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* 死神生活一年目 *
第3話 ダンジョンデビューだよ、死神ちゃん!
しおりを挟むソファーの隅によじ登ると、死神ちゃんはちょこんと腰を掛けて足をぶらぶらと揺らした。両手を膝に突き俯く死神ちゃんの目は、涙で潤んでいた。
午前中、死神ちゃんは業務についての説明を受けた。そこでは〈ダンジョンの罠〉として、冒険者を恐怖に陥れる業務についてのアレコレを学んだ。そして午後からは早速、冒険者にとり憑いてみることになっていた。
このダンジョンは、死亡した者を蘇生させることが可能である。そして〈死神罠〉というのは、罠にかかった冒険者の蘇生率を著しく低下させるというものだ。冒険者が〈死神罠〉にかかった状態で死亡すると、その遺体は灰と化す。そしてその状態で蘇生に失敗すると消失してしまい、二度と生き返ることができなくなる。そのため、冒険者にとって〈金色の魂刈を持つ死神〉は恐怖の対象なのだ。
しかし、だ。死神ちゃんは何故か同僚とは違って、ローブではなく頭巾が制服として支給されていた。本来は、制服を身に纏えば恐ろしい骸骨の姿になる。だが死神ちゃんの頭巾は、禍々しい姿へと変身させてはくれなかった。つまり、死神ちゃんは可愛らしい幼女そのままだったのだ。これでは冒険者の〈恐怖の対象〉になり得るのか、甚だ疑問であった。
また、幼女姿のせいで、死神ちゃんは早番しか入れないということになった。幼女よろしく昼寝もおやつも必要なうえに、夜は遅くまで起きていられないのだ。事実、昼食をとり終えてから先ほどまで、死神ちゃんはお昼寝をしていた。幼女扱いされたくなくてもそのように扱われざるを得ないことに屈辱を覚えるとともに、自分だけ夜勤手当を得られないことに死神ちゃんは悔しさを募らせた。
それだけではない。前世では、不覚にも殺されてしまった一回を除けば、訓練中だって任務中だってミスをしたことはなかった。それなのに、先ほどまで行っていた実技の訓練ではどうしても〈呪いの黒い糸〉を腕輪から出すことが出来なかった。腕輪が故障しているわけでも無さそうだし、他の操作はできているのに、どうして――とマッコイが不思議がっていたため、死神ちゃんの不手際というわけでもなさそうではあった。しかし、それでも死神ちゃんにとってはショックだった。
ふと、自分がいかにも幼児らしくいじけていることに、死神ちゃんは気づいた。つい先日まで、死神ちゃんは〈死神〉と称され恐れられてきた中年のおっさんだった。それが、今はどうだ。とても情けないという気持ちがこみ上げてきて、より一層瞳が潤む。それがまた悲しくて、気持ちの落ち込みループはエンドレスだった。
マッコイからは……
「とりあえず、さっそくダンジョンに出てみましょう。冒険者が疲弊していてお仕事がしやすい環境にある〈五階〉辺りにでも、行ってみましょうか。――目標はそうね……。〈冒険者一人を灰化に追い込む〉くらいでどう?」
……と言われている。
冒険者にとり憑くには、〈呪いの黒い糸〉で冒険者と結ばれなければならない。散々訓練して〈黒い糸〉を出せた試しがないのに、どうやってとり憑けばいいというのか。最初は上手く行かなくて当然だし、運も絡む仕事だから、今はまだ何があっても気にしなくていいということだが、そもそもがとり憑けないとなると仕事のしようがない。
死神ちゃんは大きなため息をついた。すると、壁に設置されている〈死神出動要請ランプ〉が音を発しながら点滅した。その横の電光掲示板のようなものには、死神ちゃんの社員番号と名前、そして〈五階へ〉という指示が表示されている。
死神ちゃんはぐじぐじと右腕で豪快に涙を拭うと、キリッとした顔でソファーから飛び降りた。
――泣いてなんかいられない。しっかりノルマを達成して、名誉挽回してやる! ……という決意を胸に。
**********
「だからあれほど言ったのに! 呪われた装備もドロップするんだから、〈着てみて、見た目判断で何となく鑑定する〉のはやめろってさ!」
「こうでもしないと、持ち物整理もままならないんだから、仕方ないだろう?」
「でもそのせいで、せっかくまだ探索できそうだったのを、引き返さにゃあならなくなったんだぜ」
地図を頼りに〈担当のパーティー〉の近くまで辿り着いた死神ちゃんのかなり前方で、六人の男女がそのように言い合いをしていた。メンバーのうち一人が呪いの装備品を身に纏ってしまったらしく、そのせいで体力が徐々に減り続けているからか、足取りは遅い。――これなら容易に近づけるぞと思った死神ちゃんだったが、一向に追いつけなかった。歩幅が違いすぎるのだ!
歩きから小走り、そして全力疾走へ。――それでも追いつけない!
