新日本書紀《異世界転移後の日本と、通訳担当自衛官が往く》

橘末

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第二章 西端半島戦役

第四十五話 これは機密情報です

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    医務室での検査は防疫検査という名目であったが、当然ながら様々な測定も同時に行われた。
    身長、体重からスリーサイズの類いもその一環として測定されている。
    もちろん、問題が起こらない様に対策は取ってあった。
    何せ、異世界人の圧倒的多数を女性が占めているのだ。
    一部の測定をするのは女性でなければ不味い。

    これが少しばかり面倒だった。
    『いずも』の人手が足りないのだ。
    海上自衛隊に女性隊員が居ないという訳でもないのだが、海上勤務の場合は特殊な事情がある。
    艦内という、限られたスペースの都合だ。
    陸上施設よりも限られてしまう以上、可能な限り合理的にスペースを使用したいものだが、そこには性別という壁がある。
    トイレなどの居住環境を男女二種類に分ける必要性が出てくるのだ。
    そうなると、どうしてもスペースを取ってしまう。
    別にしないという選択肢も無い。
    婦人団体からの抗議云々以前に、人材不足という観点からも待遇は考慮しなければならなかったのだ。

    そして様々な対策が協議された。
    居住空間を分けずにそれ以外のスペースを確保して、その分女性自衛官には特別手当を出すという、ほとんど何もしない様な案。
    居住空間を分けて、それ以外のスペースを減らす代わりに、艦艇数を増やそうという本末顛倒な案。
    中には、海上勤務に女性を登用しないという、極端な案も存在した。    

    折衷案の一つとして、男女で勤務する艦艇を分けるというものもあった。
    経済的な観点だけで言えば、これが妥当だったのかもしれない。
    人件費の増加は防げるだろう。
    人材の不足問題にも引っかからない。
    艦艇数えお増やす必要も無くなり、トイレなどの改修費用のみで、時代に対応出来るのだ。
    
    だが、女性自衛官は少なかった。
    そして、艦艇の比率を男女平等にしなければ、婦人団体の抗議が起こる可能性もある。
    それはそれで問題だった。
    抗議の影響で女性の志望者が減ってしまっては、人材不足が解消出来ない。
    そんな色々な事情から、現在の海自では折衷案に手を加えた対策を実施している。
    男女比率を調整する事で、どちらかを少数派としたのだ。
    こうする事で居住空間を分けつつも、片方のスペースが少なく済む。
    抗議も起こらないだろう。

    残念な事に『いずも』は、女性比率が低い艦だった。
    その為、衛生科隊員である二階堂が手を貸している。
    彼女と現地女性陣の間に面識があるという点も、手伝いに借り出された理由だろう。
    それに、医官であっても互いの常識が異なる事を考慮すれば、男性が関わるのを避けたい。
    身体測定まで行うともなれば、尚更だろう。
    何せ、下手をすれば外交問題である。
    充分過ぎる程に、気を使う必要があった。

「楽で良いんですけどね」

    仕事の大半を、二階堂と『いずも』所属の女性衛生科隊員に譲った医官は、苦笑いをする。
    医務室の外で万屋と共に、身体測定が終わるのを待っているのだ。

「でも、私だって医療関係者です。
    エルフには、興味があるんですよ」

    医官は不満を言いつつも、どこか冗談混じりだった。
    少なくとも、付き合いの僅かな万屋に分かるぐらいには冗談なのだろう。

「伯爵とペーターさんが居ますよ」

    万屋は、極力真面目そうな顔を取り繕って言う。
    重い荷物を運ばされた事は、借りを返す為の行為だったのだが、割に合わなかったので釣りを返そうという魂胆だ。

「…………」

    万屋の目論見通り、嫌な想像をしてしまったのか。
    医官は沈黙する。

(ヨシッ!)

    万屋は医官に気付かれない様に、小さくガッツポーズを極めた。
    大人気ない行為だが、ストレスを溜めるよりはマシなのだろう。
    しかし、万屋にとっては残念な事に、話はここで終わらなかった。

「ペーターさんは、見るところが無さそうですから」

    医官は万屋の目論見に気付いたのだろう。
    せめて、嫌な想像の道連れにとでも思ったのか、話を続けたのだ。

(バカな…………)

    万屋は大袈裟に驚く。
    医官の様に、現地人に興味があるのならばともかく、万屋はそこに興味は無いのだ。
    想像の道連れにされると、そのダメージは医官よりも大きい。
    万屋のテンションは一見すると盛り上がっている様にも見えるが、ダダ下がりとなった。

「どう見たって、白人の中年男性ですからね。
    少し変に太り気味ですが、あれは栄養の足りていない太り方です。
    発展途上国へ行けば、珍しいものじゃありません。
    それは置いておいて…………、遺伝子的にはまだ分かりませんけど、とにかく違う進化を辿った筈の生き物が、あそこまで我々と似ているっていうのは不自然ですよ」

