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* 死神生活三年目&more *
第247話 死神ちゃんとそっくりさん③
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ある日、死神ちゃんが出動待ちをしながら待機室で冊子に目を通していると、ダンジョンから戻ってきた〈三班ではない同僚たち〉がニヤニヤとした笑みを向けてきた。死神ちゃんが顔をしかめると、同僚たちは〈分かってるって〉と言いたげな表情で口を開いた。
「小花、わざわざダンジョンに降りなくてもいいんだよ? 衣装着ての練習くらい、ここですればいいじゃん」
「は? どういうことだよ?」
「え? あれ、小花じゃあなかったの? てっきり、人目のつくところで衣装着て練習するのは恥ずかしいから、ダンジョンにこっそり降りてきたのかと……」
「衣装って、何の」
「いやだから、それだよ。今、お前が持ってる台本の。〈ジャージ戦隊キントレン〉のやつだって」
「これ、台本ではなくて〈ストーリー案〉だよ。ちなみに、まだ衣装もできちゃあいないぜ」
先日、死神ちゃんは広報課のエルダから特撮ドラマの企画書を受け取った。その際、脚本家はコンペで決めると聞いた。何人かの脚本家に、グレゴリーが適当に創作した〈ジャージ戦隊の話〉の内容をもとにしたストーリー案を、それぞれに出してもらうのだ。死神ちゃんが読んでいたのはまさにそのストーリー案で、期日までに気に入った順番に番号を振って返却して欲しいと頼まれたため、待機の合間に読んでいたのだ。
死神ちゃんはふと、同僚たちの言葉を脳裏で反芻して眉根を寄せた。どうやら、同僚たちはまたもやあいつを目撃したようだ。そして本日、あいつは黄色のジャージを着用しているらしい。ダイエットは成功したんだろうかと思いながら首をひねると、タイミングよく出動要請がかかった。死神ちゃんは冊子をポーチにしまうと、さっそくダンジョンへと降りていった。
ダンジョン三階へと降り立つと、死神ちゃんは冒険者に人気の修行スポットを目指した。するとそこには、まるで死神ちゃんをぽっちゃりと太らせたような小人族がいて、適当な調子で音楽を口ずさみながら体操をしていた。死神ちゃんはこっそりとその横に立つと、彼女と一緒になって体操をし始めた。
「ほら、そこはもっと大きく! 指の先までピンと伸ばして! ゴ~、ロック、シッチ、ハッチ!」
「ここら辺に差し掛かると、疲れてくるのよ。左ッ、右ッ、左ッ、右ッ」
一通り体操を終えると、死神ちゃんにそっくりな彼女は膝に手を突いて俯き、ゼエゼエと荒く息を吐いた。そしてひと心地着くと、死神ちゃんの両手をとって嬉しそうに笑った。
「お久しぶりね!」
「おう。ていうか、お前、二ヶ月ほど前と比べたら少し癒せたな。本当に少しだが」
「そうなのよ、少しなのよ。本当なら、もっと痩せていたかったのだけど」
そっくりさんは広場の片隅に死神ちゃんを誘導すると、ポーチから軽食と飲み物を取り出した。彼女は死神ちゃんに少しお裾分けすると、物凄い勢いでもりもりとそれを消費し始めた。中々痩せない原因はこれだなと思いながら死神ちゃんが苦い顔を浮かべると、お茶で口の中をすすいだそっくりさんは死神ちゃんの心中を察して「違うのよ、おかしいのよ」と言って困惑した。
「何が違って、どうおかしいんだよ」
「あのね、気を引き締めて運動に取り組もうと思って、気分を盛り上げるために装いを変えてみたのよ。そしたら、この格好をしているときにかぎってなんだけれど、筋肉にときめくようになって。それで、いくらでも筋トレしていられそうな気がしてきて。筋肉神の愛をすぐ側に感じるようになったのよ」
「はい……?」
死神ちゃんが眉根を寄せると、そっくりさんは心なしか俯いてしょんぼりと表情を暗くした。
「何を言っているのか、分からないわよね。だって、私もよく分かっていないもの。とにかく、すごく体を動かしたくてたまらない衝動に駆られるのよ。だから〈これは一気に痩せるだろうな〉と期待したんだけれど、筋肉欲と同じくらいに食欲も湧くのよ。具体的に言うと、〈人間の中でもガッシリとした、筋肉質の大男〉の人が平らげるくらいの、もの凄い量。そのくらい食べないと、おなかが全然満たされなくて。――もしかして、呪われているのかしら。この〈お古のジャージ〉……」
