口も、急激な人口増加によって今では、五千人を超えつつある。
他に例を見ない為、正確には言い切れないが、建設速度も発展速度も、異様な速さであろう。
大変に名誉な事であった。
当時の責任者、厳密には我輩の前任者であるが、あれがあのまま責任者を続けていれば、間違い無く工事は続いていた筈だ。
これ程早期に、開港までこぎつけたのは、自惚れでも何でも無く、我輩の功績である。
皇帝陛下も認めて下さった以上、これ程の名誉は他に無いであろう。
近々、帝都に凱旋した上で帝国最高の栄誉である、『双頭驢馬一等勲章』が授与される、という話も出ている。
当事者とはいえ、この様な僻地にまで聞こえてくる噂なのだ。
信憑性は高い。
手柄を横取りされなかった以上、我輩にも運が向いて来たと言えよう。
そして、リースへと逃げて来た軍船からの敗報である。
軍が大敗したとなれば、相対的に我輩の名声が高まる筈なのだ。
幸いな事に、敗走して来た神聖軍の残存部隊は、大きく混乱している。
何せ自分達以外は、全滅したと言うのだ。
数十万の大軍が、百人程を残して全滅する。
いくら何でも、その様な事はあり得ないであろう。
軍事に疎い我輩でも、それぐらいの事は分かる。
それ程までに、混乱しているのだ。
敗走した上で、その様な醜態を晒していれば、軍の名声は地に墜ちるであろう。
我輩はただ単純に、「この様な報告が上がって参りました」と報告し、混乱具合を添えた上で、帝都への急使を送れば良い。
間違った報告をする訳でも、不正を働く訳でも無く、杓子定規に職務を全うするのだ。
軍とは協力関係であったものの、安い奴隷を必要としなくなった以上、恩を売る必要も無い。
少しばかりの報復が怖くもあるが、軍の名声と引き換えに、高い名声を得る事が出来れば、我輩が元老院議員として選出される事も、決して夢では無いのだ。
むしろ、宰相府には我輩の知り合いが多く、政治に関しては軍よりも、協力関係を築き易い。
宰相府の協力さえ得られれば、元老院議員の椅子は得たも同然である。
元老院議員といえば、伯爵家の次男という立場から、目指す事の出来る限界であろう。
そこまで上り詰めれば、我輩も悔いは無い。
残存部隊の指揮官には可哀想であるが、我輩の出世の為に犠牲となってもらおう。
そこまで考えながら、我輩は無意識に動いていた足を止めた。
無意識の内に、あちこち歩き回ってしまうのは、我輩の悪い癖である。
いつの間にか、梯子を登って城壁の上にまで、出ていた程だ。
流石に怪我をしては堪らないので、いい加減に治さなくてはならない。
今回の様に高い所の場合、景色さえ見えればまだ良いのであるが、この時間ともなれば暗くて何も見えないのだ。
帝国宰相の次席書記官であった我輩、フリードリッヒ・フォン・リッテンハイムが、そんな上役の一言によって、無茶苦茶な計画に巻き込まれたのは、かれこれ二十年以上も昔の話である。
今思っても馬鹿げた話だ。
言い出した御方が、当時の宰相ヒンデンブルク公爵でなければ、関わらずに済ませる事も出来た。
少しばかり出世が遅れるであろうが、断れない話でも無かったのだ。
しかし、兄がリッテンハイム男爵家の家督を継承した事で、部屋住みとされ燻っていた我輩を、登用してくださったのは他ならぬ、ヒンデンブルク公である。
あの方に声を掛けていただけなければ、我輩は今でも燻っていた筈。
その大恩に報いるのは、当然の事であろう。
断る選択肢など、我輩には無かった。
それでも、最初は絵空事に巻き込まれた事を、随分と嘆いたものである。
帝都リヒトブルクに生まれ育ち、郊外へ出た事は数える程の我輩には、流刑地にも等しい赴任地であったのだ。
流刑地という言い回しも、あながち間違ってはいない。
人によっては、絶望してもおかしく無いであろう。
我輩個人の生い立ちとは関係無く、貴族であろうと庶民であろうと、少なくとも当時の帝都では、それが当たり前の感覚であった。
いや、今でも喜んで受ける様な仕事では無い。
少なくとも我輩としては、二度と引き受けたく無いと思っている。
僻地に皇帝直轄領たる、港町を築くのだ。
一生物の大事業である。
