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* 死神生活三年目&more *
第279話 死神ちゃんとお姉ちゃん⑤
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死神ちゃんがダンジョン内に降り立つと、遠くの方からピロッピロピロッピロと〈祝福されたアイテムを装備することによって自動的に発生する回復の音〉がしつこく聞こえてきた。思わず、死神ちゃんは顔をしかめて「うるさいな」と呟いた。
音は次第に近づいてきた。しかも、速度を上げて。死神ちゃんが怪訝な顔で音のするほうを眺めていると、恍惚とした表情の踊り子が猛スピードでスキップをしながら突っ込んできた。驚いてギョッと目を剥いた直後、死神ちゃんは視界いっぱいの肉まんに圧迫された。
「あああああああああああああ幼女可愛い幼女うふふふふふふふふへへへへへへへ」
「ぐるじい!」
「ソフィアあああああ! ソフィアたあああああん! マイスイートラブリーエンジェ――」
「だからっ! 苦しいっつってんだろうが!」
「あんっ!」
何とか肉まん責めから脱出すると、その豊満でぽよんぽよんなやつの側面を叩いて死神ちゃんは怒りを露わにした。そして、何故か嬉しそうに嬌声を上げた彼女を睨んで怒鳴りつけた。
「だから、何度も言わせるなよ! いい加減、〈ソフィア界〉に没入していくのはやめろよ! 凄まじく迷惑なんだよ!」
「だって、仕方がないじゃない! ソフィアが可愛らしいのは真理なんだから! ソフィアが魅力的なのは摂理なんだから!」
「ああうん、そうだよな。あいつこそ、神に選ばれし存在だよな。未来の教皇を自称する、どこぞのおしゃべりな叔父さんと違って」
「げっ、何で兄貴の名前を知っているのよ。あいつ、わざわざ死神相手に、自分から名乗ったっていうの?」
踊り子は実兄の名前が突如飛び出してきたことに、辟易とした表情を浮かべた。死神ちゃんは彼女と同じような表情を浮かべると、盛大に悪態をついた。
「そういうお前も、死神相手に発情期の猫のような態度をとって、自らとり憑かれに来るなよな」
「それは、あなたがそんなソフィアたんを思い起こすような容姿をしているのがいけないんでしょう」
フンと鼻を鳴らす踊り子に、死神ちゃんは呆れて口をあんぐりとさせた。
彼女はアイドル天使と称される聖女・ソフィアの叔母である。彼女は兄である〈おしゃべりさん〉とともに、姪っ子を溺愛している。そしてその抑えきれないほどの愛によって、ソフィアと同じくらいの背丈の女の子を見かけると〈ソフィア界〉というハッピーな世界に旅立ち、しばしば周囲に迷惑をかけていた。
そんなはた迷惑な彼女だが、実は兄よりも実力のある冒険者である。さらに言えば、現状、一番〈ダンジョンの奥〉に進んだことのある者の一人でもあった。生まれ持った聖なる力のおかげもあり、踊り子という職業にもかかわらずソロ探索も苦ではないらしく、本日みたいに一人でダンジョン内をウロウロとしていることもザラだった。
「で、本日は如何様なご用件で?」
ふてぶてしく鼻を鳴らしながらそう言うと、死神ちゃんは「一人ってことは、踊りの練習かアイテム掘りか」と付け加えた。すると彼女はうなずきながら「アイテム掘りよ」と答えた。そして、これみよがしに身に着けている指輪を見せつけながらデレデレとだらしなく笑った。
「ほら、これ見て。これ。ソフィアたんがね『お姉ちゃんの冒険者職は踊り子だから、巫女だった時よりも満足に力を発揮できないでしょう?』ってことで、プレゼントしてくれたのよー! 前にダンジョン内教会に視察に来たときに冒険者からもらったものらしくて大切にしてたみたいなんだけど、必要な人が持っていたほうがいいからって。もうホント、ソフィアたんマジ天使! これ付けて歩いてると、回復魔法が発動するのよ。でも、何故か明るい気持ちで楽しく歩いていないと発動しないみたいで」
「気分次第だなんて、それって不具合か何かじゃあないのか?」
「失礼ね! きっと、本当の効果は〈魔力が一層漲る〉とかそういうのなのよ。それが、私の〈姪っ子愛〉とソフィアたんの〈お姉ちゃん愛〉が融合して、そのような奇跡を――」
「いや、それ、どう考えても不具合だろう」
「神が施し給うた愛の奇跡を過ち扱いするの、やめてもらえる!?」
死神ちゃんがせせら笑うと、彼女は非難がましく声をひっくり返した。
