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* 死神生活一年目 *
第40話 もふ殿争奪★大作戦!
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空に空砲が上がり、「本日は晴天なり」というおみつの声が死神達の居住空間に響き渡った。和やかな雰囲気の〈第二〉〈第三〉のメンバーに対し、〈第一〉は参加者だけでなく観覧者までもが物々しい雰囲気を放っていた。
「いいか、お前ら! これは訓練ではない! 実践だ! この戦場において、我々に〈勝利〉以外の結果は許されないものと思え!」
「イエス、マム!」
軍人モードどころか転生前の鬼軍曹にすっかりと戻っているケイティーと、そんな彼女に従順に従い声を上げる第一メンバーに、死神ちゃんもマッコイも思わずげっそりとしたのだった。
**********
死神ちゃんが寮の外へと出ると、広場ではテントを立てたりカメラを取り付けたりという準備がゆったりと行われていた。
「あら、もう設営準備が始まっているのね」
死神ちゃんが寮の玄関先で広場をぼんやりと見つめていると、遅れてやってきたマッコイがきょとんとした顔でそう言った。本日はケイティーと天狐が約束していた〈鬼ごっこ〉の開催日で、きちんとしたイベントとして実施するべく、こうした準備が行われているのだという。
「ていうか、わざわざテレビ中継までするのかよ」
「娯楽が少ないせいか、みんな、結構こういうお祭り騒ぎが好きなのよね。――まあ、カメラなんて気にせず、精一杯楽しみましょう」
マッコイが笑うと、死神ちゃんも頷いて笑い返した。そして二人は、朝食をとるべく食事処へと向かった。
それからさらにお昼も過ぎ、そろそろ〈鬼ごっこ〉の開催時間となると、広場は死神達でごった返した。死神ちゃんやマッコイは軽いストレッチをしながら、〈第三〉の仲間達や観覧に来ていた〈第二〉の面々と和やかに会話を楽しんでいた。すると、会場の一角から物々しい雰囲気が漂ってきて、思わず顔をしかめさせた。
「なあ、単なる〈お遊び〉で死人が出るなんてこと、ないよな……?」
「アタシ達、死にはしないから……。でも、もしかしたら怪我人くらいは出るかも。何であの子、あんなあり得ないほどやる気なのよ……」
二人の視線の先では、厳しい表情のケイティーが〈鬼軍曹〉という言葉がまさにぴったりな立ち振舞いで、横二列で綺麗に並んだ〈第一〉の参加者に檄を飛ばしていた。
死神はその体質上、神聖な力の篭った攻撃以外はすり抜ける。しかし裏世界にいる間は、〈生きている実感を得て欲しい〉という灰色の女神の思いやりのおかげで、若干ながら法則が変わる。死に至るようなダメージはダンジョン内での活動中同様にすり抜けるのだが、ある程度は痛いしちょっとした怪我くらいならしてしまうのだ。すぐさま治るとはいえ、痛いものは誰だって嫌である。
マッコイは顔を引きつらせると、心なしか顔を青ざめさせた。
「アタシ、今日このあと、夜勤なんですけど。あんなのが本気で突っ込んできて怪我でもしたら、勤務に影響でるんですけど」
「あれかな、〈ご褒美〉がどうしても欲しいんじゃないかな……」
「ああ、きっとそれね……」
本日の〈鬼ごっこ〉は〈第一〉と〈第三〉のチーム対抗戦で、勝利したほうの寮に〈ご褒美〉が貰えることになっている。それだけではなく、MVPに輝いた参加者も個人的に〈ご褒美〉が貰えるのだ。
チームが勝利すれば、そしてその勝利への貢献度が高ければ、それだけMVPを手に入れやすくなる。ケイティーはきっと、どうしてもその栄光を授かりたいのだろう。
マッコイがぐったりと肩を落とすと、死神ちゃんは苦笑いを浮かべつつため息をついた。
