撫子の華が咲く

茉莉花 香乃

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初めて恋を知りました

03

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今日も帝が飛香舎ひぎょうしゃ(藤壺)にお見えになると報告があった。このところよくお見えになる。

出仕して、いつバレるかとビクビクしていたけれど、今のところ穏やかな日々を過ごしている。何もかもに怯えて、父上にも会う気になれず御簾と几帳の陰で短く「はい」と云うしかできなかった。

そんなわたしに優しくして下さる帝に漸く気持ちも落ち着いてきた。とは云え、『いつバレるか』と云う心配は無くならないので、気の休まる時がない。

緊張してばかりの後宮での楽しみは琴を弾くことだ。やはり楽器の演奏は心の落ち着くものがある。
金砂子に花喰鳥の蒔絵を施した眩いほど綺麗なお琴は三条邸の三の君が用意して下さった。

挨拶の時に『お父さまは気が利かない』と『わたくしたちがきちんとしてあげる』と仰っていた。
その時には既に、入内のことはご存知だったのか。

母上の号令のもと準備は滞りなく整い、女御としてわたしが困らないようにとあれこれ心を尽くして下さり有難く思った。新しい衣装や調度、家具はいずれも贅を尽くした素晴らしい物だ。絵画や書も数々用意された。

「梅花香が好きなんです。白檀の香りがほのかに薫るのが」
「ではこれなんかはどうですか?以前調合したものです」
「あっ、これ好きです」
「まあ、良かったですわ。では、新しく作りましょうね。少し撫子さまに合わせて調合しても宜しいかしら?」
「はい。ありがとうございます」

香のことは詳しくなかったけれど、大君(長女)が唐物の香木を取り寄せてわたしの好みの香を調合してくれた。

入内するにあたって、新しく何人もの女房を雇った。宮中のことに明るい人も雇い、後宮へ上がってから一番活躍したのはその人だった。

名を衛門と云う。
四十路位で、先帝の女御に仕えていたそうだ。

しかし、心を尽くして下さることは、騙している身としては落ち着かないものを感じ申し訳なさでいっぱいであった。
この準備も心遣いも無駄になってしまうだろうことが…。

それでも、わたしは今も後宮で生きている。それは帝の御心次第だ。

この命が儚くなるその時まで精一杯父上のために尽くそうと、それまでは倒れてばかりだったけれど母上や衛門に云われるまま従った。

『別邸で育った奔放な姫』と思われているので、礼儀作法や細かいところまで教え込まれる。

姫さまと一緒に育ったとは云え、男のわたしには有難い。もともと、細々した事にも熱中してしまうので苦ではなかった。
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