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* 死神生活一年目 *
第2話 ようこそ、死神ちゃん。第三死神寮へ!
しおりを挟む「はーい、新入り一名様、ご到着~!」
そんな男の声で、死神ちゃんは意識を取り戻した。どうやら、あの灰色の女神に向かって必死に手を伸ばした姿勢のまま意識を失っていたらしい。視界の中に突如現れた〈声の主〉はニコニコと笑いながら、死神ちゃんが伸ばしたままにしていた手にハイタッチをしてきた。
Tシャツにズボン――前世の世界でのそれとは様相が異なり、少々野暮ったい感じ――というラフな格好をしたその男は、七三分けの短髪で、印象に残るものと言ったら〈狐のように細い目〉くらいだった。まさに〈村人A〉という感じである。しかし、よくよく見てみると、彼は中性的ではありながらも整った顔立ちをしていた。
死神ちゃんが呆気にとられていると、男は自身の両頬に手をあてがって身悶えた。
「ハイタッチの催促じゃなかったの? やだ、アタシったら勘違いしちゃったわーッ!」
「え……あの……ここ、死神の職場じゃあないんですか……」
難攻不落のダンジョンで死神稼業というから、石造りの暗く陰湿なダンジョンでローブを纏った死神が闊歩する様を死神ちゃんは想像していた。しかし、ここはどうだ。石造りには変わりないが、ダンジョンというよりはどこぞのお宅の一室だ。そして、ここそこにランタンがぶら下がり、とても明るい。さらに目の前には〈死神〉のイメージには程遠い、やたらとハイテンションな〈村人A〉。――この光景に、死神ちゃんは戸惑わずにはいられなかった。
ああ、と村人Aは声を上げると、死神ちゃんと視線が合うように屈み込んだ。
「ここはね、アタシ達死神の寮よ。ダンジョンとは別の空間にあるの。――アタシはアンタの直属の上司。死神課第三班の班長で、この第三死神寮の寮長も兼務しているわ。マッコイよ。よろしくね。それにしても……」
マッコイは死神ちゃんの頬を二、三度つついたあと、そのまま人差し指の甲でさわさわと撫で回した。
「残念だわあ……。何で魔道士様は、アンタをこんな幼女の姿に変えてしまったのかしら。前のガチムチでコワモテのほうが、アタシ、タイプだったのに」
どうやら彼は、いわゆる〈オカマさん〉であるらしい。恍惚とした表情で頬を撫でくり回す彼に、死神ちゃんの背筋は凍りついた。趣味嗜好なんてものは個人の好きにすれば良いとは思うが、自分を標的にされるとなると話は別である。〈幼女で良かったかも〉と思わずにはいられなかった。
死神ちゃんは気を取り直すと、不思議そうに目を瞬かせた。
「魔道士様って、あの灰色の女神さんのことか?」
「そうよ。その〈名〉に相応しい死神に――っていうのが、まさか本名のほうで採用されてしまうだなんて。薫ちゃんってば、可哀想に」
「見てたのかよ! ていうか、ちゃん付け・本名で呼ぶな!」
同情するように肩を落としたマッコイに、死神ちゃんはぷりぷりと怒った。マッコイは死神ちゃんを気にも留めず、また自身の両頬に両手をあてがいクネクネと身悶えし出した。
「あーん、魔道士様が羨ましい! アタシもガチムチ・コワモテの薫ちゃんとキスしたかった! 何で幼女なのよ! 何で幼女なのよ!!」
本当に幼女で良かったと、死神ちゃんは心の底から思った。
「ま、それはさておき。いろいろと案内するから、ついてらっしゃい」
マッコイはポンと手を打ち鳴らすと、玄関に向かって歩き出した。死神ちゃん達がいた部屋は、正確には寮のエントランスだったのだ。玄関を開けると、そこには大きな広場が広がっていた。
広場は円形で、隣り合う二つの大きな門を起点に三時、六時、九時に当たる場所に大きな建物が立っていた。これらが死神達の住まう寮で、門と寮、寮と寮の間には様々な店が並んでいた。
「アタシ達死神は魔法生物扱いでね、〈ほぼ不死身〉なのよ。だから滅多なことでは死なないし、仮に怪我をしたとしてもすぐに治るわ。体についた汚れだって立ちどころに綺麗になるし、衣服も身に付けている限りは体と一緒に綺麗になる。飲食しなくても生きていけるし、仮に食べたとしても完全消化されてしまうから、お手洗いは無縁の存在ね。――だけどね、生前っていうか前世? そこでの習慣で〈食べ物を食べたい〉〈お風呂に入りたい〉って言う子達が多いし、実際そういうことをしたほうが疲れも回復しやすいのよ」
広場を巡りながら、マッコイは他にもいろいろと説明をしてくれた。まず、このダンジョンは会社組織のように運営されているという。広場にある大きな門のうちのひとつを潜ると、いわゆる〈会社内〉に繋がっているそうだ。ダンジョンへは、社内を通じて行くのだとか。制服である〈黒のローブ〉を腕に掛けて持ち、たくさんの死神達が門を潜っていく姿は、さながらサラリーマンのご出勤のようなのだという。
給料もきちんと支払われるそうで、ここの死神達はそのお金で死神ライフを充実させているらしい。驚くことに、この〈ダンジョンの裏世界〉は生前を過ごした世界以上に便利な物で溢れ、お金さえあれば何でも手に入るのだそうだ。――もちろん、ダンジョンの外の世界は〈いわゆる、ファンタジー〉な世界が広がっているそうなのだが。
また、この職場は福利厚生が充実しているそうで、食費は一定金額までは会社が負担してくれるのだとか。そしてちょうど食費の話をしているときに、飲食店の前にやって来た。
マッコイはそこで立ち止まると、テイクアウトの窓口でジュースを二つ注文した。すると無愛想なゴブリンが返事をすることもなく、コップを二つ、彼に手渡した。
マッコイは広場のベンチに腰掛けるよう死神ちゃんに促すと、自分もその隣に腰掛けてから死神ちゃんにジュースを手渡した。
「ここってね、ちゃんと〈天気〉が存在するのよ。ちなみにね、天気や季節はダンジョンの外と同じにしてあるそうよ。だから、急に悪天候になるなんてことも十分あり得るから、こうやってベンチで寛ぐ際は気をつけてね」
死神ちゃんが頷くと、彼はハッと息をのんだ。そして真剣な面持ちで、死神ちゃんに少しばかり詰め寄った。
「あっ、ねえ、薫ちゃんはお酒やタバコはやってた?」
「いや。判断を鈍らせるようなものはやらない主義でね。だから、これからもやるつもりはないが」
死神ちゃんがそう答えると、マッコイは安堵の笑みを浮かべて胸を撫で下ろした。
「よかったわー! 薫ちゃんがイケるクチだったら〈飲酒・喫煙は二十歳を過ぎてから。良い子のみんなは真似しないようにね!〉ってテロップを入れなきゃいけないところだったわ!」
「テロップってなんだ、テロップって」
死神ちゃんが眉間に皺を寄せると、マッコイはそれを無視した。
死神ちゃんがジュースを飲み終えたタイミングで、マッコイが「職場のほうも、ちょっとだけ見学しに行きましょうか」と言った。彼のあとに続いて社内に続く門を潜ると、そこはまるで商社のエントランスロビーという感じだった。受付のようなところにはケバケバしい化粧を施したゴブリンが二人、おすましして座っていた。
「はぁい。今日も化粧、決まってるわね。ところで、新入りちゃん用の腕輪、もう届いているかしら?」
マッコイがゴブリンに声をかけると、ゴブリンは化粧を褒められて嬉しかったのか、ニヤリと笑いながら彼に腕輪を手渡した。彼はそれを受け取ると、死神ちゃんの左腕に腕輪をつけた。この腕輪は社員証であるとともに、勤務時はもちろんのこと、このダンジョンの裏側世界での生活全般で欠かせないものらしい。腕輪についての説明を受けながら、死神ちゃんは「想像していたよりもハイテクな世界だな」と思った。
説明を受け終えた直後、受付の更に奥のほうから何やら騒がしい声が聞こえてきた。木箱を抱えたオークがハタモトに「それはまだ仕分けが済んでおらぬゆえ、宝箱課へ運ぶのは待つようにと申したであろう」と叱られ、ペコペコと頭を下げていた。
「何ていうか、アミューズメント企業か何かみたいだな……」
ポツリとそう呟きながらオークとハタモトを死神ちゃんが見つめていると、マッコイが遠くから「ほら、薫ちゃん、ちゃんとついてきて」と声をかけてきた。死神ちゃんは慌ててマッコイのあとを追いかけた。
