転生死神ちゃんは毎日が憂鬱なのDEATH

小坂みかん

文字の大きさ
278 / 362
* 死神生活三年目&more *

第278話 死神ちゃんとお育て屋さん②

しおりを挟む
 待機室にて。死神ちゃんが出動待ちをしていると、ダンジョンから戻ってきた同僚が不思議そうに首をひねった。どうしたのかと尋ねると、彼はぼんやりとした表情を浮かべて言った。


「いやあ、火炎地区でさ、タモ網持った冒険者がいてさ」

「もしかして、釣り人か? でも、火炎地区で釣りのできる場所なんてあったか?」

「いや、そいつじゃあなかったよ。しかも、一人じゃあなくて集団だったんだ。ありゃあ一体、何なんだろうなあ?」


 死神ちゃんがぼんやりとした相槌を返すと、ちょうど出動要請が発せられた。死神ちゃんは小首を傾げながら、のんびりとダンジョン内へと向かった。
 ダンジョンに降り立つと、そこは火炎地区だった。もしや先ほどの会話に出てきた冒険者たちがターゲットかと思い、地図を頼りに現場に向かってみると、案の定そこにはタモ網を持った集団がたむろしていた。死神ちゃんは静かに彼らの元へと近づいていくと、そのうちの一人の頭に伸し掛かった。


「なあ、こんなところでタモ網なんか持って、何に使うっていうんだ?」

「ぎゃあああああああ!」





* 戦士の 信頼度が 3 下がったよ! *


 その場にいた一同は、何かがいきなり頭に伸し掛かってきたことでパニックを起こした戦士をギョッとした表情で見つめた。そして「おい、落ち着けよ! 静かにしろ!」などと言いながら、慌てて彼を黙らせようとした。しかし、その努力もむなしく、遠くの方にいたモンスターがこちらのほうに来てしまった。彼らは小さく悲鳴を上げると、タモ網を投げ捨てて武器を手に取った。すると、モンスターを追いかけるように小人族コビートの盗賊が血相を変えてやって来た。


「ちょっと、みなさん! あれだけ〈待機中は静かにしていてくださいね〉ってお願いしておりましたのに! 何でわざわざ、自分たちで敵を呼んじゃうんですか! それは私のお仕事でしょう!?」


 文句を言ったのもつかの間、彼女は冒険者たちがへっぴり腰で剣を握り危なっかしく戦うのを見て、困り顔でデコイを設置した。デコイが置かれたおかげで、冒険者たちを襲っていたモンスターの集団はぞろぞろとデコイの方へと向かっていった。盗賊の彼女はため息をつくと、怯え戸惑う冒険者たちを見渡して言った。


「こうなってはもう誘導は困難ですから、倒しちゃいましょ。今なら、背中側から叩けるから、お客さんたちでも倒せるはずですよ。私がサポートしますから。――まさか、経験値までガッポリ手に入るだなんて思いもしなかったですねえ。良かった良かった。そういうことにしときましょう。さ、ほら。早く。デコイが壊れる前に」


 冒険者たちは必死にうなずくと、盗賊に促されるままモンスターの背後に回って一方的な戦闘をし始めた。どうやら彼らは冒険者としてのレベルが足りないようで、一方的に試合を運べる状態にもかかわらず手際があまり良いとは言えなかった。そのため、デコイが壊れる前にモンスターを倒しきるということができなかった。仕方なく、盗賊は罠をここそこに設置してモンスターが罠にハマるように誘導を行った。そしてようやく敵を片付け終えたころ、盗賊は顔をしかめて首をひねった。


「あら、何だか一人多いわね」

「お前、また新しいビジネスを始めたのか……」

「ん? そのセリフ、前にもどこかで……。――あー! あなた、たしか、虫溜まりやドレイク嵌めのときに遭遇した死神よね!」


 盗賊は死神ちゃんを指差して驚嘆顔で声をひっくり返したが、すぐさま〈新たに出現したモンスター〉の気配を察知して冒険者たちに「持ち場に戻って」と指示して何処かへと姿を消した。

 このダンジョンの中で得た経験などは〈冒険者の腕輪〉を通して数値化されている。ゲームでいうところの詳細なステータス表示なるものが冒険者に開示されているということはないが、冒険者としてどのくらい熟練度が増したかをレベル表示で知ることができる。その数値は教会で治療や蘇生を受ける際の代金の計算や、利用レベル制限のあるアイテムの使用可否の判断などに使用されている。
 この〈腕輪で管理されている、数値的な経験値〉はパーティーを組み、ある程度近い場所でパーティーメンバーが戦闘を行っていれば、例え自身が戦闘に不参加でも得られるようになっている。また、教会への寄付金の額によってということもできる。つまり単純な、数値的なレベルの向上だけであれば、人の手を借りて行うことができるのだ。しかしながら、それはすなわち〈数値的なレベルと、実際の熟練度〉に剥離が起きるということになる。なので、他人や金の力で強くなった者というのは、実際にはというのが実情だ。だが、〈自分の実力では入手も扱うことも困難な武器や魔法を、背伸びしてでも手に入れたい〉という者は少なからずいる。――この盗賊の彼女は、そういう者をターゲットに〈お育て屋さん〉というビジネスを行っていた。