死神ちゃんはギョッとすると、そっくりさんの着ているジャージを舐めるように見た。そして袖の辺りに覚えのあるほつれを見つけると、額に手のひらを当てて静かにうなだれた。
「何ていうか、申し訳ない」
「何であなたが謝るの?」
「いや、気にするな。ていうか、ひどいな。俺のこと、何だと思っているんだ。ふざけやがって」
「今度は怒って、どうしたのよ?」
「いやだから、気にしないでくれ」
死神ちゃんはため息をつくと、そっくりさんに〈食べ方〉を伝授した。特に病気をしていないのに太っているのであれば、それは消費カロリーよりも摂取カロリーのほうが多いからだ。しかしそれ以外にも実は原因があり、摂取カロリーが少なくても、栄養バランスが悪ければ太ることがある。なので、バランスよく食べるように食生活を見直さねばならないのだが、それでも食べたくなってしまう場合は、バランスよく用意した間食を、苦しくても毎回必ず完食するのだ。
「腹が満たされても体が満たされていなかったら、足りてない栄養分を食べたくなって、それで食べすぎて、結果的に太るからな。だから、まずは体に〈必要な栄養は全て足りている〉ということを覚えさせるんだ。その〈足りている状態〉で運動を続けてみな。そしたら、食欲も落ち着いていくし、痩せていくから。――あとは、そのジャージはもう着るな。いいな?」
「ええええ!? やっぱり、このジャージは呪われているの!?」
「いや、そういうことはないんだが。念のためってやつだ」
死神ちゃんが苦笑いを浮かべると、そっくりさんは大きくしっかりとうなずいた。
「でも、その食事の準備をするのが一番大変そうだわ」
「あぁら、大丈夫。私ぃが、きぃちんと用意しぃてあげぇるわ」
しょんぼりと肩を落としたそっくりさんの横から、突然声が聞こえた。死神ちゃんとそっくりさんは、声のするほうへと勢い良く首を振った。するとそこにはいつの間にか小人族攫いの保護者がいて、保護欲にまみれたふしだらな笑みを浮かべていた。そっくりさんは金切り声を上げると、慌ててその場から逃げ出した。
「いやあああああ! また出たあああああああ!」
「待って、私ぃの可愛い子ちゃん! あなぁたの健康は、私が守ぉるから!」
「いやっ! いやあああ! 目が血走ってる! 怖いわ! いやあああああ!」
「待って、待つのぉよー!」
彼女たちはでたらめに走り回り、何故か四階へと降りていった。そして脂肪を燃焼させるよりも先に、火吹き竜のブレスでその身を燃焼させた。ほっこりと湯気を立ち上らせる灰をぼんやりと眺めながら、死神ちゃんはポツリと呟いた。
「逃げずに保護してもらったほうが、痩せロードを近道できたんじゃあないか? あいつ、献身的に料理してくれそうだし」
**********
死神ちゃんが待機室に戻ってくると、同僚が腹を抱えて笑い転げていた。死神ちゃんが怪訝な顔つきで首をひねると、同僚達は目尻に浮かんだ涙を拭いながら言った。
「いやあ、小花ったら、ゲーセンのジャージレンタルも黄色だったんだね。グレゴリーさんの案の〈食いしん坊担当イエロー〉を地で行っていただなんて」
「別に、食いしん坊だから黄色を選んで着ていたわけじゃあないからな! アクション映画といったら、黄色いジャージだろ? つまるところ、漢のロマンなんだよ!」
死神ちゃんは〈大変心外である〉と言わんばかりの怒り顔で、ゲラゲラと笑う同僚たちを睨みつけた。
ゲームセンターのスポーツエリアで貸出をしているジャージは、着古されるとアイテムとしてダンジョンに出荷される。どうしてかというと、魔法生物や精霊が長く着用することによって、魔法では表現できないような特殊な力が宿るからだそうだ。それがまさか、このようなことになるとは。
死神ちゃんはフンと鼻を鳴らすと、不服そうに口を尖らせた。
「それに、俺以外にも着ているヤツがいるはずだろう? だから、俺のせいじゃあないはずだ!」
「いやでもさ、筋肉欲と食欲が駆られるって……! まんま、薫ちゃんじゃん。超ウケる!」
