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* 死神生活ニ年目 *
第159話 健康診断だよ、死神ちゃん!③
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「薫ちゃん、急いで上がって。アルには『遅れる』と伝えてはあるから。魂刈片付けたら、すぐサロンに向かってちょうだい」
ダンジョンから帰還するや否や、死神ちゃんはマッコイからそのように声をかけられた。本日は〈死神ちゃんを元の姿に戻そう研究〉の一環である、アルデンタスのサロンで施術を受ける日だった。
今年の健康診断を受けた日から週に一度、死神ちゃんはサロンで施術を受け、その後データ取りをするという生活を送っている。魔道士の〈神の力〉を紐解くということと、今後のダンジョン運営に何かしら活かせるかもしれないということから、この研究活動は〈会社〉のプロジェクトとされた。そのため、死神ちゃんはサロンでの施術を〈勤務の一環〉として勤務時間内に受けている。つまり、毎週一度、同僚よりも早上がりして極上の時間を過ごしているのだ。
死神ちゃんがマッコイに了承の返事を返すと、同僚の一人が羨ましそうに声をかけてきた。
「良いよなあ、薫ちゃんは。合法的に仕事サボれてさ」
「何言ってるんだよ。その分、他の日の勤務が15分ずつくらい伸ばされてるんだから。休日が潰れないのは助かるけど、結局働く時間はお前らと同じなんだから、サボりではないだろうが」
苦笑いで返しながら、死神ちゃんはマッコイに近づいていった。死神ちゃんは彼を見上げると、申し訳無さそうに言った。
「悪いな。もう少し手早く灰化に誘導して、とっとと帰って来られたら良かったんだが」
「こればかりは仕方ないわよ。どんなに恐怖させても、そうなるように誘導しても、巧みに回避する冒険者はいるし。――アルとアリサによろしくね」
言いながら、マッコイの表情が僅かに陰った。親しい者でないと気づかないほどのごく僅かな陰りだったのだが、死神ちゃんは目ざとく気がついた。どうしたのかと死神ちゃんが首を傾げると、彼は控えめに笑いながら遠慮がちに言った。
「ほんの少しだけ、アリサが羨ましいなって……。〈どんな姿をしていても、薫ちゃんに変わりない〉とはいえ、拝める機会があるんなら、アタシだって〈本来の薫ちゃんの姿〉を少しは拝みたいわ」
本日の施術は三ヶ月に一度の〈十三に戻っての施術〉の日だった。前回の健診の後、どうやらアリサはマッコイに〈報告という名の自慢〉をしたらしい。本人的には本当にただの報告だったみたいなのだが、彼はそれを聞いて十分に羨ましいと思ったそうだ。
死神ちゃんは苦笑いを浮かべると、勤務後にサロンに顔を出すよう彼を誘った。元々の予定時間よりも遅れてのサロン入りだから、時間通りに退勤できるならば、施術終了前にはサロンに来られるだろうと死神ちゃんは思ったのだ。マッコイは控えめに頷くと、早くサロンに行くようにと死神ちゃんに再度促した。
遅れたことへの謝罪をしながらサロンに入ると、満面の笑みのアリサが出迎えた。アリサは死神ちゃんを抱きかかえると「早速元に戻す準備をする」とアルデンタスに声をかけた。
「おい、何で不必要に抱きかかえてるんだよ。降ろせよ」
「別にいいじゃないの、減るもんでもなし」
「着替えらんないだろうが。準備出来たら呼ぶから、外出てろよ。狭いんだよ」
ケチと言って口を尖らせるアリサを追い出してため息をつくと、死神ちゃんはもそもそと服を脱ぎだした。全裸になって紙ショーツに手をかけたところで、死神ちゃんはカーテンの隙間から覗き見られていることに気がついた。眉根を寄せてため息をつくと、とっとと噛んでもらうことにした。そして――
「だから! 何で噛み終わったあともそのまま留まってるんだよ! ――馬鹿、やめろ! そんなところ触るなって!」