死神ちゃんは〈魂刈〉という勤務時に使用する道具の置かれている部屋をちらっと見学したあと、死神課の仕事場である〈待機室〉へと連れて行かれた。待機室の中はダンジョンへの出動待ちをしている者のためのソファーブースと、ダンジョン内を監視するモニターブースに分かれていた。
マッコイが死神ちゃんを連れてモニターブースに入ると、そこには二メートルはゆうに超えるだろう身長の大きなトカゲ男と、小柄で金髪の軍人風の女性がいた。軍人は死神ちゃんを見るなり目をキラキラと輝かせると、死神ちゃんに駆け寄った。嫌な予感に踵を返した死神ちゃんは、背後から彼女に羽交い締めにされた。
「ぎゃあああああ! 超可愛い! 超可愛い!! 何で狂狐ちゃんが幼女を連れ歩いてるの!? 何で? どうして!?」
マッコイは頬をひきつらせると、引き気味に「ちょっと、落ち着きなさいよ」と言った。どうやら、狂狐ちゃんというのは彼のことらしい。そのまま、彼は続けて言った。
「今、薫ちゃんを羽交い締めにしているのが第一班班長のケイティーで、こっちの大トカゲが第二班班長のグレゴリーね」
「カオル? カオルっていやあ、今度入ってくる新人の名前だよな。新人って、おっさんじゃあなかったか?」
グレゴリーがそう言って不思議そうに首を捻ると、ケイティーが死神ちゃんを抱え込んだまま興奮気味に捲し立てた。
「えっ、何、手違い? だったら私の班に来て欲しかった! ねえ、今からでもうちの誰かと交換しよう!? そうだ、鉄砲玉をそっちにやるよ。ね? いいでしょ!? いいよね!?」
「何を馬鹿言ってるのよ。あのね――」
「何だよ、マッコイのケチ!」
マッコイはケイティーを宥めると、事の経緯を説明した。すると、ケイティーは抱きしめていた腕を解き、死神ちゃんを自分のほうに向かせ、そして今度は両肩に手を置いた。
「ガチムチのおっさんのくせに、そんな可愛らしい名前なの? あれ? フルネーム、何だっけ?」
ケイティーに顔を覗き込まれた死神ちゃんは、苦々しげな顔を浮かべてグッと息を詰まらせると、ぷるぷると震え出した。そして、とても言いづらそうにボソボソと返した。
「…………オハナカオル、です……」
依然として、死神ちゃんはぷるぷると震えていた。すると、ケイティーが震え出した。しかし、彼女の震えは死神ちゃんの〈屈辱に耐える震え〉とは違った。――必死に笑いを堪える震えだ。
ケイティーは必死に笑い転げたいのを我慢しながら、ゆっくりと口を開いた。
「Small flowers give off scent? (小さな花が薫る?)」
「そうです、字面もまさにそれです……」
「ガチムチでコワモテが? 〈死神〉の異名を持つ名うての殺し屋が……?」
「ええ、そうです! 小花薫ですが、何か!」
死神ちゃんが涙目で叫ぶと、ケイティーがとうとう堪えきれずに大笑いし出した。身を折ってヒイヒイと笑い転げる彼女の後ろにいたマッコイが、笑いを堪えて震えながら尋ねた。
「その本名、絶対に仕事に支障があるわよね」
「クライアントに本名を明かす殺し屋がいるかよ。偽名を使ってたに決まっているだろ」
「やっぱ、そうよね。何て偽名なの?」
「東郷十三」
「やだそれ、どこのゴ◯ゴ~!!」
とうとうマッコイも盛大に笑い出した。ツボにでも入ったのか、隣にいたグレゴリーを容赦なくバシバシと叩いている。ケイティーもマッコイも、肩どころか体全体を震わせて、笑い過ぎで時おりむせ返っていた。
(いつか絶対に、元の姿に戻ってやる。そしたら、こいつら、覚えてろよ……)
そんなことを思いながら、死神ちゃんは笑い転げる彼らを恨めしそうに見つめたのだった。
――――なお、寮の自室も女神様による特別仕様で、ピンクのお花とフリルが盛りだくさんの可愛らしいデザインにされておりました。こうして、死神ちゃんの楽しい(?)寮生活は幕を開けたのDEATH。
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