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第241話 道化
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~スージニア~
──シィーリアの屋敷。客間。
魔法を発動してみる。魔力を練り上げようとした瞬間、封印魔法が発動し、練り上げた魔力が霧散してしまう。
「……ダメか」
魔法が使えなければこの鎖は破れない。厄介だな。クソ……このままでは逃げる事もできない……。
ベッドに倒れ込むと、白い天井が目に入る。それを見ていると……先程シィーリアが言っていた時間魔法の話が蘇る。
──良いのか!? お主の大切な九条もろとも全て消し飛ぶ事になるぞ!?
アイツの話が本当なら、イシャルナ様は元より九条様との約束を守るつもりはなかったということだ。
そうだとしたら酷い話だ。九条様が目的を果たせても、助けた桜田賢人が消滅してしまえば全ての苦労が無駄になってしまうというのに。
分からない……あの人の事が。世界を放浪していた私を拾ってくれた時のイシャルナ様はとても慈悲深いお方だった。
焼け落ちたツノ無しの村に案内した時も涙を流されていた。魔族の……それも王族の人間だというのに、私達の為に心を痛めて下さるその姿に……私は胸を打たれた。
今思えば、この世界に来る前から様子はおかしかったのかもしれない。
私を連れてこの世界に来た彼女は、九条商会を使ってのスキルツリー実験を始めた。
反魔族の思想を利用し、九条商会へ探索者達を集めるよう指示したのもイシャルナ様だ。私は彼女の命令を聞き、九条商会とイシャルナ様をつなぐ役割を果たした。
探索者ではない者にスキルツリーを与え、管理局へ潜入し……彼女の命令を全て実行して来た。何の為にスキルツリー実験を行っているのか理解できなかったが、時間魔法を彼女の体に定着させるためだと仮定すれば納得がいく。
ミナセ達姉妹の実験で感情がスキルツリーに魔法を出現させる事が判明し、九条様もそれを利用して時壊魔法を出現させた。
イシャルナ様はそれを利用するつもりなのかもしれない。時壊魔法が出現した状態のスキルツリーへ外部から時間魔法を誘導すれば……時壊魔法のルーツは時間魔法だ。スキルツリーへ埋め込む事は可能だろう。
全ては彼女が時間魔法を使うため……か。
この事を九条様へ伝えないと。九条様が余りにも……。
「九条様……」
10年前……私は九条様へ桜田賢人を蘇生させる提案を伝える為に接触した。
信頼を得る為に九条商会へと入り、彼に私の身の上を包み隠さず話した。後にイシャルナ様へ彼をつなぐために私が魔族であるということはどうしても伝えておかなければならなかったからだ。
私の話を聞いた彼は、私の事を仲間として迎えてくれた。九条様自身、天涯孤独の身だと言っていた。もしかしたら私に感情移入してくれたのかもしれない。
私をいつも気にかけてくれる九条様の姿に……私は惹かれていった。いつの間にか、彼の隣にずっといたいと思うようになっていた。
あの頃の九条様は憔悴し切っていた。魔族の軍に桜田賢人の遺体を奪われ、情報を抹消されたからだ。それはあの神田明神のモンスター流出事件がイレギュラーなものであったからだ。
私も詳細は分からない。かつて見た軍の資料によると、あれはモンスターの流出ではなく「時空の歪み」によって本来存在しないはずのモンスターがこの世界に現れたという。あの事件の死者は少ないと語られているが、実際は違う。
あの事件ではかなりの探索者が死んでいる。だが、魔族が情報を管理していた探索者達は軍によって遺体を回収され、その死を抹消された。探索者の個人情報管理は管理局から切り離されている。それを利用して。
そして、巻き込まれた一般の死者の説明を付ける為、表向きは神田明神ダンジョンからのモンスター流出という事件で記録されていた。
……巧妙にモンスター流出事件の記録を管理局が発見するよう仕向けながら。隠された真実に気付いた時、それより先に真の情報があるとは思わない。管理局は軍の読み通り、モンスター流出事件の話を信じた。
恐らく、軍が探索者達の死を秘匿した理由は「時空の歪み」だ。それを公表できない理由があったのだろう。
そんな状況の中、生き残った九条様には桜田賢人の死について一切の口外禁止が伝えられた。管理局を介さず、軍から直接だ。
その時の九条様の心情は察するに余りある。そんな中でのイシャルナ様の提案だ……その時の彼には藁にもすがる思いだっただろう。
私を通してイシャルナ様の依頼を九条商会が受ける。そして彼女の望むように商会は暗躍する。その中で九条様は、変わっていった。
それは彼がやって来た事が余りに人の道を外れていたから。苦悩は人を歪める。何度もイシャルナ様の依頼をこなす内に彼は冷酷な人間になった。
私は自分の立場ではイシャルナ様の望む通りに動くしかなかった。だからこそ、彼の願いを叶えさせてあげたいと思った。それが彼の為にできる唯一のことだったから。
……皮肉だ。あの事件さえ起きなければ、九条様が歪んでしまうこともなく、しかし私は九条様と出会えなかった。
あの事件さえ……時空の歪みさえなければ……。
……。
時空の歪み?
そもそもあの時空の歪みはなぜ起きた?
時空……歪み……隠蔽……抹消……。
時間?
もしかして……。
時の迷宮が起動したから? 「この先の未来で」イシャルナ様が時間魔法を使うと、その皺寄せが「歪み」として現れる?
突拍子も無い考えだ。だけど、否定はしきれない。イシャルナ様は時間魔法をこの世の理を歪める力と言った。
そうだ。普通に考えておかしいんだ。もし、九条様の願いが叶って桜田賢人の死が無かった事に時間が改変されれば、私と九条様が出会う事は無く、イシャルナ様が時の迷宮を起動する事ができない。そんな事、イシャルナ様も分かっているはず。
そこで発生した「矛盾」が「歪み」として過去に現れていたら?
九条様の使う時壊魔法には副作用がある。自身の肉体を巻き戻した時、時間操作の歪みを修正する為、過去の自分の精神が生まれてしまう。やがてそれが九条様自身の意識へ統合されるが、本来あり得なかった存在が生まれる。精神が分岐するリスクもある。
時壊魔法は、時間魔法を元に生み出された魔法とイシャルナ様は言っていた。
九条様に起きる歪みが、もっと大規模に……時空レベルで発生していたら?
本来起こり得なかった事件や本来存在しないはずのダンジョンが生み出されてもおかしくない。
神田明神のモンスター流出事件も……。
だとしたら……あの事件は未来のイシャルナ様が起こした事に……。
私の考えだけじゃまとまらない。癪だがシィーリアの手を借りなければ……。
シィーリアはイシャルナ様がこの世界のマナを全て吸い上げると言った。なぜそのような事をするの?
ふと記憶が蘇る。イシャルナ様を村へ案内した時の事を。あの焼け落ちたツノ無し達の村を見た時、イシャルナ様はなんと言っていただろう? あの時、何かを呟いたはずなんだ。
記憶を呼び起こす。考え込んでいると、急にその時のことを鮮明に思い出した。
……そうだ。イシャルナ様はあの焼け落ちた村を見てこう呟いたんだ。
──我らツノ無しは創生神エリオンの過ちによって生まれた。このような悲劇は終わらせねばならぬ。
イシャルナ様は……この世界を生贄にルガトリウムを改変しようとしているのか。
シィーリアは私に協力して欲しいと言った。もしアイツの言っていた事が嘘ならば、九条様への裏切りになるが……。
「私は、九条様に消えて欲しくない」
私は、ドアを叩いてシィーリアを呼んだ。
──シィーリアの屋敷。客間。
魔法を発動してみる。魔力を練り上げようとした瞬間、封印魔法が発動し、練り上げた魔力が霧散してしまう。
「……ダメか」
魔法が使えなければこの鎖は破れない。厄介だな。クソ……このままでは逃げる事もできない……。
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アイツの話が本当なら、イシャルナ様は元より九条様との約束を守るつもりはなかったということだ。
そうだとしたら酷い話だ。九条様が目的を果たせても、助けた桜田賢人が消滅してしまえば全ての苦労が無駄になってしまうというのに。
分からない……あの人の事が。世界を放浪していた私を拾ってくれた時のイシャルナ様はとても慈悲深いお方だった。
焼け落ちたツノ無しの村に案内した時も涙を流されていた。魔族の……それも王族の人間だというのに、私達の為に心を痛めて下さるその姿に……私は胸を打たれた。
今思えば、この世界に来る前から様子はおかしかったのかもしれない。
私を連れてこの世界に来た彼女は、九条商会を使ってのスキルツリー実験を始めた。
反魔族の思想を利用し、九条商会へ探索者達を集めるよう指示したのもイシャルナ様だ。私は彼女の命令を聞き、九条商会とイシャルナ様をつなぐ役割を果たした。
探索者ではない者にスキルツリーを与え、管理局へ潜入し……彼女の命令を全て実行して来た。何の為にスキルツリー実験を行っているのか理解できなかったが、時間魔法を彼女の体に定着させるためだと仮定すれば納得がいく。
ミナセ達姉妹の実験で感情がスキルツリーに魔法を出現させる事が判明し、九条様もそれを利用して時壊魔法を出現させた。
イシャルナ様はそれを利用するつもりなのかもしれない。時壊魔法が出現した状態のスキルツリーへ外部から時間魔法を誘導すれば……時壊魔法のルーツは時間魔法だ。スキルツリーへ埋め込む事は可能だろう。
全ては彼女が時間魔法を使うため……か。
この事を九条様へ伝えないと。九条様が余りにも……。
「九条様……」
10年前……私は九条様へ桜田賢人を蘇生させる提案を伝える為に接触した。
信頼を得る為に九条商会へと入り、彼に私の身の上を包み隠さず話した。後にイシャルナ様へ彼をつなぐために私が魔族であるということはどうしても伝えておかなければならなかったからだ。
