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第240話 信頼
しおりを挟むシィーリアがスージニアの尋問をしている頃。
~ジークリード~
目を開けると見覚えのある天井が目に入った。ここは……シィーリアの屋敷か?
だが……違和感がある。見覚えがあるはずなのに「見え方」が変だ。視界を彷徨わせていると、左眼が見えない事に気付いた。
左眼……? 俺は……九条に左眼を斬られて……。
そうだ、天王洲は……!?
体を起こそうとして全身に激痛が走る。うめき声を上げた時、誰かに背中を支えられた。
「大丈夫か?」
肩に伝わるヒンヤリとした感触、見覚えのあるフルヘルム。俺の体を支えていたのは鎧だった。
「う……お、れは……」
鎧は何も言わない。部屋の中を見渡すと、他のベッドには俺と同じようにボロボロになったミナセとユイが寝かされていた。
「ミ、ナセ……ユイ……」
手を伸ばすが力が入らない。鎧が俺をベッドに座らせてくれる。よく見ると、鎧の隣には心配そうな顔をするタルパマスターとリレイラ・ヴァルデシュテインの姿があった。
なぜ鎧達がここにいるのか? 疑問に思っていると、タルパが俺達に何が起きたのかを教えてくれた。
九条が天王洲を連れ去り、残された俺達はスージニアに殺されそうになった。そんな時、鎧とタルパが乱入し、スージニアを捕縛したらしい。
鎧が指した先には俺達の装備が置いてあった。バルムンクの鞘が壁に立てかけられているが、本体の剣がない。それを見た瞬間、全てを悟った気がした。
俺は……あの剣の持ち主失格だと。
「すまん鎧……俺は……天王洲を……守れなかった……」
「……」
鎧は静かに俺の事を見据えていた。罵られるだろうか? 落胆されるだろうか? 俺の中には……申し訳無さだけが渦巻いた。鎧はいつも天王洲を気にかけていた。あの場に最初からいたのが鎧なら……こんな事にはならなかったはずだ……。
「……俺は準備を終えたらアイルを助けに行く。その間、何かあった時は頼む」
「だが、俺は……」
そんな資格なんて……。
「任せたぜ」
鎧が俺の肩を叩く。その声はとても優しい声だった。まるで俺の事を責めていないような、なぜ鎧はそんな事が言えるんだ。何もできなかった俺に……「任せた」なんて。
その言葉に殴られたような感覚がする。やめてくれ。俺はもう左眼も、武器も、全てを失った。
「紫電の剣」を手に入れた時の誓いも、何もかも……嘘だ。覚悟なんて嘘だ。守りたいなんて嘘だ。積み重ねて来たと思っていた。強くなったと思っていた。だけど全部無駄だったんだ。絶対に勝たなければならない時に、俺は負けた。
何があの探索者のようにだ。何がジークリードだ。何が……バルムンクだ。そんなものは……子供の戯言だ。
俺はただ……罪悪感から逃れる為だけに生きて来ただけだ。それを散々思い知らされた。
俺はもう、戦えない……。
その時、ガチャリと扉が開き、メイド長のハルフェルが入って来た。
「461様、尋問は一時休息となりました。シィーリア様がこちらに来るようにと」
「そうか、今行く」
「ま……ってくれ……」
鎧の腕を掴む。鎧は九条と戦うつもりだ。その前にどうしても伝えなくてはいけない。ヤツとの戦闘で気付いた事も全て。
……。
話し終えると、鎧はいつも通りの口調で「ありがとなジーク」と言った。いつもの口調で、いつもの言葉を。俺は、もうダメなのに。
鎧達が行ってしまう。その背中を見て急に涙が込み上げた。
「無理だ……俺は……お前が思うような人間じゃない」
視界が歪む。涙で滲んだ世界で、鎧がチラリと俺を見た。
「……お前が自分をどう思おうと勝手だ。だから俺も勝手に信じるぜ。ジークリードをさ」
その言葉を最後に、扉は閉まった。
◇◇◇
~タルパマスター~
無言で廊下を歩いて行く461さん。彼の全身からは怒りが込み上げているのが分かった。
「461さん……大丈夫ですか?」
「何が?」
「あの、珍しく冷静じゃないような気がして……」
「冷静だぜ。冷静過ぎて自分がムカつくぐらいにはな」
461さんが懐からアイテムを取り出す。アイルさん達が取りに行くと言っていた竜の逆鱗を。あの雑司ヶ谷のダンジョンに落ちていたものだ。
「……九条は俺から奪おうとした。アイルも、ジークも、ミナセも、ユイも。アイツの事情なんて知らねぇ。ヤツが俺の大事なもんに手を出した以上、アイツは潰す」
背筋がゾッとする。その声は、私が知っている461さんよりずっと冷たくて……急に不安になってしまう。九条を殺してしまったら、シン君も一緒に消えてしまうから。
「そ、その……シン君は……」
「……心配すんな。シンの状況も教えて貰ったからな。アイツも助けてみせるさ」
461さんは私を見るといつもの声で言った。
……。
シィーリアさんの所へ行き、ジークさんの目が覚めた事と、その様子を伝える。彼女は一瞬泣きそうな顔をした後、すぐに真剣な表情に戻った。
彼女はスージニアから聞いた内容を教えてくれた。東京パンデモニウムのこと、時間魔法のこと、そして何が起こるかを。
「もう時間がない。ヨロイとタルパには九条に対処して貰う」
461さんの隣で話を聞いていたリレイラさんが不安げに声を上げた。
「イシャルナ様はどうされるのですか? いくらなんでも2人で魔族であるイシャルナ様を止めるなんて事は……」
「心配するな。イシャルナ様は妾が止めよう。それが血縁たる妾の勤めじゃろう。だから……」
シィーリアさんが、リレイラさんの手を取る。そこには1通の手紙が置かれていた。
「これがあれば指揮系統は維持できるじゃろう。妾が戻るまで管理局は任せたぞ、リレイラ」
「……絶対戻って来て下さいよ。私には荷が重すぎますから……」
「うむ! 任せておくのじゃ!」
震える声のリレイラさんを見て、シィーリアさんが優しげな笑みを浮かべる。
「なぁシィーリア。すぐに行かなきゃいけないのは分かってるけどよ、ちょっと外に出ていいか?」
「なんじゃヨロイ。どうするつもりじゃ?」
「九条とやり合うには新しい武器がいると思ってな」
「……良かろう。ならば浜松町で集合する事にしよう」
「リレイラさんも来てくれるか? 言っていた職人のところへ案内して欲しい」
「もちろんだ」
詳細な場所と時間は後で連絡して欲しいと言って、461さんとリレイラさんは屋敷を出て行った。
屋敷に残された私とシィーリアさん。彼女は大きく伸びをするとメイド長のハルフェルさんへ声をかけた。
「……ハルフェル。今から言う装備をアイテム庫から持って来てくれ。それから符呪の準備もな。久々に符呪魔法を使うのじゃ」
「承知致しました」
うやうやしく頭を下げるハルフェルさん。装備? 今回シィーリアさんもダンジョンに行くと言ってたし、特殊なアイテムでも持って行くのだろうか?
「タルパもハルフェルを手伝ってくれるかの? 何せ押収品やらなんやらで数だけはあるのでな」
「何を探せばいいんですか?」
「なに、妾の装備と……我が子への置き土産じゃ」
シィーリアさんは両手を広げて目を閉じた。
「愛しき者よ、強き者よ。私はソナタを信じよう。愛しのアクゥ。幾星霜の苦難が押し寄せようとも、私はソナタを愛し抜こう。私の想いを残していこう」
シィーリアさんは、歌うように言葉を告げた。その中には聞いた事のある名前があった。
アクゥ……そうだ。夢想魔法の話をエルフのフィリナさんから聞いた時、そんな名前を言っていた。
「妾達の世界に残る古き詩じゃ。創生の神が始祖たるアクゥを魔族・神族・人族という3つの種族に分け、世界を去った日に残した詩とされておる」
シィーリアさんがゆっくり目を開く。
「妾達の祖とされるアクゥ。その者と創生神がどのような関係であったのかは分からぬ。だが、妾はこう思っておるよ。これは母が愛する子供に残した言葉じゃと」
お母さんが、子供に……?
フィリナさんが言っていた。創生神は彼女達の祖先、アクゥに愛を伝える為に夢想魔法を残したって。
あの時、私は創生神とアクゥを恋人だと思った。愛する人に魔法を残した伝説だと。だけど、シィーリアさんの考えも、素敵だな……。
「妾が知っておるジークなら、きっと大丈夫。妾はあの子を信じておる」
シィーリアさんが窓の外へと目を向ける。その先には広い草原が広がっていて、屋敷の中に光が差し込んだ。
光に照らされる彼女の顔は、私よりもずっと大人に見えた。
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