転生死神ちゃんは毎日が憂鬱なのDEATH

小坂みかん

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* 死神生活ニ年目 *

第174話 死神ちゃんと残念⑥

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 死神ちゃんが〈小さな森〉に顔を出すと、見知った顔が宝箱の前で何やら作業していた。彼が鍵穴を一生懸命に覗き込んでいる隙に、死神ちゃんは宝箱の上に腰掛けた。カチリという音がして、彼は鍵穴を覗き込んだ姿勢のまま宝箱を開けようと蓋に手をかけた。しかし、どうにも蓋が持ち上がらないことを不思議に思ったのか、彼は「あれ?」ととぼけた声を上げた。


「おっかしいな……。今、鍵は開いたはずなん――」

「よう、久しぶりだな」

「お前かよ! どけよ、邪魔!」


 顔を上げた彼――何をするにも残念さがつきまとう、残念なエルフの盗賊はニヤニヤと笑う死神ちゃんを睨みつけた。しかし、死神ちゃんが動じることなく蓋の上に座り続けるので、彼は宝箱の上蓋を両手でしっかりと持つと、死神ちゃんごと持ち上げた。
 顔を真っ赤にしてぷるぷると震えながら、彼は何とか蓋を押し開けた。それにより強制的に地面へと降ろされた死神ちゃんは彼の横に回り込むと、箱の中を覗き込んだ。そして二、三度瞬きをすると、ゆっくりと彼を見上げて言った。


「それだけ苦労して箱を開けて、たった銅貨一枚か。モンスターを倒したときよりも遥かに少ない額だなんて、お前、本当に残念だな」

「残念残念うるせえな。中身が入ってるだけマシだろ?」

「ああ、そうだったな。お前、中身が入っていないことのほうがザラだったもんな。本当に残念なやつだなあ」

「だから、残念って言うなよおおおお!」


 死神ちゃんが鼻で笑いながら彼の肩にポンと手を置くと、彼は悔しさで目尻を濡らしながら拳で地面を何度も叩いた。
 彼が気を取り直して箱の中から銅貨を取り出すのを眺めながら、死神ちゃんは首を傾げた。


「そう言えばなんだが、お前、結構前に〈自力でナイフを手に入れた〉と言ってたじゃないか。それなのに、前回会ったときに〈ナイフを探している〉と言ってただろ。もうすでに持ってるモンを、どうしてまた探していたんだ?」


 死神ちゃんがきょとんとした顔で残念を見つめていると、彼は死神ちゃんからスッと目を逸らしてボソリと声を落とした。


「あれは、夢まぼろしだったんです」

「は?」


 死神ちゃんが怪訝な顔をすると、彼は死んだ魚のような目でもう一度「夢まぼろしだったんです」と言った。どういうことなのかと死神ちゃんが説明を求めると、彼はそこら辺に転がる石を吟味しながらポツポツと話し始めた。
 このダンジョンの五階では希少な魔法石が産出する。それは対応する属性の魔法攻撃力や防御力を強化する力を秘めている。また、実はダンジョン攻略に必要なリドルに必要なものらしい。そんな重要アイテムにもなっている鉱物以外にも、実は産出する鉱物が幾つか存在する。今彼が探しているのは、まさにその鉱物なのだそうだ。


「一階の商店街の中に鍛冶屋があるだろ? あそこでは破損した装備品の修理が行えるんだけど、その特殊な鉱物を持っていくと、装備品の強化をしてくれるんだよ。強化が成功すると性能が結構上がるし、耐久力あがって長持ちするようになるから修理に出す回数も減らせるんだ。だから、鉱物が手に入るのも稀だし強化にも結構金がかかるんだけど、可能ならやっておきたい作業なんだよ」

「へえ。ていうか、魔法石は五階じゃないと手に入らないみたいなのに、その石はここでも手に入るんだな。――それで、その石を入手できたら、一体何を強化する予定なんだ?」


 死神ちゃんがそう尋ねると、彼は石を吟味する手を止めてポーチの中から一本のナイフを取り出した。死神ちゃんをそれを見るなり顔をしかめた。


「なんだ、きちんと持っているんじゃないか。精霊のナイフ」


 死神ちゃんがそう言うと、彼は再び瞳を濁らせた。どんよりとした目で口の端の片方だけを持ち上げて薄っすらと笑う彼から、死神ちゃんは思わず一歩距離をとった。


「大丈夫か? お前、残念を通り越して不幸が漂ってるぞ」

「うるさいな、放っておいてくれよ」


 石を吟味し、やって来たモンスターを排除してというのを数回繰り返していると、彼は運良く装備品強化のための石を手に入れることができた。さらに、彼は鉱石を見つける直前に行った戦闘で、少しばかりレアなアイテムを入手していた。尖った耳の先まで朱に染めて心の底から喜ぶ彼に、この時ばかりは茶化すことなく「良かったな」と死神ちゃんは声をかけてやった。
 無事に目的を達成したということで、彼は一階に戻ることにした。〈姿くらまし〉を駆使して敵を回避しながら、彼は丁寧に帰路を辿った。そして無事に一階に辿り着くと、彼は教会に行って死神ちゃんを祓ってもらうよりも先に鍛冶屋へと足を運んだ。


「へえ、ここが鍛冶屋か」

「何だよ、お前、来たことなかったのか」


 物珍しそうに鍛冶屋の中に視線を彷徨さまよわせる死神ちゃんに、残念は意外そうに目を丸くした。死神ちゃんは頷きながら「殆どの冒険者が、一階に着いたら教会に直行するからな」と返した。
 店の店主は気さくなドワーフで、彼は残念と死神ちゃんが店に足を踏み入れるなり「武器の手入れはきちんとしているかな?」と話しかけてきた。残念はにこやかな笑みを浮かべると、店主に近づいていった。


「今日は手入れじゃなくて鍛錬を頼みたいんだ。強化に使う石と武器はこれなんだけれど」

「ふむ、これなら〈成功率は悪く無い〉だな」


 本当に? と若干怪しむかのように眉根を寄せながらも、残念は鉱石と精霊のナイフを店主に手渡した。そして会計を済ませると、祈るように手を組んで店主の仕事を見守った。
 グシャリという悲惨な音が店内に響くと、ドワーフが「あ」と間抜けな声を上げた。残念は青筋を立て、目をこれでもかというほど見開いて愕然とするとカウンターを思い切り叩いた。


「ふっざけるなああああ! 何が〈成功率は悪く無い〉だよ! あんた、この前もそう言って俺の大切な精霊のナイフを粉々に砕いてくれたよな!」


 死神ちゃんは店主に掴みかかってギャンギャンと捲し立てる残念の背中を眺めながら、彼がどうして「夢まぼろしだったんです」と言ったのかを理解した。どうやら、鍛錬というものの結果は成功するか〈修復不可能なほどまでに粉々になるか〉のどちらかしかないようだ。現に、今店主がサッと後ろ手に隠したものは、もはやナイフの形を成してはおらず、ただの鉄くずと化していた。


「なあ、〈成功率は悪く無い〉って言いながら、どうして失敗するんだよ? そもそも、その成功率ってパーセンテージで言ったらどのくらいの成功率なんだよ?」

「パーセンテージで言ったら? 九十八パーセントの確率で成功するはずなんだがな」

「何でそれで失敗ばっかりするんだよふざけんなよちくしょう!」


 勢い良くカウンターを叩いた残念を見上げると、死神ちゃんは表情もなく言った。


「残りの二パーセントを引くって、すごいくじ運だな」

「嬉しくない! こんなところでそんなもん引き当てても、全ッ然嬉しくない!」


 死神ちゃんは地団駄を踏む彼に適当な慰めの言葉をかけると、用が済んだのなら教会に行って祓って欲しいと頼んだ。すると彼は苦虫を噛み潰したような顔で、声をくぐもらせた。


「お金がございません」

「は?」

「だから、お金がもう、ございません!」


 どうやら今の鍛錬で手持ちの金を使い果たしたようで、彼の財布はすっからかんになっていた。


「支払った前金は、失敗した場合には一部返って来るとかはないのか。成功したら追加支払いするとかでもなくて?」

「そういうシステムだったら、どんなに良かったことか! お前は知らないだろうけど、この一階の商店街は肝心なところで利用者に優しくなくて、無駄に金銭使わせるから〈ボッタクリ商店街〉って呼ばれてるんだぜ!」

「何とも残念な二つ名が付いていたんだな、この商店街……。――あ、そういやあ何かレアなもん拾ってただろ。あれ売ったらお祓い代くらい楽勝なんじゃないか?」


 残念は折角のレアアイテムを売り払うか、それとも稼ぎ直すかを天秤にかけて苦悶の表情を浮かべた。しかしすぐに、残念は店主を指差して捨て台詞を吐くと、涙を堪えながら店を飛び出していった。
 結局彼は稼ぎ直しを選び、身入りのいい階層まで降りていった。そして初戦であっさりと、失ったはずのナイフを手に入れた。彼は複雑な表情で、手の中のナイフをじっと見つめた。


「この前も、叩き折られた直後にゲットしたんだよな。これは幸運の神様からの、謝罪か何かなのかな」

「引きが良い日って、あるよな。さっきも鉱石以外にもレア品拾ったわけだし。――今後、レア品を入手した日には、鍛錬しないほうが良いんじゃないか?」

「引きが良いからって、鍛錬まで低確率のほうを引き当てなくていいのに」


 納得がいかないと言いたげに口を尖らせながらも、彼は心なしか嬉しそうにナイフをポーチにしまった。しかし、いつにない運の良さを発揮していた彼だったが、最後の最後でいつも通りの残念さを披露した。帰り際、彼は槍が壁から出入りしている罠のタイミングを、ほんの僅かながら逃した。
 物を売らずとも蘇生代金は賄えるとはいえ、再びすっからかんになることに地団駄を踏む残念の霊体を眺めて苦笑すると、死神ちゃんは壁の中へと消えていったのだった。




 ――――なお、このドワーフ店主には、冒険者からボッタクッた金で六階の歓楽街を飲み歩いているという噂があるそうDEATH。
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