「いいじゃないの! これは私だけの特権よ!? ご褒美、もらったっていいでしょう!?」
二人がぎゃあぎゃあと言い合い、押し合いへし合いしていると、勢い良くカーテンが開けられた。そこには怒り心頭のアルデンタスが立っていて、彼はアリサを睨みつけると凄まじく低い声で脅すように言った。
「おい、あたしの仕事の邪魔するってぇなら、サロンから摘み出すぞ、こら」
頬を引きつらせて硬直したアリサをぺいっと更衣室の外へと追いだすと、アルデンタスはいつもの優しい笑みを浮かべて「施術台のところで待ってるわね」と言った。十三は無言で必死に頷くと、慌てて紙ショーツを身につけた。
十三が施術台にうつ伏せに寝転ぶと、アルデンタスは早速全体を触診した。そして「あら」と声を上げると、施術を始めながら唐突に誰かと話し始めた。――施術中に何か気になることがあったらすぐさまビットに報告出来るようにと、彼はインカムをつけていた。つまり、会話の相手はビットである。
「施術の積み重ねで身体の歪みも整ってきたからか、エネルギーの流れにも変化が出ているみたいですね。――ああ、今ようやく触り始めたんですよ。――そうです。アリサちゃんが。ええ。――え? いやだ、そんなスペースないですよ、うちのサロンには! 洗濯バサミみたいな、小さな計測器とか、無いんですか?」
変態冒険者を相手に気苦労の絶えない毎日を送っているせいか、元気そのものと思っていた幼女の身体にも相当のコリや歪みが、自分で思っていた以上に蔓延っていたらしい。それを週一で少しずつ整えてもらった結果、前回の十三時と比べて何やら変化があったようだ。
アルデンタスがそんな報告をしているのを、十三も耳を傾けて聞いていた。するとおもむろにアルデンタスから声をかけられた。
「渋ダンディー、気をつけて」
「え? 気をつけてって、この状態で一体何に……痛って!!」
どこからともなくメタリックな洗濯バサミが現れて、それは十三の頭にスコーンと直撃した。アルデンタスは「おっと、テレポート」と言いながら床に転がったのを拾い上げると、それで十三の耳を挟んだ。
「痛った! 何ですか、これ!?」
「バイタルチェック用のデバイスよ。今、ビット所長に瞬間移動で送ってもらったのよ。それ、このままここに常備することになったから、今回から〈あろけーしょんせんたー〉にデータ取り行かなくても大丈夫ですって。――あの人、どうせ社内及びダンジョン中を簡単に見ることができるんだから、机の上にでも安全に届けてくれればよかったのにねえ」
フンと鼻を鳴らすと、アルデンタスは不機嫌なままの声で「ていうか」と続けた。
「あんた、もうちょっと体の力抜きなさいよ。これじゃあ全然施術出来ないわよ」
「そうは言ってもですね、こうもじっくりと観察されてたら……」
十三が口ごもると、すぐ近くに椅子を持ってきていたアリサが慌てふためいた。
「だって! 次にジューゾーの真の姿を拝めるのは三ヶ月後なのよ!? しっかり目に焼き付けておかないと!」
「ユメちゃーん、ちょっとこっちいらっしゃーい」
「いやよ、アルデンタスさん! それだけは絶対に嫌! いやああああ……」
膝にバクのユメちゃんがよじ登るのを絶望の表情で見つめ、絶叫しながらアリサは夢の中へと旅立っていった。
施術を受けながら、十三は前回同様にあれこれと世間話がてらアルデンタスと話をした。幼女の姿での生活を一年続けて、さすがに慣れてきたとはいえ、やはり元の姿のほうがしっくりとくるということや、天狐親子の仲睦まじい様子を見て羨ましく思ったことなどを話した。