**********
「さあ、とうとうやって参りました。第一死神寮と第三死神寮による、我がお館様の争奪戦! 司会進行は、私、おみつが務めさせて頂きます。そして、本日は第二死神寮の方々に実況のご協力を頂いております」
おみつがいつにないテンションでそう言うと、広場に設置された大画面に鳥系や肉食獣系の亜人が数人映された。おみつの横にも狐っぽい獣人が立っていて、どうやら彼は解説担当のようだった。
おみつのアナウンスのもと、参加者達は〈アイテム開発・管理部門〉のスタッフから手袋を渡された。このイベントのためにわざわざ開発した代物だそうで、手袋をした状態で手を握って広げるという動作を行うと、手中にボールが出現するのだそうだ。このボールは、天狐が頭に付けている風船以外のものに当たった際は透過し、一定時間が経過すると消えてなくなる仕様となっているのだという。
「ですので、周りの人やお店のことは気にせずに投げてくださって大丈夫です。それから、お館様はお店の中などには入らず、外を逃げ回ります。ですので、お店の迷惑になるような行動はなさらないように。観覧者に対しても同様です。互いのチームの妨害合戦は作戦として大いに結構ですが、そのような〈迷惑なことをなさった方〉はペナルティーとして一定時間お休みして頂きます」
おみつの説明が終わると、頭に風船を付けた天狐がマイクを手に前に進み出た。そして、得意気に胸を張った。
「わらわが全力を出すと、人間である〈第一〉〈第三〉のおぬしらには捕まえられぬと思うのじゃ。だからの、逃げ回るわらわにボールを投げて風船を割るという風にしてみたのじゃ! どうじゃ、〈ないすあいでぃあ〉じゃろう!?」
満面の笑みでしゃべっていた天狐は周りを見渡し、そして第一のほうを見て笑顔を固くすると、心なしか声を震えさせた。第三の面々は〈やるからには勝ちたいけど、一番重要なのは楽しむことだよね〉というような和やかな雰囲気であるのに対し、第一はさながら〈殲滅戦開始前〉というギラギラとした危険なオーラを放っていたからだ。天狐はつかの間押し黙ると、「精一杯楽しもう」というようなことを捲し立て、逃げるようにスタート位置へと移動した。
天狐が位置につくと、おみつは参加者にも位置につくよう促した。
「制限時間は三時間です。では、位置について。よーい――」
おみつが「どん」と言うのと同時に参加者が走り出した。いよいよ、鬼ごっこの幕開けである。参加者はこぞって天狐を目指して走りボールを構えたが、天狐はニヤリと笑うとその場から姿を消した。
ケイティーは舌打ちをすると、ハンドサインで仲間に合図した。第一死神寮の屋根の上で悠々と死神達を見下ろす天狐を確認すると、ケイティーは再び仲間にハンドサインを送った。それをきっかけに、第一のメンバーは二手に分かれて動き出した。
二つのグループに分かれた第一メンバーは、片方が天狐を追い、片方が第三のメンバーに突っ込んできた。第三メンバーはぎょっとすると、散り散りとなって第一メンバーから逃げた。
「やっぱりこっちに来たわね。アタシ達をもふ殿から引き離すのが目的だと思うから、どうにか上手く撒いて。攻撃してくるようなら、遠慮無く反撃していいか――」
第三メンバー専用回線から聞こえてきていたマッコイの声が突如途絶えて、心配に思った死神ちゃんは彼の姿を探して視線を彷徨わせた。その瞬間、視界外から気配を感じ、死神ちゃんは無意識にしゃがみ込んだ。死神ちゃんの頭のあった場所を通過していった脚は、そのままかかと落としの要領で勢い良く落ちてきた。前方へと身を投げてそれを避けた死神ちゃんが目にしたのは、悔しそうに地団駄を踏む鉄砲玉だった。
「避けるだなんて卑怯だぞ!」
「いや、普通避けるだろ」
「うるさい、黙れ変態!」
