『お父様、違いますわ!』結婚したい相手を間違えられた侯爵令嬢は、離婚したいに決まってる

栗皮ゆくり

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新しい始まり

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 「あー、よく眠れたわ。体がスッキリして、ん――っ、んん?」

 気持ちよく大きな伸びをして何気に隣を見ると、スヤスヤと上半身裸で眠っているアベル様が……。

 「ヒィッ」

 思わず変な声が出てしまった。

 (私、いつの間に眠ってたの!? この状況……嘘よね……)

 そっと自分の夜着を確かめる。

 (……よかったぁ。でも、これって……私が女性としての魅力に欠けているってこと?)

 ホッとするような、どこか寂しさを感じるような、何とも言えない気持ちになる。

 (アベル様の寝顔……ちょっと色っぽいわね。って、どうかしているわ! そ、それより、ロベル様のこと……。うん、自分の気持ちに正直になるためにも、ちゃんと相手を知るべきだわ。アベル様も……悪い人じゃなかった)

 ひとり頭を抱えて、あれこれ考えていると視線を感じる。

 「なんだか、一人で忙しそうだね。おはよう、ユージェニー。よく眠れたかい?」

 「わっ! お、おはようございます」

 なぜかドギマギして声が裏返ってしまう。

 「コホンッ、考えていたのです……昨夜のアベル様の言葉……目が醒めました。だから、ロベル様のこと、自分の目で確かめたい……です」
 
 「新婚の朝に相応しくない会話だね」

 「こ、この結婚が、もしかしたら他の可能性から私を守るためかもしれない、と思ったの。だから、自分の力でちゃんと知ろうと思います」

 「そういうことなら、僕も協力するよ。負けるが勝ち、ってね」

 「あら、私、アベル様のことも、ちゃんと知るつもりですのよ。思い出したの。アベル様って放蕩息子で、自分から口説きに行くタイプなのでしょう? 公平に調べないと、ね」

 「ハハハ! 本当に転んでもただでは起きないね。君のような令嬢は初めてだよ」

 アベル様は小さく笑って起き上がると、私のおでこにキスを落とした。

 「な、何をするの!」

 驚きと恥ずかしさで唖然としていると、アベル様は私の顔を見て笑い出した。

 「ユージェニーが僕の顔を見る時って、ほとんど口が半開きだよね」

 「失礼ですわ! それが新妻に対して言う言葉なの?」

 「新妻……いい響きだ。僕のことを夫だと認めてくれているんだね」

 昨日からずっと、アベル様に言い負かされているような気がする。

 なんだか悔しくて、枕を思いっきりアベル様に投げつけた。

 ◇

 どこか嬉しそうなニナに身支度を手伝ってもらい、食堂に向かった。

 「おはよう、ユージェニー」

 お父様が私にニッコリ微笑んでいる。

 「おはようございます、お父様」

 席に着こうとする私をアベルがエスコートし、意味深にウィンクしてきた。

 (……お父様には、仲睦まじく見せたいのね。やっぱり、アベル様はサレット家の当主になりたいのかしら?)

 「ア、アベル様……わが家の料理長が作るエッグベネディクトは最高なのよ。あっ、今年は終わってしまったけれど、桃のデザートも絶品なの!」

 桃のデザートを思い浮かべるだけで、私の顔は自然と綻んだ。

 (素のままで笑っている顔は可愛いんだよなぁ)