彼女はせっかく素敵な指輪をもらったので、それに合わせて装備も新調しようと思ったのだという。お目当ての品は〈天女の羽衣〉だそうで、魔法や状態異常を防御してくれるという大変希少なアイテムなのだとか。
「異国の女神の力を借りるのは、この国を加護する神に仕えし一族の出である者としてどうかとは思うんだけど。でも、絶対にこの指輪に合うと思うのよ。それに、物理以外の攻撃に対して強くなって、さらには指輪で回復って素敵じゃない? しかも、羽衣をまとって、ふわふわキラキラしながら踊り歩く様はまさに天女そのもの! 清らかで美しい私に、とてもぴったり!」
「は? 誰が清らかで美しいって?」
「だから、私」
「はい……?」
「私、クラールスっていうの。清らかとか、美しいって意味よ」
「幼女に生乳押し付けて酸欠にしてくる痴女のどこが、清らかで美しいって?」
死神ちゃんは思わず真顔になると、バッサリと切り捨てるように言った。するとお姉ちゃんは癇癪を起こして、悔しそうに地団駄を踏んだ。
お姉ちゃんは気を取り直すと、死神ちゃんを抱きかかえて歩き出した。次第に彼女は〈ソフィア界〉にシフトしていき、興が乗ってきたのかスキップをし始めた。すると例のピロピロ音がなり始めた。死神ちゃんは〈付き合いきれない〉とでも言いたげなひどい顔をしていたが、そんなことなどお構いなしにお姉ちゃんは楽しげにスキップし続けた。そして、とある部屋の扉をバアンと音を立てて豪快に開けると、彼女は部屋に踏み込みながら満面の笑みでクルリと一回転した。思わず、死神ちゃんは「えええ」と大きな声を上げた。
「えっ、何、何か変なことでもあった?」
「いやだって、今、今までで一番回復の光が強く瞬いただろ。何でだよ」
「さあ、何でだろう? 扉を潜りながら楽しく一回転すると、何故か通常よりもピロるんだよね」
「だから、何で!? 気分の問題なのか? それとも扉に何か因縁でもあるのか!?」
「やっぱりこれも、ソフィアたんの〈お姉ちゃん愛〉の――」
「いや、それだけは絶対に違うだろう」
お姉ちゃんがギャアギャアと文句を捲し立てるのを、死神ちゃんは聞き流した。すると、彼女は指輪を外して死神ちゃんに差し出してきた。
「この効果が過ちと言うのであれば、私以外の人が使用してもその効果が発揮されるはずよね!?」
「いや、俺、死神であって人ではないんですけど」
「うるさいな。文句言ったのはそっちでしょう? だったら、とっとと検証してみなさいよ!」
死神ちゃんは渋々指輪を受け取ると、指にはめて辺りを歩いて回った。しかし、ピロピロいうことはもちろん無かった。
「ほら、俺は人じゃあないから反応しないんだよ」
「違うわね。あなた、今、全然楽しそうじゃあなかったじゃない。もっと楽しげに! 笑って! スキップして! ――ほら、もっと! さあ、扉を潜って最高の笑みでターン!」
死神ちゃんはうっかりお姉ちゃんの指示に乗った。最初は嫌々だったものの、スキップをしているうちに段々と楽しくなり、まるで幼女のように可愛らしい笑い声を上げていた。そして指示に従って最高のターンを決めると、緑の明るい光とともにピロッという音が辺りに響いた。
「すげえ! 俺でもピロッた! すごいなこれ!」
「ああああああああめちゃめちゃ可愛らしかったあああああああああ!!」
死神ちゃんが頬を上気させながら驚嘆すると、そこにお姉ちゃんが突っ込んできた。彼女はそのままの勢いで近くにあった落とし穴に落ちていった。霊界に降り立つと、彼女はグッと拳を握りながら得意満面の表情で胸を張った。
「やっぱり、ソフィアたんの愛の力は凄いってことね! 死神にですら施しを与えるのだから!」
「いや、お前、その解釈どうなんだよ。〈お前以外の他人が使用して効果が出たら不具合〉っていう話じゃあなかったか?」
「そんなことはどうだっていいのよ! ソフィアの愛は私どころか世界を救うってことでいいじゃない! そのほうが、私は楽しいわ!」
生死どちらの世界にいても意思疎通ができるほどに能力者であるお姉ちゃんは、生き返りに行こうとせず、そのまま死神ちゃんに食って掛かった。しかし、銀の鎌を持った死神が近くに差し迫ってくると「幼女は正義なのよ!」という訳の分からない捨て台詞を吐きながら去っていった。その背中を見送りながら、死神ちゃんは盛大にため息をついた。
後日聞いたところによると、例の指輪にはやはり不具合があったそうだ。しかし、おもしろいからそのままにしようということになったらしい。死神ちゃんは改めて「王国的には結構厳しい状況らしいのに、冒険者たちも裏世界も何かエンジョイしているところがあるよな」と思ったのだった。
――――つらく厳しいだけでは駄目。物事が続いていく秘訣は、エンジョイすることにあると思うのDEATH。
音は次第に近づいてきた。しかも、速度を上げて。死神ちゃんが怪訝な顔で音のするほうを眺めていると、恍惚とした表情の踊り子が猛スピードでスキップをしながら突っ込んできた。驚いてギョッと目を剥いた直後、死神ちゃんは視界いっぱいの肉まんに圧迫された。
「あああああああああああああ幼女可愛い幼女うふふふふふふふふへへへへへへへ」
「ぐるじい!」
「ソフィアあああああ! ソフィアたあああああん! マイスイートラブリーエンジェ――」
「だからっ! 苦しいっつってんだろうが!」
「あんっ!」
何とか肉まん責めから脱出すると、その豊満でぽよんぽよんなやつの側面を叩いて死神ちゃんは怒りを露わにした。そして、何故か嬉しそうに嬌声を上げた彼女を睨んで怒鳴りつけた。
「だから、何度も言わせるなよ! いい加減、〈ソフィア界〉に没入していくのはやめろよ! 凄まじく迷惑なんだよ!」
「だって、仕方がないじゃない! ソフィアが可愛らしいのは真理なんだから! ソフィアが魅力的なのは摂理なんだから!」
「ああうん、そうだよな。あいつこそ、神に選ばれし存在だよな。未来の教皇を自称する、どこぞのおしゃべりな叔父さんと違って」
「げっ、何で兄貴の名前を知っているのよ。あいつ、わざわざ死神相手に、自分から名乗ったっていうの?」
踊り子は実兄の名前が突如飛び出してきたことに、辟易とした表情を浮かべた。死神ちゃんは彼女と同じような表情を浮かべると、盛大に悪態をついた。
「そういうお前も、死神相手に発情期の猫のような態度をとって、自らとり憑かれに来るなよな」
「それは、あなたがそんなソフィアたんを思い起こすような容姿をしているのがいけないんでしょう」
フンと鼻を鳴らす踊り子に、死神ちゃんは呆れて口をあんぐりとさせた。
彼女はアイドル天使と称される聖女・ソフィアの叔母である。彼女は兄である〈おしゃべりさん〉とともに、姪っ子を溺愛している。そしてその抑えきれないほどの愛によって、ソフィアと同じくらいの背丈の女の子を見かけると〈ソフィア界〉というハッピーな世界に旅立ち、しばしば周囲に迷惑をかけていた。
そんなはた迷惑な彼女だが、実は兄よりも実力のある冒険者である。さらに言えば、現状、一番〈ダンジョンの奥〉に進んだことのある者の一人でもあった。生まれ持った聖なる力のおかげもあり、踊り子という職業にもかかわらずソロ探索も苦ではないらしく、本日みたいに一人でダンジョン内をウロウロとしていることもザラだった。
「で、本日は如何様なご用件で?」
ふてぶてしく鼻を鳴らしながらそう言うと、死神ちゃんは「一人ってことは、踊りの練習かアイテム掘りか」と付け加えた。すると彼女はうなずきながら「アイテム掘りよ」と答えた。そして、これみよがしに身に着けている指輪を見せつけながらデレデレとだらしなく笑った。
「ほら、これ見て。これ。ソフィアたんがね『お姉ちゃんの冒険者職は踊り子だから、巫女だった時よりも満足に力を発揮できないでしょう?』ってことで、プレゼントしてくれたのよー! 前にダンジョン内教会に視察に来たときに冒険者からもらったものらしくて大切にしてたみたいなんだけど、必要な人が持っていたほうがいいからって。もうホント、ソフィアたんマジ天使! これ付けて歩いてると、回復魔法が発動するのよ。でも、何故か明るい気持ちで楽しく歩いていないと発動しないみたいで」
「気分次第だなんて、それって不具合か何かじゃあないのか?」
「失礼ね! きっと、本当の効果は〈魔力が一層漲る〉とかそういうのなのよ。それが、私の〈姪っ子愛〉とソフィアたんの〈お姉ちゃん愛〉が融合して、そのような奇跡を――」
「いや、それ、どう考えても不具合だろう」
「神が施し給うた愛の奇跡を過ち扱いするの、やめてもらえる!?」
死神ちゃんがせせら笑うと、彼女は非難がましく声をひっくり返した。
彼女はせっかく素敵な指輪をもらったので、それに合わせて装備も新調しようと思ったのだという。お目当ての品は〈天女の羽衣〉だそうで、魔法や状態異常を防御してくれるという大変希少なアイテムなのだとか。