成功すれば大変に名誉な功績であるが、我輩が死ぬまでに工事が終わる保証は、どこにも無かった。
比喩でも冗談でも無い。
二度と帝都に戻れない可能性も、充分にあったのだ。
さらに、失敗すれば悲惨である。
当初の責任者は、ヒンデンブルク公の縁者であった。
失敗した場合、責任は我輩一人に押し付けられ、下手をすれば背任罪に問われたであろう。
そして何より、我輩一人が覚悟を決めたところで、どうにもならない問題は多々
あったのだ。
特に、人材不足は致命的な問題であった。
僻地故に、人材が集まらないのだ。
それも、高等教育を受けた官僚だけでは無い。
職人どころか単純労働者すら、なかなか集まらなかったのだ。
仕方の無い事ではあった。
当時のリースは、神聖連邦を構成する領邦が不要として、帝国への献上という名目で放棄した程、何も無い土地であったのだ。
街道からは遠く、町を建設する以前に、まともな道を切り拓く事が必要であった。
船で資材を運ぼうにも、港が完成するまでは接岸の難しい地形であり、どうしてもそれが必要であったのだ。
その上、報酬が空手形であった事は、状況をより困難にしたと言える。
商人相手の空手形であれば、通用しない事もなかった。
先行投資として出資させ、その対価として港の優先使用権や、倉庫の使用権等の権利を与えれば、資金の調達は容易である。
しかし、それには責任者の理解が必要であった。
我輩が実務を取り仕切っていても、そこまで大きな話になると、責任者に話を通さない訳にもいかなかったのだ。
残念な事に、責任者は無能であった。
ヒンデンブルク公爵より、責任者を補佐する様にと念を押されてはいたものの、あれ程酷い責任者とは、我輩を含め関係者一同、想像の範疇外であったのだ。
ヒンデンブルク公が身罷られた今となっては、確かめる術も無いが、あれは公爵御自身も存ぜぬ酷さであった可能性もある。
責任者が無能であっても、怠け者であればまだ良いのだ。
署名さえさせれば、何も問題は無い。
怠け者であれば口を出す事も、引っ掻き回す事も無いであろう。
だが残念ながら、責任者は無能な働き者であったのだ。
我輩の提案を理解せず、何をどう勘違いしたのやら、終いには売国奴扱いである。
おそらくは、周辺の連邦構成国にまで出資を求めるべき、という意見を曲解したのであろうが、それにしても酷い曲解であろう。
そうで無い可能性も、無くはないが少なくとも我輩には、それぐらいしか心当たりが無かった。
実際問題、連邦構成国を警戒するという考えも、理解出来ない話でもない。
彼等は、中央大陸で帝国に敵対した、最後にして最大の勢力であった。
その総力は、無視出来ない程に大きい。
今でも、団結して反乱を起こされれば、帝国の存亡に関わる程だ。
しかし、それは団結していればという話である。
リヒト大帝が彼等を滅ぼし損ねて以来、帝国は離間工作を繰り返して来た。
今さら、彼等が団結する等という話は、先ずあり得ないのだ。
当時の責任者は、おそらく反射的に拒否感を示したのであろうが、それなりの立場にある人間が、放言した時点で問題であろう。
そして、それなりの立場にある以上、自身の発言が放言であったとは認め難いものである。
気位が高ければ尚更であった。
結局、当時の責任者は最後まで、首を縦に振らなかったのだ。
その結果、責任者が更迭されるまでの間、工事は遅々として進まなかった。
空手形では、当然ながら好き好んで関わろうとする者が、皆無であったのだ。
当然の結果である。
余裕の無い庶民が、空手形に応じる筈も無いのだ。
故に我輩は、面倒な手を使った。
そう、奴隷である。
それも、商品にならない状態の捨て値の奴隷を、使い潰したのだ。
こういった奴隷は、主に戦争奴隷が多い。
捕らえた戦争奴隷は、怪我をしている場合もあるが、何より反抗的なのだ。
西方大陸の蛮地では、亜人であっても人族と同等に扱う為、奴隷となっても身の程を弁えない者が多い。
一ヵ所で集中して使役すれば、反乱を起こされる可能性も、非常に高いのだ。
そんな欠点があるので、戦争奴隷の値段は安い。
どれ程安いのかと言えば、中央大陸しか知らない養殖の奴隷と比較すると、実に一割程度の値段である。
