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第115話 妹
しおりを挟む~ミナセ~
──シィーリアの屋敷。
「んん~!!!」
屋敷に戻ったらユイが口をつぐんで唸っていた。メイド長のハルフェルさんに聞いたら「あまりにうるさいから口封じの魔法を使った」とにこやかに説明された。口封じってそういう意味だっけ? にこやかに説明するハルフェルさんが怖いよ……。
ベッドの上で魔法の鎖を引きちぎろうと暴れるユイ。落ち着け私……絶対上手くいくから、大丈夫。
呼吸を整えていると、隣にいたシィーリアが私の背中をポンと叩いた。
「ミナセ。オヌシがやればきっと大丈夫じゃ。きっとユイも本心ではそれを望んでおる」
他のみんなも心配そうな顔で私達を見ていた。カズ君が頷くのを見て、私はユイの方へ向き直る。
「うん」
ユイに近付くとハルフェルさんが指先をつまんで引くような仕草をする。すると、ユイの口はジッパーのように開いた。
「テメェ!! ふざけんなよマイ!! 絶対殺してやるからなぁ!!!」
「大丈夫だよ。苦しいの取るだけだから」
「殺してやる!!!」
伝わらない言葉、ユイの瞳に憎悪の色が灯る。それを受け流していつものように振る舞う。ユイを不安にさせたくない……私は敵じゃないよって伝えたいから。
ビンを取り出して、手のひらにミニスキルイーターを出す。
「プギュ!」
スキルイーターが私の手のひらにスリスリと体を寄せる。初めは気持ち悪かったけど、この1時間で随分慣れた。
「ユイ、今からね、この子にユイの狂乱のスキルを食べて貰うから。そうしたら苦しいのが無くなるよ」
「はぁ!? お前アタシを裏切っておいてまだアタシから奪う気かよ!!」
「違う。奪うんじゃない。ユイの苦しいのを取ってあげたいだけ」
ユイのお腹にスキルイーターを乗せようとしたら、ユイが逃げようと体を捩った。スキルイーターが戸惑うように私の方へ体を向ける。
「大丈夫。この子の「狂乱」っていうスキル食べて上げて」
「プギ!」
スキルイーターがコクリと頷くとユイのお腹の上に飛び乗る。
「やめろ!! 気持ち悪いもん近付けんな!!」
「大丈夫。私も飲み込まれたことあるから。だからユイだけに気持ち悪い思いをさせる訳じゃないよ」
「はぁ!?」
スキルイーターは、ユイの着ていた服の中へと入って、胸の方へと進んでいった。
「あ、ぐ……やめろ!」
ユイか心底気持ち悪そうな顔をする。スライムに体を這いずられる感触なんて味わうことないだろうし当然だろうな。
「でも、もうちょっとだけ我慢して。ね?」
「ちょっ、離せってええぇ!!」
暴れるユイ。だけど彼女を拘束している手錠は外れない。スライムが胸に到達するのは止められず、胸の辺りが赤く光る。スキルを吸われている光が。
「あ……ぐ……熱っ……」
苦しむユイを抱きしめる。スキルを奪われる時の苦しさ……私も渋谷でスキルを奪われた時、苦しかった。胸の熱さ、痛みと喪失感、それが同時に襲って来るあの感覚は今でも思い出したくない。
だけど、今はそれがユイを助けるんだ。
「クソがぁ!!」
ユイが力を振り絞って私の肩に噛み付いてくる。ものすごい力で歯が食い込み、激痛が走る。でも、だからこそ離せない。これはユイが1人になった時の悲しみだ。私がユイを裏切ったことへの苦しみだ。だから……全部受け止める。
「大丈夫だよユイ。もう少しだから」
ユイの頭を抱きしめたまま、ゆっくりと撫でる。
「やめ゛……」
ユイの力が少しだけ弱まった気がする。
「私がこうしてるから。ユイは何も心配しなくても大丈夫。大丈夫だよ」
「う、ぐ……」
ユイの力が抜けていく。食い込んでいた歯がするりと抜けて、力無く項垂れる。
「おね……ちゃ……」
ユイは、声を振り絞るように呟くと私の腕の中で意識を失った。
◇◇◇
~461さん~
ユイが意識を失って1時間ほど。目覚める様子が無かったので、俺達は一度客間で待機することになった。
「ブギィッ!!」
ミニスキルイーターがテーブルの上を駆け回る。狂乱のスキルを取ったせいか、やたら凶暴になって。
「やっぱり小さいと可愛いわね」
「ほらほら私は怖くないぞ~」
アイルとリレイラさんがスキルイーターに手を伸ばすが、スキルイーターはイライラした様子で2人に噛みつこうとした。
「ひいっ!? やっぱり可愛くないわねコイツ!?」
