16 / 39
少しだけ、知った夜
しおりを挟む
――トントン。
私はぎこちなく扉をノックした後、少し緊張した面持ちで寝室に入った。
ロマンティックに蝋燭が灯された薄暗い部屋の中は、やたらと花や香りで演出されている。
「ア、アベル様……」
「何かお話がありそうですね。そんな所に突っ立ってないで、ここへどうぞ」
穏やかなアベル様の表情に、喉の奥が締め付けられ、言葉がうまく出てこない。
「さ、先ほど、ロ、ロベル様が現れて……やっぱり、確かに私に縁談を申し込んだと」
(やはりな。アイツも諦めが悪い。何の変哲もない男爵家の次男にとっては、二度とない大きなチャンスだったろうからな)
「で? あくまでも僕と離婚したいと?」
「ええ。こういうことは、ハッキリさせておいた方がいいと思って」
「なるほど。では、逆に、この結婚を覆すほどの揺るぎない想いが、お二人にはあると言うことですね?」
「それは……」
アベル様は私の瞳を捉えたまま、静かに続けた。
「仮に願いが叶ったとして、宰相がロベル卿を受け入れ、家督を譲るでしょうか? 名門貴族の醜聞に、世間は口さがなく噂するでしょうね。家臣たちの心も離れるかもしれませんよ」
「驚いた……アベル様は、思ったより真面目な方なのですね」
「あのねぇ、自分がしようとしている事の重大さを分かっていますか? 宰相と私を責める前に、本当にロベル卿に問題がないと言えますか? まったく……恋愛に気を取られ、どうして他の可能性を考えないんだ?」
「他の可能性……? それは、ロベル様に私の知らない何か問題があるということ? それとも、ジョセフのせい……」
(ジョセフ? ドット公爵のことか? 宰相は、二人は親密じゃないと言っていたが、違うのか?)
「何か思い当たることがあるようですね」
私はアベル様の問いかけにも気づかず、ジョセフとロベル様の行動を思い返していた。
(ジョセフがあのイヤリングを贈ってきたせいで、お父様がジョセフを牽制すると仰っていたわ。この結婚はそのせいなの? どうしてロベル様ではいけなかったのかしら? 私の知らない何かがあるの?)
「ユージェニー?」
「アベル様は何をご存じなのですか?」
「知っていることを全て話してあげたいけど、僕は理由も分からず、ただ宰相に頼まれただけなんだ。あっ、だからって、僕の気持ちは疑わないでよ。ハハ、それにロベル卿とは騎士学校での同期というだけさ」
(『影狼』のことは言えないし、ロベルの本当の顔を他人から聞かされても信じないだろう。よけいに気持ちが焦がれるだけだ)
「そうなのね……。でも、正直に教えてくれて、ありがとうございます。アベル様は信用できそうな気がするわ」
「さっきまで僕に『逆玉の輿』と吠えていたのに、もう信用するのかい? 危なっかしいなぁ。それで……まだ僕と離婚したい?」
「それは……ほ……保留で」
私はそう言ったものの、内心では気まずさでいっぱいだった。
「ハハハ、猶予ができただけでも僕にとっては嬉しいよ」
(とにかく、この結婚――任務がいつまで続くか分からないが、当面の安全は確保できただろう。だが、やはり気になるな。宰相は何を考えているんだ? ったく、目的がはっきりしないと守れないだろうが!)
「アベル様、ごめんなさい……急に……すごく……眠くなって……」
「ん? 今日は疲れただろう。それに心も追いついていないみたいだから……今夜はこのまま休もう。僕は、疲れたレディに無理をさせるような野獣じゃないよ」
アベル様の声が聞こえた気がしたけれど、遠のく意識に抗えずそのまま眠りに落ちてしまった。
――眠たそうにしていたユージェニーの頭が前後にグラグラしたかと思うと、急にベッドに突っ伏した。
「わっ! すごい勢いで倒れ込むから驚いたよ。そんなに眠たかったとは……だ、大丈夫だよな?」
心配になったアベルは、恐る恐るユージェニーの手首を取り、脈を調べてみた。
「正常……だな。本当に最後まで人騒がせな令嬢だな。白い結婚が約束だったから、色々と面倒な言い訳もせずに済んだし、逆に良かったよ。あー、僕も疲れた!」
大きな伸びをしながら、アベルもユージェニーの隣にドサッと倒れ込んだ。
ユージェニーの安心しきった寝顔を見ながら、今日一日のドタバタを思い返し、深い溜め息をついた。
「疲れた……ある意味、戦場の方が楽かもしれないな。先が思いやられるよ。どうしてこの任務を引き受けてしまったのか……ハハ、陛下の命令を断るなんてできるわけないよなぁ。辺境伯家の次男も辛いよ……ん?」
隣で気持ちの良い寝息をたてているユージェニーの口元から、かすかに睡眠薬の香りがする。
「アハハハ、宰相にはしてやられたよ。先に眠ってしまえば、手を出す隙もないからね。守るためには手段を選ばない……か」
寝室へ向かわせる前に、あの食えない執事に命じて、軽い睡眠薬を入れた紅茶でも飲ませたのだろう。
「いくら可愛い娘とはいえ、まったく、過保護にも程がある。彼女が幼い頃に夫人を亡くしているようだが……。父親は政務で忙しい、母親もいないとなれば、この幼さは仕方ないのか? いや、でも……」
緊張の糸も切れ、さすがのアベルにも睡魔が襲って来た。
「あー、もう、やめ、やめ。おやすみ……世間知らずのお嬢様」
アベルはユージェニーに布団をしっかり掛けてやると、自分は背を向けて眠りについたのだった。
私はぎこちなく扉をノックした後、少し緊張した面持ちで寝室に入った。
ロマンティックに蝋燭が灯された薄暗い部屋の中は、やたらと花や香りで演出されている。
「ア、アベル様……」
「何かお話がありそうですね。そんな所に突っ立ってないで、ここへどうぞ」
穏やかなアベル様の表情に、喉の奥が締め付けられ、言葉がうまく出てこない。
「さ、先ほど、ロ、ロベル様が現れて……やっぱり、確かに私に縁談を申し込んだと」
(やはりな。アイツも諦めが悪い。何の変哲もない男爵家の次男にとっては、二度とない大きなチャンスだったろうからな)
「で? あくまでも僕と離婚したいと?」
「ええ。こういうことは、ハッキリさせておいた方がいいと思って」
「なるほど。では、逆に、この結婚を覆すほどの揺るぎない想いが、お二人にはあると言うことですね?」
「それは……」
アベル様は私の瞳を捉えたまま、静かに続けた。
「仮に願いが叶ったとして、宰相がロベル卿を受け入れ、家督を譲るでしょうか? 名門貴族の醜聞に、世間は口さがなく噂するでしょうね。家臣たちの心も離れるかもしれませんよ」
「驚いた……アベル様は、思ったより真面目な方なのですね」
「あのねぇ、自分がしようとしている事の重大さを分かっていますか? 宰相と私を責める前に、本当にロベル卿に問題がないと言えますか? まったく……恋愛に気を取られ、どうして他の可能性を考えないんだ?」
「他の可能性……? それは、ロベル様に私の知らない何か問題があるということ? それとも、ジョセフのせい……」
(ジョセフ? ドット公爵のことか? 宰相は、二人は親密じゃないと言っていたが、違うのか?)
「何か思い当たることがあるようですね」
私はアベル様の問いかけにも気づかず、ジョセフとロベル様の行動を思い返していた。
(ジョセフがあのイヤリングを贈ってきたせいで、お父様がジョセフを牽制すると仰っていたわ。この結婚はそのせいなの? どうしてロベル様ではいけなかったのかしら? 私の知らない何かがあるの?)
「ユージェニー?」
「アベル様は何をご存じなのですか?」
「知っていることを全て話してあげたいけど、僕は理由も分からず、ただ宰相に頼まれただけなんだ。あっ、だからって、僕の気持ちは疑わないでよ。ハハ、それにロベル卿とは騎士学校での同期というだけさ」
(『影狼』のことは言えないし、ロベルの本当の顔を他人から聞かされても信じないだろう。よけいに気持ちが焦がれるだけだ)
「そうなのね……。でも、正直に教えてくれて、ありがとうございます。アベル様は信用できそうな気がするわ」
「さっきまで僕に『逆玉の輿』と吠えていたのに、もう信用するのかい? 危なっかしいなぁ。それで……まだ僕と離婚したい?」
「それは……ほ……保留で」
私はそう言ったものの、内心では気まずさでいっぱいだった。
「ハハハ、猶予ができただけでも僕にとっては嬉しいよ」
(とにかく、この結婚――任務がいつまで続くか分からないが、当面の安全は確保できただろう。だが、やはり気になるな。宰相は何を考えているんだ? ったく、目的がはっきりしないと守れないだろうが!)
「アベル様、ごめんなさい……急に……すごく……眠くなって……」
「ん? 今日は疲れただろう。それに心も追いついていないみたいだから……今夜はこのまま休もう。僕は、疲れたレディに無理をさせるような野獣じゃないよ」
アベル様の声が聞こえた気がしたけれど、遠のく意識に抗えずそのまま眠りに落ちてしまった。
――眠たそうにしていたユージェニーの頭が前後にグラグラしたかと思うと、急にベッドに突っ伏した。
「わっ! すごい勢いで倒れ込むから驚いたよ。そんなに眠たかったとは……だ、大丈夫だよな?」
心配になったアベルは、恐る恐るユージェニーの手首を取り、脈を調べてみた。
「正常……だな。本当に最後まで人騒がせな令嬢だな。白い結婚が約束だったから、色々と面倒な言い訳もせずに済んだし、逆に良かったよ。あー、僕も疲れた!」
大きな伸びをしながら、アベルもユージェニーの隣にドサッと倒れ込んだ。
ユージェニーの安心しきった寝顔を見ながら、今日一日のドタバタを思い返し、深い溜め息をついた。
「疲れた……ある意味、戦場の方が楽かもしれないな。先が思いやられるよ。どうしてこの任務を引き受けてしまったのか……ハハ、陛下の命令を断るなんてできるわけないよなぁ。辺境伯家の次男も辛いよ……ん?」
隣で気持ちの良い寝息をたてているユージェニーの口元から、かすかに睡眠薬の香りがする。
「アハハハ、宰相にはしてやられたよ。先に眠ってしまえば、手を出す隙もないからね。守るためには手段を選ばない……か」
寝室へ向かわせる前に、あの食えない執事に命じて、軽い睡眠薬を入れた紅茶でも飲ませたのだろう。
「いくら可愛い娘とはいえ、まったく、過保護にも程がある。彼女が幼い頃に夫人を亡くしているようだが……。父親は政務で忙しい、母親もいないとなれば、この幼さは仕方ないのか? いや、でも……」
緊張の糸も切れ、さすがのアベルにも睡魔が襲って来た。
「あー、もう、やめ、やめ。おやすみ……世間知らずのお嬢様」
アベルはユージェニーに布団をしっかり掛けてやると、自分は背を向けて眠りについたのだった。
1
あなたにおすすめの小説
十年越しの幼馴染は今や冷徹な国王でした
柴田はつみ
恋愛
侯爵令嬢エラナは、父親の命令で突然、10歳年上の国王アレンと結婚することに。
幼馴染みだったものの、年の差と疎遠だった期間のせいですっかり他人行儀な二人の新婚生活は、どこかギクシャクしていました。エラナは国王の冷たい態度に心を閉ざし、離婚を決意します。
そんなある日、国王と聖女マリアが親密に話している姿を頻繁に目撃したエラナは、二人の関係を不審に思い始めます。
護衛騎士レオナルドの協力を得て真相を突き止めることにしますが、逆に国王からはレオナルドとの仲を疑われてしまい、事態は思わぬ方向に進んでいきます。
【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない
ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。
既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。
未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。
後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。
欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。
* 作り話です
* そんなに長くしない予定です
離婚を望む悪女は、冷酷夫の執愛から逃げられない
柴田はつみ
恋愛
目が覚めた瞬間、そこは自分が読み終えたばかりの恋愛小説の世界だった——しかも転生したのは、後に夫カルロスに殺される悪女・アイリス。
バッドエンドを避けるため、アイリスは結婚早々に離婚を申し出る。だが、冷たく突き放すカルロスの真意は読めず、街では彼と寄り添う美貌の令嬢カミラの姿が頻繁に目撃され、噂は瞬く間に広まる。
カミラは男心を弄ぶ意地悪な女。わざと二人の関係を深い仲であるかのように吹聴し、アイリスの心をかき乱す。
そんな中、幼馴染クリスが現れ、アイリスを庇い続ける。だがその優しさは、カルロスの嫉妬と誤解を一層深めていき……。
愛しているのに素直になれない夫と、彼を信じられない妻。三角関係が燃え上がる中、アイリスは自分の運命を書き換えるため、最後の選択を迫られる。
一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む
浅海 景
恋愛
幼い頃からの婚約者であった王太子より婚約解消を告げられたシャーロット。傷心の最中に心無い言葉を聞き、信じていたものが全て偽りだったと思い込み、絶望のあまり心を閉ざしてしまう。そんな中、帝国から皇帝との縁談がもたらされ、侯爵令嬢としての責任を果たすべく承諾する。
「もう誰も信じない。私はただ責務を果たすだけ」
一方、皇帝はシャーロットを愛していると告げると、言葉通りに溺愛してきてシャーロットの心を揺らす。
傷つくことに怯えて心を閉ざす令嬢と一途に想い続ける青年皇帝の物語
ヤンデレ王子に鉄槌を
ましろ
恋愛
私がサフィア王子と婚約したのは7歳のとき。彼は13歳だった。
……あれ、変態?
そう、ただいま走馬灯がかけ巡っておりました。だって人生最大のピンチだったから。
「愛しいアリアネル。君が他の男を見つめるなんて許せない」
そう。殿下がヤンデレ……いえ、病んでる発言をして部屋に鍵を掛け、私をベッドに押し倒したから!
「君は僕だけのものだ」
いやいやいやいや。私は私のものですよ!
何とか救いを求めて脳内がフル稼働したらどうやら現世だけでは足りずに前世まで漁くってしまったみたいです。
逃げられるか、私っ!
✻基本ゆるふわ設定です。
気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。
勘違い令嬢の離縁大作戦!~旦那様、愛する人(♂)とどうかお幸せに~
藤 ゆみ子
恋愛
グラーツ公爵家に嫁いたティアは、夫のシオンとは白い結婚を貫いてきた。
それは、シオンには幼馴染で騎士団長であるクラウドという愛する人がいるから。
二人の尊い関係を眺めることが生きがいになっていたティアは、この結婚生活に満足していた。
けれど、シオンの父が亡くなり、公爵家を継いだことをきっかけに離縁することを決意する。
親に決められた好きでもない相手ではなく、愛する人と一緒になったほうがいいと。
だが、それはティアの大きな勘違いだった。
シオンは、ティアを溺愛していた。
溺愛するあまり、手を出すこともできず、距離があった。
そしてシオンもまた、勘違いをしていた。
ティアは、自分ではなくクラウドが好きなのだと。
絶対に振り向かせると決意しながらも、好きになってもらうまでは手を出さないと決めている。
紳士的に振舞おうとするあまり、ティアの勘違いを助長させていた。
そして、ティアの離縁大作戦によって、二人の関係は少しずつ変化していく。
【完結】男運ゼロの転生モブ令嬢、たまたま指輪を拾ったらヒロインを押しのけて花嫁に選ばれてしまいました
Rohdea
恋愛
──たまたま落ちていた指輪を拾っただけなのに!
かつて婚約破棄された過去やその後の縁談もことごとく上手くいかない事などから、
男運が無い伯爵令嬢のアイリーン。
痺れを切らした父親に自力で婚約者を見つけろと言われるも、なかなか上手くいかない日々を送っていた。
そんなある日、特殊な方法で嫡男の花嫁選びをするというアディルティス侯爵家のパーティーに参加したアイリーンは、そのパーティーで落ちていた指輪を拾う。
「見つけた! 僕の花嫁!」
「僕の運命の人はあなただ!」
──その指輪こそがアディルティス侯爵家の嫡男、ヴィンセントの花嫁を選ぶ指輪だった。
こうして、落ちていた指輪を拾っただけなのに運命の人……花嫁に選ばれてしまったアイリーン。
すっかりアイリーンの生活は一変する。
しかし、運命は複雑。
ある日、アイリーンは自身の前世の記憶を思い出してしまう。
ここは小説の世界。自分は名も無きモブ。
そして、本来この指輪を拾いヴィンセントの“運命の人”になる相手……
本当の花嫁となるべき小説の世界のヒロインが別にいる事を───
※2021.12.18 小説のヒロインが出てきたのでタグ追加しました(念の為)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる