天才鍼師の俺に治せないビョーキはない…ハズ!

久遠寺遥

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冥界への入り口・脱魂鍼(だつこんしん)

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「そうに決まってます」

 鉢植えのランを見ると、ツボミができていた。たった一晩で。
 信じられない……

「よかった。これで間に合う」

「あれ、美織も由香里ちゃんのこと気にかけてたんだ?」

「えっと、由香里ちゃんって……」

「だって、ほら、由香里ちゃんさ、お父さんの誕生日までに退院したいって言ってたから。
 爺ちゃんに聞いたんだろう?」

「あー、えーっと、そうです」

 ドアの向こうで自転車の急ブレーキの音がしたかと思うと、爺ちゃんが駆け込んできた。

 爺ちゃんは俺につかみ掛るような勢いで俺の頭を押さえて耳の後ろを確認した。

「緑かっ!」

 爺ちゃんは膝を床について、がっくりとうなだれた。

「どうしたの?」

「緑のホクロができたということは、天眼が開くのは九十日後じゃ」

「それじゃあ、間に合わないんですか?」

 美織の笑顔が消えた。

「あとは、史門が戻って来るのを待つしかない」

「ごめんなさい」 

 美織が泣きだした。

 どうなってるんだ?

「美織ちゃんのせいじゃない。もう泣くな」

「だって、ママのせいで……」

「ちょっと、さっきから二人でなに話してるんですか?」

「えっと、それは……」

「要するに、天眼が早く開けばいいんでしょう?」

「それは、そうじゃが……」

「ホクロの色と関係あるんですか?」

「ある。緑のホクロは九十日すると青に変わる。その時に天眼が開くのじゃ。
 最初からホクロが青ければ、ホクロができると同時に天眼が開くのじゃが……
 お前のホクロは緑色じゃ」

「もっと早く青にする方法はないの?」

「ある……が、それは、やってはいけないことじゃ」

「なんだ、それならそうと、早く言ってよ。
 何でもするからさ」

「いや、いかん、それはダメ。ムリじゃ」

「もったいぶらないで、早く教えてよ」

「いや、お前に何かあったら、史門にも顔向けができん」

「教えるだけならいいでしょう? 
 教えてくれないなら、俺、切腹しますよ」

「切腹?」

「だって、由香里ちゃんに約束したから。
 もし約束守れないなら、生きて行けません」

「お前はバカか?」

「肝心なときに約束破るようじゃあ、生きててもしょーがないでしょう」

「やっぱり、お前は史門の子じゃのう……
 わかった。そこまで言うなら教えてやろう。
 脱魂鍼だつこんしんじゃ」

「脱魂鍼?」

「そう。その緑色のホクロがある人間に脱魂鍼を打つと、魂が肉体を離れて冥界をさまよう。
 それは、つまり、一度死ぬということじゃ。

「死ぬ?」

「そうじゃ。
 冥界でなにが起きるか、ワシも知らん。
 ひとつだけ確かなことは、生き返れば、その時に天眼てんがんが開いておるということだけ。
 生き返らなければ、もちろん、そのままじゃ」

「なんだ、そんなことか。早く言ってよ。
 で、脱魂鍼ってどうやって打つの?」

「お前、怖くないのか?」

「俺って、天才でしょ。生き返るに決まってるから」

「やっぱり、教えないほうが良かったか……」

「いいから、早く教えてよ」

「気海から全身の気をしゃす。それだけじゃ。
 全身の気を瀉せばどうなるか、そんなことくらい、お前にもわかるじゃろう?」

「全身の気を抜く……確かに、死にますね。
 じゃあ、今から打ちますから、帰りにカギかけといてください」

「ちょっと、まて」

「こういうことは、勢いが大切なんです。
 いろいろ考えると、先に進まなくなるから、黙ってて下さい」

 俺は治療室に入って中からカギをかけた。

 爺ちゃんがドアをたたく音がするけど、今さらドアを開けても時間のムダ。イミない。

 俺はベッドに横になった。

 死ぬのか……

 やっぱり怖いけど、生き返る可能性があるなら、切腹よりはマシだ。

 愛用のディスポ三番鍼を使おう。

 へその下、指の幅二本分。

 気海きかいの上に手を近づけると、経脈を流れる気の振動が伝わって来る。

 鍼を打ち込む。

 痛みはない。

 鍼を回転させると、ツボの周りがひんやりしてきた。

 鍼が体の中の気を引き寄せ、体の外に逃がしてゆく。

 鍼は細いのに体から出て行く太い気の流れを感じる。

 人間の体の中には、けっこうたくさん気が蓄えられているんだな。

 ひんやりした感じは、ヘソの周りから腹、胸に広がり、手も足も冷たくなってきた。

 鍼を回している指先に感覚がなくなってきた。

 音が消えた。暗くなって行く……

 これが死ぬってことなのか?
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