十三はただ羨ましく思っただけではなく、いつか自分もそんな家庭を築いてみたいと思った。生殖を行えない死神の体では、子供を設けることは出来ないのは承知している。しかし、子供は無理でも、妻ならば得ることは出来る。そのためにはやはり、〈大人の男の姿〉に戻りたい。幼女の姿では、男として見てもらうことが難しいどころか、相手に夫ではなく子供として扱われてしまうかもしれない。本来の姿に戻って、住職のように幸せな恋愛をして、ゆくゆくは――。
「こんな感情や願望、前世ではなかったことだから、出来る限り大切にしていきたいんだよ。ただ、大切にしたいと思えば思うほど、幼女であることがネックに思えて」
「でもさ、魔道士様の力は絶大だから、元の姿に戻れるようになっても永続的にではなくて、今まで通り〈一時的に〉だと思うわよ。だから、幼女姿でも愛おしいって思ってくれる人を選んどいたほうが良いと思うけれど。まあ、あんたの周りには幸いそう思ってくれている人が多いんじゃない? ていうか、あんたのその願望とか、前回話してくれた願望ってさ、幼女姿でもまあ出来なくはないものがいくつかあると思うのよね。だって、チューくらいは幼女でも出来るでしょう。――さ、仰向けになって」
急に、十三の身体に力が入った。そのまま微動だにしない彼に、アルデンタスはニヤニヤとした声で言った。
「なによ、もうそこまではしてるの? お相手は、あたしが想像している人でいいのかしらね? で、相手の反応はどうだったの?」
十三は苦虫を噛み潰したような顔を真っ赤にさせて、アルデンタスをちらりと一瞥した。そのまま恥ずかしそうに俯くと、小さな声でボソリと言った。
「いや、寝ている隙に軽くしただけだし……」
「いやだわあ、それ。ちょっと卑怯だし最低よ。そんなの、あんた、夜這いと変わらないじゃないの」
「いや、うん、分かっちゃいるんだけれど。――やっぱ、幼女のまま堂々とっていうのは、俺としても抵抗あるし。拒絶されたりお子様扱いされて、そのまま友達続けられなくなったら嫌だし。それに、またとないチャンスが来て魔が差したっていうか」
情けない顔でそう言いながら、十三は寝返りを打って仰向けになった。アルデンタスは呆れ気味に嘆息すると「チャンスって?」と尋ねた。十三が何も言わないでいると、アルデンタスは唸るように言った。
「もしかして、あんたともふ殿が定期的に開いているお泊り会とか?」
「何で知ってるんですか! 怖いな、オカマさん界隈の情報網! 恐ろしいよ!」
「あら、今までの参加者もぜ~んぶ把握してるわよ。――もふ殿にマッコイでしょ? それから、アリサちゃん、ケイちゃん、サーシャちゃん、おみっちゃん。……さて、あんたが寝こみを襲ったのは、この中の誰かってことでいいのかしら? そしてそれは、あたしが想像している人物で合っているのかしら?」
十三は答えることなく、ただ「恐ろしい」とだけ呟いた。
**********
施術が終わったと声をかけられて、死神ちゃんは目を覚ました。アルデンタスからの猛攻を受けたあと、急に眠気がやってきてそのまま寝てしまったのだ。施術が終わった直後に幼女へと戻ってしまったようで、死神ちゃんは体を起こしながら名残惜しそうにため息をついた。
起き上がってアルデンタスに軽い謝罪を入れてすぐ、死神ちゃんはいまだバクを膝に乗せて爆睡中のアリサの横にマッコイがちょこんと腰掛けていることに気がついた。マッコイはクスクスと笑いながら、穏やかに言った。
「やっぱり、薫ちゃんは薫ちゃんだったわ。寝顔とか寝相とか、いつもと変わらないんですもの」
「何だよ、それ」
死神ちゃんが気恥ずかしそうに赤らんだ顔をしかめると、マッコイは「気にしないで」と言いながら苦笑いを浮かべた。
「薫ちゃんが着替えてる間にアリサを起こしておくから。アルもこのあとは若い子に任せて上がるみたいだし、四人でご飯に行きましょう」
死神ちゃんはもぞもぞとした気持ちを胸にこっそりと抱えたまま、ムスッとした表情で頷いた。そして施術台から飛び降りると、そそくさと更衣室へと向かったのだった。