私の話を聞いた彼は、私の事を仲間として迎えてくれた。九条様自身、天涯孤独の身だと言っていた。もしかしたら私に感情移入してくれたのかもしれない。
私をいつも気にかけてくれる九条様の姿に……私は惹かれていった。いつの間にか、彼の隣にずっといたいと思うようになっていた。
あの頃の九条様は憔悴し切っていた。魔族の軍に桜田賢人の遺体を奪われ、情報を抹消されたからだ。それはあの神田明神のモンスター流出事件がイレギュラーなものであったからだ。
私も詳細は分からない。かつて見た軍の資料によると、あれはモンスターの流出ではなく「時空の歪み」によって本来存在しないはずのモンスターがこの世界に現れたという。あの事件の死者は少ないと語られているが、実際は違う。
あの事件ではかなりの探索者が死んでいる。だが、魔族が情報を管理していた探索者達は軍によって遺体を回収され、その死を抹消された。探索者の個人情報管理は管理局から切り離されている。それを利用して。
そして、巻き込まれた一般の死者の説明を付ける為、表向きは神田明神ダンジョンからのモンスター流出という事件で記録されていた。
……巧妙にモンスター流出事件の記録を管理局が発見するよう仕向けながら。隠された真実に気付いた時、それより先に真の情報があるとは思わない。管理局は軍の読み通り、モンスター流出事件の話を信じた。
恐らく、軍が探索者達の死を秘匿した理由は「時空の歪み」だ。それを公表できない理由があったのだろう。
そんな状況の中、生き残った九条様には桜田賢人の死について一切の口外禁止が伝えられた。管理局を介さず、軍から直接だ。
その時の九条様の心情は察するに余りある。そんな中でのイシャルナ様の提案だ……その時の彼には藁にもすがる思いだっただろう。
私を通してイシャルナ様の依頼を九条商会が受ける。そして彼女の望むように商会は暗躍する。その中で九条様は、変わっていった。
それは彼がやって来た事が余りに人の道を外れていたから。苦悩は人を歪める。何度もイシャルナ様の依頼をこなす内に彼は冷酷な人間になった。
私は自分の立場ではイシャルナ様の望む通りに動くしかなかった。だからこそ、彼の願いを叶えさせてあげたいと思った。それが彼の為にできる唯一のことだったから。
……皮肉だ。あの事件さえ起きなければ、九条様が歪んでしまうこともなく、しかし私は九条様と出会えなかった。
あの事件さえ……時空の歪みさえなければ……。
……。
時空の歪み?
そもそもあの時空の歪みはなぜ起きた?
時空……歪み……隠蔽……抹消……。
時間?
もしかして……。
時の迷宮が起動したから? 「この先の未来で」イシャルナ様が時間魔法を使うと、その皺寄せが「歪み」として現れる?
突拍子も無い考えだ。だけど、否定はしきれない。イシャルナ様は時間魔法をこの世の理を歪める力と言った。
そうだ。普通に考えておかしいんだ。もし、九条様の願いが叶って桜田賢人の死が無かった事に時間が改変されれば、私と九条様が出会う事は無く、イシャルナ様が時の迷宮を起動する事ができない。そんな事、イシャルナ様も分かっているはず。
そこで発生した「矛盾」が「歪み」として過去に現れていたら?
九条様の使う時壊魔法には副作用がある。自身の肉体を巻き戻した時、時間操作の歪みを修正する為、過去の自分の精神が生まれてしまう。やがてそれが九条様自身の意識へ統合されるが、本来あり得なかった存在が生まれる。精神が分岐するリスクもある。
時壊魔法は、時間魔法を元に生み出された魔法とイシャルナ様は言っていた。
九条様に起きる歪みが、もっと大規模に……時空レベルで発生していたら?
本来起こり得なかった事件や本来存在しないはずのダンジョンが生み出されてもおかしくない。
神田明神のモンスター流出事件も……。
だとしたら……あの事件は未来のイシャルナ様が起こした事に……。
私の考えだけじゃまとまらない。癪だがシィーリアの手を借りなければ……。
シィーリアはイシャルナ様がこの世界のマナを全て吸い上げると言った。なぜそのような事をするの?
ふと記憶が蘇る。イシャルナ様を村へ案内した時の事を。あの焼け落ちたツノ無し達の村を見た時、イシャルナ様はなんと言っていただろう? あの時、何かを呟いたはずなんだ。
記憶を呼び起こす。考え込んでいると、急にその時のことを鮮明に思い出した。
……そうだ。イシャルナ様はあの焼け落ちた村を見てこう呟いたんだ。
──我らツノ無しは創生神エリオンの過ちによって生まれた。このような悲劇は終わらせねばならぬ。
イシャルナ様は……この世界を生贄にルガトリウムを改変しようとしているのか。
シィーリアは私に協力して欲しいと言った。もしアイツの言っていた事が嘘ならば、九条様への裏切りになるが……。
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