<本編完結>愛のために離婚した『顔だけ令嬢』は、アレキサンドライトに輝く

栗皮ゆくり

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刺繍のハンカチ

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 「オレリー! 気が付いたのか!」
 
 ロシュディの切迫したような声がして、目を開けると見慣れた天井が目に入った。
 
 「……ロシュー、私」
 
 「無理に話さなくてもいい。どこか痛いところはないか?」
 
 いつも冷静沈着でクールなロシュディが、オロオロとしている姿は新鮮だった。
 
 「ふふっ」
 
 オレリーは、思わず吹き出してしまった。
 
 「大丈夫ですわ。私、精霊セリュネア様とお会いしたんです。だから心配なさらないで」
 
 「そうか……いずれ分かる事だが、誰かから呪いをかけられたようだ。守れず……すまない」

 『光の精霊セリュネア』から聞いていたので、オレリーにもう動揺はなかった。
 
 「誰が私に呪いをかけたのでしょう?」

 ロシュディはオレリーから少し視線を外して答えた。
 
 「それは……分からない。しかし、必ず犯人を見つけるから安心するんだ。それから、加護を授かったことは、今は身内以外の誰にも言うな」

 「はい、それは以前からお父様に口酸っぱく言われておりましたので……」
 
 ロシュディの真剣な表情に、オレリーは不謹慎とは思いつつ見惚れてしまっていたが、よく見ると、ロシュディの肩に淡い緑色の羽毛のかたまりが乗っている。
 
 「セ……リュネア?」
 
 「ん? もう名前を付けたのか? これが『カカポ』だ。とにかく色々あったが、優勝したんだよ」
 
 もう一度その丸いかたまりをよく見たが、どう見てもセリュネアとは似ても似つかない、ずんぐりした可愛い小鳥だった。
 
 羽毛の美しさは、セリュネアと同じだったが……。
 
 すると、突然『カカポ』が言葉を発した。
 
 『セリーと呼べ』
 
 唐突に小鳥がしっかりと話し出したので、二人は顔を見合わせて驚いた。
 
 「ロシュー、この小鳥は喋るんですか?」
 
 「えっ、私も飼ったことがないから。それに謎の多い生き物で、まだ知られていないことも多い」
 
 「そうなんですね。なんか、偉そうですけど……」
 
 『気にするな、オレリー』
 
 セリーがオレリーの肩に止まって、得意げな様子で言った。
 
 「ところでロシュー、この指輪には不思議な力が宿っているのですか? この指輪に導かれて、迷うことなく精霊に出会えたように思うのですが……」
 
 「そうか……公爵家で保管している『精霊の書』と『エーテルの指輪』は一緒に受け継がれてきたのだ。指輪に選ばれた者は、不思議な体験をするらしい。それから……」
 
 そう言うと、ロシュディは口をつぐんだ。
 
 オレリーは、ずっと握られていたロシュディの手に布が巻かれ、そこに血が滲んでいることに気付いた。
 
 「あっ、ロシュー、その手の傷は?」
 
 話題を変えるように、オレリーは滲む血に触れながらたずねた。
 
 (ハッ!)
 
 手に巻かれていた布は、エリカの刺繍が施された、あのハンカチだった。
 
 「ああ、これは魔獣のドンデカスと戦った時にできた掠り傷だ。それは大きな魔獣で……」
 
 ロシュディの声は、もうオレリーには届いていなかった。
 
 (私、嫉妬しているの? エリカ様に? 邪魔者は私かもしれないのに)
 
