13 / 362
* 死神生活一年目 *
第13話 死神ちゃんと農家
しおりを挟む死神ちゃんが待機室で次の担当が割り振られるのを待っていると、ダークエルフの女性がやってきた。
「死神ちゃん、実際に会うのははじめましてよね。私は、サーシャ。同じ〈環境保全部門〉の、〈ダンジョン修復課〉に所属しているわ。どうぞ、よろしくね。――先日は、その、ヘルプに出られなくて本当にごめんなさいね」
そう言って申し訳無さそうにはにかんだ彼女は、誰もが思い描くような〈イケイケな感じのダークエルフ〉ではなく、とても清楚で奥ゆかしかった。
死神ちゃんが挨拶を返すと、彼女は頬をふんわりとピンクに染めて微笑んだ。
「あら、〈お花 香る〉って、とても素敵で可愛らしい名前ね! ねえ、〈お花ちゃん〉って呼んでもいいかしら?」
死神ちゃんは自分の名前が彼女の脳内で別の文字に変換されているような気がして、一瞬言葉を濁した。しかし、サーシャがあまりにも素直な笑顔を浮かべるので、反論せずに「どうぞ」とだけ返した。
「で、俺に何か用か?」
「ああ、そうだった。あの、先日は助けに行けなかったくせに、助けて欲しいってお願いするのも、本当に申し訳ないことなんだけど……」
彼女の所属するダンジョン修復課は、主に〈冒険者が破壊した壁や床〉を直して回る部署なのだそうだ。ダンジョンの損害は軽微であれば、壁の内側に張り巡らされている修復剤が外へと染み出し、勝手に復元される。しかし大きな損害となると、どうしても人力に頼る他ないらしい。その場合、人の目が無い隙に特殊な器具と魔法を用いて修繕を行うのだが、作業中にうっかり目撃されてしまった場合には冒険者ギルド職員を装うという。
灰色の魔道士は〈魔道士〉と呼ばれてはいるが、実際は神の一柱である。そのため、彼女の創ったこのダンジョンは、ある種の神器のようなものだった。だから単なる〈人〉であるサーシャ達〈修復課〉の人員が手直しをするというのは、とても労力を消費する仕事なのだ。体力も魔力も凄まじく消耗するので、そう頻繁にそのような事態が起きないで欲しいというのが彼女達の本音だった。
「なのに、困ったことに、最近、何度直してもめげずに開墾作業をしにくる冒険者がいてね……」
「は? 開墾? 農夫かよ」
「えっと、農夫じゃなくて、ノームなんだけど」
「ん? ノーム? 開墾するんだろ? それって、農夫だろ」
サーシャは困惑すると、どう説明しようかと言いたげに両手をにぎにぎと開閉した。しかし、説明することを諦めたのか、そのまま話題の続きを話し始めた。
「何度直してもめげないから、私達もそろそろ体力と魔力が限界で……。だから一度、直接注意したいんだけど、ほら、最近また、あの人が出没したでしょう……?」
言いながら、サーシャはガタガタと震えだした。彼女から笑顔が消え失せ、瞳は恐怖で潤んだ。きっと過去に、よっぽどトラウマになるようなことを〈尖り耳狂〉にされたのだろう。泣き顔を俯かせる不憫極まりない彼女を見つめながら、これはもっと早くあいつをブラックリスト入りしといても良かったんじゃないかと死神ちゃんは思った。
サーシャは鼻声で「ごめんなさいね」と断りを入れると、再び話し始めた。
「私以外の修復員は、表の世界では〈人〉扱いされていない人ばかりなのよ。だから、モンスターと間違われて襲われちゃう可能性もあるし。それに、私以外の〈外に堂々と出ても平気なメンバー〉も何度か声掛けに行ったんだけど、畑泥棒が来たとでも思ったのか、まともに話す前に攻撃されちゃって。おかげで、いまだに注意できずにいて困ってるの。でもお花ちゃんなら、うっかりダンジョンに紛れ込んだ女の子とか、小人族の冒険者に間違われることもあるから、冒険者も油断して話せる隙も出来るんじゃないかなと思って。死神課のボスの承諾は得ているから、お花ちゃんさえ嫌じゃなければ、私達を助けて欲しいの」
**********
二階に降りてすぐの場所には、体力を回復させる〈回復の泉〉というものがある。石組みの井筒の中は常に、溢れるかどうかのギリギリのラインのところまで水で満たされている。とても不思議な、魔の泉だ。
