461さんバズり録〜ダンジョンオタク、攻略ガチ勢すぎて配信者達に格の違いを見せ付けてしまう 〜

三丈夕六

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第269話 ある男の顛末

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 ~九条~

 2020年12月19日。この日は、賢人が死んだ日だ。

 その日までの数週間、俺達は東京のダンジョンを攻略していた。ダンジョンが集中する東京ならかなりの稼ぎが期待できると考えて。

 まぁ、実際は探索者同士の縄張り争いもあったからそこまでは稼げなかったけどな。俺達は秋葉原を中心に縄張りの無いエリアを攻略せざるを得なかった。

 話を戻す。あれは正午過ぎだった。アイテムの取引を終えた俺達は秋葉原周辺を歩いていた。雑踏、アニメかゲームだかの看板、呼び込みのメイド達、外国人旅行客。もう何度も見た景色、日常ってヤツだ。

 そんな景色を眺めていると、突然空が青く光った。そして次の瞬間、モンスターが街中に溢れ出した。とんでもない数だった。俺も含めてほとんどのヤツらは呆気に取られて動けないでいた。

 近くを歩いていた一般人をモンスター達が襲おうとして、賢人が真っ先に飛び出した。アイツは一般人を逃す為にモンスターと戦えと言った。賢人は昔からそういうヤツだった。弱いヤツを真っ先に守る。そういう風に体が動いちまうんだろうな。

 俺達パーティは前衛が多かったから、魔法職のアオイが他のヤツらを逃して、俺達がモンスターを食い止めた……そうしていると他の探索者達が集まって来た。モンスターの事を聞き付けた管理局が探索者を召集したらしい。

 そこからは……地獄絵図だった。モンスター達はとにかく強い。俺達が今まで戦ってきたヤツらとは比べ物にならないほどにな。

 乱戦になって、戦って……周囲の探索者達は死んでいった。気が付いたら俺の周りには誰もいなかった。パーティ戦をやる余裕なんてなかった。とにかく自分が生き残る事に必死で……。

 俺は仲間達を探した。蒼、バーン、賢人……。蒼とバーンはすぐに見つかった。他の探索者をビルに逃してその入り口を守っていたからだ。だが、2人は賢人とはぐれてしまったと言った。俺は焦って、秋葉原中を駆けずり回った。

 必死になって走り、モンスターを倒して、そうして見つけた賢人は……。

 見たこともないような大蛇の側で、壁に寄りかかって目を閉じていた。近くに動けなくなった子供がへたり込んでいて、アイツが守ったのだと分かった。

 俺は動揺した。どれだけ肩を揺さぶっても、頬を叩いてもアイツが起きないから。生きているように温もりはあるのに、息をしていないから。俺は必死になって賢人の心肺蘇生を試みた。だが……ダメだった。

 戦闘の最中、俺は何も賢人と話せなかった。最後に話したのは他愛のない話だけ……今目の前に賢人はいるのに、言葉を交わす事すらできない。あの瞬間ほど無力感に苛まれた事はない。

 そうしている内に蒼やバーンもやって来て……魔族の軍も事態の収拾に来た。ヤツらは賢人の死体を回収しようとした。俺達は抵抗したが、呆気なく取り押さえられてしまった。

 軍からはその事件で死んだ者の事を口止めされた。「契約魔法コントラクト」を使われてよ。

 契約魔法は強制的に相手を支配する魔法だ。支配と言っても単純さ。1つの事を守らせるだけだ。その程度で魔族様から命を助けられる訳だから、生き残った探索者達は自分から契約魔法を受け入れたさ。その時はそれしかできなかった。モンスターと戦ってボロボロなのに、その上魔族となんて戦える訳がない。皆その事をよく分かっていた。

 ……まぁ、そのたった1つが俺にとっては苦痛だったんだがな。


 生き残った探索者は全員「部外者へ事件について話す事ができない」という呪いをかけられた。


 そして賢人の遺体は……軍に回収されてしまった。

 賢人は俺の全てだった。家族も何も無い俺にとって兄弟のような……憧れのような存在だった。賢人が皆から慕われて、家庭を作って、子どもが生まれた事が何より嬉しかった。アイツが真っ当な道に行くのが自分の事のようだった。

