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天然な男にご注意

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「ああ、原島あおいはらしまあおいくんね」


友人アカネがあの煮え切らない男の情報を教えくれたのはそれから数日後だった。アカネいわく原島あおいの天然はかなり有名らしい。
さゆの横が席のアカネはお昼のサラダを食べながらでも!と少し熱く語ってくれる。

「彼めちゃくちゃ鈍臭いけど、仕事は死ぬほどできるのよ?営業成績一位」

「なによそれ、矛盾してるわ」


おしるこすら知らない男がどんな仕事を発揮するのかさゆには全く想像ができない。

「まあ、実際みたことはないんだけど。それに顔がいいから、彼」

「顔……」


あまりにもリズムの合わない人間だったので、顔なんて確認する暇がなかった。たかだか飲み物を買うだけであれほどイライラしたのだから、どんなに顔がよくてももう会いたくない。

だいたい中途で最近入社し、即戦力として求められたさゆに他の部署の男の顔など覚える暇もなかった。



「さゆ、またシワ。せっかくの美人が台無しよ」


アカネに眉間のシワをデコピンされてさゆはしまったと抑える。どうも癖なのだ。


「ダメなのよ、私どうしたってツッコミしちゃうのよ。ああいう……だらしないやつとか、ぼんやりしててリズムが合わない奴は……」

「さゆはそれさえ無ければいい男が捕まえられるのにね」


自分に厳しければ相手にも厳しいと今までの彼氏から振られた理由はそれだった。どうにも自分と同じレベルを求めてしまうのだ。

そのせいで、同じ部署の人間にはかなり怖がられている。男女関係なくさゆは他人に厳しい。

それもわかってはいるがどうしようもない。


「あ、噂をすれば……」



あの男だ。原島あおいが穏やかな顔で女子社員と共に歩いてきた。隣の子はさゆの後輩にあたる、いつもさゆには怯えてばかりだがあおいと話している彼女は全く違った表情だ。


「本当に人気なのね……」

「ね、さわやかでしょ」


たしかに色白で身長も高くバランスの良い身体、おまけに愛想も良さそうだった。しかしそれは今見ているだけのあおいの姿であり、さゆにはこの前のリズムが合わない変な男にしか見えない。


「興味ない……私、次会議室だから」

立ち上がったのにアカネに腕を掴まれる。


「なんかこっちにきたわよ……」

振り返れば原島あおいが立っていた。綺麗な顔がにこにこと愛想を振りまく。その唇から自分の名前が紡がれた。


「白春さん……ですよね」

「……はい」


だからなんだというのだろう、はやく会議室に行きたいのにしかもこの男がここにきたせいで部署がざわつく。さゆは今すぐに立ち去りたかった。

するとこの男はものすごい勢いでお辞儀をした。


「この前はありがとうございました!」


さわやかな笑顔でその手にはミルクティーが握られている。この異様な空間にさゆはどうにか返事をした。何にお礼を言われているのかもわからない。

「え、なに……何も、してないです」

「あ、すみませんいきなり。自販機で俺が迷って時間を取らせたらあげく、飲み物までもらってしまって。だからこれ」


そして差し出されたミルクティー。
そんなことでここまできたのか。
さゆはとうとう冷や汗が流れるのを感じた。
やめてほしい、ダメなのだ、そんなことで私の流れに入ってこないでほしい。

なんとか顔が変にならないように口の端をあげた。

「…………ありがとう」

「あと、?も美味しかったです。だからこれも」


ああ、なぜおしるこに疑問符をつける。しかも何故飲んだことがあるミルクティをくれるのだ。さゆは消しておしるこが好きなわけでもなく、嫌いなわけでもない。

部署がさらにざわついた。あの白春がおしるこ?と疑問符がさゆには見えた。


「しかもこんなに美人がいたなんて、知りませんでした!」


それではと王子のように優雅に消えていくあおいにさゆは今にも叫び出したかった。

この一瞬で横の後輩に睨まれ、その隣の女部長にも遠くの見知らぬ女子社員にも敵と認定された。全く興味のないあの男に心が奪われている女子が全員さゆを睨んだのだ。
さゆが媚を売ったと、元々イイ印象の無い女子社員が人気者のあおいには媚を売ったと、そんな目だった。


平穏に、淡々と仕事をこなしたかっただけなのに。
我慢して我慢して静かに席に着いたさゆの肩をアカネが同情とばかりに撫でる。


「今夜は奢ってあげるわ……」


精一杯の慰めだった。


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