状態異常は治せずとも体力は回復できるとあって、金に乏しい駆け出し冒険者はこぞってこの泉の水で腹を満たしている。実際、死神ちゃんもそういう冒険者を度々目撃したことがある。――ただ、そのとき見た泉とは、様子が少し違っていた。石組みの一部が壊され、そのせいで〈溢れるかどうかのギリギリライン〉が分からなくなってしまったからか、水が滾々と湧き続けていた。
そしていつの間に作られたのか、床には水路が敷かれていた。泉から溢れ出た水はその水路を通って、どこかへと流れていく。水路はどうやら、その先にある少し大きめの部屋の中へと続いているようだった。
死神ちゃんがちらりと部屋の中を覗くと、そこにはせっせと畑仕事に精を出す女がいた。大きめの耳に、頭には羊のような角が生えていて、どうやら彼女はノームという種族らしい。つまり、ノームの農婦だ。――サーシャから話を聞いた時は聞き間違いかと思ったが、サーシャの情報も、そして死神ちゃんも正しかったということだ。
死神ちゃん達が農婦の様子を窺っていると、コボルトがやって来て部屋の中へと入っていった。突然のモンスター襲来に驚いた農婦は鍬を振り上げた。そして、振り下ろされた鍬からは竜巻のような衝撃波が発生し、コボルトはあっさりと部屋の外へと吹き飛ばされていった。よくよく見てみると、農婦は簡素なシャツにもんぺという〈いかにも農家〉な出で立ちだったが、脚には戦士が身につけるような足鎧をつけていた。――どうやら、冒険者としての彼女の職業は戦士らしい。
状況を把握すると、死神ちゃんはフードを脱いだ。より一層〈ただの幼女〉感を出すためだ。そして、農婦が再び畑仕事に没頭し始めたのを確認すると、一人で部屋の中へと入っていった。
「ねえ、お姉ちゃん。こんなところで何してるの?」
「あら、お嬢ちゃん、迷子?」
とても幼女らしい、たどたどしい口調で死神ちゃんが話しかけると、農婦が作業の手を止めて笑顔を向けてきた。農婦は片手だけ手袋をとり、手先を首に巻いていた手ぬぐいでちょいちょいと拭うと、腰につけていたポーチから飴玉を取り出した。
「こんなところまで迷い込んで、モンスター怖くなかった? 大丈夫? もうちょいしたら私も地上に戻るから、そしたら一緒に帰りましょ。飴ちゃんあげるから、食べながら待っててね~」
「ありがとう! ――ねえ、何でこんなところに畑があるの? こんなところよりも、お外でお日様浴びてたほうが、お野菜さんも元気いっぱいになれると思うんだけど」
死神ちゃんは愛想笑いを浮かべると、飴玉を受け取った。そして農婦に漠然と感じた疑問を投げつけてみたのだが、彼女は動じるどころか〈よくぞ聞いてくれました!〉と言わんばかりの輝きに満ちた笑顔を浮かべた。
「あのね、私ね、今年こそはマンドラゴラ品評会で金賞を獲りたいの! 毎年銀賞止まりでさあ、凄く悔しくて! 今年こそはと思いながら研究に研究を重ねた結果、魔法薬を作るのに使われるような植物だし、土や水にもふんだんに魔力が篭ってるほうが良く育つんじゃないかってことに気づいて! で、そういう条件を満たしてる場所っていったら、ダンジョン以上に最適なところってないでしょう!? だからこうやって一生懸命畑作って頑張ってるわけなんだけどさ、畑泥棒でも出るのか、ちょっと目を離した隙にマンドラゴラがなくなってたり、畑荒らしでも出るのか、ちょっと地上に戻った隙に畑が壊されたりしてて! 金賞受賞への道は並大抵じゃない――」
「ていうか、そもそも、ダンジョン内を耕さないでくださーい!」
「ぎゃー! 死神ー!!」
我慢の限界だったのか、農婦が話している途中でサーシャが姿を表した。ローブのフードを目深に被っていて顔が見えないからか、彼女はまるで死神のように見えた。だからか、案の定農婦は慌てふためいて、ポーチの中に乱暴に手を突っ込んだ。そして、ハッとした表情を浮かべて叫んだ。
「あああ、しまった! 今〈脱出の巻物〉を使ったら、私だけ地上に戻って、お嬢ちゃんを置いて行っちゃう! どうしよう! どうしよう!!」
「落ち着いてください、私は冒険者ギルド職員です!」
サーシャは器用に、耳が露出しないように顔だけをフードの外へと出した。すると、パニックを起こしていた農婦が「紛らわしい、脅かさないでよ」と悪態をついた。
サーシャが注意喚起を行うと、農婦はそれを金銭で何とかしようと試みた。そのやりとりをげっそりとした顔で見守っていた死神ちゃんは、足元で何かが動く気配を感じ、そちらのほうに目を向けた。
