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溺れる
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響くほど大きなミュージックが聞こえているのにまるで無音のような威圧感。おれたち3人は正座をして先輩達に耳を傾けてみたが結局何故そんなに怒っているのか全く分からず手をあげて降参する。
「な、何かしてしまったでしょうか」
「教えてくださると、さ、幸いです……」
目前のソファには氷怜先輩が座り、その隣に寄りかかるように瑠衣先輩が座っている。尋常じゃないスピードでケーキを食べる彼の後ろでは暮刃先輩がグラスを片手に腕を組む。その綺麗なお顔が薄く笑った。
美人の笑みには色んな意味が詰まってるのよ、と椎名がいつか言っていた事を思い出す。
「君達って大物だよねぇ」
「へ……?」
そんなの超大物に言われても実感すら湧かない。しかも何故そう言うのかも分からなくて恐ろしい。おれでは理解ができず優を見てみるが余計に気まずそうな顔になっただけだ。
ざくっと音がするくらい瑠衣先輩がホールケーキにフォークをぶっ刺した。赤い唇が大きく開いて飲み込むと、何を考えているか全く分からない表情で言う。
「オレさーケーキ我慢した事ナイしー、欲しいものは欲しいし、ヤリタイことはヤリタイしー」
「は、はぁ」
「それなのにー楽しそうなことチラつかせてムリですねーって。まあ?ソウダネ、無理だネー?」
「えーと、えー……と?」
暮刃先輩も瑠衣先輩も重要なところだけ言ってくれなくて難解だ。おれにはわからないと言うことは人生経験の差なのか、いや人生てか、これは恋愛経験?いや、恋愛経験ならそれなりなんだけど、この人達にはその経験が通じない。
「う、えっと……よ、予定があると言っていたので、海の予定も、突然だったし?勝手な都合で決めたから、無理なら……3人で、行こうかと、あの、はい、ごめんなさい……」
最終的になんと言ったらいいか分からず、語尾はもう消え入りそうだった。
本当になんで怒ってるんだ。だって先輩たちに予定を変えて!なんて言えないし、無理ならやめますと言ったらこの優しい……今は怒っているけどとにかく優しい先輩達がそれはそれで許さないだろう。
その時パンク寸前の頭がこの場に似つかわしくない明るい声をキャッチする。
「何何、なーにやってんすか!むくれた色出しまくって。しかも正座!今時正座!あはは!」
カシャっと音がして緊張していたおれたちは跳ね上がった。こんな恐ろしい空気にも露ほども影響されない真の大物がカメラを持って近寄ってきたからだ。
「柚……」
「つか今度の宣伝用に撮るの今日でしたよね、めっちゃふさわしくない顔してますけど、うける……!」
「それは3連休って言ったはずだけど」
「ありゃりゃ?」
柚さんはすごい。
躊躇とか遠慮なんて無縁の世界だ。でも今だけは、今だけはその凄さを納めて欲しい。何か言うごとに先輩の眉間にシワが、あああ、また増えた。シーっと秋が口の前に人差し指を当ててもお構いなしだ。
「でー?正座して、何悪いことしたんだよ。ちびっこ3人は」
にかっと笑って言う柚さんに秋が答えていいものかと身動ぐが、様子を見ながらも救いを求め結局話し出す。もはや柚さん巻き込んででも解決を優先だ。
「ええーと、そのお怒りの理由を今聞いているところでして…………え、ってかむくれてるって言いました?」
秋が聞き逃すところだったと顔を上げ、柚さんを覗き込む。むくれてる、って言うのかこれは。怒っているのではなく?
