新日本書紀《異世界転移後の日本と、通訳担当自衛官が往く》

橘末

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第二章 西端半島戦役

第五十二話 ダッカと商人

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「これは、これは!
    何とも珍しい馬車ですなぁ!
    如何程で?」

    万屋は今日何度目かの質問を受けて、辟易していた。
    農民がほとんどであろう村人を、凶悪犯とはいえ勝手に捕らえて町まで歩かせるという、現代社会なら国際問題へ発展する暴挙の最中であっても、珍しい物に寄って来る者は居る。
    その数は、ダッカに近付くにつれて増えている様だ。

(絶対におかしい)

    万屋にしてみれば、自分達が近寄り難い集団であると思っているので、この反応は予想外だった。
    数十人の人間を両手を縛って歩かせ、自分達は車である。
    走らせてはいないものの、人に話したらドン引きされる行為だ。

(普通、関わりを避けるだろ………)

    だが、万屋の想像以上にこの世界における罪人の扱いは軽かった。
    人権意識どころか、その概念すら無いのだから当然であろう。
    訝しんで声を掛けて来る者も、捕らえた事情を説明すればそれだけで納得していた。
    実際、現地組からは罪人の扱いが甘いと見られていた程だ。

「声を掛けられますね。
    やはり、目立つ様です」

    山田が今更な事を言う。

「ドン引きされるけど、その代わり人が寄って来ないのでボロが出ない。
    そう思ったんだけどね~」

    万屋は当てが外れた事に、わざとらしく肩を落として落ち込んで見せる。

「排他的で閉鎖的な地域って聞いてたのに、それも違ったからなぁ~」

    万屋の計算違いは、罪人の扱いについての意識だけでは済まなかった。
    街道を行くにつれ、真っ当な行商人が寄って来たのだ。
    それも大商隊から個人の行商人まで、隙があれば話しかけて来るのだから、万屋も堪ったものではない。
    任務の性質上、目立つのは不本意なのだ。

    彼等が目当てにしている物は、車両だった。
    馬無しで走る馬車なら、コストが安く済むと考えたのだ。
    もちろん、察しのよい者であればその点から訊ねて来る。
    干し草だの宿の馬屋代だのよりも安く済むとは限らないからだ。
    その点、商人なだけあってか慎重な者が大半だった。

    だが、中には考え無しに飛び付く粗忽な商人も存在する。
    もちろん、すぐに買おうという訳ではない。
    多少前のめりに、値段から聞いて来ただけだ。
    彼等を刺激したのは単純な好奇心だったらしく、前のめりになっていたのはどちらかと言えば若く、純粋そうな者が大半だった。
    それ程までに珍しかったのだ。

    慎重な者、前のめりな者に限らず、近付いて来た者の中には、車両に商品としての価値を感じた者も混ざっていた。
    普段から貴族の好事家を相手にしており、買い手の具体的な名前まで思い浮かぶ様な者達だ。
    慎重な者は、操縦に必要な技術を懸念していたが、それの程度は交渉次第で会得可能であろうと思っていた。

    商品として車両を見た者の場合は、売り付ける相手が相手であり、コストを気にする必要性は無い。
   入手競争ともなれば、その点では彼等が有利だった。
    もちろん、万屋に売るつもりは無い。
    そもそも、私物ではないのだから売りようが無いのだ。
    しかし、商人達はそんな事情を知らない為、御構い無しに寄って来る。

「故郷とこの国の国交が結ばれたら、ここにも商人が来ますよ」

    万屋は同じ様な要求を、同じ様に断り続けるしか無かった。
    買う事が不可能では無いという点を説明して置くのは、政治的理由である。
    山田の提案であるが、それを採用した万屋のさり気無い功績だ。

    インフラ整備などの問題もあり、ダッカ周辺で自動車が売れる様になるまでには時間がかかるだろう。
    だが、長い目で見ると早目に伝えておく事は重要だった。
    将来的に、日本製品の宣伝となるからだ。
    それでも、同じ様なやり取りを続ければ、飽きも来る。
    国益に適う行為に辟易した万屋を責めるのは酷だろう。

「しっかし、あれだな~。
    結構がっつり来るよな~」

    万屋は自身の計算違いを嘆く。
    実際のところ、ダッカの人々は事前の情報通りだ。
    ほとんどは閉鎖的且つ排他的である。
    伯爵の情報に間違いは無い。
    ただ、ダッカの住民であっても商人は貪欲であり、外から来た行商人や大規模商隊も、存在しない訳では無いのだ。
    むしろ、下手な田舎町よりは多い程である。
    その辺りは地理的な要因が関わっていた。

    ガザから前線へ物資を運ぶ中継地として、ダッカは最適な位置にあるのだ。
    何せシドンやティルスとガザの、ほぼ中間に位置しているのだ。
    栄えない筈も無い。
    住民達が望まなくとも、必然的に人の出入りは多かった。

「見えてきましたよ。
    あれがダッカです」

    何度か見た景色に安堵したのだろう。
    ベアトリクスが穏やかな声で万屋に告げる。

「神聖軍から逃げる際に、身分証を取り戻せたのは幸いでしたな。
    これがあれば楽に入れます」

    伯爵ですら、どこか気を抜いたかの様だ。
    いくらベアトリクスの身分が証明出来ても、服を用意出来なかった万屋小隊は怪し過ぎるのだが、そんな懸念は無いらしい。
    ダッカは円形の城壁に囲まれていた。
    もっとも反対側を確認した訳では無いのだが、少なくとも万屋の位置からはそう見える。
    道の先には大きな城門があり、端の方に数十人規模の行列が出来ていた。
    城門そのものは開かれているのだが、端にある行列はその横の通用口に続いている。

(商人は裏からってか)

    万屋は某国民的四コマ漫画の一作を思い出す。
    身分制度が厳格な時代では、使って良い入り口ですら決められている。
    事実、昭和の前半辺りではその名残りがあった。
    そういった風潮が廃れる事への反発から、一種の復古運動もあったのだろう。
    そこを風刺漫画が取り上げた訳だ。
    もちろん、万屋はそういった背景までは知らない。
    単純に不便さを感じただけだった。

「これは検問所ですか?」

    見れば分かる事だが、念の為にと思ったのだろう。
    山田が伯爵に訊ねる。
    忘れがちだが、こういった確認行為は重要だ。
    異世界とは言っても、日本人のイメージ通りである保証は何処にも無い。

「ええ。
    ですが、我等は正門から入れます」

    万屋としては任務の性質上、あまり目立ちたくはなかったのだが、やはり伯爵は気が抜けているのだろう。
    万屋達の都合を失念している様だ。

(見慣れてるのか、見覚えがある程度なのか。
    まあ、東京の刺激は強過ぎるよなぁ)

    万屋は、自身の上京した時を思い出した。
    田舎者としては、伯爵の心情が大いに理解出来るのだ。

    万屋の気も知らずに、伯爵は何事かをアンジェリカに囁くと、身分証らしき紙を手渡す。

「姫様、行って参ります!」

    アンジェリカはちょっと離れるだけであろうに、馬鹿でかい声を出す。
    そして、苦笑いで静かに手を振るベアトリクスを見ると、全速力で列を掻き分け始める。
    検問所の衛兵か何かに、身分証を見せるのだろう。

(((横から行けや)))

    日本人としては、列を乱す行為に抵抗感がある。
    万屋小隊の隊員は、同じ様な思いを抱いた。

「行方不明の貴人が居られるのはこちらか!?」

    すぐに駆け付けて来た衛兵は、自分よりも遥かに上の身分を相手取った経験が少ないのだろう。
    微妙に敬語の様な言い回しで問い掛けて来る。

(慌てているのか?)

    万屋は同じ様な職業柄、他人事とは思えない様で、初対面の衛兵の末路を心配した。
    実際、万屋なら口頭注意で済む話であっても、この世界では物理的に首が飛んでもおかしくはない。
    身分制度とはそういうものである。

「静かにせんか!」

    アンジェリカは意外な事に、目立ちたくないという万屋達の都合を覚えていたらしい。
    衛兵の頭をボカリと殴る。

「失礼しました」

    衛兵は痛そうな顔一つせずに耐え、若干声を小さくした。

「そなたの声も大きい」

    伯爵はアンジェリカを嗜める。
    自身は万屋達の都合を失念していた為に、バツが悪いのだろう。
    怒るに怒れなかった様だ。

「…………?」

    万屋は首を傾げる。
    伯爵の様子にではない。
    それよりも、アンジェリカの気遣いが気になっていたのだ。

    思えば、アンジェリカの日本人に対する態度は酷かった。
    警戒感は剥き出しであり、敵意も見受けられる程だ。
    怪しむというレベルではない。
    万屋個人に限って言えば、殺気を放たれ続けていた。
    それがここへ来て、伯爵以上に気を使って見せている。
    気にならない方がおかしい。

(いつからだっけか?)

    万屋は、アンジェリカの態度が軟化した時期を思い出そうと頭を捻る。

(あれ?)

    だが、どうしても思い出せずに首を傾げる動作を繰り返す。
    そこに可愛げは無い。

「大丈夫ですか?」

    万屋の奇行を心配したベアトリクスが声を掛けた。
    部下ですらドン引きしているところに声を掛けるのだから、なかなか大したものだ。

「(いえね。
    なんか、変に協力的だな~と思いまして)」

    万屋は、違和感を感じつつも特に重要性は感じなかった為、素直に疑問を呈する。
    雑談まで気を使っていては、身が持たないのだろう。

    ベアトリクスは小首を傾げると、納得した様な顔をする。
    可愛げがそこにある事は明白だ。

「アンジェリカでしたら、しばらくは大人しくしてくれますよ。
    先程、しっかりお説教しましたので」

    ベアトリクスはそう言うと、イタズラっぽく口元を両手で隠す。

「ソウデスカ」

    万屋は棒読みで答えた。
    あれだけ頑な態度だったのが一瞬で、しかも極々自然な形で協力的になったのだ。
    真っ当な方法ではないだろう。
    アンジェリカは以前にも、一時的にベアトリクスへ盲従する状態になっているが、その時はすぐに戻っている。
    つまり、今回使った『お説教』の手法は、それよりも恐ろしいかもしれないのだ。
    深く追求するつもりは無く、聞かされたくもなかった。
    関わりたくないというのが本音だ。

「(ええ~、では身分証明も確認出来ましたので、どうぞこちらから)」

    すっかり畏縮した衛兵は、小声で正門へと誘導する。

「そちらでは目立つであろう!」

    アンジェリカが再び大声を出す。
    衛兵の気の利かなさも問題だが、これではアンジェリカの方が問題だ。

(残念さはそのままか?)

    万屋は呆れて、伯爵へ助けを求める様な目配せを送った。

「…………っ」

    だが、意外な事に伯爵は万屋から視線を逸らす。
    さり気無い様にも見えるが、意図的な動きである。

(万屋殿には申し訳ないが、ここは黙っておく………)

    伯爵は、自身の姪が残念な性格をしている事を充分に理解していた。
    当然、このままでは万屋に迷惑がかかる事も予想している。
    それにも拘わらずアンジェリカを叱る事や、助け舟を出す事をしないのには、それなりの理由があった。
    姪が見せた初めての成長を、どうにかして継続させたかったのだ。

    側から見れば、とんでもない理由である。
    巻き込まれる側から見れば、堪ったものではない。
    万屋が知れば怒り出すであろう。
    外交交渉に悪影響を及ぼす可能性もある。
    そういう危険が伯爵の頭の中に無かった訳ではない。
    あくまでも、思わず取った行動だ。
    無謀にも、それが上手く行く事を信じてしまったのだろう。
    それが一瞬であっても、間が悪ければ意味はない。

(やってしまったか………)

    伯爵は思わぬ失態に顔色を悪くする。
    今後、万屋の方は視線を逸らされるという一瞬の出来事などすぐに忘れてしまうのだが、伯爵は違った。
    一方的に気不味い思いを抱き続ける事となっている。
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