風もないというのに、マンドラゴラの苗のひとつが、葉っぱをわさわさと揺らしていた。その揺れは段々と大きくなり、更にはボコッという音を立ててマンドラゴラ周辺の土が盛り上がった。そして――
「ふうう……。よく寝たぜぇ。――おう、お早うさん」
任侠臭漂う、凄まじくダンディーな顔つきの根菜が、土から這い出てきて死神ちゃん達に声をかけてきた。その後、根菜は何事も無かったかのようにスタスタと部屋から出て行った。そして、新たにボコッと飛び出した別の根菜が「兄《あに》さんはどっちに行かれやした?」と尋ねてきて、死神ちゃんが扉のほうを指差すと、先ほど出て行った根菜を追うようにしてその根菜も部屋から出て行った。その後も次々に目覚めては去っていくマンドラゴラを、死神ちゃん達は呆然と見つめた。
「なあ、思ったんだけど、畑泥棒が出たんじゃなくて、自分で勝手にいなくなったんじゃねえかな、これ……」
「ダンジョンの魔力が凄すぎて、進化しちゃったんですかね……」
「そんなあ! 今年こそは金賞とれると思ったのに! 帰って来てよ、私のマンドラゴラ!!」
死神ちゃんは幼女を装うのもすっかり忘れ、顔をしかめてボソリと呟いた。サーシャは口元を手で覆い隠すと硬直し、農婦はへにゃへにゃと座り込んだ。
「……もう、ダンジョン内を耕さないでくださいね。これに懲りたら」
サーシャがポツリとそう言うと、農婦はさめざめと泣きながら一階へと繋がる階段を登っていった。死神ちゃんは溜め息をつくと、サーシャに断りを入れて一足先に待機室へと帰っていったのだった。
――――なお、植わったままのマンドラゴラは、薬にするのもちょっと怖いので、サーシャさんが責任をもって焼却処分したとのことDEATH。
0
あなたにおすすめの小説
完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい
咲桜りおな
恋愛
オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。
見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!
殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。
※糖度甘め。イチャコラしております。
第一章は完結しております。只今第二章を更新中。
本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。
本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。
「小説家になろう」でも公開しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
伯爵令嬢アンマリアのダイエット大作戦
未羊
ファンタジー
気が付くとまん丸と太った少女だった?!
痩せたいのに食事を制限しても運動をしても太っていってしまう。
一体私が何をしたというのよーっ!
驚愕の異世界転生、始まり始まり。
男爵家の厄介者は賢者と呼ばれる
暇野無学
ファンタジー
魔法もスキルも授からなかったが、他人の魔法は俺のもの。な~んちゃって。
授けの儀で授かったのは魔法やスキルじゃなかった。神父様には読めなかったが、俺には馴染みの文字だが魔法とは違う。転移した世界は優しくない世界、殺される前に授かったものを利用して逃げ出す算段をする。魔法でないものを利用して魔法を使い熟し、やがては無敵の魔法使いになる。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~
ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。
コイツは何かがおかしい。
本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。
目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる

