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引き裂かれてゆく二人
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あの恐ろしい狩猟大会から、日毎よそよそしくなるロシュディの態度に、オレリーは不安を感じていた。
話しかけてもどこか上の空で、タハールが頻繁に公爵家の執務室に来ては二人で何時間も籠って、食事すらまともに取っていないようだった。
「オレリーお姉様、狩猟大会では大変でしたわね。もうお体は大丈夫ですの? 私はあの日欠席していたので、何も知らなくて……。今日は、ベリル家特製の薬茶をお持ちしましたわ、後で召し上がって下さいね」
『ベリルの薬茶! 最高の疲労回復薬』
パタパタと飛んできて、オレリーの肩に止まった。
「まぁ、可愛い小鳥さん。『カポポ』ですね、一度、皇宮で見たことがありますわ」
「うふふ、紹介するわね、この小鳥はセリーよ。それからアリーヌ、ありがとう。こうして会いに来てくれて! もう大丈夫よ」
「オレリー様! 何が大丈夫ですか。もうサラは心配で……寿命が縮みましたよ」
「ごめんなさい。でも、こうして無事だったわけだし、ロシューがこんなに可愛い小鳥を連れて来てくれて、とっても嬉しいわ」
「オレリーお姉様ったら……でも、無事で本当に安心しましたわ。お兄様は何にも教えてくれなくて」
オレリーは、身に起こった事を詳しく話すわけにもいかず、ただ微笑んで誤魔化すしかなかった。
「ところでお兄様はまだロシュディ様とお話し中かしら?」
「今日はタハール様とご一緒に? 毎日、ロシューと執務室に籠っていらっしゃるわね」
「ええ、詳しいことは教えてくれません。でも、わが家に来られた時、お兄様とロシュディ様がお話しいているのをこっそり聞いてしまって。『狩猟大会の日、エリカ嬢が……』って聞こえたのですが」
「えっ?」
◇
オレリーは、日中訪れたアリーヌの話が頭から離れなかった。
「お二人はご夫婦ですし、気になるのでしたら、率直にお聞きになっても宜しいと思いますよ」
サラはオレリーの杞憂を察したのか、優しく宥めるように言った。
ロシュディが寝室に入って来たのは、もう明け方近くだったが、オレリーは眠りにつかず待っていた。
「ああ、オレリー、まだ起きていたのか」
疲れた表情のロシュディに、オレリーは一瞬ためらったが、勇気を振り絞って聞いた。
「今日、アリーヌが教えてくださったの。ロシューとタハール様が、『エリカ嬢』についてお話しされていたって。今回の狩猟大会の一件と何か関係があるのでしょうか?」
「アリーヌが? ……何かの聞き間違いだろ、さぁ、もうこの話は終わりだ。それより、ゆっくり体を休めないと」
オレリーの心にさざ波が立った。
◇
ロシュディとタハールは、狩猟大会の日から連日、今後の対策に追われていた。
もちろんアレクシスもアレクサンドル公爵家やベリル伯爵家を訪れ、そこに加わった。
「ロシュディ、ルシアン卿は何と?」
ロシュディは、ルシアンとの顛末をアレクシスに話した。
「そうか……離婚を要求して来たか。しかし、オレリー夫人が『光の精霊セリュネア』の加護を授かったとなると、簡単には手放せないが……」
「ローズ皇妃殿下がその事実を知れば、もっと厄介なことになりますよー。『精霊の加護』を授かる方の価値はとても高いですからね。しかも女性であれば尚のこと、『精霊の加護』の継承者を産めますから」
アレクシスは、静かに目を閉じて眉間に手を置き、神妙な面持ちで考え込んだ。
まるで、何か新しい策略を計算しているかのように……。
「なぁ、ロシュディ……シルバーヴェル辺境伯がお前たちの離婚を望んでいるなら、従うしかないな」
「ハッ? アレク……いや、皇太子殿下! 先ほどは、加護を授かったオレリーを簡単に手放せないと仰ったではないですか!」
「ロシュディ、落ち着け。確かにそう言ったが……今、ここで辺境伯と関係を拗れさせるのは得策じゃない」
「これは政略結婚なんですよ! それなのに、一方的に辺境伯の要求を呑むなど、できません」
そう言うとロシュディは、グッと握った拳でテーブルを叩いた。
「皇太子殿下、僕もロシュディの意見は一理あると思いますよ」
「オレリーは無傷でしたし……何よりも、私はオレリーを今後も守る義務があります」
「あのなぁ、ロシュディ、タハール……ローズ皇妃は簡単に手を出せる相手じゃない。エリカ嬢にしても明確な証拠が無い状況で、どうやってオレリー夫人を守るんだ」
「それは……今後一切、オレリーにエリカを近づけません」
「いい加減にしろ! ロシュディ、本気で夫人に惚れているわけでもないのに、お前らしくないぞ。俺たちの目的を忘れたのか?」
「二人とも落ち着いて! それに、いくら政略結婚でも、本人たちの意思は尊重するべきでしょ。まぁ、このままエリカ嬢を野放しすれば、オレリー夫人はまた狙われるだろうけど」
ロシュディは、密かにエリカ嬢を亡き者にしようかと考えを巡らせていたが、『闇の糸』の力が未知なだけに、それがオレリーにどう影響を及ぼすか分からず身動きが取れないのも事実だった。
「皇妃の狙いは俺たちの命のはずだが、なぜオレリー夫人を狙ったんだ?」
少し考え込んだ後、タハールが口を開いた。
「まさかとは思うけど、オレリー夫人に加護が授かる事を知っていたとか? そうじゃないなら、うーん、加護の力を持つ公爵家と辺境伯家を取り込むための脅し?」
「私が皇太子殿下の支持勢力の中心であり、その上、オレリーと婚姻した。オレリーに手を出すことで、公爵家と辺境伯家の身動きを封じ、脅迫するつもりだったということか? 両家を意のままに操りたいようだな」
「なるほど、確実に周りを固めて、皇太子の座を俺から奪うつもりか……」
「皇太子の座を奪いたいローズ皇妃殿下と、昔からロシュディの事が好きだったエリカ嬢の利害が一致したという所ですかね。エリカ嬢は利用されただけなのか……理由はいくらでもありそうですね」
「恋だの愛だのって……俺たちに弱点があっては困るんだ。ロシュディ、お前の復讐心は、そんなつまらない感情に惑わされるのか? 夫人を愛してしまいそうなら、今すぐ離婚しろ」
◇
しばらくしてルシアンが見舞いに来た。
ロシュディと会ったことは、一言もオレリーには言わなかった。
すぐにでもオレリーの元に駆け付けたかったが、狩猟大会で残された証拠が消される前に急いで独自に調査する必要があり、またオレリーの今後について父ジャメルが考える時間も必要だった。
「オレリー大丈夫か? 守ってやれなくて、本当にすまない……駆け付けるのも遅くなって、心細かったろ」
「お兄様、ありがとう……だけど、みんな私に謝るばかりですわ。確かに怖い目には遭いましたが、精霊の加護も授かりましたし……公爵夫人ですもの、試練があることぐらい覚悟はしていましたわ」
恐ろしい経験をしたというのに、オレリーのしっかりとした姿にルシアンは驚いた。
(少し前までは箱入り娘で、まだあどけなさもあったのに)
「なぁ、オレリー、お前は命の危険に晒されたんだぞ。もっと怒っていいんだ。お父様もお母様も本当に心配されているよ。新婚のお前にこんなことを言いうのは心苦しいが、もう俺と一緒に領地へ帰らないか?」
みるみる美しいエメラルドグリーンの瞳に涙が溢れたが、オレリーはハッキリと大きな声で言った。
「帰りません……ごめんなさい」
話しかけてもどこか上の空で、タハールが頻繁に公爵家の執務室に来ては二人で何時間も籠って、食事すらまともに取っていないようだった。
「オレリーお姉様、狩猟大会では大変でしたわね。もうお体は大丈夫ですの? 私はあの日欠席していたので、何も知らなくて……。今日は、ベリル家特製の薬茶をお持ちしましたわ、後で召し上がって下さいね」
『ベリルの薬茶! 最高の疲労回復薬』
パタパタと飛んできて、オレリーの肩に止まった。
「まぁ、可愛い小鳥さん。『カポポ』ですね、一度、皇宮で見たことがありますわ」
「うふふ、紹介するわね、この小鳥はセリーよ。それからアリーヌ、ありがとう。こうして会いに来てくれて! もう大丈夫よ」
「オレリー様! 何が大丈夫ですか。もうサラは心配で……寿命が縮みましたよ」
「ごめんなさい。でも、こうして無事だったわけだし、ロシューがこんなに可愛い小鳥を連れて来てくれて、とっても嬉しいわ」
「オレリーお姉様ったら……でも、無事で本当に安心しましたわ。お兄様は何にも教えてくれなくて」
オレリーは、身に起こった事を詳しく話すわけにもいかず、ただ微笑んで誤魔化すしかなかった。
「ところでお兄様はまだロシュディ様とお話し中かしら?」
「今日はタハール様とご一緒に? 毎日、ロシューと執務室に籠っていらっしゃるわね」
「ええ、詳しいことは教えてくれません。でも、わが家に来られた時、お兄様とロシュディ様がお話しいているのをこっそり聞いてしまって。『狩猟大会の日、エリカ嬢が……』って聞こえたのですが」
「えっ?」
◇
オレリーは、日中訪れたアリーヌの話が頭から離れなかった。
「お二人はご夫婦ですし、気になるのでしたら、率直にお聞きになっても宜しいと思いますよ」
サラはオレリーの杞憂を察したのか、優しく宥めるように言った。
ロシュディが寝室に入って来たのは、もう明け方近くだったが、オレリーは眠りにつかず待っていた。
「ああ、オレリー、まだ起きていたのか」
疲れた表情のロシュディに、オレリーは一瞬ためらったが、勇気を振り絞って聞いた。
「今日、アリーヌが教えてくださったの。ロシューとタハール様が、『エリカ嬢』についてお話しされていたって。今回の狩猟大会の一件と何か関係があるのでしょうか?」
「アリーヌが? ……何かの聞き間違いだろ、さぁ、もうこの話は終わりだ。それより、ゆっくり体を休めないと」
オレリーの心にさざ波が立った。
◇
ロシュディとタハールは、狩猟大会の日から連日、今後の対策に追われていた。
もちろんアレクシスもアレクサンドル公爵家やベリル伯爵家を訪れ、そこに加わった。
「ロシュディ、ルシアン卿は何と?」
ロシュディは、ルシアンとの顛末をアレクシスに話した。
「そうか……離婚を要求して来たか。しかし、オレリー夫人が『光の精霊セリュネア』の加護を授かったとなると、簡単には手放せないが……」
「ローズ皇妃殿下がその事実を知れば、もっと厄介なことになりますよー。『精霊の加護』を授かる方の価値はとても高いですからね。しかも女性であれば尚のこと、『精霊の加護』の継承者を産めますから」
アレクシスは、静かに目を閉じて眉間に手を置き、神妙な面持ちで考え込んだ。
まるで、何か新しい策略を計算しているかのように……。
「なぁ、ロシュディ……シルバーヴェル辺境伯がお前たちの離婚を望んでいるなら、従うしかないな」
「ハッ? アレク……いや、皇太子殿下! 先ほどは、加護を授かったオレリーを簡単に手放せないと仰ったではないですか!」
「ロシュディ、落ち着け。確かにそう言ったが……今、ここで辺境伯と関係を拗れさせるのは得策じゃない」
「これは政略結婚なんですよ! それなのに、一方的に辺境伯の要求を呑むなど、できません」
そう言うとロシュディは、グッと握った拳でテーブルを叩いた。
「皇太子殿下、僕もロシュディの意見は一理あると思いますよ」
「オレリーは無傷でしたし……何よりも、私はオレリーを今後も守る義務があります」
「あのなぁ、ロシュディ、タハール……ローズ皇妃は簡単に手を出せる相手じゃない。エリカ嬢にしても明確な証拠が無い状況で、どうやってオレリー夫人を守るんだ」
「それは……今後一切、オレリーにエリカを近づけません」
「いい加減にしろ! ロシュディ、本気で夫人に惚れているわけでもないのに、お前らしくないぞ。俺たちの目的を忘れたのか?」
「二人とも落ち着いて! それに、いくら政略結婚でも、本人たちの意思は尊重するべきでしょ。まぁ、このままエリカ嬢を野放しすれば、オレリー夫人はまた狙われるだろうけど」
ロシュディは、密かにエリカ嬢を亡き者にしようかと考えを巡らせていたが、『闇の糸』の力が未知なだけに、それがオレリーにどう影響を及ぼすか分からず身動きが取れないのも事実だった。
「皇妃の狙いは俺たちの命のはずだが、なぜオレリー夫人を狙ったんだ?」
少し考え込んだ後、タハールが口を開いた。
「まさかとは思うけど、オレリー夫人に加護が授かる事を知っていたとか? そうじゃないなら、うーん、加護の力を持つ公爵家と辺境伯家を取り込むための脅し?」
「私が皇太子殿下の支持勢力の中心であり、その上、オレリーと婚姻した。オレリーに手を出すことで、公爵家と辺境伯家の身動きを封じ、脅迫するつもりだったということか? 両家を意のままに操りたいようだな」
「なるほど、確実に周りを固めて、皇太子の座を俺から奪うつもりか……」
「皇太子の座を奪いたいローズ皇妃殿下と、昔からロシュディの事が好きだったエリカ嬢の利害が一致したという所ですかね。エリカ嬢は利用されただけなのか……理由はいくらでもありそうですね」
「恋だの愛だのって……俺たちに弱点があっては困るんだ。ロシュディ、お前の復讐心は、そんなつまらない感情に惑わされるのか? 夫人を愛してしまいそうなら、今すぐ離婚しろ」
◇
しばらくしてルシアンが見舞いに来た。
ロシュディと会ったことは、一言もオレリーには言わなかった。
すぐにでもオレリーの元に駆け付けたかったが、狩猟大会で残された証拠が消される前に急いで独自に調査する必要があり、またオレリーの今後について父ジャメルが考える時間も必要だった。
「オレリー大丈夫か? 守ってやれなくて、本当にすまない……駆け付けるのも遅くなって、心細かったろ」
「お兄様、ありがとう……だけど、みんな私に謝るばかりですわ。確かに怖い目には遭いましたが、精霊の加護も授かりましたし……公爵夫人ですもの、試練があることぐらい覚悟はしていましたわ」
恐ろしい経験をしたというのに、オレリーのしっかりとした姿にルシアンは驚いた。
(少し前までは箱入り娘で、まだあどけなさもあったのに)
「なぁ、オレリー、お前は命の危険に晒されたんだぞ。もっと怒っていいんだ。お父様もお母様も本当に心配されているよ。新婚のお前にこんなことを言いうのは心苦しいが、もう俺と一緒に領地へ帰らないか?」
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