新日本書紀《異世界転移後の日本と、通訳担当自衛官が往く》

橘末

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第二章 西端半島戦役

第五十五話 待ち伏せる準備

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「そんな訳で、山さんの意見を聞きたいんだけど」

    万屋小隊は貸し与えられた大部屋に入ると、早速相談を始めた。
    議題はもちろん、万屋の感じた違和感だ。

「考え過ぎではありませんか?」

    名指しで質問を受けた山田は、率直に答える。
    大部屋の隅に集まっているせいもあってか、どちらの声も潜めていない。
    山田はともかく、万屋が声を潜めないのは防諜の観点で言うと問題なのだが、そこは指摘されなかった。
    万屋の話を信じていない証拠だ。

    幸いな事に、彼等の会話を盗み聞きしようとする者はいなかった。
    怪しげな集団とはいえ、ベアトリクスに連れて来られたというのは大きい。
    どういった立場なのかが不明である為に、個室の用意こそされてはいないものの、失礼の無い様にという配慮はされていたのだ。
    もちろん、胡散臭げな視線は尽きないのだが、口調と仕草だけはそれなりに畏まっている。
    万屋達自衛官にしてみれば、それで充分だ。

(全員、アウェイな空気に慣れていて良かった。
    左翼活動家のやる事も、偶には役に立ってくれるんだな)

    万屋は、どんな経験であっても無駄にはならないという事を実感した。
    実際、自称一般市民からの投石や暴力を黙って受け続けるよりは、大分マシである。
    この程度ならば、強風の様なものだ。
    そよ風とは考えないところは、如何にも万屋らしい。
    山田などはもっと昔を知っている事もあり、完全に無関心だった。
    そういうところも、今回の鈍さに繋がっているのかもしれない。

「でも、不審者っぽい目付きになってたのは、山さんも否定しないだろう?」

    信用が無いという事は、軽んじられているという事でもあるのだが、万屋は全く気にした様子が無かった。
    自身が至らない事は充分に知っているのだが、それにしても不快感すら抱いていないのは、ある意味で長所だろう。

「徐々に表情が変わっていましたね。
    ですが、そこまででしょうか?」

    山田もイブンの様子が妙な事には気付いていた。
    深刻に捉えていないだけである。

(疲れてるのかな?)

    万屋は山田の反応が鈍い事に、違和感を抱く。
    実際、普段なら万屋の方が楽観的であり、山田の方は油断無く備えている。
    小隊の中で、そういう役割分担が成立しているのだ。
    少なくとも的外れではない万屋の警告を、山田が楽観視する事はなかった。
    初めてと言ってもいいだろう。

(山さんが頼りにならないんだったら、ちょっとヤバいか?)

    万屋は最悪の事態を想像する。
    実際は頼りにならない訳ではないのだが、ネガティヴな思考はループするものだ。
    自分自身よりも、遥かに役に立つ歳上の部下だという事は理解しているのだろう。

「普通に警戒して置けば、それで済むっスよ。
    野営のつもりでいればいいっス」

    妙な空気を察したのか、霧谷が折衷案を出す。
    職業柄とでも言うべきか、気配や空気を読むのは上手い。

「そのつもりで居れば、問題は無いでしょう。
    幸い、我々が組織化された武装集団だとは思われていない様です。
    素人相手に奇襲した気でいる相手であれば、酷い事にはならないでしょう」

    山田は大人である。
    万屋とて子供ではないのだが、やはり山田と比較してしまうと、少しばかり大人気ない。
    それでも人命の関わる業種である為、明らかな間違いには容赦ないのだが、そうでない場合は山田が譲る。
    もちろん、明確にされたルールではない。
    暗黙の了解というやつだ。
    どんな組織であっても、こういった現場の空気から何となく定まったものを明確にするのは、問題があり過ぎる。
    誰もが『口に出さず』とも、関係者全員に『周知されている』という、矛盾しかけている状態が好ましい。
    当然日本人にとっての好ましさだが、何事も円滑に進める為には、それこそが最も重要なのだ。

(確かに迷彩服だからなぁ。
    姿勢は良い筈だけど、服は身分を表すらしいし……。
    良く見れば呪い師、悪く見れば……。
    何に見えるだろう?
    妖怪とかか?)

    万屋は首を回して、自らの姿を確かめる。
    魔法という、単発銃と前装砲の間に近い攻撃手段が存在するとはいえ、甲冑を着込んだ騎士が活躍出来るのが彼等の戦争だ。
    散兵戦術以前の密集陣形を重視しているのだから、甲冑の類いを全く身に着けていなさそうな万屋達と軍隊を結び付けるのは難しいだろう。
    軍人と認識されないのは当然である。
    万屋は何とも言い難いモヤつきを感じるが、悪い事ばかりではない。
    予感が当たれば、それが幸と出る筈なのだ。
    奇襲側に対して奇襲を仕掛ける事が可能となるのだから、感情を除き純粋に軍事的に見れば喜ぶべきなのだろう。
    そもそも、襲撃されない方が一番良いのだが、それを言い出すとキリが無い。
    奇襲を受けるよりはマシなのだ。

「我々がどう思われているのか?
    正確には分かりませんが、汚れても大丈夫そうな格好と考えれば、土木作業などの従事者に思われているかもしれません。
    素人と思われているのは確実でしょうが、体格から梃子摺る相手と判断されている可能性もあります。
    こちらも油断は禁物ですよ」

    山田は話しているうちに前向きになっている。
    念の為レベルの警戒をしようという話から、奇襲がある事を前提とした話にすり替わっていた。

(良い事だな)

    万屋はどこかしっくり来ないものの、それを受け入れる。
    優秀な部下が前向きになったのを良い事に、色々と任せられるからだ。
    万屋としても、楽になった事を喜ばない様な性格ではない。
    釈然としなくても、仕事が減るのは喜ばしいという顔だ。

「隊長、ニヤけないでください」

    万屋の意見に流されたという自覚があるのだろう。
    山田が心底嫌そうな顔をする。

    山田が部下達の前でこういう言い方をするのはあまり珍しい事でもない。
    本人としては指揮官に気を使っているつもりなのだが、万屋の普段が普段である。
    抑えようと思っていても、口煩く小言を言ってしまうのも当然だった。

    だが今日の口調は、少しばかり荒々しい。
    明らかに棘がある。
    万屋の嬉しそうな顔を見て、流された自分を笑っているとでも思ったのかしれない。
    妙に悪く受け取るのは、虫の居所が悪いという事かもしれなかった。

(バレたか?)

    万屋は、自分の性分が怠け気味だとは微塵も思っていない。
    給料分は働くと決めているからだ。
    だが同時に、その考え方が世間や周囲から、怠け癖と認識されるという事も理解はしていた。

    『努力』と『根性』。
    それらが最も尊ばれていたのは昭和の時代であるが、この時代であっても否定された訳ではない。
    具体性に欠ける言葉ではあるが、標語としては健在なのだ。
    万屋とて空気を読めない訳ではない。
    合理性と怠惰という、紙一重の微妙なところに立っているからこそ、風当たりの強さは理解している。

    万屋にもそれなりの言い分はあった。
    ギリギリ最低限を追求する事を、世間的には怠惰と言っても良いのだが、『追求』しているという面を見ると『努力』しているというのが万屋の主張だ。

    屁理屈である。

    追求しているとはいえ、目指すところは下限なのだ。
    真面目に研究して、レポートを提出しているのならばともかく、そういう訳でもない。
    真面目な様に見せてはいるが、ただの言い訳だ。

(結局、日本人気質が合わないんだ)

    万屋はそう結論付けていたが、だからと言って国外へ出る様な勇気は持ち合わせていなかった。
    英語を話せないからだ。
    皮肉な事に、『完璧でなければ話せるうちに入らない』という、如何にも日本人らしい思い込みは備わっていた。
    だが、それはそれとして日本において職業は色々とある。
    プログラマーでも銀行員でも、合いそうな職業はごまんとあるのだ。
    側から見ると、この性格で防大に進学する時点で、大分進路を間違えてるとしか思えない。

    たしかに防大は出費が少なく済む。
    学費が掛からないどころか、給料まで出るのだ。
    休日はあっても門限があり、浪費する暇は無い。
    万屋の様に、家庭の事情を抱えた者にとっては、都合の良い環境だろう。
    その気になれば仕送りも可能だ。

    だが、万屋にはそこまで考える余裕が無かった。
    そして、『考えずに流された以上は、自業自得だ』と考える程度には潔さも持っていたのだ。
    やる気があるのか無いのかは微妙なところだろう。
    合理的な思考そのものは、現代戦に必要なものでもある。
    性格的には一見向いていない様でも、その考え方自体は向いているのだ。
    考え方をどう活用するのか。
    何を目指しての考え方か。
    その違いである。

    幸か不幸か、早期に退官せざるを得ない様な怪我も無く、最低限の仕事を無難にやってきた。
    その性格が平時と非常時のどちらに向いているのかは分からない。
    分からなくとも、任務の達成は『給料分の最低限』に含まれている。
    万屋は文句を言いながら、上からの命令に従い続けるだけだ。

「霧谷は殿下の部屋の窓が見える位置で待機。
    各部屋の入口には交代で歩哨を置く。
    分かりやすく警戒しておこう」

    万屋は何事も無かったかの様に指示を出す。

「分かりやすくっスか?」

「思い留まってくれるのなら、それが一番だ」

    万屋は面倒事を避けたがる。

    もちろん、個人的な趣味趣向で言っている訳ではない。
    自衛とはいえ、ここは国外である。
    同時に、イブンのテリトリーでもあった。
    交戦してしまっては、外交が絡む事になるのだ。
    政治が分からなくとも、下手な行動が相手のカードとなる事ぐらいは万屋にも分かる。

「それで思い留まる相手なんっスか?」

    霧谷は呆れ顔で疑問を口に出す。
    万屋が、人の良さを出したものと思ったのだろう。

(気楽な奴だ)

    万屋は苛つきもせずにそう思った。
    霧谷の不思議なところは、他の人間が言えば不快な言葉であっても、何故か許される点だ。
    何を言っても他人を不快にさせないと言っては大袈裟なのだろうが、少なくともそういう傾向が強い事は確かだった。
    万屋も山田も、他にその才能を活かせる仕事があるのではと、何度も首を傾げたものだ。
    接客業でも営業でも、やっていけるだろう。
    何が悲しくて自衛官になり、狙撃手になっているのか。
    そして、何故『いらん子』扱いされているのか。
    実は万屋小隊の中で、一番謎の多い隊員が霧谷なのかもしれない。

「それは、あれだ。
    対話に向けた努力義務と言うか……。
    建前も必要だしね」

    万屋は面倒臭がって、フワッとした説明をする。
    無責任な様にも見えるが、言うだけマシなのだろう。

    明確に言わない理由は、面倒なだけではない。
    政治に関わってしまう以上、発言には気を使おうという、一種の自己保身もある。
    最初から戦闘のみを前提としていた事が公けになれば、野党からの批難を浴びる事は確実なのだ。
    万屋にしてみれば、証人喚問などごめんである。
    それを避ける為に、友好的な接触を維持しようと努力した形跡を欲したのだ。
    アリバイ作りである。

「それでいきましょう」

    山田の賛同を得て方針の決まった万屋小隊は、軍隊組織らしく素早く動き出した。
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