天才鍼師の俺に治せないビョーキはない…ハズ!

久遠寺遥

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美形アシスタント美織はご機嫌ナナメ

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 三波さんは腕をじっと見ている。

 こういう時はスバヤク打つのが鉄則。

 ゆっくり鍼管を近づけると怖くなる。恐怖感があると、効き目が悪くなるから、それを避けるわけ。

 いつ打つのかな、と思っているうちに鍼の頭をポンと叩いてツボに届かせる。俺の早業。

「おっ、これは、また来るね」 

「でしょう?」

「首まで響くよ。腕から首に冷たい水が流れ込むみたいな感じ」

「それですよ。もうひとつ、これで最後」

 さらに早業を使う。

 最初のモーションをゆっくり。鍼を打つ直前の動きをスバヤク。

 そうすると、最初のゆっくりしたモーションが続くと勘違いしているうちに、もう打ち終わっているというわけ。

 俺が本気出せば、患者さんは怖いなんて感じている時間はない。

「ひえー、何これ? 首が軽くなった。まるで、何もないみたい」

「これが鍼の効果です。スゴイでしょう?」

「スゴイ! 伸君、親父さん超えしちゃったんじゃない?」

「え、そうですか?」

 三波さんはさすがだ。俺の腕のスゴさをわかっている。

「間違いないよ」

「いやー、まいったなー。それほどでもないですけど。父さんの腕を超えちゃったかもしれないです」

「鍼、ちゃんと抜いてね」

「あ、すいません。すぐ抜きます」

「もう、ぜんぜん痛くない。それに何だかスッキリしたよ」

 それは当然。俺はただ痛みを治すだけのセコイ鍼は打たない。

 痛みを消して、そのついでに気のめぐりにドライブをかける。

 気が経絡に溜まった毒を洗い流せば、体は軽く、気分は爽快。これだけの鍼は、なかなか打てるものじゃない。

 我ながら、いい鍼打っている。

「おいくらだっけ?」

「五千円ですけど、三波さんの打たれっぷりがいいので、半額でいいですよ」

「ホント? 悪いね」

「いえいえ、医は仁術。カネのためではありませんから」

「はい、じゃあ、これで」

「毎度、ありがとうございます」

「ところでさ、最近、権蔵さんがよく来てるみたいだね」

「爺ちゃんですか、確かに、毎日来ますけど……」

「体の具合でも悪いの?」

「いや、治療じゃありません。毎日昼頃に来て、碁の本読んだり、ネットで対局したりしてます」

「じゃあ、元気なんだね」

「元気すぎるくらいです」

「だったら、たまにはウチに来るように言っといてよ。
 新潟の地酒が入ったからさ。伸君もよかったら一緒に来てね。じゃあ、また」

 さすが三波さんだ。いいことを言う。

 爺ちゃんは、普段はケチだけど、酔っぱらうと気前がよくなる。

 一緒に三波さんの店に行って、爺ちゃんを酔わせ、俺はおいしい焼き鳥を腹いっぱい食べる。いいぞ、この計画!

「ちょっと、狩嶋さん、また半額にしたでしょう?」

 振り向くと、ほほを膨らませた美織が俺をにらんでいた。

「美織……どこに行ってた?」

「裏庭でキャタピラちゃんたちの世話をしてました」

「キャタピラちゃん?
 まだイモムシ飼ってるのか?」

「もちろんです。チョウチョになるまで育てますよ」

「うえー、気持ち悪っ。そういうのは、自分の家でやってくれ」

「やですよ。ママにしかられるもん」

「俺もやだ。ここは俺の家だ。イモムシを飼うのはやめてくれ」

「この建物はパパのものでしょ」

「俺が借りてるんだから俺の家だ」

「家賃払ってないじゃん」

「痛いところを突いてきたな」

「どうして家賃払えないか、教えてあげましょうか?」

「聞きたくない」

「今日は言わせてもらいます。狩嶋さんは、経営というものがわかっていません」

「なに?」

「お金もないのに、すぐに治療費を半額にする。これは大問題です」

「それはだな、また来てもらうためだよ。
 リピートしてもらえば、値引きしてもトータルでは儲かる。これがカシコイ経営ってものよ。
 まあ、美織はまだ子供だから、わからないだろうけどな」

「リピートですか。ふうん」

「何だ、その、ふうんてのは?」

「この鍼灸院、リピーターいます?」

「あまりいない」

「あまり、じゃなくて、ぜんぜんいません」

「それはだな、俺の腕がよすぎるからだ。俺は一回打てば完璧に治す。
 だからリピートする必要がないわけ。お客がリピートするのは、鍼師の腕が悪いからだ」

「じゃあ、やっぱり、リピーターはいないじゃないですか。
 なのに治療費は半額にする。これで経営が成り立ちますか?」

「理屈を言うなっ」

「あーあ、バイト代も踏み倒されちゃうのか、つらいな……」

 美織の実家は地元では有名な大金持ちだ。

 この近所にたくさん土地を持っていて、ビルなんかも建てている。
 この鍼灸院の建物も、父さんが美織の父さんから借りているものだ。

 美織はバイトなんかする必要はないはずなのに、なぜか俺の鍼灸院でバイトをしている。

 俺の鍼灸院は儲かっていない。だから本当はバイトなんて必要ない。

 俺が美織を雇っているのは、美織の父さんから頼まれたからだ。

 何しろ家賃をほとんど払っていないから、美織の父さんには逆らえないわけだ。

 案の定、バイト代はロクに払えていない。それでも辞めるつもりはなさそう。

 まあ、バイトと言っても、好きなときに来て、好きなときに帰るだけ。

 大して働いていないから、遊び半分のつもりで始めたのかもしれないけど、今では違う。
 
 俺は最初から美織のアツイ視線を感じていた。特に最近はスゴク感じる。

 美織が俺の後ろ姿、特に耳の後ろあたりをじーっと見ているのを俺は知っているのだ。

 まあ、美織が俺のことを好きになるのは仕方ないか。

 だって、俺は天才だからな。女子が男の才能に惚れる。これは自然の摂理だ。

 俺としても、いないよりはマシだと思っている。

 やっぱり女の子は奇麗好きだし、若い子がいると、お客も喜ぶ。

 それに、まあ、正直言って、美織はカナリ可愛い。性格はキツイけど。
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