鉄砲玉が掴みかかろうとするのをひらりと躱した死神ちゃんは、ようやくマッコイの姿を確認した。案の定、彼も襲われていた。しかも、あの鬼軍曹モードのケイティーにだ。
ケイティーは体術のエキスパートだそうだ。同じく体術が武器のひとつであるマッコイとの組手の戦績は、体格もパワーも分のあるはずのマッコイがやや黒星が多いというから驚きである。そして今、目的達成のために鬼と化したケイティーに、彼は少し押され気味だった。
仲間への指示や状況把握のために時折マッコイから視線を外し攻撃の手を緩めているとはいえ、ケイティーは完全なる〈殺しの技〉を本気でマッコイに仕掛けていた。そんな彼女を相手にマッコイもいつもの穏やかな笑みを浮かべている余裕がなくなっているようで、彼もすっかりと〈狂狐ちゃん顔〉となっていた。
そんな二人を死神ちゃんが呆然と見つめていると、鉄砲玉が不敵に笑った。
「戦力は早いうちに潰しておいたほうがいいからな。これぞ、うちのチームの〈マル秘作戦B〉よ! ちなみに、俺はどの作戦においても〈小花を追いかけ回すように〉と言われている! どうだ、嬉しいだろう!」
「……お前、それ、ある意味、戦力外通告されてないか?」
「うるせえ! これでも食らえ!」
鉄砲玉はムッとすると、死神ちゃんに向かって再び蹴りを入れようとした。ひらひらと攻撃を避けていると、突如死神ちゃんの耳元で天狐の声がした。
「なんじゃ、おもしろそうじゃのう。わらわも混ぜてはくれんかえ」
驚いて動きを止めた死神ちゃんと鉄砲玉が慌ててボールを投げたが、その時には既に天狐は別の場所に移動していた。広場の中で一番高い木の枝にちょこんと腰を掛けて楽しそうにぷらぷらと足を揺らす彼女の元へ、死神ちゃんも鉄砲玉も押し合いへし合いしながら近づいていった。しかし、二人が近くまでやってくると、天狐はニヤリと笑ってまたどこかへと姿を消してしまった。
ハーフタイムで小休止が挟まれ、これでは埒があかないと思った第三陣営はきちんと作戦を立てることにした。結果、〈追い込みポイント〉を決めて天狐に仕掛けていきつつ、可能ならば第一のメンバーがペナルティーを食らうように仕向けて戦力を削いでやろうということになった。
そして後半戦。第一陣営も考えることは一緒で、彼らも独自の〈追い込みポイント〉へ天狐を追い込み、風船を割るための誘導作戦をとり始めた。第三陣営はそれを妨害しつつ、負けじと〈追い込み漁〉を頑張った。
途中、独り妨害作戦の任に就いていた鉄砲玉が敢えなくペナルティーを食らったが、それ以外は離脱者が出ることなく時間が過ぎていった。
じりじりとどこかへと追い詰められていることに気がついた天狐は、逃げ場を探してキョロキョロと辺りを見回した。そして第三の面々の足元を笑顔でかい潜り、木の上、屋根の上を素早く飛び回った。しかし、周りにいるのが殺気の篭った第一メンバーばかりとなると、うろたえた様子でどこかへと姿を眩ました。そして――
表彰台では、ケイティーがとびきり嬉しそうな顔を涙でぐしゃぐしゃにしていた。彼女は酔っ払うといつも以上に喜怒哀楽が激しくなり、その状態で少しでも悲しいことがあるとすぐさま泣いてしまうそうだ。だが、シラフで泣いているのは一度も見たことがないと言ってマッコイが驚いていた。
彼女はグズグズと鼻を鳴らしながら、マイクを手に俯いた。
「みんなのおかげで、勝つことが出来ました。そしてMVPまで頂けて、本当に嬉しいです……」
「ケイティー様の的確な指示、素晴らしかったです。第一の皆様が一糸乱れぬ纏まりを見せていたのも、ケイティー様の采配があったからこそでしょう。また、マッコイ様とのタイマンも、とても眼を見張るものがありました。実は、あそこの場面、視聴率がとても良かったそうですよ。――さて、ケイティー様。MVPに輝いた方には〈可能な範囲内で、願望を一つだけ叶える〉というご褒美をお約束しておりました。ケイティー様は、何を望まれますか?」