好事家が、愛玩奴隷として重宝する場合もあるが、基本的に戦争奴隷や、僻地に隠れ潜んでいた天然奴隷は、価値が低いのだ。
それはそうであろう。
奴隷商人としては、早く売り捌きたいのだ。
何せ、それなりに知恵の働く反抗的な相手を、長期間閉じ込めておく訳にはいかない。
長期間閉じ込めておくには、当然ながら厳重な警備が必須であり、その経費は膨大なものとなる。
元値は少ないので、安くとも構わないという理由もある。
領主軍にしろ帝国軍にしろ、定期的に訓練も兼ねているのか、僻地で狩りを行っている為、元値は無いに等しいのだ。
少々供給過多ではあるものの、それは軍も承知しているので、収入源として計算に入ってはいない。
それどころか、各指揮官の小遣い稼ぎという側面もある程だ。
しかし、今は慣習化しているそれが、リース港開港計画が成功した要因となった。
何故なら、我々の場合は商人の仲介を必要とせずに、軍から直接的に奴隷の供給を受けられたからだ。
さらには、輸送から使役中までの警備についても、軍の全面的な協力を得る事が可能であった点も、商人とは異なるところであろう。
これによって、天然奴隷が安値となる理由の一つである、警備費用という問題が解決したのだ。
もちろん軍としても、利の無い話では無い。
輸送中の警備にしろ、使役中の警備にしろ、新兵の訓練としては充分なのだ。
我輩としても、新兵中心という編成に不安はあったが、他に方法が無かったのである。
結果的に、その心配は杞憂であった。
兵役に就いたばかりの新兵であっても、古参兵と共同であれば、何ら問題は無かったのだ。
軍とは縁の無い、我輩の考え過ぎであった。
こうして、軍から奴隷の直接購入を行い、労働力の不足は解消されたのである。
もちろん、弊害が無かった訳では無い。
最大の誤算は、弱りきって安くなった奴隷が、我輩の想定以上に死にやすかった事であろう。
流石に、輸送中の死亡例こそ無かったものの、使役開始から一日で死なれる、という事も多々あったのだ。
それによって、死骸の処理という面倒な作業が、必要となったのである。
残念な事に人族へと感染する病は、野蛮な亜人の死骸からでも発生するのだ。
亜人だけに感染するのであれば、放置しても構わなかった。
軍からだけ無く、奴隷商人の在庫奴隷も買い漁った為、供給される奴隷は使い潰せる程に、多かったからである。
だが、人族にまで感染しては堪らない。
単純な重労働は奴隷に任せれば良いが、漆喰や装飾等といった作業には、専門の職人が欠かせなかったのだ。
それだけでは無い。
作業が進むにつれて、職人達を標的とした商人達も、増えていったのである。
この商人達が重要なのだ。
港が完成した後、大商人の場合はそのまま交易拠点を、設ける筈であった。
中小規模の商人達の場合も、職人から港湾労働者へと目標を変えるだけで、そのまま商売を続ける事が可能なのだ。
彼等が、将来的にも商売をやり易い様に、衛生面を整える事も、代官の義務であろう。
故に、死骸処理は必須となった。
奴隷は、週に数百単位で死んで行ったものの、補充には限りが無い為、数の問題は最初から存在していない。
問題は、死骸を埋める場所である。
リースに近くすれば、悪臭や景観の支障となるのだ。
しかし、リースから遠過ぎても問題である。
可能であれば、死骸を埋める作業は午前中で終わらせ、午後は通常の作業をさせるべきなのだ。
もちろん人間の墓とは異なり、死骸は埋めるだけであるが、それでも遠ければ遠い程、作業時間は増える。
些末な作業に時間を取られては、大いに困るのだ。
そういった弊害はあったものの、リースの港が完成したのは、半年前であった。
完成直後は千人程であったリースの人口も、急激な人口増加によって今では、五千人を超えつつある。
他に例を見ない為、正確には言い切れないが、建設速度も発展速度も、異様な速さであろう。
大変に名誉な事であった。
当時の責任者、厳密には我輩の前任者であるが、あれがあのまま責任者を続けていれば、間違い無く工事は続いていた筈だ。
これ程早期に、開港までこぎつけたのは、自惚れでも何でも無く、我輩の功績である。