死神ちゃんは一度立ち止まると、走るのに邪魔になっていた魂刈を腕輪を操作してブローチ状にし、洋服に付けた。そして一生懸命腕を振って走った。――そして、転けた。
ベシャッという音と「ふええ」という泣き声に驚いた冒険者達は、武器に手をかけながら後ろを振り返った。それと同時に〈トゥンク……〉という音がパーティー内のどこからかして、誰かが魅了魔法をかけられたようだと察知した。
「みんな、気をつけて! 魔法を使うモンスターのようだわ……って、おおおい!!」
僧侶が叫んだ。血塗られた呪いの鎧を身につけヘロヘロのはずの戦士が、一目散に泣き声のほうへと走っていったからだ。パーティーメンバーが戦士に駆け寄ると、戦士は幼女を目の前にしてデレッデレとしていた。一同は何となく、戦士のことを軽蔑した。
「なあ、こいつ、本当に魔法にかかってるのかな……。そうは見えないんだけどよ……」
盗賊が頬を引きつらせると、忍者が口篭った。
「戦士君って〈子供好き〉だけどさ、もしかして、アブナイ意味での〈子供好き〉だったりする……?」
「あの様子だと、それ、ビンゴかも……」
忍者の言葉に魔法使いが同意すると、君主が頭を抱えて俯いた。
「ね、君、どうしてこんな危ないところにいるのかな? お兄さん達、ちょうど地上に戻るところだから、一緒に戻ろうか。……ああ、可愛らしいお膝、擦り剥いてなくて良かったね。でも、痛かっただろう? さあさあ、僕がおんぶしてあげるよ。大丈夫大丈夫、心配しないで。…………ねえ、何でそんなに怯えてるの? ほら、大丈夫だから、ね?」
血走った目をギラギラとさせ、手をワキワキと握ったり開いたりしながら近づいてくる戦士に、死神ちゃんは思わず後ずさった。
「ねえ、その子、怯えてるじゃない。そもそも、もしかしたら魔物かもしれないんだし、安易に触ろうとしないの。それから、おんぶして地上まで連れて行くにしても、呪われて息も絶え絶えなあんたじゃなくて、君主か盗賊にやらせるから」
「嫌だ! この子は! 僕が! おんぶするんだ!!」
僧侶の言葉を、戦士は全力で拒否した。仲間達は先ほどよりもしっかりと、戦士のことを軽蔑した。
「さ、ほぉら、怖くなーい、怖くなーい……」
「嫌だ、来るな、気持ち悪い!」
〈とり憑く〉のが仕事なので、本来、金勤務時に冒険者に攻撃をするのはご法度だ。しかし、正当防衛はアリだ。だが、魂刈を元に戻そうと腕輪を弄ろうにも、戦士のあまりの気色悪さに動揺して、死神ちゃんの指は上手く動いてはくれなかった。
そうこうするうちに、頭や頬をはじめ、体中を撫で回された。そして、死神ちゃんは衝撃を受け、固まった。――セクハラされたからではない。何故かは分からないが、腕輪から〈黒い糸〉がにょろにょろと出だしたのだ!
そして、戦士がホクホク顔で死神ちゃんをおんぶすると、〈黒い糸〉が戦士にしっかりと絡まって〈とり憑き〉が成立した。
すると、戦士が身に着けている緑の腕輪――死神ちゃんが着けているような便利な腕輪を、冒険者達も冒険者ギルドから支給されている――から、可愛らしい妖精が飛び出した。仄かに発光しながら一同の頭上にふよふよと浮かんだ妖精は、可愛らしい声で告げた。
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* 戦士の 信頼度が 10 下がったよ! *
「えええ、何で!? ねえ、みんな、何で!?」
「何でって……ねえ……?」
愕然とする戦士を、一同はゴミ屑を見るような目で見つめた。特に、女性陣の戦士への視線は氷点下並の冷たさだった。――そんなこんなで、死神ちゃんを連れての地上への旅が始まったわけだが。戦士を除いた全員(死神ちゃん含む)はお通夜のような雰囲気だった。みんながみんな、時折ちらりと戦士を見ては深い溜め息をついた。そして、彼の仲間達は死神ちゃんに哀れみの言葉をかけた。死神ちゃんもまた、げっそりとした顔で頷き返した。〈とり憑き〉が成功したことよりも、変態におんぶされている屈辱感のほうが強かったからだ。
戦士はというと、呪いのせいなのか、はたまた幼女の体温を噛みしめてなのかは知らないが、ハアハアと息を荒くしていた。呪われているはずなのに、一歩歩くごとに頬は艶やかに色づき、その表情も幸せそうだった。
しかし、やはり呪いの力は絶大だった。少しずつ、彼の足取りは重くなり、足元もガクガクと覚束なくなった。そして――
「あっ……」
戦士は果てた。いろんな意味で。艶のある声を、その場に残して。
一同は、満面の幸せ顔のままサラサラと灰化していく戦士を、ぼんやりと見つめた。そして、気まずそうに着地した死神ちゃんを見て、僧侶がポツリと呟くように言った。
「あなた、死神だったの……」
死神ちゃんは、何となく申し訳ない気持ちでいっぱいになりつつもコクンと頷いた。
「こいつさ、このまま、置いていっちゃおうか……。あなたも、気をつけて帰りなさいね。――死神にこんなこと言うのも、変かもしれないけど」
死神ちゃんを含め、その場にいた者は全員、こんもりと円錐形に積もった戦士の成れの果てを見つめると、盛大にため息をついたのだった。
――――こうして、死神ちゃんのダンジョンデビューは無事にノルマ達成で終了しましたが、早くも「こんな職場、とっとと退職したい……」と思ったそうDEATH。
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