「異国の女神の力を借りるのは、この国を加護する神に仕えし一族の出である者としてどうかとは思うんだけど。でも、絶対にこの指輪に合うと思うのよ。それに、物理以外の攻撃に対して強くなって、さらには指輪で回復って素敵じゃない? しかも、羽衣をまとって、ふわふわキラキラしながら踊り歩く様はまさに天女そのもの! 清らかで美しい私に、とてもぴったり!」
「は? 誰が清らかで美しいって?」
「だから、私」
「はい……?」
「私、クラールスっていうの。清らかとか、美しいって意味よ」
「幼女に生乳押し付けて酸欠にしてくる痴女のどこが、清らかで美しいって?」
死神ちゃんは思わず真顔になると、バッサリと切り捨てるように言った。するとお姉ちゃんは癇癪を起こして、悔しそうに地団駄を踏んだ。
お姉ちゃんは気を取り直すと、死神ちゃんを抱きかかえて歩き出した。次第に彼女は〈ソフィア界〉にシフトしていき、興が乗ってきたのかスキップをし始めた。すると例のピロピロ音がなり始めた。死神ちゃんは〈付き合いきれない〉とでも言いたげなひどい顔をしていたが、そんなことなどお構いなしにお姉ちゃんは楽しげにスキップし続けた。そして、とある部屋の扉をバアンと音を立てて豪快に開けると、彼女は部屋に踏み込みながら満面の笑みでクルリと一回転した。思わず、死神ちゃんは「えええ」と大きな声を上げた。
「えっ、何、何か変なことでもあった?」
「いやだって、今、今までで一番回復の光が強く瞬いただろ。何でだよ」
「さあ、何でだろう? 扉を潜りながら楽しく一回転すると、何故か通常よりもピロるんだよね」
「だから、何で!? 気分の問題なのか? それとも扉に何か因縁でもあるのか!?」
「やっぱりこれも、ソフィアたんの〈お姉ちゃん愛〉の――」
「いや、それだけは絶対に違うだろう」
お姉ちゃんがギャアギャアと文句を捲し立てるのを、死神ちゃんは聞き流した。すると、彼女は指輪を外して死神ちゃんに差し出してきた。
「この効果が過ちと言うのであれば、私以外の人が使用してもその効果が発揮されるはずよね!?」
「いや、俺、死神であって人ではないんですけど」
「うるさいな。文句言ったのはそっちでしょう? だったら、とっとと検証してみなさいよ!」
死神ちゃんは渋々指輪を受け取ると、指にはめて辺りを歩いて回った。しかし、ピロピロいうことはもちろん無かった。
「ほら、俺は人じゃあないから反応しないんだよ」
「違うわね。あなた、今、全然楽しそうじゃあなかったじゃない。もっと楽しげに! 笑って! スキップして! ――ほら、もっと! さあ、扉を潜って最高の笑みでターン!」
死神ちゃんはうっかりお姉ちゃんの指示に乗った。最初は嫌々だったものの、スキップをしているうちに段々と楽しくなり、まるで幼女のように可愛らしい笑い声を上げていた。そして指示に従って最高のターンを決めると、緑の明るい光とともにピロッという音が辺りに響いた。
「すげえ! 俺でもピロッた! すごいなこれ!」
「ああああああああめちゃめちゃ可愛らしかったあああああああああ!!」
死神ちゃんが頬を上気させながら驚嘆すると、そこにお姉ちゃんが突っ込んできた。彼女はそのままの勢いで近くにあった落とし穴に落ちていった。霊界に降り立つと、彼女はグッと拳を握りながら得意満面の表情で胸を張った。
「やっぱり、ソフィアたんの愛の力は凄いってことね! 死神にですら施しを与えるのだから!」
「いや、お前、その解釈どうなんだよ。〈お前以外の他人が使用して効果が出たら不具合〉っていう話じゃあなかったか?」
「そんなことはどうだっていいのよ! ソフィアの愛は私どころか世界を救うってことでいいじゃない! そのほうが、私は楽しいわ!」
生死どちらの世界にいても意思疎通ができるほどに能力者であるお姉ちゃんは、生き返りに行こうとせず、そのまま死神ちゃんに食って掛かった。しかし、銀の鎌を持った死神が近くに差し迫ってくると「幼女は正義なのよ!」という訳の分からない捨て台詞を吐きながら去っていった。その背中を見送りながら、死神ちゃんは盛大にため息をついた。
後日聞いたところによると、例の指輪にはやはり不具合があったそうだ。しかし、おもしろいからそのままにしようということになったらしい。死神ちゃんは改めて「王国的には結構厳しい状況らしいのに、冒険者たちも裏世界も何かエンジョイしているところがあるよな」と思ったのだった。
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