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第二章 西端半島戦役
第五十六話 迷彩考察
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古くから、要人の襲撃という行為は難しい。
当然である。
要人である以上、油断も隙も無く周囲を護衛が固めているからだ。
そこに襲い掛かるのだから、簡単に成功する筈はない。
『本能寺の変』の様に、圧倒的な数で不意打ちするのが理想だろう。
もちろん、それはそれで難しい。
数を用意すれば、事前の準備段階のうちに情報が漏れてしまう。
当然、不意打ちは難しくなる。
それでも、数を集める事で勝てる場合もあるのだが、情報が伝われば相手も備えるのは必然だ。
それでは『襲撃』という規模を越えてしまう。
機会が来るのをジッと待つか。
あるいはふと好機に気付き、思い付きで事を起こすか。
とにかく、『襲撃』という規模の範囲でこれを成功させるには、襲撃される側の不意を突かなければ成功しない。
その意味で言えば、イブンの決意は正しかった。
ベアトリクスを筆頭に、エルフ達は一人としてイブンを疑ってはいなかったのだ。
出された晩餐を毒味もなしに平らげ、安心して湯浴みをし、用意された寝室に入って平気で眠り込んだという事実が、イブンの決心を固めた。
疑われていないという確信を持ったからこそ、成功する自信を強めたのだ。
その時点で、イブンは既に襲撃が成功したつもりでいた。
(行けるか……)
イブンは自室に篭りつつ成功を祈る。
成功を確信してはいても、万が一の事もあると思ったのだろう。
大きな行動を起こすのだから、その矛盾した感情は当然のものだ。
もちろん、失敗した場合の備えはあった。
その為に自室へ篭っているのだ。
失敗した場合は、知らぬ存ぜぬを通し抜くつもりである。
死んでも惜しくはない襲撃者とは別口で、彼等をドサクサに紛れて口封じする人手も、用意も出来ていた。
私兵の立ち入りが制限されるダッカであっても、長年『守護者』の地位を占め続けたイブンには、どちらの用意も不可能ではない。
頑固な衛兵隊相手であっても、やり様はあるのだろう。
最悪、襲撃そのものが失敗に終わっても、襲撃者を生け捕りにさせない事が重要だ。
状況証拠から言うと、イブン以外に黒幕はあり得ない。
衛兵隊の目を潜り抜ける事が可能なのは、彼以外にいないからだ。
だが、衛兵隊の頑固さは筋金入りである。
証拠か証人が無ければ、イブンに手を触れる事さえ出来ないのだ。
そういった点も、充分に踏まえた上での行動である。
イブンは焦りつつも慎重だった。
惜しい事は、怪しげな集団の存在が計算から消えているところだ。
(アレが軍人とは思えん。
姿勢の良さはそれらしいが、あの格好ではな………)
イブンの元にも、衛兵隊からの見立ては上がっていた。
密偵や間者の類いにしては目立ち過ぎているものの、放置できる程度の怪しさではなかったのだ。
イブン自身も、余裕が無いなりに気にはしていた。
(軍人……、軍人か…………)
だが、衛兵隊の見立てについては、半信半疑以下といったところか。
姿勢の良さを自分の目で見てはいるのだが、どこか信じられなかったのだ。
(この妙な違和感は何だ?)
イブンが感じているのは、危機感ではない。
あくまでも違和感だ。
だからこそ、落ち着いて考察出来る。
そこには、襲撃失敗による失脚といった不都合な未来への不安は無かった。
たとえ彼等が軍人で、襲撃の妨害をして来たとしても、数の差は大きいのだ。
もっとも、裏仕事を任せているとはいえ、襲撃者のほとんどはチンピラに近い者たちだった。
雑多で寄せ集めの傭兵の様な存在だ。
イブンにとっては、使い捨ての駒である。
そんな輩であっても、全てを使い捨てにするのは惜しく、イブンの権力で集めれるだけを集めた訳ではない。
(それでも王女一行の五倍程は集めた。
失敗はあるまい。
連中が余程の手練れでも無ければ……)
そこまで考えて、イブンは違和感の正体に気付いた。
軍人らしいという報告が挙がる程度には、姿勢が良く機敏に動く。
イブンも見た通りだ。
だが、軍人とは断定出来なかった。
何故なら、エルフ一行に付き従う集団からは、凄味というものが全く感じられなかったからだ。
(どういう事だ?)
イブンは、違和感の正体に気付いたが故に悩みを深める。
(新兵の練度とは思えぬ………)
歴戦の勇士であれば、それなりに凄味があるものだ。
戦場という修羅場を潜り抜け、殺し殺されの関係を経験した上で生き残っているのだから、それが無い筈はない。
だが、イブンは集団の誰からも、それを感じる事はなかった。
だからこそ、計算に入れる事もなかったのだ。
眼つきや風格から、自然と軽んじていた事になる。
(それだけならば良いのだ。
それだけならば…………)
単純に、軍人とは思えない集団ならば良かった。
チンピラ程度の質とはいえ、頭数では圧倒している。
実際に軍人であったとしても、軍人とは思えない様な相手ならば、数で押し切ればそれで済む話だ。
だが、練度の良さという不審な点は、イブンの心をざわつかせた。
歴戦の風格が無いにも拘わらず、練度の高い集団。
軍人の様な仕草であって、修羅場の経験は少なそうな集団。
「(気味の悪い…………)」
イブンはその怪しさに、思わず声を漏らす。
漏らしたところで誰かが聞いている訳でもないのだが、一人バツの悪そうな顔をすると、悪い予感を振り払うかの様に頭を左右に振った。
(実戦経験は少ないままに、訓練ばかりを行えるものか…………)
この世界の常識を考えると、それは妄想である。
そもそも、軍隊という戦争が無ければ無駄飯食いな存在を維持する事は、極めて難しいものだ。
それには、様々な工夫が必要である。
効果の大きい手段は少ない。
地味な節約のみである。
この世界における練度に関する工夫は主に二通りあった。
数を多くする代わりに練度の劣る徴兵制度と、そのちょうど間逆の志願兵制度だ。
前者は一人当たりの人件費が低く、後者は高い。
数を重視するか、質を重視するかの違いである。
両者の違いは、国家としての方針の違いでもあった。
質の高い軍隊を、抑止力としての役割へ当てるのは割に合わないのだ。
故に拡大政策の実現を意識した結果としての制度である。
逆に、戦争をする予定が無い状況では質を求められる事は無い。
その場合は、抑止力として数が求められるのだ。
もちろん、国民国家として成立してもいないこの世界では、騎士団やら領主軍やらが乱立している。
封建体制である以上、国としての方針が無視される事も多い。
とは言え、この二つ以外の選択肢は少なく、無いも同然である。
大抵の場合は、徴兵制度を採用しているのが現状だった。
(騎士を集めればあるいは………)
イブンは嫌な想像を続ける。
正しくは無いものの、胸騒ぎや悪い予感によって先を読む事は重要だ。
大事の前になって不安が押し寄せるのは、人間として当然の反応である。
地球と同様にこの世界であっても、徴兵制度下であろうと指揮官は別に用意されるものだ。
指揮官の質は、兵士の質とはまた別の問題である。
人を使うのと人に使われるのでは、必要とされる知識量が違うのだ。
地球と違い、身分制度の色濃いこの世界では、当然ながら識字率も異なる。
故に、指揮官となれる者は身分が限られた。
つまり、大抵の場合は世襲制である。
功績によっては、一兵卒から騎士として取り立てられる事もあるのだが、それは極々稀な事だ。
基本は、騎士家の者が数百までの規模の部隊を指揮し、それ以上の軍はそれに見合った爵位を持った貴族が指揮している。
こういった正規軍の制度であるが、この通りには行かない。
貴族は領地から戦力を動員する事も可能であり、大領主であれば諸侯軍を編成する事もあった。
一ヶ村を領する貧乏騎士ですら、正規軍を率いる際には郎党を連れるもの。
つまり、国の帳簿上に無い戦力が多いのだ。
それが役に立つとは限らない。
徴兵制度の軍隊と何ら変わりのない、農民の寄せ集めである。
だが、役に立つかどうか怪しく、帳簿上に無くとも凡その推測は可能だ。
戦力としての計算には含まれるというだけの存在だった。
イブンの思い付きは、正解から程遠いものである。
それは当然だ。
異世界の『準軍事組織』などというものを、事前情報無しで想定出来る筈が無い。
だが、同時にこの世界の常識を越えた発想でもあった。
(数に頼らず、郎党すら含まぬ騎士のみを集めた精鋭。
あの様な軽装であれば、行軍も速かろう。
いや、そもそも騎士ではないのか……)
一度思い付く事で、間違った予想はより現実的なものへと移って行く。
イブンも老いたとはいえ、一地方の権力を一手に握る者だ。
ここまでになるには、人とは違う事を実行する必要がある。
常識を知りつつ、その裏を突く様な真似もやっていた。
非常識な考えであっても、それが実現可能な提案であれば採用する事もある。
(草木に紛れ込むかの様なあの格好ならば猟師か……。
王女の救出に編成された可能性もあるな。
だとすれば、何処の手の者達だ?
耳は短かった。
ハイエルフ王国の軍ではあるまい。
ヒト種であろうが……)
当然ながら正解にたどり着く事は難しく、イブンの混迷は深まっていく。
(いや、そこは重要ではないな。
『実戦経験の少ない精鋭』と仮定した上で、勝てるのかどうかだ)
イブンは深まる思考を打ち切り、問題点を認識すると冷や汗を流した。
事を成し遂げた後であれば、どう転んでも良い様に手筈は整えてある。
もちろん、失敗した場合の事も考えてはあった。
だが、それは万が一の備えであり、どちらかと言えば成功後に実行部隊という名のチンピラ達の口封じをしつつ、無関係を装う為の準備だ。
返り討ちに遭う事も想定こそしているが、実際にそうなるとは思っていなかった。
最悪でも、エルフ一行の殆どが討たれ残りも瀕死の状態であろうというのが、計画時の予想だ。
それならば助けるフリをしつつ、ドサクサに紛れての暗殺も可能である。
(生け捕りだけは不味い)
イブンがもっとも恐れる事態は、自身の関わりが露見する事だ。
ダッカという都市の特殊事情から、遂に完全なる全権掌握を成せなかったイブンにしてみると、衛兵隊に隙を見せる事は何よりの恐怖だった。
「誰ぞある!?」
こうなった以上、イブンに出来る事は少ない。
チンピラの身柄を押さえるか、チンピラ達がエルフ一行の部屋へ押し入る前に横槍を入れるかだ。
信用も信頼も失うだろうが、証人を押さえられるよりはマシである。
上手く行けば、誤魔化す事も可能だ。
そして、それは誰かに任せられる様な事ではなかった。
当然である。
要人である以上、油断も隙も無く周囲を護衛が固めているからだ。
そこに襲い掛かるのだから、簡単に成功する筈はない。
『本能寺の変』の様に、圧倒的な数で不意打ちするのが理想だろう。
もちろん、それはそれで難しい。
数を用意すれば、事前の準備段階のうちに情報が漏れてしまう。
当然、不意打ちは難しくなる。
それでも、数を集める事で勝てる場合もあるのだが、情報が伝われば相手も備えるのは必然だ。
それでは『襲撃』という規模を越えてしまう。
機会が来るのをジッと待つか。
あるいはふと好機に気付き、思い付きで事を起こすか。
とにかく、『襲撃』という規模の範囲でこれを成功させるには、襲撃される側の不意を突かなければ成功しない。
その意味で言えば、イブンの決意は正しかった。
ベアトリクスを筆頭に、エルフ達は一人としてイブンを疑ってはいなかったのだ。
出された晩餐を毒味もなしに平らげ、安心して湯浴みをし、用意された寝室に入って平気で眠り込んだという事実が、イブンの決心を固めた。
疑われていないという確信を持ったからこそ、成功する自信を強めたのだ。
その時点で、イブンは既に襲撃が成功したつもりでいた。
(行けるか……)
イブンは自室に篭りつつ成功を祈る。
成功を確信してはいても、万が一の事もあると思ったのだろう。
大きな行動を起こすのだから、その矛盾した感情は当然のものだ。
もちろん、失敗した場合の備えはあった。
その為に自室へ篭っているのだ。
失敗した場合は、知らぬ存ぜぬを通し抜くつもりである。
死んでも惜しくはない襲撃者とは別口で、彼等をドサクサに紛れて口封じする人手も、用意も出来ていた。
私兵の立ち入りが制限されるダッカであっても、長年『守護者』の地位を占め続けたイブンには、どちらの用意も不可能ではない。
頑固な衛兵隊相手であっても、やり様はあるのだろう。
最悪、襲撃そのものが失敗に終わっても、襲撃者を生け捕りにさせない事が重要だ。
状況証拠から言うと、イブン以外に黒幕はあり得ない。
衛兵隊の目を潜り抜ける事が可能なのは、彼以外にいないからだ。
だが、衛兵隊の頑固さは筋金入りである。
証拠か証人が無ければ、イブンに手を触れる事さえ出来ないのだ。
そういった点も、充分に踏まえた上での行動である。
イブンは焦りつつも慎重だった。
惜しい事は、怪しげな集団の存在が計算から消えているところだ。
(アレが軍人とは思えん。
姿勢の良さはそれらしいが、あの格好ではな………)
イブンの元にも、衛兵隊からの見立ては上がっていた。
密偵や間者の類いにしては目立ち過ぎているものの、放置できる程度の怪しさではなかったのだ。
イブン自身も、余裕が無いなりに気にはしていた。
(軍人……、軍人か…………)
だが、衛兵隊の見立てについては、半信半疑以下といったところか。
姿勢の良さを自分の目で見てはいるのだが、どこか信じられなかったのだ。
(この妙な違和感は何だ?)