 俺は親に愛されなかったから……誰かを愛するとか、家族を作るなんて事も分からなかったからな。だから、同じ境遇のアイツがそれを代わりにやってくれているような気がして……俺はそんなアイツを側で見ているのが好きだった。だが、賢人はいつもそんな所で見ているなよと、輪の中に俺を引き入れてくれたんだ。

 大事なヤツだった。親友、相棒……言葉にできない。俺の半身と言っても過言じゃなかった。シン、それはお前も分かるだろ? 俺はアイツにいつも頼っていたから、救われていたから。

 それを突然失って……俺はどうしたらいい? 何も分からない。

 自分ではどうする事もできなかった。魔族達にあの事件は何もかも全て無かった事にされて、報道でも一部の犠牲者が出ただけという事になった。

 報道では神田明神からモンスターが流出する事件が発生して、それを探索者達が全て討伐したという事になっていた。そこに死んでいった探索者も、賢人の名前も無かった。

 俺は放心したように日々を過ごした。何もできない、何も食えない。死のうかとも考えた。だが……できなかった。情けない事に、俺は自分で命を断つ事はできなかった。とにかく死んだように時間を過ごして、これが悪い夢だと。夢なら覚めてくれと願い続けた。

 だがな、許しちゃくれないんだよ。そんな逃げを周囲は許しちゃくれない。

 事件から10日ほど経ったある日、楓から連絡があった。何度も電話を無視していたんだが、その日は出ちまった。もう逃げられないって分かってたのかもな。

 あの日の会話は……今でも夢に見る。


 ……。



『ねぇ、なんで電話無視するのよ? いつになったらあの人は帰って来るの』

 怒りの中に、不安の入り混じった楓の声。賢人の事を話そうとすると、嘘みたいに声が出なくなる。魔族の魔法ってのはすごいもんだぜ? どれだけ伝えたいと思っても無駄だ。

 もがけばもがくだけ沈黙が続いて、電話越しに楓の不信感が募っているのが分かった。結局俺は、情けない嘘を吐くことしかできなかった。

「あ、ああ……賢人はほら、アレだよ……北関東のさ、その……ダンジョンに行かなきゃいけなくて……」

『ふざけないで。今までこんなに長く帰って来なかった事ないじゃない。アンタなら何か知ってるんでしょ?』


 楓と賢人、そして俺は中学の頃からの付き合いだ。楓は普段気が強いが、賢人をどれほど愛していたかを知っている。俺は知っていたんだ。俺はそれをいつも見てきたから。だから、伝えたかった。伝えなければならないと思った。

 賢人は子どもを守って死んだ。すまない……すまない楓……俺が一緒にいたのに……俺が代わりに死ねば……。

 だが、どれだけもがいても無駄だ。契約魔法は許さない。俺の意思に反して声が出なくなる。俺があの日生き残った代償がそこにあった。呪いに抵抗した末俺から出た言葉は……。

「……言えない……すまない」

 情けなくて涙が出た。それが声に伝わったのか、嘘を吐いている事に気付いた楓は怒りを露にした。

『はぁ!? 言えないって何!? どういう事よ!! アンタ賢人の親友でしょ!? なんとか言いなさいよ!!』

 その声は冷たかった。あんな声は今まで聞いた事もなかった。怒り、軽蔑。その全てが詰まっていた。

 結局俺は無理矢理電話を切った。その後に色んな方法を試してみた。メールや手紙。色んな方法で楓に伝えようとしたが、全部ダメだ。文字を打とうとしても手が動かない。録音しようとしてもダメだった。


 楓は? カナは? 帰って来ない家族を待ち続けるのか……?



 俺はどうしたらいい……俺は……。


 ……。


 
 そこから俺は、この状況をなんとかしようと魔族を調べ始めた。魔族達は賢人の遺体を回収していった。なら、あの場で殺された遺体はどこかに保管されているかもしれないと。それに魔族の魔法だ。人智を超えたあの力なら死者も蘇らせる事もできるかもしれないと。
 
 魔族について調査し、裏で知り合ったヤツに金を積んで魔族のデータベースにハッキングをかけた。魔族達に目を付けられる事もあったが、俺は構わなかった。その先に何かがあるならと……そうして突き止めたんだ。俺の予想通り、賢人の遺体が保存されているのを。

 だが、それと引き換えに蒼とバーンとの関係は変わってしまった。

 ──ごめん、今のアラタにはついていけないヨ。辛いのは分かるけど……だからって私達まで死んだら賢人も喜ばないって……。

 蒼も。

 ──賢人は子供を守って死んだ。立派な戦士だと俺は思う。受け入れろアラタ。俺達は賢人の分まで生きなければならない。

 バーンも。

 2人は賢人の死を受け入れているようで、それが俺は……許せなかった。今まで仲間としてやって来た賢人を、そんな簡単に忘れられるのかと。2人は賢人と関係が浅かったから諦め切れるのだと。俺はアイツらに怒りをぶつけた。情けない話だ……情けない。

 アイツらは俺を救おうとしてくれていたのに、俺は前へ進めなかった。賢人を忘れられなかった。あの日の後悔だけが、俺の原動力だった。


 俺は1人になってしまった。賢人と一緒に手にしてきた全てを失った。仲間も、あの日々も……。


 そんな時、俺の前に2人の魔族が現れた。魔王の姉、イシャルナとその部下であるスージニアが。

 イシャルナは魔族の事を調べていた俺に興味が湧いたようだった。そして、俺にこう言った。


 ──貴様が我の手足となって働くならば、桜田賢人を死から救ってやろう。


 その言葉にどれだけ救われたか分かるか? 魔族ってのは俺達人間と対等じゃない。より上位の存在だ。人類がヤツらにどんな風に敗北したのかを知っていれば、その言葉にどれだけの重みがあるのか分かるさ。


 俺は、誘いに乗ってスージニアと共に九条商会を立ち上げた。イシャルナのはからいで契約魔法からも自由になって、本格的に賢人を救う為に動き始めた。

 イシャルナが求めたのはスキルツリーの研究。どのような条件下でスキルが発現し、強化されるのかを突き止めることだ。その為には金も人もいる。ダンジョンでの稼ぎ方はそこで役に立った。

 ダンジョンに潜り、金を稼ぐ。中には特定のダンジョンを縄張りにする探索者集団もいて、ソイツらを潰す必要も出てきた。

 その時の俺に捨てる物なんてなかった。なりふり構わずどんなことでもやってのけた。

 そうしているうちに人が集まって来て、探索者組織としての形も纏まって来た。ヤクザまがいの事もできるようになった、金の為に亜沙山一家へも喧嘩を売った。裏切られることも、裏切る事もあった。魔族へ反旗を翻すとかいうデマも流してスキルツリー実験の被験者も集めた。

 そうした実験の中でミナセとユイの姉妹と出会い、アイツらのおかげである事が判明した。精神的負荷を増大させれば新たなスキルが出現する事が。

 そこから被験者達に精神的負荷をかけ続けた。一度仕組みが分かれば負荷をかけるのは簡単だ。魔族の魔法を使えばいい。ヤツらは「呪言魔法」という人の感情の1つを増幅する魔法が使える。イシャルナとの繋がりがある俺にとってそれを試すのはなんてことない事だった。イシャルナの部下の中には呪言魔法を使える者もいたからな。

 被験者達の様々な感情を増幅させ、スキル発現のデータを集めた。そしてある時気付いた。特定の才能がある者であれば、感情の増幅をきっかけに世界の理をも操作できる魔法を発現させる事に。俺にとってそれは、試す価値のある物だった。

 俺はその結果を元にイシャルナの部下に魔法をかけさせた。呪言魔法「悔恨」カース・オブ・リグレット。後悔という感情を増幅する魔法をな。そうして後悔を増幅したことで俺はスキルツリーに出現させた。


