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* 死神生活一年目 *
第41話 死神ちゃんとおしゃれさん
しおりを挟む〈担当のパーティー〉の位置を確認するために死神ちゃんが足を止めて地図を確認してみると、地図上のターゲットの位置がどんどんとこちらに近づいてくる形で動いているようだった。徐々に近づいてくるターゲットの存在に〈隠れるなり何なりしてとり憑く準備をしないと〉と死神ちゃんが慌てていると、前方から豪奢なドレスを身に纏ったノームの女が現れた。しゃなりしゃなりと歩く彼女の姿に、死神ちゃんは呆気にとられて思わず硬直した。
ノームは死神ちゃんに気がつくと、笑顔で近づいてきて、死神ちゃんの頭を撫で回した。
「あら、あなた、そんな穴が開くほど私のことを見つめて……。そんなにこの衣装が素敵だった? これ、この春の最新モデルだものね。まだ手に入れてる人も少ないし、驚いたでしょう?」
「……はあ?」
死神ちゃんが怪訝な顔をすると、彼女は頼んでいないにもかかわらず「他にもあるのよ」と言って衣装替えをしてみせた。まるで魔法でも使っているかのようにコロコロと様変わりする装いに死神ちゃんがびっくりしていると、ノームは目をパチクリとさせて言った。
「あら、あなた。もしかして〈小人族の里〉から出てきたばかりで、都会のファッション事情に詳しくないの? 鎧なんてそうそう買い換えられるものでもなし、お財布事情で一揃えで買えずにあべこべな着こなしになることもあるしで、おしゃれさんにとっては憂鬱極まりないものじゃない。そんな悩みを一気に解決してくれるのが、この魔法の指輪! この指輪に〈専用のファッションデザイン〉を購入して登録しておけば、指輪に登録のある服なら、頭の中で思い浮かべながら指輪を弾くだけでダンジョン内でも気軽におしゃれが楽しめるのよ!」
「はあ、そう……。ていうか、俺、小人族じゃなくて、死神……」
「げっ、うそ、死神!? やだー!」
げっぞりと肩を落として死神ちゃんがそう言うと、装っていた品はどこへやら、おしゃれさんはギャンギャンと喚きだした。
それにしても、と死神ちゃんは思った。この指輪、弾けば幻影魔法が展開されて装着している鎧とは別の見た目に変わるのだそうだが、それは果たしてダンジョン攻略に必要なものなのだろうか。ダンジョン内でどうしてもおしゃれを楽しみたいというのであれば、頑張ってお金を貯めて気に入りの鎧を一揃いで買うか、修行を兼ねてモンスターを倒しまくって産出アイテムの中から一式を揃えればよいのではないか。装備をしっかりと整えることにお金を使うよりも〈見掛け倒し〉に金を割くのは、果たして冒険者として正しいことなのだろうか。
そんなことをあれこれと考えている最中にふと、いつぞやのエロフのことを思い出した。そのことを何となくこのおしゃれさんに話してみると、死神にとり憑かれたことへの文句をブチブチと垂れていた彼女の目の色が変わった。彼女は本当におしゃれが大好きらしく、その手の話題がくれば機嫌も立ちどころに直るらしかった。
「ああ、それも多分この指輪を利用しているわね。私も持ってるわよ、メイドスタイル。あなたが見たのって、これじゃない?」
「おう、それそれ」
「これもねえ、すごく人気の高いモデルでね。すぐさま売り切れになっちゃって。あ、もちろん私は初版で買ったわよ? ――で、多分、そのエロフさんは逃げ帰った時の装備が元から着てた装備でしょうね」
「ふーん。ちなみに、お前はどんな装備なんだ?」
死神ちゃんがそう尋ねると、おしゃれさんは苦虫を噛み潰したような顔をした。そして渋々魔法を解いて装備を見せてくれたのだが、それはそれは〈ひどい〉の一言につきるような代物だった。どれだけひどいかというと、無骨なプレートメイルに、儀礼用なのかと疑いたくなるくらいゴテゴテと装飾された手甲、脚は盗賊や魔法使いが履くような簡素なブーツだった。
