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* 死神生活一年目 *
第14話 死神ちゃんと元カノ
しおりを挟む待機室の後ろのほうで、死神ちゃんはマッコイと仲良くおしゃべりをしていた。すると突然、出入り口付近の人だかりがやけに物々しい雰囲気を放ち始めた。不思議に思ったマッコイは立ち上がると、確認してくると言って席を立った。彼のあとに、死神ちゃんもついて行った。
物々しい雰囲気を放っていた同僚達は、ある人物に対してとても低姿勢で接していた。まるで、会社役員と平社員のようだ。――もしや、また〈四天王〉とやらがお出ましになったのか。何やら面倒臭いことになりそうだ。死神ちゃんは、そんなことを思いながら内心げっそりとした。すると、マッコイが嬉々とした声を上げた。
「あら、珍しい! こんなところにいらっしゃるだなんて、一体全体、どうなさったんです?」
「あら、マッコイ、いたのね。モニターブースにグレゴリーしかいなかったから、まさかあなたもいるとは思わなかったわ」
「管理業務の引き継ぎが終わったので、出動待ちしていたんです」
マッコイに笑顔を返した〈お偉いさん〉は、吸血鬼族の男装美女だった。二人は古くからの知り合いのようで、周りのみんなが〈恐れ多い〉という雰囲気を醸し出すのに反してとても和やかだった。美女は人だかりを掻き分けると、自らマッコイの元に近づいていった。
「嫌だわ、そんな堅苦しい言葉遣い。普段通りにしゃべってよ」
「いやですわ、〈統括部長〉。ここ、職場でしてよ?」
「私がやめてって言ってるんだから、やめてよ。あと、骸骨もやめて。ローブを脱いでよ。あなたの顔が見たいわ」
マッコイは頷くと、もぞもぞとローブを脱いだ。そしていつもの〈村人A〉に戻ると、満面の笑みを浮かべて腕を広げた。
「アリサ、おひさ~! 元気にしてた~!?」
「あーん、マッコイ! 最近休みが合わなくて、お茶すら出来なくて寂しかった! 私は元気よ! あなたは?」
「アタシも会いたかったわー! おかげさまで、元気してるわよ!」
〈統括部長〉はマッコイの腕の中にダイブすると、キャアキャア言いながら抱擁し合った。そして彼らは、互いの頬に挨拶のキスをした。
親友女子同士がカフェでスイーツを堪能しながらアールグレイを嗜みそうな、そんないかにもな彼らの雰囲気に、周りのみんなはたじろいだ。同じく動揺の色を見せていた死神ちゃんを見下ろすと、マッコイはニコニコと笑いかけた。
「紹介するわね。彼女はアリサ。〈統括部長〉を任されているわ。――驚いた? アタシ、魔道士様に次ぐビッグネームとお友達同士なのよ」
「いや、その――」
珍しく動揺しっぱなしの死神ちゃんを、マッコイは首を傾げて不思議そうに見つめた。すると、アリサが死神ちゃんの前に進み出て屈み込んだ。
「あなたが噂の〈死神ちゃん〉?」
「そう、です、けど……」
「ふふ、可愛いわね。フードをとって、よく顔を見せて」
アリサに促されるまま、死神ちゃんは震えながらフードをとった。すると、アリサは死神ちゃんを抱き上げながら立ち上がった。
穏やかな微笑みを絶やさないアリサと、珍しく怯えきっている死神ちゃん。マッコイを含め、周りにいた全員はさすがにおかしいと感じ始めた。
可愛い可愛いと言いながら死神ちゃんの頬を撫でていたアリサが、そのまま手を下方へと下げた。そして死神ちゃんの髪を背中側へと払い、服に手をかけて少々外側へと引っ張った。
剥き出しになった首筋を見つめると、アリサはニヤリと笑った。
「この時を、ずっと待っていたの。会いたかったわ、ジューゾー」
「お前、やっぱり―― あああああああああああああああああ!?」
次の瞬間、死神ちゃんは首筋を思いっきりアリサに噛まれていた。深く突き立てられた牙から、何かが流れ込んでくるのを死神ちゃんは感じた。否応なく押し入ってくる何かは、激烈な痛みと熱を死神ちゃんに与えた。
突然の凄まじい痛みに悶えることも出来ず、ただただ叫び声を上げて小刻みに震えている死神ちゃんを見て、マッコイは顔を青ざめさせた。
「ちょっと、アリサ! アンタ、薫ちゃんに何したのよ!?」
「まあ、見ててご覧なさいよ。もう少しだから」
「はあ!? もう少しって、何が――」
得意気な笑みを浮かべるアリサに、マッコイは掴みかかろうとした。しかし、マッコイは動きをピタリと止めて、再び死神ちゃんを見つめた。――死神ちゃんが、白く発光しだしたのだ。
待機室内が、まばゆい光に包まれた。そして――
「きゃあああああああああああッ❤」
「ん? ――うわあああああああああああ!?」
美女とオカマの黄色い声と、おっさんの羞恥の悲鳴がこだました。――死神ちゃんは、〈死神〉の姿に戻っていたのだ。しかも、何故か全裸で。
周囲のいたたまれない視線に猛烈な恥ずかしさと情けなさを感じながら、十三は慌てて股間を手で覆い隠した。
(※注 敢えて、〈死神ちゃん〉や本名の〈薫〉ではなく、偽名の方で呼ぶこととします)
十三が股間を隠すのと同時に、弾け飛んだ〈黒ずきんちゃんスタイルの洋服〉の破片が身体の周りに集まってきて、彼はたちまち生前着ていたような黒のスーツ姿となった。十三がホッと胸を撫で下ろすと、美女とオカマが残念そうに舌打ちした。
「えっ? えっ!? どういうことなのよ! アリサ、アンタ、薫ちゃんと知り合いなの!? 何で薫ちゃんが元の姿に戻っているの!?」
「ごめんね、マッコイ。説明してあげたいのは山々なんですけど、この術の有効時間は〈首の噛み跡が治って消えるまで〉なのよ。あなた達死神は、回復能力が高いでしょ? だから、急がないと。ジューゾーが幼女に戻っちゃう前に……」
「何、何なの!? どういうことなのよ!?」
「ていうか、何でアリサがここにいるんだよ?」
興奮冷めやらぬマッコイと時間を気にしてそわそわとしているアリサに割って入るように、十三は疑問を口にした。すると、マッコイが十三のほうを向いて話し出した。それによると、アリサも〈魔道士のスカウトを受けて、こちらの世界に転生をした者〉なのだそうだ。
アリサは、世界に名だたる敏腕経営者だった。その生前を活かし、〈統括部長の後任候補〉のひとりとして、この世界にやって来た。そして、どのような業務がどのように行われているかを知るために、全ての部署で研修を受けた。彼女が死神の研修を受けた時に偶然居合わせたのがマッコイで、同時期にこの世界にやって来たということや、どうやら同じ世界出身らしいという共通点がきっかけで意気投合したのだとか。それ以来、彼らは親友同士の間柄なのだそうだ。
「その後、晴れてアリサが後任に選ばれて。しかも彼女、先代様にとても気に入られてね。是非養子にってことで、吸血鬼族に再転生したのよ。レディーらしくクイーンの姿をすればいいのに、仕事がしやすいようにってロードの格好をして――」
「はい、そんなわけで、私はこの世界にいます。――これでいいでしょ? ほら、早く! ジューゾー、行きましょう!」
アリサはマッコイが話すのを遮って説明を強制終了させると、十三の腕をグイグイと引っ張って追い立てた。十三はアリサの手を振り解くと、警戒するように二、三歩彼女から距離をとった。
「行くって、どこにだよ!? お前、俺に復讐でもしに来たのか!?」
「いやだ、そんなわけ無いじゃない」
「いや、それこそあり得ないだろう。俺は、任務の一環でお前に近づいて、恋人のふりをして、最後はお前を殺したっていうのに」
「んまっ! どういうこと!? 詳しく聞かせなさいよ!」
十三の言葉にマッコイが食いつくと、アリサは観念したとでもいうように俯いた。
実は、こちらの世界に転生してやって来る者の大半が、〈転生の儀〉の際に〈もしもごく普通の家庭で愛情を注がれて育てられていたら、きっとこうなっていただろう〉という性格へと矯正される。理由は諸々だが、そのうちのひとつが〈そうしなければ、サラリーマン生活なんか出来ないだろう〉ということだそうだ。
死神ちゃんは、物心ついた頃には諜報員としての訓練を受けさせられていた。そしてそのせいで、心が壊れてしまっていた。――つまり、死神ちゃんがこちらの世界に来て〈自分〉に違和感を感じていたのは、幼女の姿にされてしまったからというだけではなく、修正を施されたからだったのだ。
「矯正を受けて丸くなったジューゾーとなら、今度こそ本物の恋人同士になれると思ったの。もう一度、彼と恋をしたかったのよ。だって、私、たしかに彼には利用されて殺されたけど、本気で彼のことを愛していたから。――で、まさか幼女姿でこちらの世界に来るとは思わなかったから、ありったけの魔力を使って一時的に元の姿に戻したのよ」
「なるほどね。でも、やり直しを図るなら、まずは友好関係を築き直すところからよね? それって、幼女姿のままの薫ちゃん相手でも出来るじゃない」
だって、と口篭ると、アリサはもじもじと恥じらった。マッコイがどうしたのかとせっつくと、彼女はうっとりとした顔を赤らめて言った。
「彼、あっちのほうも名うてだったから、つい――」
「んまーっ!! 破廉恥っ! 破廉恥ね!!」
興奮したマッコイは十三に掴みかかった。そして、狐のような細長の目を精一杯見開いた。きっと今まで、この世界の誰も見たことがないだろうというくらい、大きく見開いた。
「ずるい! ずるいわ!! アリサや、もふ殿ばっかり! アタシも薫ちゃんに抱かれたい!!」
「まさか、幼女に手を出したの!?」
「口説きのテクニックを見せてみろと言われて、ちょっと抱き寄せて顎を持ち上げただけよ!」
「なーんだ、良かった。ていうか、あなたは無理でしょ。だってあなた、オカマじゃない」
「オカマで何が悪いっていうのよ! アンタだって、元カノどころか、ぶっちゃけそれ以下だったじゃない! それとも何!? BLタグが付いてないから、望みはないってわけ!? コメディなんだし、ちょっとだけ、しかも一回だけくらいは許されるでしょ!?」
「タグって何よ、タグって。ていうか、そもそも、ジューゾーがオカマの相手なんてするわけないわよ」
「きーっ! 何よ、女だからって偉いってわけ!?」
ひとしきりギャンギャンと言い合いをしていたアリサとマッコイだったが、次第にマッコイが肩を落としていった。そして彼は、まるで乙女のようにべそべそと泣き出した。
「薫ちゃんはアタシのこと、母親とか姉みたいなものだと思ってくれているんだと思うの。まだ付き合いは浅いけれど、そう思ってくれているのをひしひしと感じるのよ。それはとても嬉しいことよ。だから、アタシも同じように思っているわ。――でもね、十三様の前では、女でいたい。オカマだからって、そう思うことすら許されないの……?」
十三は困惑顔で頭を掻いた。そして溜め息をつくと、ゆっくりと口を開いた。
「諜報員として仕込まれた際に、どんな相手でも対応できるように叩きこまれたよ。だから、体の性別は関係ないな」
「じゃあ……!」
「でも、できない。したくない」
一瞬明るくなったマッコイの顔が、再び曇った。十三は恥ずかしそうに彼から視線を逸らすと、もごもごと続けた。
「俺はそういうことを汚れ仕事の一環でしてきた。だからこそ、大切な仲間相手に、そういうことを安易にはしたくない。だから、できない」
マッコイのほうへとちらりと視線を戻すと、彼は乙女のときめき顔をしていた。そんな彼を、アリサが苦々しげに見つめていた。
納得したかのように見えたマッコイだったが、でも、と言って食い下がった。〈せめて、壁ドンか顎クイくらいはされてみたい〉とせがむ彼を壁際に連れて行くと、十三は壁ドンからの顎クイを彼にしてやった。乙女の表情でふるふると静かに震えていた彼は、十三が彼に近づけていた顔を離して「これでいいか?」と声をかけたのと同時に盛大に鼻血を吹いた。
マッコイが崩れ落ちるのと同時に、十三は死神ちゃんへと戻った。悔しそうに地団駄を踏むアリサと、幸せそうな表情で失神しているマッコイを死神ちゃんは交互に見つめた。そして、今もなお死神ちゃん達へといたたまれない視線を投げ続けている同僚達を見つめると、死神ちゃんは盛大に溜め息をついたのだった。
――――モテる男は、つらいのDEATH。
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