「うん。言った。お三方そんな強い色出しててもこっちの3人がぽやん色してるんで回りくどい言い方じゃ伝わりませんよ。同じ色に合わせないと」
柚さんのコミュケーションの基準はその目で見える色頼りだから特殊だ。だけど言っている事はなんとなくわかる。
「……はあ」
ついに諦めたようなため息を吐いた氷怜先輩がタバコを手に取った。
すかさず紫苑さんが火をつけるとしっかりとおれたちを見て話しだす。真っ直ぐな視線はいつも通りでその目が光ったような気がした。
「唯斗」
「は、はい!」
思わず姿勢を正す。
「俺らはオトモダチか?」
「え?!」
お友達と言う単語が何故か氷怜先輩から聞くと違和感が。その関係はもちろんおれと氷怜先輩に当てはまらずブンブンと目一杯首を振り否定する。
「違います!」
「だったらもう少し、差をつけろ」
「差……」
反射的に首を捻ってしまい氷怜先輩の眉間にシワが復活してしまった。すかさず両隣の親友を見るが失敗したとでも言うような表情をするだけで何も教えてくれない。
代わりに口を開いたのは柚さんだ。
「お前らあれだな、情緒が欠けてるよな!」
柚さんの笑い声とシャッター音が響く。
初めて言われた言葉に唖然とし思わず言葉をくり返した。
「じょ、情緒……」
「柚さん情緒って言葉知ってるんだ」
優がおれにしか聞こえない声で短く言う。優様、笑っちゃうからやめて欲しい。ってそうじゃない、差ってどうしたら良いんだって聞いたらダメな雰囲気だこれ。親友はすでに心当たりのありそうな気不味い表情。あれ、またおれだけが分かってない感じか?
「氷怜さん、唯斗には1から教えないとー!いっちばんぽやぽやしてますから」
「ぽ、ポヤポヤで、すみません……」
なんだかもう悲しくなってきて気分がしょんぼり。おれはまだ人生経験が足りないのかも知れないと諦めそうになると珍しく氷怜先輩がバツが悪そうに言う。
「……お遊び程度の関係値ならあっさりしてて振り返らない、それくらいが大歓迎で前提条件だけどな。お前らは違うだろ。この俺らに首輪までつけてんだ、やる事やらせてくれねぇと物足りねえわ」
「あ……」
あまりのいいように、一瞬で頰が熱くなった。
あの先輩たちが、氷怜先輩が、おれにわがままを求め拗ねているのだ。
相変わらずいい笑顔の暮刃先輩が少し大きめの身振りで自分の胸に手を当てた。
「こんな権利、他の誰にもあげてないんだよ。わがまま言い放題なのに君達ときたら、じゃあ大丈夫ですで俺たちにお役御免を言い渡すし」
「お役御免ってわけでは……」
優も秋も驚きながらもなんだかむず痒そうに返事をする。未だ不機嫌そうな瑠衣先輩が跡形もないケーキ皿にフォークを置いた。それが丁寧だから普段とのギャップで異様に緊張する。
秋、出番だぞ。
親友は困った顔をしながらも瑠衣先輩に言う。
「瑠衣先輩と海、行きたいっすよ。お泊まりもしたいです」
「……まあ当たり前だけどネ」
素直な返事では無かったけど、両手を広げて膝に座れと御達しが出たのでなんとか平和に治ったようだ。おれも優も続けて伝える。
「海、行ってくれるんですか?」
「お前が願ってんなら当たり前だろ。別に無理でもどうにかする」
「でも前から決まってたやつじゃ」
「あのねぇ、叶えられないお願いでこんなに言ったりしないから。そんな事も融通効かない男って思われる方が心に刺さる」
「ごめんなさい……」
「まあ、前から言ってるけどな。もっと甘えろ」
立ち上がった氷怜先輩の手がおれの頭に乗せられる。ぐしゃぐしゃにされたけど撫で方があったかくて飛びついた。横では秋のほっぺを引っ張りながら瑠衣先輩が鼻を鳴らす。
「だいたいオレが居ない海なんてツマンナクナイ?」
「そっすねー……」
「アッキー冷たーい。海に沈めるゾー」
「え、こわ」
「てゆーか、でっかい意味分かんない形の浮き輪持ってこー?」