 お前のよく知る「時壊魔法タイムクラッシュ」を。


 時壊魔法の力があれば賢人も蘇生できる。そう思った。


 だが……それも、結局無駄だった。


 賢人が死んでから既に10年近く経っていた。魔法の力で遺体は保存されていようとも、生前まで時を巻き戻すことは……時壊魔法ではできなかった。自分の体ではできる事でも、他人の体ではできない。自他の境界線の先では法則性が違うからだと、イシャルナは言っていた。人では完全な時間操作はできない。それを思い知らされた瞬間だった。


 絶望したぜ……人間ってのは希望が見えてから落とされる方が余程キツいらしい。


 だが、イシャルナはまだ手はあると言ったんだ。俺はその言葉にすがるようにヤツの依頼を聞き続けた。


 そしてその方法を知ったのはつい最近。それが時の迷宮による過去改変。俺はそれに全てを賭けた。


◇◇◇

 ~シン~

 賢人達とダンジョンを攻略した翌日。九条が自分に何があったのかを話してくれた。いきなりの事で戸惑ったけど、その口調は真剣で……話に嘘は無い事は分かった。その話は、1人の男が堕ちていく様子を見せ付けられるようで、胸が締め付けられた。

 賢人の死、契約魔法、罵倒、後悔、孤独……九条の中で人格が歪んでいくのが手に取るように分かってしまった。そこに同情の余地が無いと言えば嘘になる。あの状況でこの男は一体どうしたら良かったのだろう?

「……だけど、お前がやった事は許せない。許される事じゃない」

 ──別に許して貰うつもりもねぇ。今更真っ当な人生も送れるとは思わねぇからな。

「じゃあ……なんでその事を僕に話してくれたんだよ?」


 九条は黙り込んだ。沈黙が続き、声をかけようとした時、九条は呟いた。


 ──あの日の、賢人を……俺達を見たからだ。俺にとって全てだった物を。

「……」

 ──俺はただ目的の為にできることをやって来たつもりだ……だが、失った物よりもっと大事な物を失ったのかもしれない。それを目の当たりにして……冷静になっちまった。

 九条は思い詰めたような声だった。コイツの事は許せない……許せない、けど……。

 ──俺は賢人の為ならなんでもやってやると思っていた。アイツが戻れば俺は満足だってよ。その後なら俺は死んでも構わないと思っていた。

 九条は独り言のように呟き続ける。その声は悲痛に満ちたものだった。

 ──だが……カナを巻き込んじまった瞬間、俺の中で迷いが生まれた。その迷いによって俺は461に負けた。そして……この時代に来て、迷いは一層……。

 集中しろ。きっと九条自身、「願いの中心」が分かっていない。そして、それを僕は今掴みかけている。

 さっきの話を思い出せ。九条の中心、願いの中心。それは今の話の中にあった。きっとそれは賢人を生き返らせる事じゃないんだ。それがこの男の中にある。

 考えろ。僕ならそれが分かるはずだ。僕はこの男そのものでもある。僕だけが、それを九条の中からすくいとる事ができる。ヤツの後悔の中心、願いの中心を。


 僕にとっての賢人を思い出す。幼かった頃からずっと過ごしていた日々の事も。そんな彼とある日突然別れる事になったら?


 考えろ、これに全てがかかってる。


 ここで気付けなかったら、僕達は自分達の時代へ帰れない。全てが終わるんだ。僕が生まれたのも、九条から分離できたのも、全てはこの為なのかもしれないんだ。


 ……。


 分離?


 僕が九条から分離した最後のキッカケはなんだった? タルパちゃんの声が届いて、そのあと子供の頃の賢人が出て来て……。


「あ……」


 そうか。


 九条には「それ」が無かったんだ。だから九条は賢人と別れる事ができなかった。それが全ての中心。歪みの核なんだ。



「……分かったよ九条。お前のことが」



 僕は、九条へ本当の「願いの中心」を伝えた──




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