死神ちゃんは地団駄を踏むと〈もう絶対に、レンタルはしない〉と改めて誓ったのだった。
――――ちなみに、死神ちゃんは〈高タンパク質・低脂肪・低糖質・低カロリー〉を心がけるようにしているけれど、ついうっかり甘いものを食べすぎるので、常に糖分の調整に明け暮れているDEATH。
「小花、わざわざダンジョンに降りなくてもいいんだよ? 衣装着ての練習くらい、ここですればいいじゃん」
「は? どういうことだよ?」
「え? あれ、小花じゃあなかったの? てっきり、人目のつくところで衣装着て練習するのは恥ずかしいから、ダンジョンにこっそり降りてきたのかと……」
「衣装って、何の」
「いやだから、それだよ。今、お前が持ってる台本の。〈ジャージ戦隊キントレン〉のやつだって」
「これ、台本ではなくて〈ストーリー案〉だよ。ちなみに、まだ衣装もできちゃあいないぜ」
先日、死神ちゃんは広報課のエルダから特撮ドラマの企画書を受け取った。その際、脚本家はコンペで決めると聞いた。何人かの脚本家に、グレゴリーが適当に創作した〈ジャージ戦隊の話〉の内容をもとにしたストーリー案を、それぞれに出してもらうのだ。死神ちゃんが読んでいたのはまさにそのストーリー案で、期日までに気に入った順番に番号を振って返却して欲しいと頼まれたため、待機の合間に読んでいたのだ。
死神ちゃんはふと、同僚たちの言葉を脳裏で反芻して眉根を寄せた。どうやら、同僚たちはまたもやあいつを目撃したようだ。そして本日、あいつは黄色のジャージを着用しているらしい。ダイエットは成功したんだろうかと思いながら首をひねると、タイミングよく出動要請がかかった。死神ちゃんは冊子をポーチにしまうと、さっそくダンジョンへと降りていった。
ダンジョン三階へと降り立つと、死神ちゃんは冒険者に人気の修行スポットを目指した。するとそこには、まるで死神ちゃんをぽっちゃりと太らせたような小人族がいて、適当な調子で音楽を口ずさみながら体操をしていた。死神ちゃんはこっそりとその横に立つと、彼女と一緒になって体操をし始めた。
「ほら、そこはもっと大きく! 指の先までピンと伸ばして! ゴ~、ロック、シッチ、ハッチ!」
「ここら辺に差し掛かると、疲れてくるのよ。左ッ、右ッ、左ッ、右ッ」
一通り体操を終えると、死神ちゃんにそっくりな彼女は膝に手を突いて俯き、ゼエゼエと荒く息を吐いた。そしてひと心地着くと、死神ちゃんの両手をとって嬉しそうに笑った。
「お久しぶりね!」
「おう。ていうか、お前、二ヶ月ほど前と比べたら少し癒せたな。本当に少しだが」
「そうなのよ、少しなのよ。本当なら、もっと痩せていたかったのだけど」
そっくりさんは広場の片隅に死神ちゃんを誘導すると、ポーチから軽食と飲み物を取り出した。彼女は死神ちゃんに少しお裾分けすると、物凄い勢いでもりもりとそれを消費し始めた。中々痩せない原因はこれだなと思いながら死神ちゃんが苦い顔を浮かべると、お茶で口の中をすすいだそっくりさんは死神ちゃんの心中を察して「違うのよ、おかしいのよ」と言って困惑した。
「何が違って、どうおかしいんだよ」
「あのね、気を引き締めて運動に取り組もうと思って、気分を盛り上げるために装いを変えてみたのよ。そしたら、この格好をしているときにかぎってなんだけれど、筋肉にときめくようになって。それで、いくらでも筋トレしていられそうな気がしてきて。筋肉神の愛をすぐ側に感じるようになったのよ」
「はい……?」
死神ちゃんが眉根を寄せると、そっくりさんは心なしか俯いてしょんぼりと表情を暗くした。
「何を言っているのか、分からないわよね。だって、私もよく分かっていないもの。とにかく、すごく体を動かしたくてたまらない衝動に駆られるのよ。だから〈これは一気に痩せるだろうな〉と期待したんだけれど、筋肉欲と同じくらいに食欲も湧くのよ。具体的に言うと、〈人間の中でもガッシリとした、筋肉質の大男〉の人が平らげるくらいの、もの凄い量。そのくらい食べないと、おなかが全然満たされなくて。――もしかして、呪われているのかしら。この〈お古のジャージ〉……」
死神ちゃんはギョッとすると、そっくりさんの着ているジャージを舐めるように見た。そして袖の辺りに覚えのあるほつれを見つけると、額に手のひらを当てて静かにうなだれた。