腕の中で捕まえている怯える秋をスルーして瑠衣先輩がスマホで浮き輪を調べ出す。
「どうせならうちのビーチに行こうぜ」
「え?!持ってるんですかプライベートビーチ?!」
「ああ、何個かあるが希望は?おすすめは3時間かかるがジェット機乗って」
「じぇ……」
「そうだよ、近場の海なんて綺麗じゃないし。だいたい3人でこの辺りの海行ったらどんな虫持ち帰ってくるか気が気じゃないし……良かったね、これで勝手に行かれてた日にはGPSでもつけてたよ」
「……好きにしてください」
7割くらい本気な顔で暮刃先輩が微笑むと優が遠い目をした。
「なんか、先輩達の方がわがまま言ってません?」
「愛だよ、愛……ぶふっ」
柚さんが涙を溜めて笑いを堪えていたのを優だけが知っていた。
「な、何かしてしまったでしょうか」
「教えてくださると、さ、幸いです……」
目前のソファには氷怜先輩が座り、その隣に寄りかかるように瑠衣先輩が座っている。尋常じゃないスピードでケーキを食べる彼の後ろでは暮刃先輩がグラスを片手に腕を組む。その綺麗なお顔が薄く笑った。
美人の笑みには色んな意味が詰まってるのよ、と椎名がいつか言っていた事を思い出す。
「君達って大物だよねぇ」
「へ……?」
そんなの超大物に言われても実感すら湧かない。しかも何故そう言うのかも分からなくて恐ろしい。おれでは理解ができず優を見てみるが余計に気まずそうな顔になっただけだ。
ざくっと音がするくらい瑠衣先輩がホールケーキにフォークをぶっ刺した。赤い唇が大きく開いて飲み込むと、何を考えているか全く分からない表情で言う。
「オレさーケーキ我慢した事ナイしー、欲しいものは欲しいし、ヤリタイことはヤリタイしー」
「は、はぁ」
「それなのにー楽しそうなことチラつかせてムリですねーって。まあ?ソウダネ、無理だネー?」
「えーと、えー……と?」
暮刃先輩も瑠衣先輩も重要なところだけ言ってくれなくて難解だ。おれにはわからないと言うことは人生経験の差なのか、いや人生てか、これは恋愛経験?いや、恋愛経験ならそれなりなんだけど、この人達にはその経験が通じない。
「う、えっと……よ、予定があると言っていたので、海の予定も、突然だったし?勝手な都合で決めたから、無理なら……3人で、行こうかと、あの、はい、ごめんなさい……」
最終的になんと言ったらいいか分からず、語尾はもう消え入りそうだった。
本当になんで怒ってるんだ。だって先輩たちに予定を変えて!なんて言えないし、無理ならやめますと言ったらこの優しい……今は怒っているけどとにかく優しい先輩達がそれはそれで許さないだろう。
その時パンク寸前の頭がこの場に似つかわしくない明るい声をキャッチする。
「何何、なーにやってんすか!むくれた色出しまくって。しかも正座!今時正座!あはは!」
カシャっと音がして緊張していたおれたちは跳ね上がった。こんな恐ろしい空気にも露ほども影響されない真の大物がカメラを持って近寄ってきたからだ。
「柚……」
「つか今度の宣伝用に撮るの今日でしたよね、めっちゃふさわしくない顔してますけど、うける……!」
「それは3連休って言ったはずだけど」
「ありゃりゃ?」
柚さんはすごい。
躊躇とか遠慮なんて無縁の世界だ。でも今だけは、今だけはその凄さを納めて欲しい。何か言うごとに先輩の眉間にシワが、あああ、また増えた。シーっと秋が口の前に人差し指を当ててもお構いなしだ。
「でー?正座して、何悪いことしたんだよ。ちびっこ3人は」
にかっと笑って言う柚さんに秋が答えていいものかと身動ぐが、様子を見ながらも救いを求め結局話し出す。もはや柚さん巻き込んででも解決を優先だ。
「ええーと、そのお怒りの理由を今聞いているところでして…………え、ってかむくれてるって言いました?」
秋が聞き逃すところだったと顔を上げ、柚さんを覗き込む。むくれてる、って言うのかこれは。怒っているのではなく?