ぽかんとした表情を浮かべていた死神ちゃんは、不憫なものを見る目で彼女を見つめながらボソリと呟くように言った。
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「なあ、おしゃれに貴重な金を使ってないで、まずは装備を整えたほうがいいと思うんだが。これはさすがに」
おしゃれさんは死神ちゃんの乾ききった瞳に動じることなく、不敵に笑うと剣を抜いて見せた。それは魔力を炎に変換させて刀身に纏わせることの出来る、大変貴重な一品だった。
「ふふふ、そう思いまして、有り金全部を頭金にして、ローンを組んで買っちゃいましたよね。五階にあるという噂の〈火炎地区〉からしか産出されないレアアイテム! その区画自体が冒険者に嫌われてるらしいから、ほとんど市場にも出回っていない一級品! 今や〈戦闘力〉もファッションする時代なのよ! おほほほほほほ!」
「いやいや、先に整えるべきものは他にもあるだろうが」
死神ちゃんは呆れ果てたとでも言うかのような口調で静かにツッコミを入れたが、意気揚々と笑い続けているおしゃれさんの耳には入っていないようだった。
まだ三階をうろついているようなレベルの彼女には、正直〈過ぎた武器〉だ。使いこなせずに痛い目を見ることになるのではないかと、死神ちゃんは思った。
〈有り金全部を頭金にした〉ということで、死神を祓うための代金すら現状払えないおしゃれさんは、一階に戻る道すがら、戦闘をしてお金を稼ぎながら帰ろうと画策した。しかし案の定、死神ちゃんの予想通り、彼女は武器に頼り過ぎな戦闘を繰り返して徐々に疲弊していった。
強い武器を持っているから大丈夫だという過信でモンスターの群れに闇雲に突っ込んでいき、盾で防御をするということもせずに剣を振り回し、防御をしないから戦闘終了後には必ず怪我を負っていた。また、彼女は前職で僧侶を経験したことがあるらしく、回復魔法が使えた。そのため、怪我をしたら魔法で回復すればいいという頭があるのか、惜しみなく魔力を回復に使いまくっていた。
そしてさらに、強い武器と回復魔法があるから安泰という慢心からなのか、おしゃれさんは戦闘ごとにおしゃれを楽しんでいた。コボルトと戦うならこの衣装、ゾンビと戦うならこの衣装というテーマでも彼女の中にはあるのか、戦い始めには必ず一拍悩んで指輪を弾いてから戦闘に入っていた。彼女は〈戦闘へのモチベーションを上げるため〉と言っていたが、正直、その〈洋服選び〉のせいでダメージを食らっていては目も当てられない。
さすがの死神ちゃんも頭を抱えて〈もう少し戦闘に集中したら?〉〈キャンプ張って魔力回復しなくて本当に大丈夫?〉というような口出しをうっかりしてしまったのだが、それでもおしゃれさんは満面の笑みで「大丈夫!」と言うだけだった。
しかし、もちろん〈大丈夫〉ということはなく、戦闘の途中で魔力が底を尽き、武器の強さに頼りすぎて自身の戦闘スキルを磨いてこなかったおしゃれさんは呆気なく灰と化した。
服装といえば、ケイティーの私服はとても愛らしい装いのものが多い。可愛いものが大好きな彼女は、プライベートではトップスはもちろんのことスカートや小物にもこだわって可愛らしいものを取り入れ、おしゃれを精一杯楽しんでいた。しかし、仕事になると、彼女はズボンスタイルの軍服を着用する。ダンジョンに出動すると冒険者と戦闘になることもあるので、動きやすさを重視しているのだ。つまり、彼女はオンとオフをしっかりと分けているのである。
(おしゃれって、まずはそういう〈切り替え〉がきちんとできてからだよな……)
死神ちゃんは心の中でポツリと呟くと、小さくため息をついた。そして何かに納得したように頷くと、壁の中へスウッと消えていった。
――――TPOをわきまえて、着慣れて着こなしてこそ、おしゃれ。時と場所を考えもせずに、着せられて振り回されているうちは〈おしゃれ〉とはいえないのDEATH。
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