撫子の華が咲く

茉莉花 香乃

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それは突然のことでした

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とうさまからの文には信じられない事が書かれていた。

『かあさまを亡くし、何かと不自由なことと思います。わたしも忙しく、今まで連絡できなかったことを許して下さい。これからは面倒を見るので三条邸に来て下さい』

三条邸とはとうさまのお屋敷である。
これは困る。

「桔梗、どうしよう…」
「困りましたわね。とりあえず、保憲さまに文を届けましょう」

保憲さまはとうさまにしてみれば身分は低い。
しかし、とうさまほどではないにしても経済的にはしっかりしている。
保憲さまに付いて任国に行くつもりだったのに、三条邸なんかに行ったらもう屋敷から出られない。

いや、彼に求婚して貰う事も出来るけれど、そろそろ一度任国に下るという。
付いて行きたい。

三条邸に行けば、生活には困らないだろうが…継母に虐められるか。
はたまた三人いる異母姉妹にいびられるか。
あちらは蝶よ華よと大切に育てられた深窓の姫さまだ。わたしを鄙びた育ちだとバカにするかもしれない。

そんな所には行きたくない。

「桔梗、嫌だ。行きたくない」

行かなくとも幸せなのだから。

でも、とうさまの文を無視することは出来ない。

「わたしの代わりに行ってくれないかしら。暫くしたら保憲さまに求婚して貰うから」
と桔梗にお願いした。

彼女は私に弱い。

「でも、姫さま。わたくしお使者の方に直接会っていますから、向こうのお屋敷で、万が一顔を見られでもすれば困ったことになってしまいます」

そこに惟忠が帰ってきた。

「如何されたのですか?」

実は…と説明した。

「仕方ないですね。姫さま、覚悟を決めて屋敷に赴きましょう」
と冷たい。

惟忠は充分に勤めてくれているけれどちょっと堅いところがあるので、桔梗に身代わりなどと許す筈もなかった。

保憲さまも文を見て慌てて来てくれた。

「撫子、行ってしまうのかい?」
「嫌なんです。保憲さまに付いて行きたいと思っていますのに」

保憲さまは嬉しそうに頷いている。
保憲さまに桔梗との話を説明していたら、私に弱い桔梗が惟忠に云った。

「お前が姫さまの代わりに三条邸に行けば良い。男にしては細いし、顔も癪だが私よりも綺麗だ」

「そんなの、到底代わりなど行けるはず無いです。わたしは男ですよ。髪も長くないし、バレてしまいますよ」
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