 「ああ……確かに美味しかったよ!」

 「あら、召し上がったことが?」

 「一度、騎士団に差し入れしたことがあるだろう? ただの桃かと思って、皮を剥いて食べると……」

 目を閉じて、その時の味を思い出しているようなアベル様と私の声が重なった。

 「あの桃、アベル様の後頭部にそっくりでしたわ。あっ!」

 「美味しかったなー。果汁とクリームが……えっ?」

 私たちの少し噛み合わないやり取りを聞きながら、お父様は不思議そうに観察している。

 「どうやら夫婦円満なようだな。安心したよ」

 「もちろんですよ、お義父様。私はユージェニーの虜ですから」

 「当たり前だ、ユージェニーに魅せられないヤツの方がどうかしている。悪い虫が付かないかヒヤヒヤしていたが、これで多少は安心できるよ。ハハハッ」

 「多少ですか、もっと僕も精進しないといけませんね。アハハハハッ」

 お父様とアベルが大きな声で笑い合っている。

 この二人が互いに牽制しているように感じられるのは、気のせいかしら……。

 ◇

 しばらく、アベル様は辺境伯騎士団の勤めもお休みということで、午後からはサレットの屋敷内を案内することになった。

 (さすがは帝都の有力家門なだけあって、屋敷もかなり広いな。柱一本からカーテン一枚まで上質なものばかりだ。これを目にして勢いを感じない者などいないだろうな)

 「内装から調度品に至るまで、センスの良さやこだわりが光っていますね。素晴らしいな……わが家もそれ相応と思っていましたが、ここまでのものを見せられると力の差を感じますよ」

 「そうですか? 私は、他家に呼ばれたことがあまりなくて、クレマン家しか知らないから……。屋敷の中のことは、すべてお母様が誂えあつらたと聞いていますわ」

 (比較がクレマン家なら分かるはずもないな)

 「ユージェニーのお義母様は、とても美意識が高い方だったんだね」

 自分のことを褒められたのではないけれど、嬉しい気持ちがした。

 「お母様は私が5歳の頃に亡くなったから……あまり記憶にないの。残念だけれど」

 「悲しい記憶を思い出させてしまったかな? 悪かった……。あ、あのひときわ豪華な扉の部屋は?」

 アベル様が一番奥の部屋を指差した。

 重く厚みのある大きな木製の扉のほとんどを覆うように、美しいレリーフが施されたすり硝子がはめ込まれている。

 乳白色の硝子に、四季折々の花々の中に寄り添い合う男女が浮き彫りにされており、よく見ると、一つの杯が男女の重ねられた手の中に収まっている。

 レリーフの所々に金が施され、廊下の窓から入る光を受けた扉は幻想的な雰囲気を醸し出していた。

「この扉の美しさは……見惚れてしまいますね。思わず開けたくなってしまうな」

「ふふ、そうでしょう? でも、この扉はサレット家の当主しか開けられませんわ」

「もしかして……『ラピスラズリの杯』が保管されている部屋――『瑠璃の間』?」

「ええ、『瑠璃の間』ですわ。わが家の家宝のことをよくご存じですこと」

「アハハ、帝国の国宝にも匹敵する美しさと聞けば、誰だって一目見たいと思うだろ? それに、僕は歴史学や神話学の好奇心をそそられただけさ」

「変わった方。ほとんどの貴族たちは、宝石の価値としての興味しかないのに」

「ああ、僕の父――ブルボン辺境伯は根っからの古代神話好きでね。わが家の山ほどの蔵書の中に、『ラピスラズリの杯』にまつわる神話が書かれた本があるのさ。よく父上が読んでいたからね」

「そんな神話があるなんて知らなかったわ……私も読んでみたい」

「へぇー、そんな古くさい話に興味があるなんて意外だな。残念だけど、貴重な本だから持ち出せないんだ。いつか辺境伯領を訪れたら見せてあげるよ」

 過去の私は、『ラピスラズリの杯』に興味を持ったことは一度もなかった。

 たくさんある家宝の中の一つで、美しさ以外に心惹かれることがなかったからだ。

 (家宝の中でも、これほど厳重に管理されているのよ。よくよく考えれば、ただの貴重な家宝でないと気づくはずなのに。ジョセフにしか興味がなかったから……本当に間抜けだわ)

 「それなら、アベル様が私に、『ラピスラズリの杯』にまつわる神話を聞かせてくださる?」
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