皇帝陛下も認めて下さった以上、これ程の名誉は他に無いであろう。
近々、帝都に凱旋した上で帝国最高の栄誉である、『双頭驢馬一等勲章』が授与される、という話も出ている。
当事者とはいえ、この様な僻地にまで聞こえてくる噂なのだ。
信憑性は高い。
手柄を横取りされなかった以上、我輩にも運が向いて来たと言えよう。
そして、リースへと逃げて来た軍船からの敗報である。
軍が大敗したとなれば、相対的に我輩の名声が高まる筈なのだ。
幸いな事に、敗走して来た神聖軍の残存部隊は、大きく混乱している。
何せ自分達以外は、全滅したと言うのだ。
数十万の大軍が、百人程を残して全滅する。
いくら何でも、その様な事はあり得ないであろう。
軍事に疎い我輩でも、それぐらいの事は分かる。
それ程までに、混乱しているのだ。
敗走した上で、その様な醜態を晒していれば、軍の名声は地に墜ちるであろう。
我輩はただ単純に、「この様な報告が上がって参りました」と報告し、混乱具合を添えた上で、帝都への急使を送れば良い。
間違った報告をする訳でも、不正を働く訳でも無く、杓子定規に職務を全うするのだ。
軍とは協力関係であったものの、安い奴隷を必要としなくなった以上、恩を売る必要も無い。
少しばかりの報復が怖くもあるが、軍の名声と引き換えに、高い名声を得る事が出来れば、我輩が元老院議員として選出される事も、決して夢では無いのだ。
むしろ、宰相府には我輩の知り合いが多く、政治に関しては軍よりも、協力関係を築き易い。
宰相府の協力さえ得られれば、元老院議員の椅子は得たも同然である。
元老院議員といえば、伯爵家の次男という立場から、目指す事の出来る限界であろう。
そこまで上り詰めれば、我輩も悔いは無い。
残存部隊の指揮官には可哀想であるが、我輩の出世の為に犠牲となってもらおう。
そこまで考えながら、我輩は無意識に動いていた足を止めた。
無意識の内に、あちこち歩き回ってしまうのは、我輩の悪い癖である。
いつの間にか、梯子を登って城壁の上にまで、出ていた程だ。
流石に怪我をしては堪らないので、いい加減に治さなくてはならない。
今回の様に高い所の場合、景色さえ見えればまだ良いのであるが、この時間ともなれば暗くて何も見えないのだ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
セーブポイント転生 ~寿命が無い石なので千年修行したらレベル上限突破してしまった~
空色蜻蛉
ファンタジー
枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。
もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。
【お知らせ】6/22 完結しました!
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
世界最強の七賢者がお世話係の俺にだけはデレデレすぎる件
Y.
恋愛
国の頂点に君臨し、神にも等しい力を持つ『七賢者』。
火・水・風・土・光・闇・氷の属性を極めた彼女たちは、畏怖の対象として国民から崇められていた。
――だが、その「聖域」の扉を一枚隔てた先では、とんでもない光景が広がっていた。
「アルトぉ、この服脱がせてー。熱いから魔法で燃やしちゃった」
「……アルトが隣にいないと、私、一生布団から出ないから」
「いいじゃない、減るもんじゃないし。さあ、私と混ざり合いましょう?」
彼女たちの正体は、私生活が壊滅的にポンコツで、特定の一人に依存しきったデレデレな美少女たちだった!
魔法の才能ゼロの雑用係・アルトは、世界で唯一「彼女たちの暴走魔力に耐えられる」という理由で、24時間体制の身の回りのお世話をすることに。
着替え、食事の介助、添い寝(!?)まで……。
世界最強の7人に取り合われ、振り回され、いじり倒される。
胃袋と心根をガッチリ掴んだお世話係と、愛が重すぎる最強ヒロインたちによる、至福の異世界ハーレムラブコメ、開幕!
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる