sweet!!-short story-

仔犬

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jealousy

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「あー行っちゃた!ガルー駄目だよ~!おいで~!」

「唯がちゃんとドア閉めないから!」

「ごめんって寝ぼけてぇ~!」


先程までの半分夢の中のような声ではなく、いつも通りの元気な唯斗の声。それに寝ていたはずの優も秋も降りてきたようだ。だがその3人より前に黒い大きな何かが駆け込んでくる。しかもイノを目掛けて大ジャンプ。


「うお!」


反動で椅子から落ちるが胡蝶が支えてくれたおかげで痛みはない。しかし重い。のしかかる何かにひたすら顔を舐められクンクンされている。

「いってぇ、何、犬……?」

「あれ、イノさん?!大丈夫ですか?!」

さっき会っていたと言うのに唯はイノ達がいるのを見て驚きを見せる。イノは自分の上に乗る大きな黒い犬を撫でながら体を起こした。


「ラブラドール……?」

「いえ、フラットコーテッド・レトリーバーです。ちなみにガルくん」

「フラ……?」


確かに黒いラブラドールにしては毛が長い。ゴールデンを真っ黒にしたような見た目だ。黒い目が丸くて初めての人間だと言うのに嬉しそうに尻尾を振っている。

後から氷怜が降りてくるとガルは氷怜の方へ走り尻尾を振る。飼わないと言っていたが足にまとわりつく犬の頭を優しく撫でた。

「なに、なんだかんだ言って飼ってあげてたわけ?」

胡蝶が微笑むと、ガルおいでと呼びながら嬉しそうにしている唯が首を振った。

「違うんですよ、この子は近所に住むヤチヨさんって言う方のお家の子なんです」

「いつも通学路にいるから俺たち毎日触りに行ってて、そしたらこの前ヤチヨさん腰痛めちゃったって」

「それで少しの間預かる事になったんですけど、うちのマンションよりこっちの方が断然わんこには環境が良いので」

「連れてきたと……」

3人が犬をここまで連れてきた経緯を話すが、氷怜達がそれを許可したのは可愛くお願いされたせいに違いない。もしくはあまりに嬉しそうに話すせいで断れなかったか。

「ガル寝て元気になったかー?あ、お昼ご飯あげようぜ」

「はい、ごはんだよ」


優が用意したドッグフードの入ったお皿を床に置けば清々しいほどの食いっぷり。ものの数分で綺麗に無くなった。もう何でも可愛いのかキラキラした目で見つめる唯。

「可愛いぃぃ……ガル!腹ごしらえに遊ぶぞー!」

ワン!と鳴いたガルはどこからかおもちゃを持ってくると唯斗の足元におく。そーれと部屋の端まで投げれば光の速さで取りに向かうガル。

モコモコの犬みたいな服を着た3人が犬と遊んでいる。ひたすら楽しそうに芸を教えたり一緒に走ったり一緒に寝たりと忙しない。

「4匹とも元気だネー」

瑠衣がケラケラと笑っている。
つまりガルが来てからずっとこれをしていたのか、お世話する方もされる方も体力がなくなるまで遊んでいたと。氷怜達はそれをずっと眺めていたと。

そこまで考えてイノは吹き出す。

「可愛い拗ね方するじゃんか」

なるほどねぇと胡蝶も笑う。

「遊び疲れて寝ちゃうし、お風呂もベッドもなんでも一緒とか?」

「しまいにはキスの相手もあっちとか」

鹿野が笑いを堪えながら言う視線の先にはガルを抱きしめて頬に口づけする優の姿。他愛のないスキンシップだが飼い主には堪えるだろう。

「ペットにペットを取られたか?」

氷怜がイノの横に立ち再びグラスを持ち上げる。なんだかんだ言いつつ微笑ましく見守っているが氷怜は視線をずらした。

「まあ、それもあるけどな」

「も?他はなんだよ……おーい、唯!氷怜が寂しいらしいぜ!」

「言ってねぇよ……」

可愛い嫉妬を茶化してやろうとイノが唯斗を呼ぶ。唯斗はきょとんして氷怜に駆け寄り腰にふわりと抱きつくとにっこり笑った。そしてちょんちょんと服の袖を下に引っ張る。

「ん……?」

しゃがんで唯斗に視線を合わせた氷怜に微笑むと、丸い目が弧を描き子供っぽい雰囲気をガラリと変えた。慈しむように氷怜を撫で、優がガルにしたように頰にキスをした。


「氷怜先輩も大好き」

1番近くで見ていたイノには氷怜の顔がよく見えた。
襲わないのが不思議と思うほどあのいつも落ち着いた綺麗な目がギラギラと狼に変貌している。しまいには良い子良い子とでも言うように最後にぎゅっと抱きしめる唯斗。その動作はまるで飼い主だ。



「唯、ガル庭出して遊ぼー!」


秋の言葉で元の可愛らしい表情でぱっと笑うと唯は元気に庭に続く大きな窓に向けて駆け出した。残った男たちは数秒黙り、しゃがんだままの氷怜を見る。 
各々酒を流しつまみを食しようやく口を開いた。

「おすわりから自然とやらせて、芸を教え込むのが上手いな……」

「いつの間にか飼い主とペットの立場逆転してたし」

鹿野とイノが感心するように話すと暮刃と瑠衣は苦笑する。ガルの世話をしているうちに犬の扱い方どころか人間相手の可愛がり方にまで変化が出たのだ。 

「そりゃあいつもああではないけど、今のが無意識に出現するようになったからね。秋も優もあんな感じの顔たまにするんだ……ちなみに2人はわざと」

「生意気でしょー。まあ唯ちんに関しては故意にやってたら氷怜は待てなんかしないでショ」

ゆっくり立ち上がる氷怜に各々が面白がるように声をかける。イノがグラスを渡せば一気に飲み干した。

氷怜自身ですら堪えた自分が偉いと思う、しかし同時に感じる嫉妬。


「あいつになら飼われてもいいけど、その素質を引き出したのが俺じゃねえのは話が変わってくる」


ストレートな氷怜の言い分に珍しく胡蝶が吹き出す。
胡蝶にしてみればあの唯斗にペット扱いされるのならどんな理由であっても満足なのだ。随分と人間らしい嫉妬をするようになったのだなと感慨深い。


「狼の飼い方も一筋縄じゃいかなそうだ」















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