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記録18 ヒーローの脂質
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「あら、電柱に何か貼ってあるわ。何かしら?」
最寄り駅近くの商店街で買い物をしている最中、ルシアがそう言って足を止めた。俺は電柱の張り紙を見るまでもなく、ぼんやりとした口調で答えた。
「ああ、ここの商店街、定期的にお祭りやってるんだよ。――たしか、今回は今週末にあるんだっけ?」
「お祭り!? それって、街中が花で飾られたり、道化師や大道芸人がここそこでパフォーマンスしたり、あちこちで楽師が演奏していたりする!?」
「いや、そこまで規模の大きなもんじゃあないけど……。――あ、パフォーマンスはあるな。ほら、これ」
目をキラキラと輝かせて興奮するルシアに苦笑いを浮かべると、俺は張り紙の隅を指差した。そこには、銀色にきらめくボディーが特徴のヒーローがかっこよくポーズを決めた写真が載っていた。――それにしても、このマンさん、俺が子供の頃に見ていた御方じゃあないか。何で最新のマンさんを呼ばないんだよ。……はっ、そうか! 大人の事情が……。
純真無垢に「ヒーローがやって来るの!?」と喜びを露わにするルシアの横で、俺はそんな汚れた大人の推測を働かせた。きっと微妙な表情をしてしまっていたのだろう、彼女は俺を不思議そうに見上げると首を傾げて言った。
「どうしたの? もしかしてタクローは、実はこのヒーローのことが嫌いなの?」
「いや、そんなことはないよ。ただちょっと、とても懐かしいなと思って……」
「懐かしい!? なあに、ちょっと気になるじゃないの! 彼とあなたとの間に、一体何があったの!?」
頬を朱に染め上げてわくわくそわそわとする彼女に苦笑すると、俺は歩きながら、子供の頃の思い出を話して聞かせた。そして「せっかくだから見てみる?」と言うと、彼女を連れてレンタルビデオショップへと向かった。
ルシアはすっかりマンさんにご執心となった。続きが見たい、他にはないのとせがむので、ビデオレンタルよりは安上がりだからと〈ジャングル〉のプレミアム会員となった。ネット通販のサイトなのだが、映画やドラマをネット上で見放題にできるサービスも行っているのだ。以来、彼女は俺が仕事でいない間のほぼ全てをマンさんシリーズの視聴をして過ごすこととなった。
さらにルシアは、箸休めとしてマンさん以外にも手を出したらしい。ある日、俺が仕事から帰ってくると、彼女は戦隊ヒーローの紅一点メンバーの変身ポーズを真剣な表情で練習している最中だった。ぽかんとした表情で俺が見つめていることに気がつくと、彼女は顔を真っ赤にして「ゲームのロールプレイの参考になるかと思ったのよ。そう、ヒーローの資質を学んでいたの……!」と震える声で言い訳をした。
こうしてルシアはめきめきとヒーロー愛を育みながら、お祭りのある週末に備えた。当日、気持ちが逸って落ち着かない彼女を宥めながら商店街に向かった俺は、思わず顔をしかめて「は?」と声を上げた。――商店街の入口付近に、大島が立っていたのである。
「わーい、ルッチィ! それからついでに、拓郎さん。こんにちはー!」
「は? 何で大島が、こんなところにいるんだよ。――まさか、ルシア、お前が呼んだのか?」
「呼んでいないわよ。ただ、〈今週末のお祭りでマンさんとお会いするのが楽しみで仕方がない〉ってチャットは飛ばしたけれど」
どうやらルシアは連日、俺だけでなく大島にも溢れかえるほどのヒーロー愛をぶつけていたらしい。それに中てられた大島も、久々にヒーローショーを見たくてたまらなくなってしまったのだとか。
「ルッチィと直接語り合いたい気持ちは山々だったんですけど、おデートを邪魔するつもりはなかったので、ひとりでこっそり楽しもうと思っていたんです。でもまさか、始まる前まで時間あるし、どこかカフェにでも入ろうかなとグルグル検索していたらばったり遭遇するだなんて」
「やだ、デートだなんて、そんな……」
てれてれもじもじとするルシアを、大島はニヤニヤとした笑みを浮かべながらツンツンと指でつついた。――えっと、これ、何? ていうか、え? デート?
俺が呆気にとられていると、大島はおもむろに腕時計に目をやった。
「ショーまでまだまだ時間もありますし、屋台とか見て回りますよね? 私、通りがかりにあった創作雑貨さんが気になるので、そっち行ってきます。あとで会場で会いましょう」
颯爽と去っていく大島の背に手を振ると、俺らは商店街のみなさんが路面に準備した出店を見て回った。
ちょいちょい買い食いしたりお得野菜を買い込んだりしている間に、人通りも結構増えてきた。俺は持っていた荷物を片手に集中させると、空いたほうの手をルシアに差し出した。ルシアはきょとんとしたまま、俺の顔と手を交互に見ていた。
「えっ、何?」
「何じゃなくて。手」
「手?」
「人も多くなってきたし、はぐれたら困るだろ? だから」
そう言ってもう一度、俺は差し出した手を強調するように少しだけ前に突き出した。意味を理解したルシアは顔を耳まで真っ赤にすると、「しかたないわね」と口ごもりながら俺の手を取った。仕方ないと言う割には、心なしか嬉しそうにギュッと手を握り返してくるのがまた愛らしい。しかし、俺のこのほっこりとした気分はすぐさま手折られた。
「カティ! その紙袋は何? 雑貨屋さんで何か買ったの?」
ルシアはヒーローショーの会場に着くやいなや、大島に駆け寄った。先ほどまでいじらしく俺の手を離すまいとしていたのに、躊躇なく彼女は離れていったのだ。――くっ、ここでもまた大島に負けるのか俺は。大島、強敵すぎるだろ……!
屈辱をひた隠しにしつつも奥歯をぎりぎりとさせていると、大島がそれに気がついてニヤニヤとしてきた。それがまた、腹が立った。しかし、ヤツにかまけてなどはいられない。何故なら、もうすぐショーが始まる頃合いなのだ。
商店街の端にある大きな銀行の広い駐車場がショーの会場となっており、スペースの半分に仮設舞台が設けられていた。もう半分にはブルーシートが敷き詰められており、お子様連れが靴を脱いで、ヒーローの登場を今か今かと待ち構えていた。俺たちもその輪に加わったのだが、空きスペースの確保が難しく、ルシアは大島の膝の上に座ることとなった。本当なら俺の膝に座らせたかったのだが、何故だか断られてしまったのだ。しかも、手を繋いだときのように顔を真っ赤にして。
ひとまず腰を落ち着かせることができてホッと息をつくと、遠くのほうから何やら視線を感じた。そちらに目を向けてみると、小さな孫を連れた大家さんがこっちを見てニヤニヤと笑っていた。――きっと、遊びに来た孫にショーを見せようと、大家さんもやって来たのだろう。それにしても、どうしてまた最悪のタイミングでエンカウントするかな!? ワイドショーおばはんの話のタネが増えちまったじゃあないか!
俺は憂鬱な気分に浸りながら、胃をキリキリとさせた。すると、進行役のお姉さんが舞台に現れて「みんなー! こーんにーちはー!」とやり始めた。周りのお子様たちに負けじと、ルシアも笑顔で挨拶を返していた。とても楽しそうで何よりなのだが、これではまるで俺パパ大島ママのルシアが愛娘にしか見えないじゃあないか!
ルシアは大島を振り返り俺のほうを向きとしながら、お姉さんを微笑ましげに眺めていた。すると会場内に敵星人の不穏な笑い声が轟いて、お姉さんの「何!?」という声に合わせてルシアの表情も強張った。
敵星人はお姉さんを人質にし、怪獣を呼び寄せた。そこに颯爽とマンさんが現れ、ルシアも子供たちもテンションを跳ね上げた。しかし、マンさんはルシアたちの応援虚しく敗れ去り、ステージから一旦退却した。ルシアは、悔しそうな表情で歯噛みしながら敵星人を睨みつけていた。
お姉さんが敵星人の腕を振りほどくと、星人は「本当は地球のみんなと仲良くしたかったんだ」と言い出した。そのまま、ショーは〈お遊びの時間〉へとなだれ込んだ。星人の「一緒に遊んでくれるお友達は手を挙げて!」という呼びかけに、ルシアも一生懸命手を挙げていた。――お前、幼女姿になっているとはいえ、一応成人している身だろ……? 何、しれっとお子様に混じっているんだよ。そして、何、ちゃっかり選ばれてるんだよ。お菓子貰って頭撫でられて、凄く嬉しそうだな、おい。
星人の用意したゲームに全力で挑み、友好の印としてお菓子を貰ったルシアは満面の笑みで俺たちのもとへと帰ってきた。遠くから、大家が「あら、ルシアちゃん、良かったわねえ」という感じで笑みを向けてきていた。俺は必死で笑顔を繕いながら、ルシアを出迎えた。
しかし、ルシアの機嫌がよかったのも一瞬のことだった。星人が「遊びは終わりだ!」と叫んで会場を再び恐怖のどん底へと落としたのだ。ルシアは顔を青ざめさせると勢い良く立ち上がって叫んだ。
「あなた、騙したのね!?」
「ふははははははは! 騙されるほうが悪いのだ、人間め~!」
星人は機転を利かせてアドリブで返してくれた。しかしそのせいで、すっかりショーに魅了されていたルシアは〈これはお芝居なのだ〉ということを完全に忘れてしまった。星人は先ほどよりも数体多く怪獣を呼び寄せたのだが、あろうことかそのうちの一体をルシアが倒してしまったのだ。
「今、何が起きたの!?」
「火花散らなかった……?」
「ショーの割に、仕込みがすごいな……」
会場中の親御さんや大きなお友達がざわめく中、俺はルシアに小声で詰め寄った。すると、彼女はにっこりと笑って当然とばかりに言った。
「私はこれでも神に仕える神官よ? 慈愛に満ち殺生を極力行わないマンさんのスタンスから外れるようなことを、私がするわけないでしょう? だからちょっと、気を失ってもらっているだけよ」
俺は思わず、口をあんぐりとさせた。ショーのスタッフの方々も、もちろん戸惑っていた。しかし、そこはやはりプロ。アドリブ台詞を入れて、まるでマンさんが攻撃を仕掛けたかのように見せ、そのまま華麗にマンさんが再登場した。
「会場中のお友達! 君たちの応援の声は、マンさんの力となるの! だから、大きな声で応援しよう! ――マンさん、頑張れー!」
お姉さんがそう煽ると、子供たちは枯らさんばかりの大声でマンさんを応援しだした。ルシアはと言うと、再びぶつぶつと何やら唱え始めていた。俺は慌てて、ルシアの口を手で塞いだ。
「ちょっと! 何するのよ!」
「それはこっちのセリフだよ!」
「何って、応援に決まっているでしょう!? 攻撃力と防御力が増大するように、最大級の祝福を魔法に籠めていたのよ!」
「お前、ホイホイ魔法で解決するもんじゃあないって言っていなかったか!?」
「だって! マンさんが地球を守れなかったら! 一体誰が地球を守るのよ!!」
「だからって、そういう応援はしなくていいんだよ! ただ〈頑張れ〉って声援を送ればいいんだってば!」
俺らがそんな言い合いをしているうちに、マンさんは最後の一匹を追い詰めていた。ルシアは慌てて舞台に視線を戻すと、トドメの瞬間をバッチリと目に焼きつけて、周りの子供達と一緒にガッツポーズをしハイタッチをした。
「一時はどうなることかと思った……」
ほくほく顔でグリーティングの列に並ぶルシアと大島をぼんやりと眺めながら、俺はひとりポツリと呟いた。握手をしてもらい写真を撮ってもらったルシアと大島は、キャアキャアと喜びの声を上げながらこちらに戻ってきた。
「やっぱり、ヒーローというものはああでなくては駄目ね!」
「久々にこういうショーを見たけれど、楽しかったー!」
「ああはい、さいですか。ようござんしたね……」
ぐったりと肩を落とす俺を、二人は不思議そうに見つめて首を傾げさせた。俺は溜め息をつくと、腹を押さえながらボソリとこぼすように言った。
「疲れたら腹がへったわ。スタミナのあるものが食いたいな。――焼肉でも食いに行くか」
「わーい! それ、素敵です! ゴチになります! 拓郎さんは私のお財布と胃袋のヒーローですね!」
「は!? お前も来るのかよ!? ていうか、お前、この前から散々俺に奢られてるだろ! たまには奢り返せよ!」
調子に乗って浮かれている大島を睨みつけると、ルシアも珍しく大島を睨んでいた。そして彼女は「そうよ、駄目よ、カティ!」と口を尖らせた。大島が驚いてきょとんとしていると、ルシアはぷりぷりと怒りながら続けて言った。
「タクローは私のヒーローなんだから!」
大島はそれを聞いて、ニヤアと相好を崩した。俺はわけが分からずにぽかんとしていた。すると、ルシアは顔を真っ赤にして慌てて捲し立てた。
「違うのよ、変な意味じゃあないのよ!? だってほら、タクローのおかげで、私はこの世界で生活できているわけだし! だから、その――」
「大丈夫だよ、ルッチィ。私、ちゃんと分かってるから。……仕方ないなあ、じゃあ、今日は私が奢りますよ。ホント、ごちそうさまです」
「は? ごちそうさまって、まだ何も食ってないのに? 何、お前、結局帰るのかよ」
俺が訝しげに眉根を寄せて首を捻ると、大島は小さく「にっぶ」と呟いた。――は? 何が?
楽しそうにニヤニヤと笑う大島の呼び声に応えるように、ルシアはむくれっ面を照れくさそうに染めて俺の手をとった。俺は何がなんだかよく分からないまま、美味い脂質を求めて旅立ったのだった。
最寄り駅近くの商店街で買い物をしている最中、ルシアがそう言って足を止めた。俺は電柱の張り紙を見るまでもなく、ぼんやりとした口調で答えた。
「ああ、ここの商店街、定期的にお祭りやってるんだよ。――たしか、今回は今週末にあるんだっけ?」
「お祭り!? それって、街中が花で飾られたり、道化師や大道芸人がここそこでパフォーマンスしたり、あちこちで楽師が演奏していたりする!?」
「いや、そこまで規模の大きなもんじゃあないけど……。――あ、パフォーマンスはあるな。ほら、これ」
目をキラキラと輝かせて興奮するルシアに苦笑いを浮かべると、俺は張り紙の隅を指差した。そこには、銀色にきらめくボディーが特徴のヒーローがかっこよくポーズを決めた写真が載っていた。――それにしても、このマンさん、俺が子供の頃に見ていた御方じゃあないか。何で最新のマンさんを呼ばないんだよ。……はっ、そうか! 大人の事情が……。
純真無垢に「ヒーローがやって来るの!?」と喜びを露わにするルシアの横で、俺はそんな汚れた大人の推測を働かせた。きっと微妙な表情をしてしまっていたのだろう、彼女は俺を不思議そうに見上げると首を傾げて言った。
「どうしたの? もしかしてタクローは、実はこのヒーローのことが嫌いなの?」
「いや、そんなことはないよ。ただちょっと、とても懐かしいなと思って……」
「懐かしい!? なあに、ちょっと気になるじゃないの! 彼とあなたとの間に、一体何があったの!?」
頬を朱に染め上げてわくわくそわそわとする彼女に苦笑すると、俺は歩きながら、子供の頃の思い出を話して聞かせた。そして「せっかくだから見てみる?」と言うと、彼女を連れてレンタルビデオショップへと向かった。
ルシアはすっかりマンさんにご執心となった。続きが見たい、他にはないのとせがむので、ビデオレンタルよりは安上がりだからと〈ジャングル〉のプレミアム会員となった。ネット通販のサイトなのだが、映画やドラマをネット上で見放題にできるサービスも行っているのだ。以来、彼女は俺が仕事でいない間のほぼ全てをマンさんシリーズの視聴をして過ごすこととなった。
さらにルシアは、箸休めとしてマンさん以外にも手を出したらしい。ある日、俺が仕事から帰ってくると、彼女は戦隊ヒーローの紅一点メンバーの変身ポーズを真剣な表情で練習している最中だった。ぽかんとした表情で俺が見つめていることに気がつくと、彼女は顔を真っ赤にして「ゲームのロールプレイの参考になるかと思ったのよ。そう、ヒーローの資質を学んでいたの……!」と震える声で言い訳をした。
こうしてルシアはめきめきとヒーロー愛を育みながら、お祭りのある週末に備えた。当日、気持ちが逸って落ち着かない彼女を宥めながら商店街に向かった俺は、思わず顔をしかめて「は?」と声を上げた。――商店街の入口付近に、大島が立っていたのである。
「わーい、ルッチィ! それからついでに、拓郎さん。こんにちはー!」
「は? 何で大島が、こんなところにいるんだよ。――まさか、ルシア、お前が呼んだのか?」
「呼んでいないわよ。ただ、〈今週末のお祭りでマンさんとお会いするのが楽しみで仕方がない〉ってチャットは飛ばしたけれど」
どうやらルシアは連日、俺だけでなく大島にも溢れかえるほどのヒーロー愛をぶつけていたらしい。それに中てられた大島も、久々にヒーローショーを見たくてたまらなくなってしまったのだとか。
「ルッチィと直接語り合いたい気持ちは山々だったんですけど、おデートを邪魔するつもりはなかったので、ひとりでこっそり楽しもうと思っていたんです。でもまさか、始まる前まで時間あるし、どこかカフェにでも入ろうかなとグルグル検索していたらばったり遭遇するだなんて」
「やだ、デートだなんて、そんな……」
てれてれもじもじとするルシアを、大島はニヤニヤとした笑みを浮かべながらツンツンと指でつついた。――えっと、これ、何? ていうか、え? デート?
俺が呆気にとられていると、大島はおもむろに腕時計に目をやった。
「ショーまでまだまだ時間もありますし、屋台とか見て回りますよね? 私、通りがかりにあった創作雑貨さんが気になるので、そっち行ってきます。あとで会場で会いましょう」
颯爽と去っていく大島の背に手を振ると、俺らは商店街のみなさんが路面に準備した出店を見て回った。
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「えっ、何?」
「何じゃなくて。手」
「手?」
「人も多くなってきたし、はぐれたら困るだろ? だから」
そう言ってもう一度、俺は差し出した手を強調するように少しだけ前に突き出した。意味を理解したルシアは顔を耳まで真っ赤にすると、「しかたないわね」と口ごもりながら俺の手を取った。仕方ないと言う割には、心なしか嬉しそうにギュッと手を握り返してくるのがまた愛らしい。しかし、俺のこのほっこりとした気分はすぐさま手折られた。
「カティ! その紙袋は何? 雑貨屋さんで何か買ったの?」
ルシアはヒーローショーの会場に着くやいなや、大島に駆け寄った。先ほどまでいじらしく俺の手を離すまいとしていたのに、躊躇なく彼女は離れていったのだ。――くっ、ここでもまた大島に負けるのか俺は。大島、強敵すぎるだろ……!
屈辱をひた隠しにしつつも奥歯をぎりぎりとさせていると、大島がそれに気がついてニヤニヤとしてきた。それがまた、腹が立った。しかし、ヤツにかまけてなどはいられない。何故なら、もうすぐショーが始まる頃合いなのだ。
商店街の端にある大きな銀行の広い駐車場がショーの会場となっており、スペースの半分に仮設舞台が設けられていた。もう半分にはブルーシートが敷き詰められており、お子様連れが靴を脱いで、ヒーローの登場を今か今かと待ち構えていた。俺たちもその輪に加わったのだが、空きスペースの確保が難しく、ルシアは大島の膝の上に座ることとなった。本当なら俺の膝に座らせたかったのだが、何故だか断られてしまったのだ。しかも、手を繋いだときのように顔を真っ赤にして。
ひとまず腰を落ち着かせることができてホッと息をつくと、遠くのほうから何やら視線を感じた。そちらに目を向けてみると、小さな孫を連れた大家さんがこっちを見てニヤニヤと笑っていた。――きっと、遊びに来た孫にショーを見せようと、大家さんもやって来たのだろう。それにしても、どうしてまた最悪のタイミングでエンカウントするかな!? ワイドショーおばはんの話のタネが増えちまったじゃあないか!
俺は憂鬱な気分に浸りながら、胃をキリキリとさせた。すると、進行役のお姉さんが舞台に現れて「みんなー! こーんにーちはー!」とやり始めた。周りのお子様たちに負けじと、ルシアも笑顔で挨拶を返していた。とても楽しそうで何よりなのだが、これではまるで俺パパ大島ママのルシアが愛娘にしか見えないじゃあないか!
ルシアは大島を振り返り俺のほうを向きとしながら、お姉さんを微笑ましげに眺めていた。すると会場内に敵星人の不穏な笑い声が轟いて、お姉さんの「何!?」という声に合わせてルシアの表情も強張った。
敵星人はお姉さんを人質にし、怪獣を呼び寄せた。そこに颯爽とマンさんが現れ、ルシアも子供たちもテンションを跳ね上げた。しかし、マンさんはルシアたちの応援虚しく敗れ去り、ステージから一旦退却した。ルシアは、悔しそうな表情で歯噛みしながら敵星人を睨みつけていた。
お姉さんが敵星人の腕を振りほどくと、星人は「本当は地球のみんなと仲良くしたかったんだ」と言い出した。そのまま、ショーは〈お遊びの時間〉へとなだれ込んだ。星人の「一緒に遊んでくれるお友達は手を挙げて!」という呼びかけに、ルシアも一生懸命手を挙げていた。――お前、幼女姿になっているとはいえ、一応成人している身だろ……? 何、しれっとお子様に混じっているんだよ。そして、何、ちゃっかり選ばれてるんだよ。お菓子貰って頭撫でられて、凄く嬉しそうだな、おい。
星人の用意したゲームに全力で挑み、友好の印としてお菓子を貰ったルシアは満面の笑みで俺たちのもとへと帰ってきた。遠くから、大家が「あら、ルシアちゃん、良かったわねえ」という感じで笑みを向けてきていた。俺は必死で笑顔を繕いながら、ルシアを出迎えた。
しかし、ルシアの機嫌がよかったのも一瞬のことだった。星人が「遊びは終わりだ!」と叫んで会場を再び恐怖のどん底へと落としたのだ。ルシアは顔を青ざめさせると勢い良く立ち上がって叫んだ。
「あなた、騙したのね!?」
「ふははははははは! 騙されるほうが悪いのだ、人間め~!」
星人は機転を利かせてアドリブで返してくれた。しかしそのせいで、すっかりショーに魅了されていたルシアは〈これはお芝居なのだ〉ということを完全に忘れてしまった。星人は先ほどよりも数体多く怪獣を呼び寄せたのだが、あろうことかそのうちの一体をルシアが倒してしまったのだ。
「今、何が起きたの!?」
「火花散らなかった……?」
「ショーの割に、仕込みがすごいな……」
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「それはこっちのセリフだよ!」
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「お前、ホイホイ魔法で解決するもんじゃあないって言っていなかったか!?」
「だって! マンさんが地球を守れなかったら! 一体誰が地球を守るのよ!!」
「だからって、そういう応援はしなくていいんだよ! ただ〈頑張れ〉って声援を送ればいいんだってば!」
俺らがそんな言い合いをしているうちに、マンさんは最後の一匹を追い詰めていた。ルシアは慌てて舞台に視線を戻すと、トドメの瞬間をバッチリと目に焼きつけて、周りの子供達と一緒にガッツポーズをしハイタッチをした。
「一時はどうなることかと思った……」
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「やっぱり、ヒーローというものはああでなくては駄目ね!」
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「ああはい、さいですか。ようござんしたね……」
ぐったりと肩を落とす俺を、二人は不思議そうに見つめて首を傾げさせた。俺は溜め息をつくと、腹を押さえながらボソリとこぼすように言った。
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「は!? お前も来るのかよ!? ていうか、お前、この前から散々俺に奢られてるだろ! たまには奢り返せよ!」
調子に乗って浮かれている大島を睨みつけると、ルシアも珍しく大島を睨んでいた。そして彼女は「そうよ、駄目よ、カティ!」と口を尖らせた。大島が驚いてきょとんとしていると、ルシアはぷりぷりと怒りながら続けて言った。
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大島はそれを聞いて、ニヤアと相好を崩した。俺はわけが分からずにぽかんとしていた。すると、ルシアは顔を真っ赤にして慌てて捲し立てた。
「違うのよ、変な意味じゃあないのよ!? だってほら、タクローのおかげで、私はこの世界で生活できているわけだし! だから、その――」
「大丈夫だよ、ルッチィ。私、ちゃんと分かってるから。……仕方ないなあ、じゃあ、今日は私が奢りますよ。ホント、ごちそうさまです」
「は? ごちそうさまって、まだ何も食ってないのに? 何、お前、結局帰るのかよ」
俺が訝しげに眉根を寄せて首を捻ると、大島は小さく「にっぶ」と呟いた。――は? 何が?
楽しそうにニヤニヤと笑う大島の呼び声に応えるように、ルシアはむくれっ面を照れくさそうに染めて俺の手をとった。俺は何がなんだかよく分からないまま、美味い脂質を求めて旅立ったのだった。
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