天才鍼師の俺に治せないビョーキはない…ハズ!

久遠寺遥

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狩嶋鍼灸院は今日もヒマ

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「お客さんですよ」

「三人目? めずらしいな」

「三人でめずらしいなんて言ってたら、本当にココ、潰れちゃいますよ」

「そういうことは後にしろ。お客さんに聞こえるだろ」

「はーい」

 美織のやつ、経営というものがわかっていない。

 鍼灸院しんきゅういんはイメージが大切。お客が少なくても、繁盛しているフリをする。それが鍼灸院の鉄則。

「あっ、三波さん、お久しぶりです。今日はどうなされました?」

 言葉づかいは、ていねいに。これが全ての基本。

「寝違えちゃってね、このあたりが痛むのよ」

「あー、ここですね。少し赤くなってますよ」

「そうそう、そこ」

「もしかして、温めちゃいました?」

「いや、何もしてないよ」

「そうですか? おかしいな、これは温めた感じだけど……」

「血行が良くなると、治るのが早いかな、と思って、熱い風呂に入ったけど、それって関係ある?」

 それだよ、それっ!

 でも、上から目線のお説教は厳禁。中卒の俺がそんなことしたら、三波さんみたいなガンコじじいは二度と来てくれなくなる。

「寝違えたときは、冷やしたほうがいいみたいですよ。
 お風呂に入ると患部も温まって、かえってよくないらしいです」

「そうなの?」

「はい。でも、鍼を打てば、すぐに良くなりますから、安心してください」

「よろしく頼むよ」

 三波さんは焼き鳥屋「鳥将軍」の大将だ。

 いつも焼き鳥を焼きながら、自分でも焼き鳥を食べちゃうらしい。しかもビールを飲みながら。だからスゴク太っている。

 こういう人に鍼を打つのはムズカシイ。鍼先がツボに届くまで、ブ厚いお肉が邪魔をするからだ。

 でも、それはフツウの鍼師はりし。俺は天才だから、ダイジョウブ。

 目を細めて意識を集中しながら、肩から腕に視線を走らす。

 ほーら、もう赤いスジが見えてきた。これが経絡だ。その上に黒い影が見える。

 肩にひとつ、それから、腕にふたつだ。フツウは影がみっつも見えるのは重症だ。
 
 だけど三波さんは爺ちゃんと同級生のお年寄りだからしかたがない。

 この影は「としのせい」ってやつだ。歳をとると体にガタがくる。

 そういうものケアするのが鍼師の仕事。

 ふつうの鍼師にとっては、ツボは本を読んでおぼえるものらしいけど、俺にとっては影が見えるポイントがツボだ。

 肩のほうのツボは肩井けんせいとか言ったはずだけど、腕のほうの名前は忘れた。

 おぼえておかないと爺ちゃんにしかられるけど、俺には知識なんていらない。

 だって、見えるから。

 天才に勉強は必要ないってこと。

「では、打ちますよ。美織みおり、ディスポの三番……おい、美織」

 またどこかに行ったな。

 まあ、いいか。天才に助手は必要ない。

 まずは肩だ。

 俺は愛用のディスポ三番鍼さんばんばりをパッケージから取り出した。

 はり鍼管しんかんという鍼よりも少しだけ短いクダに入っている。

 打鍼だしんの時はクダの先をツボに当てて、中に入っている鍼の頭をポンと叩く。

 鍼はスゴク細いから、クダを使わないと打鍼のときに曲がってしまって使い物にならない。

 中国では鍼を指でつまんで刺しても曲がらないくらい太い鍼を使うらしいけど、そういう鍼だと日本人の体には刺激が強すぎる。

 細い鍼も鍼管も日本人の発明だ。

 患者の体質に合わせて鍼を改良した人は、俺と同じくらいの天才。尊敬しちゃう。

 俺は三波さんの肩井に鍼管を当て打鍼した。

 鍼先が刺されば、もう鍼管はいらない。鍼管を捨てて、鍼をつまみ、少しずつ深く沈めてゆく。

 指先につたわるネットリとした感触。

 脂肪が多い人に鍼を打つと、いつもこの感じ。

 ツボは脂肪よりも下にあるから、深く刺さないといけない。

 指先にピリッとする感じが来た。これは鍼がツボに届いた証拠。

 俺はゆっくり鍼を回した。これが捻転瀉法ねんてんしゃほう経絡けいらくに詰まった悪い気を抜き取る。

「どうですか?」

「ズーンと来るね。効いてるよ」

 やっぱりね。だって、手ごたえありまくりだから。

 これで効かないはずはない。

「腕を出してください」

「え? 痛いのは首だよ」

「経絡が肩から腕まで伸びてるんです。
 患部の近くよりも、遠くから効かせるほうが治りが早いですよ」 

「そうかい?」

「そうです。行きますよ」
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