 「そのハンカチが、ロシューの身を守ったのかもしれませんわね」
 
 あまりにも小さな声に、ロシュディはオレリーが何を呟いたのか聞き取れなかった。
 
 「ん?」
 
 そこへ、セリーがどこから見つけ出したのか、あろうことかオレリーが刺繍を施したハンカチを咥えて飛んできた。
 
 「あっ、それは!」
 
 「これは、なんだ? ハンカチ?」
 
 オレリーは、情けないような恥ずかしいような泣き出したい気持ちになり、急いで俯いた。

 またもやセリーが、場の空気を読まず喋りだした。
 
 『公爵、よく見ろ』
 
 「このハンカチはオレリーが刺繍をしたのか?」
 
 「……はい、渡しそびれてしまいましたが、本当はロシューに狩猟大会でお渡ししたくて」
 
 「俺のために? そうか……ありがとう」
 
 ロシュディは、そのハンカチを広げて刺繍をじっくり見た。
 
 「これは……犬と小屋に稲妻が落ちてる?」
 
 「コホンッ……ジャッカルと盾……稲妻と仰ったのは二本の剣ですわ。アレクサンドル家の家紋を刺繍したのです。でも、エリカ様からハンカチを……」
 
 「……オレリーは手先が器用なんだな。ありがとう、大切にするよ。エリカ? ああ、どうしてもというから」
 
 セリーが、軽蔑の眼差しでロシュディを見ていた。
 
 『お前、最低だな』
 
 「は?」
 
 オレリーは、エリカのことをどう思っているのかロシュディに聞きたかったが、どうしても聞けなかった。
 
 心には不安が広がる一方で、気持ちが同じ温度ではないことを知るのも怖かったし、エリカへの想いを聞くのも怖かった。

 ◇
 
 次の日の早朝、公爵夫妻の寝室のテラスに大きな白頭鷲が静かに止った。
 
 ロシュディは、オレリーを起さないように、そっとテラスに出た。
 
 鷲の足に括り付けてあった手紙を読むと、そのまま二階のテラスから下の庭に飛び降りた。
 
 「ルシアン卿、これは、どういう意味でしょうか?」
 
 「昨日、会場から飛び出した公爵様を追って屋敷に先回りしましたが、部屋でオレリーを襲っていた禍々しいオーラは何なのですか!」
 
 「そのことを知っているのは……」
 
 「私と父母だけです。公爵様、妹との婚姻でお約束して頂いたことは、そんなに簡単に破られるものなのですか?」
 
 ルシアンは拳をぎゅっと握りしめて、語気を強めた。
 
 「申し訳ありません。私の落ち度です」
 
 「ハッ、落ち度! 何を隠しているのですか? あのような不吉で強力なオーラは、今まで帝国で感じたことがありません!」
 
 「さすが『氷の精霊フロス』の次期後継者ですね……」

 「私はまだ力を授かってはいませんが、この血筋のお陰で何かしらの力はあるようです。ですから、私を欺こうとしても無駄ですよ」

 「ルシアン卿……オレリーは何者かに不吉なオーラを使って呪いをかけられたのです」

 「呪い? なぜオレリーが……『時の精霊エーテル』の加護をお持ちなら誰の仕業かお分かりのはずでは?」

 「わが公爵家の真の力をご存じで?」

 ロシュディの瞳がギロッとルシアンを睨んだ。

 「公爵様、侮らないで頂きたい。わが家も精霊の加護の力を授かっています。ハァー、だからといって父上はそれを利用したりはしませんよ」

 「分かっています……帝国の政争は血生臭いので。まぁ、シルバーヴェル辺境伯のことは信じていますよ。呪いの元凶はローズ皇妃殿下と……残念ですがエリカ・ラビオニです」
 
 「ラビオニ男爵令嬢が?! そんな……すべて公爵様のせいではないですか」
 
 「どういうことです? 確かに皇妃殿下とは対立関係にありますが、エリカは家臣の娘ですよ」
 
 「ハッ、エリカとは! ラビオニ男爵令嬢はどうされるのですか? もうこれ以上、妹を危険な目に遭わせたくありません。今ならまだ間に合う、どうかオレリーを手放して下さい」
 
 ロシュディは己の無力さ、オレリーとの離婚、エリカが『闇の糸』を使ったという事実、全てのことが一度に押し寄せ、かなり混乱していた。
 
 フラフラとした足取りで立ち去ろうとしたが、思い直したようにスッと立ち止まり振り返った。
 
 「オレリーと離婚はしません、絶対に」
 
 「公爵様! そんなに力が欲しいのですか!」
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