 ようやく、何処かへと消えたはずのお育て屋さんが帰ってきた。しかし、彼女は何やらモンスターに追われているようだった。死神ちゃんは物陰に隠れて身を潜めている冒険者たちに「助けに行かないのか?」と尋ねた。すると、彼らは「見ていれば分かる」と言ってお育て屋さんのいる方に向かってあごをしゃくった。
 言われた通り、死神ちゃんは静かに様子を伺っていた。すると、お育て屋さんは絶妙なタイミングで溶岩の川をひょいと飛び越えた。追いかけてきていたモンスターはというと、飛び越えたり迂回する余裕もなく溶岩流の中に落ち溶けていった。直後、お育て屋さんが隠れている彼らに向かって合図した。彼らはタモ網を手に慌てて外へと出ていった。

 彼らはタモを容赦なく溶岩の中に突っ込んだ。死神ちゃんは怪訝な表情を浮かべると「何してるんだよ」と呆れ声を上げた。


「溶岩流に網を突っ込んだって溶けるだけだろうが」

「ところがどっこい。この位置に立ってこの角度からタモを差し入れると、ほら! 何故か不思議と溶けないんですよねえ!」


 見てみると、たしかにタモは溶けることなく形を保っていた。意気揚々とタモを動かす彼らを唖然として眺めていると、急に彼らのうちの一人が何やら苦しそうな表情を浮かべた。どうやら、網の中に重たいものが何か入ったらしい。やっとの思いで引き上げた網の中には、堅牢そうな鎧が入っていた。死神ちゃんがさらに驚いたような顔を浮かべると、お育て屋さんが得意気に胸を張った。


「ついこの前、ここいらでモンスターに襲われたときに偶然このポイントを見つけてね。溶岩流に落ちたモンスターがアイテムに変化して、溶けずに残っててびっくりしたのよ。それでこのビジネスを思いついたってわけ。経験値は稼げないみたいなんだけれど、でも、トレジャーハントは容易にできるから」

「でも、これだったら誰にでもできるだろう」

「タモを差し入れる場所はもちろんなんだけれど、川を飛び越える場所とタイミングがとても重要なのよ。だから、これは現状、私にしかできないことよ。ドレイク嵌めのときはビジネスが軌道に乗る前に頓挫してしまったからね、今度こそ狙っていきたいわね!」


 彼女は逞しく笑うと、持ち場に戻っていった。冒険者たちもまた、それを合図に物陰へと戻っていった。彼女たちはその後何度か同じことを繰り返した。死神ちゃんはぼんやりとそれを眺めながら〈帰ったら不具合報告を入れよう〉などと考えた。
 異変はすぐに起きた。まず、お育て屋さんが川を飛び越えても、モンスターがそのまま落ちていくということがなくなったのだ。次に、モンスターが溶岩流に落ちてしまってもアイテムを網でさらうということができなくなった。次第に、利用客の顔は険しくなっていった。


「無傷で安全にレアアイテム堀りができると聞いて利用したのに。これじゃあ〈広告に偽りあり〉なんじゃあないのか?」


 冒険者たちに詰め寄られ、お育て屋さんは戸惑った。すると、溶岩の川の中から何やら巨大なものが現れた。誰しもが悲鳴を上げ、そして誰かが「マグマゴーレムだ!」と叫んだ。彼らは必死に逃げ回ったが、マグマゴーレムの飛ばした焼け石を食らったり溶岩ブレスに焼かれたりして呆気なく全滅した。
 死神ちゃんが呆然としていると、最後の一人をなぶり終えたマグマゴーレムが川に戻り沈んでいきながら話しかけてきた。


小花おはなかおるよ。お前は本当に、不具合に出くわす率が高いな。お前は最高のデバッガーであるな」


 ゴーレムはまだ何か話していたのだが、ゴボゴボという音を立てて言葉の途中で消えていった。
 後日聞いたところによると、溶岩流などに落ちてモンスターが死んだ場合、アイテムに姿を変えないようにシステムが組まれているということを死神ちゃんは知った。せっかく生産したアイテムが燃え尽きるだけのために変換されるというのは、非常に意味がなく勿体無いだけだからだ。それが何故か姿を変えて無駄になっているらしいということで、近々〈あろけーしょんせんたー〉と〈修復課〉が合同で点検作業をしようということになっていたらしい。


「それがまさか、こんなことになっていただなんて。壊れた箇所を直して回るので手一杯だからって点検を怠っていたから、こういうことになるんだね……。ドブ浚いだけじゃあ綺麗にしきれなさそうだったから、わざわざ溶岩流を大掃除したんだよ」


 紅茶をすすりながら、サーシャが疲労の混じったため息をついた。死神ちゃんは労いの言葉をかけると、美味しいケーキを彼女のために追加注文したのだった。




 ――――常日頃から、点検とお掃除をするというのは大事なことなのDEATH。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

伯爵令嬢アンマリアのダイエット大作戦

未羊
ファンタジー
気が付くとまん丸と太った少女だった?! 痩せたいのに食事を制限しても運動をしても太っていってしまう。 一体私が何をしたというのよーっ! 驚愕の異世界転生、始まり始まり。

男爵家の厄介者は賢者と呼ばれる

暇野無学
ファンタジー
魔法もスキルも授からなかったが、他人の魔法は俺のもの。な~んちゃって。 授けの儀で授かったのは魔法やスキルじゃなかった。神父様には読めなかったが、俺には馴染みの文字だが魔法とは違う。転移した世界は優しくない世界、殺される前に授かったものを利用して逃げ出す算段をする。魔法でないものを利用して魔法を使い熟し、やがては無敵の魔法使いになる。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

処理中です...