sweet!!-short story-

仔犬

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別世界のあの子と彼ら

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黒に近いアッシュの髪。長めの前髪から覗く目は射抜かれそうなほど印象的だ。形の良い鼻と口、顔の輪郭に至るまで全てが完璧だった。エイキは仲間の中でも身長が高く身体付きも悪くない。顔だってそれなのに完全に白旗をあげたのはもはや無意識だった。

歳なんて関係がない、別格だ。
なんて、男なんだ獅之宮氷怜は。

開いた口を塞げないままエイキは2人を見つめた。小走りで唯が氷怜の足元まで駆け寄り嬉しそうに微笑む。

「氷怜先輩、おかえりなさい。早かったんですね!」

「ああ……怪我は?」

「怪我?」


唯はすでに濡れた原因を忘れていたようだ。一瞬首を捻るがすぐに回答を見つけ出す。

「あ、この通り!どこもかしこも元気ですよ、水も滴る良い男になったくらいです」

にこにこと話す唯に気後れや緊張などといったものは一切感じられない。エイキは身体が動かなくなるほどの存在感に恐れすら感じているのに。その氷怜が低い声を出すたびに体に力が入る。

「あと、ごめんなさい、思わず飛び出しちゃって……紫苑さんたちに助けてもらいました」

「聞いた。何もないなら良い」

頬に添えられた手で唯の目が細められた。
その光景は微笑ましいものだが、それ以上に逃げ出したくなった。氷怜の唯への眼差しは明らかに後輩先輩以上のものを感じるからだ。唯の態度も先ほどとは違う甘さを増した表情からもその関係性は明らか。

そしてそれと同時に氷怜のエイキに対する凍えるような冷たさも感じる。エイキがこの場にいるせいか、はたまた他人には元来そういう人間なのか。

もしくはエイキの小さな唯への好意を見破られたのか。


「早くシャワー浴びてこい」

「あ、まずエイキさんがシャワーにって思ったんですが」


やばい、その会話大丈夫なのか。そんな直接伝えていいものなのか。
恐らく、この短い期間で察した唯の性格上彼は素直で他人に線引きをしない。氷怜に隠すことなど何もしていないのだ。

ただエイキの常識で考えれば、明らかな独占欲のような支配のような欲を出す男に今の流れを説明するなんて、エイキであれば、絶対にやらない事だ。

「だから一緒に……」

その時、唯斗の言葉を遮り一気に場の空気を換えるような声がドアの方から響く。

「ああ氷怜さん、こっちだったんですね。てかいた!唯!お前勝手にお客様掴んで突っ走るなよ。向こうの部屋かと思って探したわ」

「紫苑さん。あれまたおれ余計な事しちゃいましたか」

「余計じゃないけど、任せろってこと。そういうの俺らの仕事だから、あと俺らの部屋もシャワーあるし」

「ええ!知らなかった!エイキさんごめんなさいせっかく気を使ってくれたのに」

「い、いや」

助かった。
もうそれしか出てこなかった。

紫苑は脱衣所まで歩くとにこやかに笑って氷怜に頭を下げる。

「お客様、向こうへお連れしますね。巻き込んでしまったお礼もありますので」


今度は紫苑によって掴まれながらエイキはドアへと歩いていく。氷怜の前を通るときエイキは息が詰まる思いだった。一歩が重い。

氷怜は何も言わずに一瞬だけエイキを視線の端に捉えたがすぐに唯に視線を戻した。


「お前はさっさと風呂行ってこい」

「はい!紫苑さんありがとうございます!」

「風邪ひくなよー」


紫苑が振り向きながらそう答えるとドアはゆっくり閉まっていく。唯の楽しげな声が少し聞こえたがドアが完全に閉まるとぴたりと聞こえなくなり廊下に響くのは音楽の残響だけだ。


「あんたのまともな理性に感謝するよ」

紫苑の声。
誰にでも人当たりのいい抑揚のある声が今は落ち着いている。少しだけ紫苑の芯にエイキは触れた気がした。

「……そんなわかりやすいかな俺」

「いや。俺が職業柄目ざといだけだよ。それにあの唯に、氷怜さんだ。場所とタイミングが悪すぎたな。まあ俺もすぐ追えれば良かったんだけど。あのDV男素性がなかなか面倒な奴で、バックの人間まで……ああ、悪い。こんなこと話すべきじゃないな。あんたはお客様だ」


こちらを振り向きもせず紫苑は少し大きめの独り言のようにそう言った。まるでわざと内部事情でもばらすように、別の世界だと見せつけるように。
たどり着いた違う部屋は綺麗には違いないがホテルのような作りではなかった。チームの人間でもこれが普通ならば、やはり唯は別格の扱いなのだろう。エイキは苦笑した。
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