「うん。言った。お三方そんな強い色出しててもこっちの3人がぽやん色してるんで回りくどい言い方じゃ伝わりませんよ。同じ色に合わせないと」
柚さんのコミュケーションの基準はその目で見える色頼りだから特殊だ。だけど言っている事はなんとなくわかる。
「……はあ」
ついに諦めたようなため息を吐いた氷怜先輩がタバコを手に取った。
すかさず紫苑さんが火をつけるとしっかりとおれたちを見て話しだす。真っ直ぐな視線はいつも通りでその目が光ったような気がした。
「唯斗」
「は、はい!」
思わず姿勢を正す。
「俺らはオトモダチか?」
「え?!」
お友達と言う単語が何故か氷怜先輩から聞くと違和感が。その関係はもちろんおれと氷怜先輩に当てはまらずブンブンと目一杯首を振り否定する。
「違います!」
「だったらもう少し、差をつけろ」
「差……」
反射的に首を捻ってしまい氷怜先輩の眉間にシワが復活してしまった。すかさず両隣の親友を見るが失敗したとでも言うような表情をするだけで何も教えてくれない。
代わりに口を開いたのは柚さんだ。
「お前らあれだな、情緒が欠けてるよな!」
柚さんの笑い声とシャッター音が響く。
初めて言われた言葉に唖然とし思わず言葉をくり返した。
「じょ、情緒……」
「柚さん情緒って言葉知ってるんだ」
優がおれにしか聞こえない声で短く言う。優様、笑っちゃうからやめて欲しい。ってそうじゃない、差ってどうしたら良いんだって聞いたらダメな雰囲気だこれ。親友はすでに心当たりのありそうな気不味い表情。あれ、またおれだけが分かってない感じか?
「氷怜さん、唯斗には1から教えないとー!いっちばんぽやぽやしてますから」
「ぽ、ポヤポヤで、すみません……」
なんだかもう悲しくなってきて気分がしょんぼり。おれはまだ人生経験が足りないのかも知れないと諦めそうになると珍しく氷怜先輩がバツが悪そうに言う。
「……お遊び程度の関係値ならあっさりしてて振り返らない、それくらいが大歓迎で前提条件だけどな。お前らは違うだろ。この俺らに首輪までつけてんだ、やる事やらせてくれねぇと物足りねえわ」
「あ……」
あまりのいいように、一瞬で頰が熱くなった。
あの先輩たちが、氷怜先輩が、おれにわがままを求め拗ねているのだ。
相変わらずいい笑顔の暮刃先輩が少し大きめの身振りで自分の胸に手を当てた。
「こんな権利、他の誰にもあげてないんだよ。わがまま言い放題なのに君達ときたら、じゃあ大丈夫ですで俺たちにお役御免を言い渡すし」
「お役御免ってわけでは……」
優も秋も驚きながらもなんだかむず痒そうに返事をする。未だ不機嫌そうな瑠衣先輩が跡形もないケーキ皿にフォークを置いた。それが丁寧だから普段とのギャップで異様に緊張する。
秋、出番だぞ。
親友は困った顔をしながらも瑠衣先輩に言う。
「瑠衣先輩と海、行きたいっすよ。お泊まりもしたいです」
「……まあ当たり前だけどネ」
素直な返事では無かったけど、両手を広げて膝に座れと御達しが出たのでなんとか平和に治ったようだ。おれも優も続けて伝える。
「海、行ってくれるんですか?」
「お前が願ってんなら当たり前だろ。別に無理でもどうにかする」
「でも前から決まってたやつじゃ」
「あのねぇ、叶えられないお願いでこんなに言ったりしないから。そんな事も融通効かない男って思われる方が心に刺さる」
「ごめんなさい……」
「まあ、前から言ってるけどな。もっと甘えろ」
立ち上がった氷怜先輩の手がおれの頭に乗せられる。ぐしゃぐしゃにされたけど撫で方があったかくて飛びついた。横では秋のほっぺを引っ張りながら瑠衣先輩が鼻を鳴らす。
「だいたいオレが居ない海なんてツマンナクナイ?」
「そっすねー……」
「アッキー冷たーい。海に沈めるゾー」
「え、こわ」
「てゆーか、でっかい意味分かんない形の浮き輪持ってこー?」
腕の中で捕まえている怯える秋をスルーして瑠衣先輩がスマホで浮き輪を調べ出す。
「どうせならうちのビーチに行こうぜ」
「え?!持ってるんですかプライベートビーチ?!」
「ああ、何個かあるが希望は?おすすめは3時間かかるがジェット機乗って」
「じぇ……」
「そうだよ、近場の海なんて綺麗じゃないし。だいたい3人でこの辺りの海行ったらどんな虫持ち帰ってくるか気が気じゃないし……良かったね、これで勝手に行かれてた日にはGPSでもつけてたよ」
「……好きにしてください」
7割くらい本気な顔で暮刃先輩が微笑むと優が遠い目をした。
「なんか、先輩達の方がわがまま言ってません?」
「愛だよ、愛……ぶふっ」
柚さんが涙を溜めて笑いを堪えていたのを優だけが知っていた。
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