    医官の方は勝手に盛り上がり、万屋を置き去りにする。

「絶対におかしいんです。
    現地の人はホモ・サピエンスとしか思えません」

    医官は我慢強いだけで、本質的には遠藤と似た傾向があるのだろう。
    万屋の様子は気にせず続ける。

「戦争にでもなれば、ドサクサに紛れて色々出来るんですけどね………。
    それこそ解剖とか」

    そして、決定的なフレーズを口に出した。

「エ、エルフはどうなんです?
    見掛けからして、結構違うみたいですけど」

    万屋は不器用ながらにスルーして、上手く話題を逸らす。
    相手の興味を考慮して、逸らし過ぎない事がポイントだ。

「エルフですか?
    彼女等も不自然ですけどね。
    仮説は立てられますよ」

「仮説ですか?」

    食い付いたは良いが、妙な事を言い出す医官に万屋は困惑する。
    だが、聞き捨てならないと思い直したのか、そのまま続きを促した。

「二足歩行に五本指こそが、知的生命体としての行き着く先という可能性です。
    これならば納得出来ます。
    もちろん、証拠なんてありませんけどね」

「あ~………、はぁ」

    万屋は話のスケールが大きくなり過ぎたせいか、マトモな返事すら出来ない。

「彼女等が、何からどう進化したのかは分かりません。
    しかし、行き着く先は我々と同様に二足歩行の五本指だった。
    そういう事です」

「はぁ…………。
    つまり、我々のこの姿は知的生命体としての完成形ですか?」

    万屋は手を前に突き出し、自分の指をしげしげと見詰める。
    突拍子も無い話に戸惑うばかりだ。

「私も詳しくは無いので、言い切れはしませんよ。
    ひょっとしたら、六本ぐらいあった方が便利なのかもしれません。
    ですが、姿形の似た生き物になるという事は、その姿に何等かの利点があるという事です。
    進化って、そういうものでしょ?」

    医官はイタズラっぽく笑って、ウインクをして見せた。

「オエッ………。
    失礼しました」

    万屋は自分の感情に正直な男だった。
    普通、今日知り合ったばかりの相手に、いくら気持ちの悪さを感じたからといって、この反応は無いだろう。
    だが、万屋は違った。
    不意打ちには、対処し切れない事が多過ぎるのだ。

「…………。
    ま、まあとにかくです。
    彼女等を解剖してみたいというアレな欲求は、私にも理解出来ない訳ではないんです」

    医官は仕切り直す。
    スルーしてくれた事は、万屋にとって幸いだった。

「同じ生き物から別れた可能性もあるのでは?」

    万屋はありがたく思いながら、その流れに乗る。

「それだと、必要性が分かりませんよ。
    確かに、耳が良くなるだけなら分かります。
    森の視界は悪く、視覚を補う為に聴覚が発達するのは、必然的でしょう」

    医官は万屋の意見を肯定する様な事を言いつつ、否定的だ。

「ですが、そこには耳が長くなる理由がありません。
    何の意味があって、彼女等の耳は長いのか。
    そこが分からない以上、同じ生き物から別れたとは言えません。
    別の祖先から受け継いだ、何かの名残りと考えた方が自然です」

「はぁ~!」

    万屋は感嘆の声を上げるしかない。
    実際、生エルフを見てから僅かな時間で、これ程の考察が出来るのだから大したものである。
    医官は只者ではない。

「問題は進化論という前提そのものが、仮説である点ですね。
    我々の世界での実例を基にしたとはいえ、仮説は仮説です。
    結局のところ、専門家が調べるまでは分かりませんよ。
    進化論を全否定する様な証拠でも、異世界だと絶対に無いとは言い切れませんからね。
    ま、新しい発見に期待して待っていましょう」

「ええ、楽しみです(俺は興味無いんだけどね)」

    万屋は本音を隠し切った。
    折角、にこやかな雰囲気を保っているのだから、態々壊す事もない。
    その程度の常識は万屋も持っている。

「万屋二尉が羨ましいですよ。
    あなたは、これからも未知との遭遇を最前列で見れる立場でしょう?」

    医官はニコニコして言う。

「妬ましいぐらいですよ」

    そして、その顔のままで毒を吐いた。
    目が笑っていない事から、それが本音であろう。

(そういう考え方もあるのか…………)

    万屋は何も言わなかった。
    かと言って恐怖を感じた訳ではない。
    自分の立場にウンザリしていたところで、妬ましい程に羨ましがられた事で戸惑ったのだ。

(否定するのもなぁ~)

    否定したとして、それが理解されるとは思えない。
    結局のところ、隣の芝生は青いという話なのだ。
    お互いの立場に立ってみなければ、本当の事情は分からない。
    そして、二人は交代する事の難しい立場なのだ。

(そういう立場でもある、か)

    万屋は何も言わなかったものの、どこか気持ちが晴れる様な思いだった。
    胃の痛むだけの散々な任務だと思っていたら、他人から羨ましいと思われる様な任務だと知ったからだろう。
    万屋に限らず、人間の感情は複雑な様で単純だった。
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