「何ていうか、申し訳ない」
「何であなたが謝るの?」
「いや、気にするな。ていうか、ひどいな。俺のこと、何だと思っているんだ。ふざけやがって」
「今度は怒って、どうしたのよ?」
「いやだから、気にしないでくれ」
死神ちゃんはため息をつくと、そっくりさんに〈食べ方〉を伝授した。特に病気をしていないのに太っているのであれば、それは消費カロリーよりも摂取カロリーのほうが多いからだ。しかしそれ以外にも実は原因があり、摂取カロリーが少なくても、栄養バランスが悪ければ太ることがある。なので、バランスよく食べるように食生活を見直さねばならないのだが、それでも食べたくなってしまう場合は、バランスよく用意した間食を、苦しくても毎回必ず完食するのだ。
「腹が満たされても体が満たされていなかったら、足りてない栄養分を食べたくなって、それで食べすぎて、結果的に太るからな。だから、まずは体に〈必要な栄養は全て足りている〉ということを覚えさせるんだ。その〈足りている状態〉で運動を続けてみな。そしたら、食欲も落ち着いていくし、痩せていくから。――あとは、そのジャージはもう着るな。いいな?」
「ええええ!? やっぱり、このジャージは呪われているの!?」
「いや、そういうことはないんだが。念のためってやつだ」
死神ちゃんが苦笑いを浮かべると、そっくりさんは大きくしっかりとうなずいた。
「でも、その食事の準備をするのが一番大変そうだわ」
「あぁら、大丈夫。私ぃが、きぃちんと用意しぃてあげぇるわ」
しょんぼりと肩を落としたそっくりさんの横から、突然声が聞こえた。死神ちゃんとそっくりさんは、声のするほうへと勢い良く首を振った。するとそこにはいつの間にか小人族攫いの保護者がいて、保護欲にまみれたふしだらな笑みを浮かべていた。そっくりさんは金切り声を上げると、慌ててその場から逃げ出した。
「いやあああああ! また出たあああああああ!」
「待って、私ぃの可愛い子ちゃん! あなぁたの健康は、私が守ぉるから!」
「いやっ! いやあああ! 目が血走ってる! 怖いわ! いやあああああ!」
「待って、待つのぉよー!」
彼女たちはでたらめに走り回り、何故か四階へと降りていった。そして脂肪を燃焼させるよりも先に、火吹き竜のブレスでその身を燃焼させた。ほっこりと湯気を立ち上らせる灰をぼんやりと眺めながら、死神ちゃんはポツリと呟いた。
「逃げずに保護してもらったほうが、痩せロードを近道できたんじゃあないか? あいつ、献身的に料理してくれそうだし」
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死神ちゃんが待機室に戻ってくると、同僚が腹を抱えて笑い転げていた。死神ちゃんが怪訝な顔つきで首をひねると、同僚達は目尻に浮かんだ涙を拭いながら言った。
「いやあ、小花ったら、ゲーセンのジャージレンタルも黄色だったんだね。グレゴリーさんの案の〈食いしん坊担当イエロー〉を地で行っていただなんて」
「別に、食いしん坊だから黄色を選んで着ていたわけじゃあないからな! アクション映画といったら、黄色いジャージだろ? つまるところ、漢のロマンなんだよ!」
死神ちゃんは〈大変心外である〉と言わんばかりの怒り顔で、ゲラゲラと笑う同僚たちを睨みつけた。
ゲームセンターのスポーツエリアで貸出をしているジャージは、着古されるとアイテムとしてダンジョンに出荷される。どうしてかというと、魔法生物や精霊が長く着用することによって、魔法では表現できないような特殊な力が宿るからだそうだ。それがまさか、このようなことになるとは。
死神ちゃんはフンと鼻を鳴らすと、不服そうに口を尖らせた。
「それに、俺以外にも着ているヤツがいるはずだろう? だから、俺のせいじゃあないはずだ!」
「いやでもさ、筋肉欲と食欲が駆られるって……! まんま、薫ちゃんじゃん。超ウケる!」
死神ちゃんは地団駄を踏むと〈もう絶対に、レンタルはしない〉と改めて誓ったのだった。
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