「スライム種も噛みつきができるとは……っ!?」
ビビるアイルに感心したようにスマホにメモるリレイラさん。何やってんだよ2人とも。
「おいで」
ミナセが手を差し伸べると、スキルイーターがその手のひらの上に乗る。イライラしている様子はあるが、なんとなく懐いている雰囲気があるな。
「支配者の指輪のコントロールが効いているようだ」
ジークがミナセの手に乗ったスキルイーターを覗き込む。操るだけじゃなく、装備者に好意に近い感情も持たせるのか。相当強力なアイテムだな、これは。
もし、九条商会の長谷部が使用回数全てを使っていたら危うかった。まぁ、オノクロタルスの成長具合を聞いた限りではヤツらにとってもさほど時間は無かったようだが。
そんなことを考えていると、客間の扉が開く。そこから入って来たのはシィーリアだった。そして、その後ろにいたのは……。
◇◇◇
~ユイ~
目が覚めると、妙にスッキリしていた。今まで胸の奥に渦巻いていた怒りとか、悲しみとか、色んな気持ちが消えたような感じがして。
ベッドから体を起こすと、銀髪の少女が窓際に座っていた。小学生くらいの見た目に銀色の長い髪。鬼のように真っ直ぐ伸びた角……魔族か。
「目が覚めたか」
少女はシィーリアと名乗った。それからアタシの身に起きた事を教えてくれた。「狂乱」のスキルによって負の感情に支配されたこと。マイがアタシを助けてくれたこと。マイの仲間達がスキルイーターを使って狂乱を取り除いてくれたことを。
「なんで……なんでアタシなんかを」
「ミナセがオヌシを助けたいと願ったからじゃ」
「マイが?」
シィーリアは、無言で頷いた。
「ミナセはオヌシを残して九条を出た事をずっと悔やんでおった。オヌシの怒りは最もじゃ。裏切られたと思うじゃろう。だが、これだけは分かってやっておくれ。ミナセもオヌシのように追い詰められておった。あの子は生きる為に九条を出るしかなかったことを」
生きる……ために。
そういえば、初めてダンジョンに放り投げられた時、マイはいつも私の事を気にかけてくれていた。ずっと……だからアタシは……。
「ユイ。もうオヌシは自由じゃ。もう九条の言うこと聞かなくても良い」
「自由……自由か」
そう言われても実感が分かない。この部屋を出たら、九条アラタが待っているような気がしてしまう。
「不安か?」
「……」
「ならば、皆の所へ行こう。皆、オヌシの目覚めを待っておる」
シィーリアに手を引かれ屋敷の中を歩いて行く。デカい屋敷……それだけで目の前の少女がただの子供ではないと分かる。
しばらく廊下を進んで、辿り着いたのは大きな扉。そこを開けると数人の人が座っていた。
アタシが襲った鎧の男。ツインテールの少女に、魔族の女……アイツは名前を知ってる。探索者のジークリードだ。そして……。
「ユイ!!」
マイが走ってきてアタシに抱きついた。何が起こったのか分からなくなって頭の中が真っ白になる。マイは私の肩に顔を埋めておいおい泣き出してしまう。
「な、泣きすぎ……だって……」
「だってぇ……だってぇ……」
肩が濡れてビシャビシャだ。だけど、不思議と嫌な気持ちはしなかった。あんなにマイのこと憎くて殺したいって思っていたのに。今、マイは私のために泣いてくれている。なんか、それが胸の奥でむず痒いような、懐かしい気持ちになる。ずっと忘れていたような気持ちに……。
ふと見ると、マイの右肩にじんわりと血が滲んでいた。うっすら覚えている。スキルを奪われるのが苦しくて、マイに噛み付いたことを。
……。
シィーリアは言っていた。マイは生きるために九条を出たって。肩に濡れる涙、震える体。それでなんとなく分かってしまう。マイもずっと苦しんで来たんだってことが……。
「マイ……ごめん……」
私も、泣きじゃくるマイを抱きしめた。抱き締めると、ずっと……こうしたかったんだと分かった。色んな物がぐちゃぐちゃになる中で、アタシに唯一残っていたのはマイだけだったのかもしれない。
ダンジョンが現れて色々なことがあった。色々な物を無くしたし、色んな物を奪ってしまった。
でも、マイを殺さなくて……殺してしまわなくて……本当に、良かった。
「ユイ……帰ってきてくれて、ありがとう」
私の頬を撫でたマイは、嬉しそうに笑った。
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