イブンが感じているのは、危機感ではない。
あくまでも違和感だ。
だからこそ、落ち着いて考察出来る。
そこには、襲撃失敗による失脚といった不都合な未来への不安は無かった。
たとえ彼等が軍人で、襲撃の妨害をして来たとしても、数の差は大きいのだ。
もっとも、裏仕事を任せているとはいえ、襲撃者のほとんどはチンピラに近い者たちだった。
雑多で寄せ集めの傭兵の様な存在だ。
イブンにとっては、使い捨ての駒である。
そんな輩であっても、全てを使い捨てにするのは惜しく、イブンの権力で集めれるだけを集めた訳ではない。
(それでも王女一行の五倍程は集めた。
失敗はあるまい。
連中が余程の手練れでも無ければ……)
そこまで考えて、イブンは違和感の正体に気付いた。
軍人らしいという報告が挙がる程度には、姿勢が良く機敏に動く。
イブンも見た通りだ。
だが、軍人とは断定出来なかった。
何故なら、エルフ一行に付き従う集団からは、凄味というものが全く感じられなかったからだ。
(どういう事だ?)
イブンは、違和感の正体に気付いたが故に悩みを深める。
(新兵の練度とは思えぬ………)
歴戦の勇士であれば、それなりに凄味があるものだ。
戦場という修羅場を潜り抜け、殺し殺されの関係を経験した上で生き残っているのだから、それが無い筈はない。
だが、イブンは集団の誰からも、それを感じる事はなかった。
だからこそ、計算に入れる事もなかったのだ。
眼つきや風格から、自然と軽んじていた事になる。
(それだけならば良いのだ。
それだけならば…………)
単純に、軍人とは思えない集団ならば良かった。
チンピラ程度の質とはいえ、頭数では圧倒している。
実際に軍人であったとしても、軍人とは思えない様な相手ならば、数で押し切ればそれで済む話だ。
だが、練度の良さという不審な点は、イブンの心をざわつかせた。
歴戦の風格が無いにも拘わらず、練度の高い集団。
軍人の様な仕草であって、修羅場の経験は少なそうな集団。
「(気味の悪い…………)」
イブンはその怪しさに、思わず声を漏らす。
漏らしたところで誰かが聞いている訳でもないのだが、一人バツの悪そうな顔をすると、悪い予感を振り払うかの様に頭を左右に振った。
(実戦経験は少ないままに、訓練ばかりを行えるものか…………)
この世界の常識を考えると、それは妄想である。
そもそも、軍隊という戦争が無ければ無駄飯食いな存在を維持する事は、極めて難しいものだ。
それには、様々な工夫が必要である。
効果の大きい手段は少ない。
地味な節約のみである。
この世界における練度に関する工夫は主に二通りあった。
数を多くする代わりに練度の劣る徴兵制度と、そのちょうど間逆の志願兵制度だ。
前者は一人当たりの人件費が低く、後者は高い。
数を重視するか、質を重視するかの違いである。
両者の違いは、国家としての方針の違いでもあった。
質の高い軍隊を、抑止力としての役割へ当てるのは割に合わないのだ。
故に拡大政策の実現を意識した結果としての制度である。
逆に、戦争をする予定が無い状況では質を求められる事は無い。
その場合は、抑止力として数が求められるのだ。
もちろん、国民国家として成立してもいないこの世界では、騎士団やら領主軍やらが乱立している。
封建体制である以上、国としての方針が無視される事も多い。
とは言え、この二つ以外の選択肢は少なく、無いも同然である。
大抵の場合は、徴兵制度を採用しているのが現状だった。
(騎士を集めればあるいは………)
イブンは嫌な想像を続ける。
正しくは無いものの、胸騒ぎや悪い予感によって先を読む事は重要だ。
大事の前になって不安が押し寄せるのは、人間として当然の反応である。
地球と同様にこの世界であっても、徴兵制度下であろうと指揮官は別に用意されるものだ。
指揮官の質は、兵士の質とはまた別の問題である。
人を使うのと人に使われるのでは、必要とされる知識量が違うのだ。
地球と違い、身分制度の色濃いこの世界では、当然ながら識字率も異なる。
故に、指揮官となれる者は身分が限られた。
つまり、大抵の場合は世襲制である。
功績によっては、一兵卒から騎士として取り立てられる事もあるのだが、それは極々稀な事だ。
基本は、騎士家の者が数百までの規模の部隊を指揮し、それ以上の軍はそれに見合った爵位を持った貴族が指揮している。
こういった正規軍の制度であるが、この通りには行かない。
貴族は領地から戦力を動員する事も可能であり、大領主であれば諸侯軍を編成する事もあった。
一ヶ村を領する貧乏騎士ですら、正規軍を率いる際には郎党を連れるもの。
つまり、国の帳簿上に無い戦力が多いのだ。
それが役に立つとは限らない。
徴兵制度の軍隊と何ら変わりのない、農民の寄せ集めである。
だが、役に立つかどうか怪しく、帳簿上に無くとも凡その推測は可能だ。
戦力としての計算には含まれるというだけの存在だった。
イブンの思い付きは、正解から程遠いものである。
それは当然だ。
異世界の『準軍事組織』などというものを、事前情報無しで想定出来る筈が無い。
だが、同時にこの世界の常識を越えた発想でもあった。
(数に頼らず、郎党すら含まぬ騎士のみを集めた精鋭。
あの様な軽装であれば、行軍も速かろう。
いや、そもそも騎士ではないのか……)
一度思い付く事で、間違った予想はより現実的なものへと移って行く。
イブンも老いたとはいえ、一地方の権力を一手に握る者だ。
ここまでになるには、人とは違う事を実行する必要がある。
常識を知りつつ、その裏を突く様な真似もやっていた。
非常識な考えであっても、それが実現可能な提案であれば採用する事もある。
(草木に紛れ込むかの様なあの格好ならば猟師か……。
王女の救出に編成された可能性もあるな。
だとすれば、何処の手の者達だ?
耳は短かった。
ハイエルフ王国の軍ではあるまい。
ヒト種であろうが……)
当然ながら正解にたどり着く事は難しく、イブンの混迷は深まっていく。
(いや、そこは重要ではないな。
『実戦経験の少ない精鋭』と仮定した上で、勝てるのかどうかだ)
イブンは深まる思考を打ち切り、問題点を認識すると冷や汗を流した。
事を成し遂げた後であれば、どう転んでも良い様に手筈は整えてある。
もちろん、失敗した場合の事も考えてはあった。
だが、それは万が一の備えであり、どちらかと言えば成功後に実行部隊という名のチンピラ達の口封じをしつつ、無関係を装う為の準備だ。
返り討ちに遭う事も想定こそしているが、実際にそうなるとは思っていなかった。
最悪でも、エルフ一行の殆どが討たれ残りも瀕死の状態であろうというのが、計画時の予想だ。
それならば助けるフリをしつつ、ドサクサに紛れての暗殺も可能である。
(生け捕りだけは不味い)
イブンがもっとも恐れる事態は、自身の関わりが露見する事だ。
ダッカという都市の特殊事情から、遂に完全なる全権掌握を成せなかったイブンにしてみると、衛兵隊に隙を見せる事は何よりの恐怖だった。
「誰ぞある!?」
こうなった以上、イブンに出来る事は少ない。
チンピラの身柄を押さえるか、チンピラ達がエルフ一行の部屋へ押し入る前に横槍を入れるかだ。
信用も信頼も失うだろうが、証人を押さえられるよりはマシである。
上手く行けば、誤魔化す事も可能だ。
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【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
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楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
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