おみつがにこりと微笑むと、ケイティーは照れくさそうにもじもじとした。そして、もったりとした口調でもごもごと言った。
「あの……。一日だけ、〈班長の仕事〉も〈寮長の仕事〉も、お休みさせてもらえませんか? 私、もふ殿と小花とお泊り会がしたいんです」
顔を赤らめて俯くケイティーに、マッコイが呆れ顔で声をひっくり返した。
「そんなの別に、やればいいじゃないの。天狐ちゃんと薫ちゃんに泊まりに来てもらって」
「違うんだよ! 噂に聞く〈小花の可愛いお部屋〉で、天狐ちゃんと小花に挟まれて私は寝たいの! もちろん、あんたの美味しい食事付きで! だから、寮長仕事もお休みさせてもらいたいんだって!」
死神業務が非番の日でも寮の管理業務があるため、寮長は実質休みがないと言っても良い。だが、それが当たり前だと誰もが思っていたから不満が出たことは今までになかったし、〈副寮長〉などの業務代行者を置かずとも事足りてしまっていた。
しかし〈どうせ死神はこの小さな裏世界から出られず、休日も結局寮で過ごすことになる。それに再転生資金のために働いているのだし、管理職は残業手当がつかないものなのだし、実質休み無しだって問題ないだろう〉というのは、やはり間違っている。死神だってこの裏世界では人として生きているのだから、やはり寮長だってたまには完全な休みが欲しいのだ。
「これは〈四天王〉の権威を振りかざさねばならぬのう」
天狐はニヤリと笑うと、そう言って得意げに胸を張った。ケイティーは嬉しそうに天狐を抱き上げると、マッコイに駆け寄ってお泊り会についての要望を早速話し始めた。そしてマッコイがいつになく上機嫌のケイティーに祝福の笑顔で応えると、ケイティーは〈本気で倒しにいって疲れさせたお詫び〉と称して本日の夜勤を変わることを宣言したのだった。
――――諦めなければ、夢は叶うのDEATH。
「いいか、お前ら! これは訓練ではない! 実践だ! この戦場において、我々に〈勝利〉以外の結果は許されないものと思え!」
「イエス、マム!」
軍人モードどころか転生前の鬼軍曹にすっかりと戻っているケイティーと、そんな彼女に従順に従い声を上げる第一メンバーに、死神ちゃんもマッコイも思わずげっそりとしたのだった。
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死神ちゃんが寮の外へと出ると、広場ではテントを立てたりカメラを取り付けたりという準備がゆったりと行われていた。
「あら、もう設営準備が始まっているのね」
死神ちゃんが寮の玄関先で広場をぼんやりと見つめていると、遅れてやってきたマッコイがきょとんとした顔でそう言った。本日はケイティーと天狐が約束していた〈鬼ごっこ〉の開催日で、きちんとしたイベントとして実施するべく、こうした準備が行われているのだという。
「ていうか、わざわざテレビ中継までするのかよ」
「娯楽が少ないせいか、みんな、結構こういうお祭り騒ぎが好きなのよね。――まあ、カメラなんて気にせず、精一杯楽しみましょう」
マッコイが笑うと、死神ちゃんも頷いて笑い返した。そして二人は、朝食をとるべく食事処へと向かった。
それからさらにお昼も過ぎ、そろそろ〈鬼ごっこ〉の開催時間となると、広場は死神達でごった返した。死神ちゃんやマッコイは軽いストレッチをしながら、〈第三〉の仲間達や観覧に来ていた〈第二〉の面々と和やかに会話を楽しんでいた。すると、会場の一角から物々しい雰囲気が漂ってきて、思わず顔をしかめさせた。
「なあ、単なる〈お遊び〉で死人が出るなんてこと、ないよな……?」