――――幼女だからなのか、おっさんだからなのか。どちらにせよ、億劫になりがちだし気恥ずかしい。でも、願望はある。……それでも。それだから。悩める男は、被験体になる日々を送り続けるのDEATH。
ダンジョンから帰還するや否や、死神ちゃんはマッコイからそのように声をかけられた。本日は〈死神ちゃんを元の姿に戻そう研究〉の一環である、アルデンタスのサロンで施術を受ける日だった。
今年の健康診断を受けた日から週に一度、死神ちゃんはサロンで施術を受け、その後データ取りをするという生活を送っている。魔道士の〈神の力〉を紐解くということと、今後のダンジョン運営に何かしら活かせるかもしれないということから、この研究活動は〈会社〉のプロジェクトとされた。そのため、死神ちゃんはサロンでの施術を〈勤務の一環〉として勤務時間内に受けている。つまり、毎週一度、同僚よりも早上がりして極上の時間を過ごしているのだ。
死神ちゃんがマッコイに了承の返事を返すと、同僚の一人が羨ましそうに声をかけてきた。
「良いよなあ、薫ちゃんは。合法的に仕事サボれてさ」
「何言ってるんだよ。その分、他の日の勤務が15分ずつくらい伸ばされてるんだから。休日が潰れないのは助かるけど、結局働く時間はお前らと同じなんだから、サボりではないだろうが」
苦笑いで返しながら、死神ちゃんはマッコイに近づいていった。死神ちゃんは彼を見上げると、申し訳無さそうに言った。
「悪いな。もう少し手早く灰化に誘導して、とっとと帰って来られたら良かったんだが」
「こればかりは仕方ないわよ。どんなに恐怖させても、そうなるように誘導しても、巧みに回避する冒険者はいるし。――アルとアリサによろしくね」
言いながら、マッコイの表情が僅かに陰った。親しい者でないと気づかないほどのごく僅かな陰りだったのだが、死神ちゃんは目ざとく気がついた。どうしたのかと死神ちゃんが首を傾げると、彼は控えめに笑いながら遠慮がちに言った。
「ほんの少しだけ、アリサが羨ましいなって……。〈どんな姿をしていても、薫ちゃんに変わりない〉とはいえ、拝める機会があるんなら、アタシだって〈本来の薫ちゃんの姿〉を少しは拝みたいわ」
本日の施術は三ヶ月に一度の〈十三に戻っての施術〉の日だった。前回の健診の後、どうやらアリサはマッコイに〈報告という名の自慢〉をしたらしい。本人的には本当にただの報告だったみたいなのだが、彼はそれを聞いて十分に羨ましいと思ったそうだ。
死神ちゃんは苦笑いを浮かべると、勤務後にサロンに顔を出すよう彼を誘った。元々の予定時間よりも遅れてのサロン入りだから、時間通りに退勤できるならば、施術終了前にはサロンに来られるだろうと死神ちゃんは思ったのだ。マッコイは控えめに頷くと、早くサロンに行くようにと死神ちゃんに再度促した。
遅れたことへの謝罪をしながらサロンに入ると、満面の笑みのアリサが出迎えた。アリサは死神ちゃんを抱きかかえると「早速元に戻す準備をする」とアルデンタスに声をかけた。
「おい、何で不必要に抱きかかえてるんだよ。降ろせよ」
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「着替えらんないだろうが。準備出来たら呼ぶから、外出てろよ。狭いんだよ」
ケチと言って口を尖らせるアリサを追い出してため息をつくと、死神ちゃんはもそもそと服を脱ぎだした。全裸になって紙ショーツに手をかけたところで、死神ちゃんはカーテンの隙間から覗き見られていることに気がついた。眉根を寄せてため息をつくと、とっとと噛んでもらうことにした。そして――
「だから! 何で噛み終わったあともそのまま留まってるんだよ! ――馬鹿、やめろ! そんなところ触るなって!」
「いいじゃないの! これは私だけの特権よ!? ご褒美、もらったっていいでしょう!?」
