新日本書紀《異世界転移後の日本と、通訳担当自衛官が往く》

橘末

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第二章 西端半島戦役

第四十四話 マッド再び

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(上は碌な事をしない。
    現場云々よりも、常識を疑うぞ)

    万屋は何時も通りに悩んでいた。

    アンジェリカは少しばかり素直になったのか、検査器具を壊した事を謝って来たが、だからと言って器具が直る訳でもない。
    外交上、一つ貸しを作れたとのかもしれないが、そんなマクロな話は万屋に関係者無いのだ。
    万屋や医官に取っての、検査器具を壊されたという事実は、仕事が遅れるという事でしかなかった。
    極端な話、迷惑なだけである。

(検査器具の代わりだけ寄越して欲しかった…………)

    予備のある器具もあったが、壊されると足りなくなる器具もあり、万屋は医官に頭を下げて取り寄せる申請をしてもらった。
    医官の顔は引き攣っていたが、そもそも管理責任は彼の側にある。
    万屋の道義的責任は大きいが、逆に言えば忠告をし忘れただけなのだ。
    いくら釈然としなくても、医官が申請するのは当然の事だった。
    幸いな事に、非常時の優先事項という事もあってか、申請そのものはすんなりと通ったらしい。
    対応も素早かった。
    一時間も待たずに、近場の自衛隊病院からヘリが飛んで来た程だ。
    おそらく、艦内でパンデミックが発生した場合に備えていたのだろう。

    そこまでは良かった。
    万屋としても、未知の病原菌によるパンデミックを想定されていた事は、多少不愉快だったがそれだけである。
    当然と言えば当然の備えなのだ。
    背筋の凍る思いもあったが、不満言う様な事ではない。

    問題は、検査器具と共にやって来た人物だった。

「イヤァァァァァ!!!
    エルフを解剖出来ると聞いてね!!!
    御悔やみを言いに来たんだよ!!!」

(うるせーよキ印
    これが人間の声量か?)

    間違った情報に興奮したのだろう。
    招かれざる客は、恐ろしく騒がしい。
    飛行甲板の上、しかも複数のヘリがローターを回しているという環境下であっても、マトモに聞き取れる程だ。

(こいつの声帯の方が、よっぽど解剖し甲斐があるだろ…………)

    万屋は余計な積荷の存在に毒を吐く。
    表情も、無理矢理に無表情を保とうとしているが、引き攣り気味だ。

「私も御用学者という立場上、自重を求められるのでね!!!
    貴重な機会なんだ!!!」

「はぁ!……………、そうですか!…………(御用学者って自覚あるなら、もっと自重しろや)」

    何をどう勘違いしたのか、この奇人はエルフを解剖しにやって来たらしい。
    万屋は勢いに押されてか、誤解を解く気すらしなくなった。
    何せ、エネルギッシュな相手との対話には、労力を伴うもの。
    そして、連続した激務のせいで万屋の余力は少ない。

「とにかく、艦内へ入りましょう!(刺激するのも怖いしなぁ~…………)」

    万屋は艦内へと誘導しつつも、事実を説明するのは躊躇する。

    内心でキ印と呼んでいるという事は、逆に言えば怖れているという事でもあるのだ。
    誰だって、それっぽい相手とは距離を置きたいものだろう。
    万屋の気持ちは当然のものだ。

    だが、真実は伝えなければならない。
    さもなくば、エルフを生きたまま解剖するという、猟奇的な光景を見る事になりかねないのだ。
    少なくとも万屋の認識では、それをやりかねない相手だった。

(刺激しない様に伝える方法って、何かあるのか?)

    万屋は、本気でその可能性が高いと信じているのだ。

(こうなったら、人気の無い暗がりまで誘い込んで、当て身でも喰らわせるか?)

    それ故に、対応は手段を選ばない。
    悲劇というよりも、外交問題を未然に防ぐ為である。
    万屋の頭の中には、とにかく『刺激しない様にしつつも、確実に食い止めなければ』という使命感があった。

「解剖!?
    何を仰ってるんですか!?」

    万屋の決意を、医官がぶち壊す。
    空気が読めないのだろう。

(陸自の前線なら、確実に生き残れないだろうなぁ…………。
    この空気の読めなさは、海自さんだからか?)

    万屋は呆れて失礼な事を考える。
    人間同士で向き合う陸自と、機械の目で敵と遠く離れた海自では、確かに違う点も多いのだろうが、流石にそれは偏見であろう。
    医官が空気を読めないだけだ。

「カイボウデキナイ…………」

(チクショウ、何が起こる?)

    万屋は嫌な気配を敏感に察知したが、出来る事は少ない。
    何せ、裏ではキ印と呼ばれる様な相手だ。
    その行動を予測する事は、極めて難しかった。

「何か行き違いがあったらしいね。
    誤報か、勘違いだろうかねぇ?」

   ガタン

    以外にもマトモな返答を聞き、万屋はズッコケそうになる。

「ど、どうしました?」

    医官がビクりと反応した。
    危機感が無いだけで、人格的には良い人物らしい。

「大丈夫です………」

    万屋は腑に落ちない感覚のまま、そう答える。
    予想よりも良い展開ではあるのだが、素直に喜べないのだろう。

「まあ~、血液検査ぐらいはやりたいんだけどね~。
    目的そのものは、防疫だったけ~?」

「そもそも、遠藤さんは関わり自体を禁止されているのでは?」

    招かれざる客、遠藤がマイペースに事を進めようとするので、万屋は慌てて突っ込む。
    この手の輩は、マイペースであったり強引であったりと違いはあるが、共通点もある。
    意識的に止めなければ止まらないどころか、加速して行くのだ。
    意思の弱い人間であれば、簡単に流されてしまうだろう。
    刺激云々と言っている場合ではなかった。
    最初から関わらせない様に出来れば、それが一番なのだ。

「ダレニキイタ」

    しかし、万屋の行動は裏目に出てしまう。
    遠藤は憎しみに満ちた目で、万屋を睨み付けた。

「オマエカ!?

    オマエノセイカ!?」

    飛びかからんばかりの迫力に、万屋は思わず後ずさる。
    人間とは思えない迫力だった。

(今までのは、我慢してたのか!?)

    万屋は、遠藤が我慢という概念を理解しているという点に、本気で驚く。

「助手っぽい人です」

    そして、何の躊躇もなく情報提供者を売った。
    しがらみの無い相手だからこその行為だ。
    縁の薄い他人よりは、保身の方が大切である。
    一言、二言話しただけの相手を庇う義理は無い。
    万屋の様な実戦経験者であっても、一瞬死を覚悟した様な相手だ。

(こんな事で、生きるか死ぬかはごめんだわ…………。
    助手っぽい人、お願いだから成仏してくださいよ~…………)

    それが万屋の本音だった。

「アイツカアイツカアイツカアイツカアイツカアイツカアイツカアイツカアイツカアイツカアイツカアイツカ」

    遠藤はバッと振り向くと、飛行甲板へ向かって駆け出す。
    好奇心よりも、復讐心が勝ったのだろう。
    自身の邪魔をされる事が、最も嫌いなタイプかもしれない。

(助かった………、のか?)

    万屋は、遠藤の振る舞いに背筋を凍らせるのと同時に、危機が去った事に安堵した。
    一見矛盾している様に見えて、矛盾はしていない二つの感情なのだが、万屋の中では何の違和感も無く、両立しているらしい。
    器用なものである。

「す、凄い人でしたね…………」

    今になって遠藤の異常性に気付いたのか。
    医官が青ざめた顔で、そう言った。
    余程怖かったのか、ガクブルと震えている。

(ワンテンポ遅い………)

    万屋は何も言わずに頷いて見せた。
    いい加減に、面倒臭くなったのだ。

「あの人は、何処へ行ったんでしょうかね?」

「本土へ戻るんでしょう」

    万屋としては、遠藤の事など忘れてしまいたいというのが本音だったのだが、医官が話を続ける以上は、最低限付き合う。
    コミュ力が無い訳でもないのだ。

「それは、大丈夫なんですか!?」

「何がです?」

    万屋は医官から目を逸らす。
    助手らしき人物が無事に済むとは、断言出来ないからだ。

「あの人も宮仕えですよね?」

「えっ?」

「えっ、違うんですか?」

「いえ、そうですけど…………」

    万屋は医官の視点に戸惑う。
    遠藤の心配など、想像すらしていなかったのだ。

「あ~、まぁ………、優秀らしいですよ。
    アレでも所謂御用学者兼、首相官邸の医者みたいです」

    万屋は、よく分からない遠藤の説明をする。
    実際、インパクトが強過ぎる事もあって、遠藤が何者なのかを覚えていなかったのだ。

(官邸関係者の振りをした変質者だったりしてな………)

    万屋は一瞬だけ冗談で思った事に、ゾッとして震える。
    そして、その恐ろしい想像を頭から振り払う。

「はぁ~!
    天才の紙一重ってヤツですかね~」

    医官は呑気なままだった。

「ソウデスネ」

「ま、私には縁の無い人です。
    万屋二尉、検査機器を運ぶのに付き合ってもらえますか?」

    万屋は呆れ疲れて、反応がおかしくなっているのだが、医官はその事にも気付いた様子は無い。

「…………」

    万屋は無言で付き従う。
    最早、相槌を打つ気力さえ残っていないのだろう。

「すみませんね~。
    重い物もあるので助かりますよ」

    医官はニコニコしながら、万屋の抱えるダンボールの上に、もう一つダンボールを載せる。

(扱き使う気満々だな)

    万屋とて陸上自衛官の端くれであり、よろける様な事は無い。
    それ程苦しいという訳でも無かった。
    不満に思うのは、あくまでも医官の態度だ。
    だが、検査機器が壊された原因は万屋の落ち度であり、文句は言えない。
    ダンボール一つの大きさは七十センチ四方と言ったところか。
    二つ合わせての重量は十五キロ程だった。
    流石に重さを感じるのか、万屋はヒ~コラ言いながら歩き出す。

「すみませんねぇ」

    医官の方は、五十センチ四方程度の小さな紙箱一つを抱えている。

「いえ…………」

    やはり理不尽さを感じる万屋だった。
    医官が怒っているのであれば、それは当たり前である。
    耐える他無い。

「重いでしょう?
    分解された体重計なんかも入ってますからね」

「いえ…………」

    かなりの迷惑をかけているのだから、上に乗られないだけマシだろう。
    それでも口数は減る。

「我々の様な医官でも、体力が皆無な訳じゃあないのですがね。
    今は腰をやっていまして…………。
    本当、すみません」

    万屋は医官の言葉に驚く。
    嫌がらせでも何でも無かったというのが、余程意外だったのだろう。

「あ~、いえいえ!
    気にしないでください」

    人間というのは不思議なもので、こうなると万屋の態度も大きく変わる。
    一瞬でにこやかな顔になった上、足取りすら軽くなるのだから面白い。
    医官の言っている事が事実であるとは限らないのだが、そこは気にならないらしかった。

    何にせよ、気持ち良く働ければ効率も上がるもの。
    万屋は軽快な足取りで、医務室へと向かった。
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