「アタシ達、死にはしないから……。でも、もしかしたら怪我人くらいは出るかも。何であの子、あんなあり得ないほどやる気なのよ……」
二人の視線の先では、厳しい表情のケイティーが〈鬼軍曹〉という言葉がまさにぴったりな立ち振舞いで、横二列で綺麗に並んだ〈第一〉の参加者に檄を飛ばしていた。
死神はその体質上、神聖な力の篭った攻撃以外はすり抜ける。しかし裏世界にいる間は、〈生きている実感を得て欲しい〉という灰色の女神の思いやりのおかげで、若干ながら法則が変わる。死に至るようなダメージはダンジョン内での活動中同様にすり抜けるのだが、ある程度は痛いしちょっとした怪我くらいならしてしまうのだ。すぐさま治るとはいえ、痛いものは誰だって嫌である。
マッコイは顔を引きつらせると、心なしか顔を青ざめさせた。
「アタシ、今日このあと、夜勤なんですけど。あんなのが本気で突っ込んできて怪我でもしたら、勤務に影響でるんですけど」
「あれかな、〈ご褒美〉がどうしても欲しいんじゃないかな……」
「ああ、きっとそれね……」
本日の〈鬼ごっこ〉は〈第一〉と〈第三〉のチーム対抗戦で、勝利したほうの寮に〈ご褒美〉が貰えることになっている。それだけではなく、MVPに輝いた参加者も個人的に〈ご褒美〉が貰えるのだ。
チームが勝利すれば、そしてその勝利への貢献度が高ければ、それだけMVPを手に入れやすくなる。ケイティーはきっと、どうしてもその栄光を授かりたいのだろう。
マッコイがぐったりと肩を落とすと、死神ちゃんは苦笑いを浮かべつつため息をついた。
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「さあ、とうとうやって参りました。第一死神寮と第三死神寮による、我がお館様の争奪戦! 司会進行は、私、おみつが務めさせて頂きます。そして、本日は第二死神寮の方々に実況のご協力を頂いております」
おみつがいつにないテンションでそう言うと、広場に設置された大画面に鳥系や肉食獣系の亜人が数人映された。おみつの横にも狐っぽい獣人が立っていて、どうやら彼は解説担当のようだった。
おみつのアナウンスのもと、参加者達は〈アイテム開発・管理部門〉のスタッフから手袋を渡された。このイベントのためにわざわざ開発した代物だそうで、手袋をした状態で手を握って広げるという動作を行うと、手中にボールが出現するのだそうだ。このボールは、天狐が頭に付けている風船以外のものに当たった際は透過し、一定時間が経過すると消えてなくなる仕様となっているのだという。
「ですので、周りの人やお店のことは気にせずに投げてくださって大丈夫です。それから、お館様はお店の中などには入らず、外を逃げ回ります。ですので、お店の迷惑になるような行動はなさらないように。観覧者に対しても同様です。互いのチームの妨害合戦は作戦として大いに結構ですが、そのような〈迷惑なことをなさった方〉はペナルティーとして一定時間お休みして頂きます」
おみつの説明が終わると、頭に風船を付けた天狐がマイクを手に前に進み出た。そして、得意気に胸を張った。
「わらわが全力を出すと、人間である〈第一〉〈第三〉のおぬしらには捕まえられぬと思うのじゃ。だからの、逃げ回るわらわにボールを投げて風船を割るという風にしてみたのじゃ! どうじゃ、〈ないすあいでぃあ〉じゃろう!?」
満面の笑みでしゃべっていた天狐は周りを見渡し、そして第一のほうを見て笑顔を固くすると、心なしか声を震えさせた。第三の面々は〈やるからには勝ちたいけど、一番重要なのは楽しむことだよね〉というような和やかな雰囲気であるのに対し、第一はさながら〈殲滅戦開始前〉というギラギラとした危険なオーラを放っていたからだ。天狐はつかの間押し黙ると、「精一杯楽しもう」というようなことを捲し立て、逃げるようにスタート位置へと移動した。
天狐が位置につくと、おみつは参加者にも位置につくよう促した。
「制限時間は三時間です。では、位置について。よーい――」
おみつが「どん」と言うのと同時に参加者が走り出した。いよいよ、鬼ごっこの幕開けである。参加者はこぞって天狐を目指して走りボールを構えたが、天狐はニヤリと笑うとその場から姿を消した。
ケイティーは舌打ちをすると、ハンドサインで仲間に合図した。第一死神寮の屋根の上で悠々と死神達を見下ろす天狐を確認すると、ケイティーは再び仲間にハンドサインを送った。それをきっかけに、第一のメンバーは二手に分かれて動き出した。
二つのグループに分かれた第一メンバーは、片方が天狐を追い、片方が第三のメンバーに突っ込んできた。第三メンバーはぎょっとすると、散り散りとなって第一メンバーから逃げた。
「やっぱりこっちに来たわね。アタシ達をもふ殿から引き離すのが目的だと思うから、どうにか上手く撒いて。攻撃してくるようなら、遠慮無く反撃していいか――」
第三メンバー専用回線から聞こえてきていたマッコイの声が突如途絶えて、心配に思った死神ちゃんは彼の姿を探して視線を彷徨わせた。その瞬間、視界外から気配を感じ、死神ちゃんは無意識にしゃがみ込んだ。死神ちゃんの頭のあった場所を通過していった脚は、そのままかかと落としの要領で勢い良く落ちてきた。前方へと身を投げてそれを避けた死神ちゃんが目にしたのは、悔しそうに地団駄を踏む鉄砲玉だった。
「避けるだなんて卑怯だぞ!」
「いや、普通避けるだろ」
「うるさい、黙れ変態!」
鉄砲玉が掴みかかろうとするのをひらりと躱した死神ちゃんは、ようやくマッコイの姿を確認した。案の定、彼も襲われていた。しかも、あの鬼軍曹モードのケイティーにだ。
ケイティーは体術のエキスパートだそうだ。同じく体術が武器のひとつであるマッコイとの組手の戦績は、体格もパワーも分のあるはずのマッコイがやや黒星が多いというから驚きである。そして今、目的達成のために鬼と化したケイティーに、彼は少し押され気味だった。
仲間への指示や状況把握のために時折マッコイから視線を外し攻撃の手を緩めているとはいえ、ケイティーは完全なる〈殺しの技〉を本気でマッコイに仕掛けていた。そんな彼女を相手にマッコイもいつもの穏やかな笑みを浮かべている余裕がなくなっているようで、彼もすっかりと〈狂狐ちゃん顔〉となっていた。
そんな二人を死神ちゃんが呆然と見つめていると、鉄砲玉が不敵に笑った。
「戦力は早いうちに潰しておいたほうがいいからな。これぞ、うちのチームの〈マル秘作戦B〉よ! ちなみに、俺はどの作戦においても〈小花を追いかけ回すように〉と言われている! どうだ、嬉しいだろう!」
「……お前、それ、ある意味、戦力外通告されてないか?」
「うるせえ! これでも食らえ!」
鉄砲玉はムッとすると、死神ちゃんに向かって再び蹴りを入れようとした。ひらひらと攻撃を避けていると、突如死神ちゃんの耳元で天狐の声がした。
「なんじゃ、おもしろそうじゃのう。わらわも混ぜてはくれんかえ」
驚いて動きを止めた死神ちゃんと鉄砲玉が慌ててボールを投げたが、その時には既に天狐は別の場所に移動していた。広場の中で一番高い木の枝にちょこんと腰を掛けて楽しそうにぷらぷらと足を揺らす彼女の元へ、死神ちゃんも鉄砲玉も押し合いへし合いしながら近づいていった。しかし、二人が近くまでやってくると、天狐はニヤリと笑ってまたどこかへと姿を消してしまった。
ハーフタイムで小休止が挟まれ、これでは埒があかないと思った第三陣営はきちんと作戦を立てることにした。結果、〈追い込みポイント〉を決めて天狐に仕掛けていきつつ、可能ならば第一のメンバーがペナルティーを食らうように仕向けて戦力を削いでやろうということになった。