二人がぎゃあぎゃあと言い合い、押し合いへし合いしていると、勢い良くカーテンが開けられた。そこには怒り心頭のアルデンタスが立っていて、彼はアリサを睨みつけると凄まじく低い声で脅すように言った。
「おい、あたしの仕事の邪魔するってぇなら、サロンから摘み出すぞ、こら」
頬を引きつらせて硬直したアリサをぺいっと更衣室の外へと追いだすと、アルデンタスはいつもの優しい笑みを浮かべて「施術台のところで待ってるわね」と言った。十三は無言で必死に頷くと、慌てて紙ショーツを身につけた。
十三が施術台にうつ伏せに寝転ぶと、アルデンタスは早速全体を触診した。そして「あら」と声を上げると、施術を始めながら唐突に誰かと話し始めた。――施術中に何か気になることがあったらすぐさまビットに報告出来るようにと、彼はインカムをつけていた。つまり、会話の相手はビットである。
「施術の積み重ねで身体の歪みも整ってきたからか、エネルギーの流れにも変化が出ているみたいですね。――ああ、今ようやく触り始めたんですよ。――そうです。アリサちゃんが。ええ。――え? いやだ、そんなスペースないですよ、うちのサロンには! 洗濯バサミみたいな、小さな計測器とか、無いんですか?」
変態冒険者を相手に気苦労の絶えない毎日を送っているせいか、元気そのものと思っていた幼女の身体にも相当のコリや歪みが、自分で思っていた以上に蔓延っていたらしい。それを週一で少しずつ整えてもらった結果、前回の十三時と比べて何やら変化があったようだ。
アルデンタスがそんな報告をしているのを、十三も耳を傾けて聞いていた。するとおもむろにアルデンタスから声をかけられた。
「渋ダンディー、気をつけて」
「え? 気をつけてって、この状態で一体何に……痛って!!」
どこからともなくメタリックな洗濯バサミが現れて、それは十三の頭にスコーンと直撃した。アルデンタスは「おっと、テレポート」と言いながら床に転がったのを拾い上げると、それで十三の耳を挟んだ。
「痛った! 何ですか、これ!?」
「バイタルチェック用のデバイスよ。今、ビット所長に瞬間移動で送ってもらったのよ。それ、このままここに常備することになったから、今回から〈あろけーしょんせんたー〉にデータ取り行かなくても大丈夫ですって。――あの人、どうせ社内及びダンジョン中を簡単に見ることができるんだから、机の上にでも安全に届けてくれればよかったのにねえ」
フンと鼻を鳴らすと、アルデンタスは不機嫌なままの声で「ていうか」と続けた。
「あんた、もうちょっと体の力抜きなさいよ。これじゃあ全然施術出来ないわよ」
「そうは言ってもですね、こうもじっくりと観察されてたら……」
十三が口ごもると、すぐ近くに椅子を持ってきていたアリサが慌てふためいた。
「だって! 次にジューゾーの真の姿を拝めるのは三ヶ月後なのよ!? しっかり目に焼き付けておかないと!」
「ユメちゃーん、ちょっとこっちいらっしゃーい」
「いやよ、アルデンタスさん! それだけは絶対に嫌! いやああああ……」
膝にバクのユメちゃんがよじ登るのを絶望の表情で見つめ、絶叫しながらアリサは夢の中へと旅立っていった。
施術を受けながら、十三は前回同様にあれこれと世間話がてらアルデンタスと話をした。幼女の姿での生活を一年続けて、さすがに慣れてきたとはいえ、やはり元の姿のほうがしっくりとくるということや、天狐親子の仲睦まじい様子を見て羨ましく思ったことなどを話した。
十三はただ羨ましく思っただけではなく、いつか自分もそんな家庭を築いてみたいと思った。生殖を行えない死神の体では、子供を設けることは出来ないのは承知している。しかし、子供は無理でも、妻ならば得ることは出来る。そのためにはやはり、〈大人の男の姿〉に戻りたい。幼女の姿では、男として見てもらうことが難しいどころか、相手に夫ではなく子供として扱われてしまうかもしれない。本来の姿に戻って、住職のように幸せな恋愛をして、ゆくゆくは――。
「こんな感情や願望、前世ではなかったことだから、出来る限り大切にしていきたいんだよ。ただ、大切にしたいと思えば思うほど、幼女であることがネックに思えて」
「でもさ、魔道士様の力は絶大だから、元の姿に戻れるようになっても永続的にではなくて、今まで通り〈一時的に〉だと思うわよ。だから、幼女姿でも愛おしいって思ってくれる人を選んどいたほうが良いと思うけれど。まあ、あんたの周りには幸いそう思ってくれている人が多いんじゃない? ていうか、あんたのその願望とか、前回話してくれた願望ってさ、幼女姿でもまあ出来なくはないものがいくつかあると思うのよね。だって、チューくらいは幼女でも出来るでしょう。――さ、仰向けになって」
急に、十三の身体に力が入った。そのまま微動だにしない彼に、アルデンタスはニヤニヤとした声で言った。
「なによ、もうそこまではしてるの? お相手は、あたしが想像している人でいいのかしらね? で、相手の反応はどうだったの?」
十三は苦虫を噛み潰したような顔を真っ赤にさせて、アルデンタスをちらりと一瞥した。そのまま恥ずかしそうに俯くと、小さな声でボソリと言った。
「いや、寝ている隙に軽くしただけだし……」
「いやだわあ、それ。ちょっと卑怯だし最低よ。そんなの、あんた、夜這いと変わらないじゃないの」
「いや、うん、分かっちゃいるんだけれど。――やっぱ、幼女のまま堂々とっていうのは、俺としても抵抗あるし。拒絶されたりお子様扱いされて、そのまま友達続けられなくなったら嫌だし。それに、またとないチャンスが来て魔が差したっていうか」
情けない顔でそう言いながら、十三は寝返りを打って仰向けになった。アルデンタスは呆れ気味に嘆息すると「チャンスって?」と尋ねた。十三が何も言わないでいると、アルデンタスは唸るように言った。
「もしかして、あんたともふ殿が定期的に開いているお泊り会とか?」
「何で知ってるんですか! 怖いな、オカマさん界隈の情報網! 恐ろしいよ!」
「あら、今までの参加者もぜ~んぶ把握してるわよ。――もふ殿にマッコイでしょ? それから、アリサちゃん、ケイちゃん、サーシャちゃん、おみっちゃん。……さて、あんたが寝こみを襲ったのは、この中の誰かってことでいいのかしら? そしてそれは、あたしが想像している人物で合っているのかしら?」
十三は答えることなく、ただ「恐ろしい」とだけ呟いた。
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施術が終わったと声をかけられて、死神ちゃんは目を覚ました。アルデンタスからの猛攻を受けたあと、急に眠気がやってきてそのまま寝てしまったのだ。施術が終わった直後に幼女へと戻ってしまったようで、死神ちゃんは体を起こしながら名残惜しそうにため息をついた。
起き上がってアルデンタスに軽い謝罪を入れてすぐ、死神ちゃんはいまだバクを膝に乗せて爆睡中のアリサの横にマッコイがちょこんと腰掛けていることに気がついた。マッコイはクスクスと笑いながら、穏やかに言った。
「やっぱり、薫ちゃんは薫ちゃんだったわ。寝顔とか寝相とか、いつもと変わらないんですもの」
「何だよ、それ」
死神ちゃんが気恥ずかしそうに赤らんだ顔をしかめると、マッコイは「気にしないで」と言いながら苦笑いを浮かべた。
「薫ちゃんが着替えてる間にアリサを起こしておくから。アルもこのあとは若い子に任せて上がるみたいだし、四人でご飯に行きましょう」
死神ちゃんはもぞもぞとした気持ちを胸にこっそりと抱えたまま、ムスッとした表情で頷いた。そして施術台から飛び降りると、そそくさと更衣室へと向かったのだった。
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