そして後半戦。第一陣営も考えることは一緒で、彼らも独自の〈追い込みポイント〉へ天狐を追い込み、風船を割るための誘導作戦をとり始めた。第三陣営はそれを妨害しつつ、負けじと〈追い込み漁〉を頑張った。
途中、独り妨害作戦の任に就いていた鉄砲玉が敢えなくペナルティーを食らったが、それ以外は離脱者が出ることなく時間が過ぎていった。
じりじりとどこかへと追い詰められていることに気がついた天狐は、逃げ場を探してキョロキョロと辺りを見回した。そして第三の面々の足元を笑顔でかい潜り、木の上、屋根の上を素早く飛び回った。しかし、周りにいるのが殺気の篭った第一メンバーばかりとなると、うろたえた様子でどこかへと姿を眩ました。そして――
表彰台では、ケイティーがとびきり嬉しそうな顔を涙でぐしゃぐしゃにしていた。彼女は酔っ払うといつも以上に喜怒哀楽が激しくなり、その状態で少しでも悲しいことがあるとすぐさま泣いてしまうそうだ。だが、シラフで泣いているのは一度も見たことがないと言ってマッコイが驚いていた。
彼女はグズグズと鼻を鳴らしながら、マイクを手に俯いた。
「みんなのおかげで、勝つことが出来ました。そしてMVPまで頂けて、本当に嬉しいです……」
「ケイティー様の的確な指示、素晴らしかったです。第一の皆様が一糸乱れぬ纏まりを見せていたのも、ケイティー様の采配があったからこそでしょう。また、マッコイ様とのタイマンも、とても眼を見張るものがありました。実は、あそこの場面、視聴率がとても良かったそうですよ。――さて、ケイティー様。MVPに輝いた方には〈可能な範囲内で、願望を一つだけ叶える〉というご褒美をお約束しておりました。ケイティー様は、何を望まれますか?」
おみつがにこりと微笑むと、ケイティーは照れくさそうにもじもじとした。そして、もったりとした口調でもごもごと言った。
「あの……。一日だけ、〈班長の仕事〉も〈寮長の仕事〉も、お休みさせてもらえませんか? 私、もふ殿と小花とお泊り会がしたいんです」
顔を赤らめて俯くケイティーに、マッコイが呆れ顔で声をひっくり返した。
「そんなの別に、やればいいじゃないの。天狐ちゃんと薫ちゃんに泊まりに来てもらって」
「違うんだよ! 噂に聞く〈小花の可愛いお部屋〉で、天狐ちゃんと小花に挟まれて私は寝たいの! もちろん、あんたの美味しい食事付きで! だから、寮長仕事もお休みさせてもらいたいんだって!」
死神業務が非番の日でも寮の管理業務があるため、寮長は実質休みがないと言っても良い。だが、それが当たり前だと誰もが思っていたから不満が出たことは今までになかったし、〈副寮長〉などの業務代行者を置かずとも事足りてしまっていた。
しかし〈どうせ死神はこの小さな裏世界から出られず、休日も結局寮で過ごすことになる。それに再転生資金のために働いているのだし、管理職は残業手当がつかないものなのだし、実質休み無しだって問題ないだろう〉というのは、やはり間違っている。死神だってこの裏世界では人として生きているのだから、やはり寮長だってたまには完全な休みが欲しいのだ。
「これは〈四天王〉の権威を振りかざさねばならぬのう」
天狐はニヤリと笑うと、そう言って得意げに胸を張った。ケイティーは嬉しそうに天狐を抱き上げると、マッコイに駆け寄ってお泊り会についての要望を早速話し始めた。そしてマッコイがいつになく上機嫌のケイティーに祝福の笑顔で応えると、ケイティーは〈本気で倒しにいって疲れさせたお詫び〉と称して本日の夜勤を変わることを宣言したのだった。
――――諦めなければ、夢は叶うのDEATH。
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