蜃気楼に向かう群れの中で

常二常二

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十五年前

兵糧攻め

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 包囲をすることは確定としてその後が問題である。
 前提条件において相手に敗北を自己決定させる以外は敗北となった。
 だからと言って長々と閉じこもられて、蓋を開ければ死屍累々では意味がない。
 そもそも特殊指令部に長期戦に耐えられるほどの資金体力がないことも短期決戦を望む理由である。
 その上先ほど言及こそしなかったが、籠城をしないで逃げる可能性がある。後背にある山地は、身を隠して紛れるには適しているだろう。
 そちらの方が好都合のようにも見えるが、先の小競り合いがある。また逃したとなれば特別司令部に懐疑的な意見が高まり、人員再編の誘発にもなりかねない。再度足取りを捕捉しなければならない上に、そもそも集団が分裂する可能性を鑑みても、逃亡を許すことは出来ない。
 最も動揺が走る開戦直後に降伏を選択させる方法はないものか。
 グフマンの頭には陣の配置について固まったが、決定的な一手が欲しい。その一手がグフマンが打てる手の中にはない。
「手がないこともございませんが」
 ひらめきを待つグフマンと、策略は門外漢と言わんばかりにワインを楽しんでいるブロアを差し置いて沈黙を破ったのは、話題の外にいると思われたジョー・アンドウだった。
 グフマンは意表を突かれて反応できず、それを発言の許可と思ったブロアが少し肩をすくませたのを見てアンドウは続けた。
 次の発言でグフマンの欲しい一手がアンドウから出てきた。
「何名か情報を探るために買収したものがございます。彼らに間者として働いてもらいましょう」
「具体的にはどのようにいたしましょう」
「彼ら宛に何通か内通書を送ります。文面はそうですね。本格戦闘が始まる前に○○家に戻ってくれば、罪は許し今までと変わらない生活を保障するというものです。そう書かれた文章をわざと漏洩させ、そして中央では奴隷の値段が上がって、労働力が不足している情報も出入りしてる商人を通して入れましょう」
 グフマンを立ち入らせず、作戦の外形が出来上がっていく。
 その為のアンドウ氏か。大した仕込みだ。
「その案には反対だ。最悪の場合奴隷の解放とその同価値交換を貴族としなければならなくなる」
「では、他に良い案があるというのでしょうか」
 ブロアの無駄なあがきをやめろと言う思考がグフマンには手に取るように分かった。
「全部反対しているわけじゃありません。流す情報を変えていただきたく思います」
 なるほど、とブロアは笑みを消した。まるで真っ向勝負でも挑んでくるかとでも思っていたようだった。
「奴隷自身の身に価値があるような情報は、与えるべきではありません。自身の身を担保に交渉材料を与えるだけで、こちら側に利が一切ない。流すべき情報は日用品、及び食料品のインフレーションです」
「それはすでに向こうもわかっている情報です」
「実体験に基づいている情報だからこそ信用に足るのです。そして焦燥感をあおります」
 加えて、こちらから働きかけることによって侵さなければならないリスクも減る。
「地図のこちらを見てください」
 グフマンは扇央にある果樹園を指した。
「アンドウ氏がブロア准将へ、話を持って来るまでの事はもちろん。私がその情報を得て、作戦立案し、実行するまでには、実際にインフレーションが起きてから長いことタイムラグが生じているでしょう。であれば高騰した食料品への不満を賄うために備蓄を解放して長いことになる。特に果実のような商業用作物を扱っていれば、備蓄も金銭と農作物に二分化されて、その金銭は武具を買ったり急に増えた客への衣食住へと消費され、その体力はすべて農作物に回される一般的な部落に比べて少ない」
「収穫された果実を備蓄に回すことも考えられるのではないでしょうか?」
 ブロアの疑問も最もである。
「そもそも果実は貯蓄に適したものではございません。それにレジスタンスというのは、とある地点に集合準備して、突発的に決起することで、奇襲の原則を最大限利用したある種攻撃戦のプロとも言える存在です。だからこそ防衛戦において素人考えで臨んでしまう。おそらく敵はまだ攻めてこないだろうと。だからその時が近づけば買い戻せばよいと。その前に減った金銭の補填をして安堵得たいと。収穫した果実は万物への引換券たる金銭に代わり、減った食糧庫への代替として金庫を潤わせる」
 グフマンは一個の戦線を思い出していた。
 以前隣国への戦いの中で、隣国が近隣の村落を焼き討ちして難民と化した非戦闘員をこちら側の城に追いやり籠城戦へと持ち込まれた戦があった。想定されていた収容人員を大きく上回ったために、最も近い軍事拠点にいたグフマンの一隊が駆け付けた頃には早期開城がなされた苦い記憶だ。
 それとは逆の発想で同じ効果を出そうという考えだった。
「いざ我々が布陣して、抗戦準備中の評定で、全く備蓄がないとなれば敵側の厭戦の機運が高まる。そこに間者が降参するよう騒げば勝機は高まります」
「そこまでうまくいくでしょうか」
 ここまではアンドウが持ち出した案に便乗した作戦でしかない。ここからはグフマンの案だ。
「ええ、ですから加えて別動隊の立ち上げを提案いたします」
 グフマンは今度は扇央と呼ばれる山頂付近を指さした。
 麓に大軍を眺め、いざとなれば逃げ場にするつもりだった背後に敵部隊を見上げる。その絶望たるや。想像しただけで身震いする。
「それも敵に察知されない形での布陣を望みます」
 扇状地と言われる地形の反対側の地図の端から、カザ山系をなぞる。
 容易ではない行軍であることは想像に難くない。最も本作戦において功績を認められるだろう。
 だからこそ今回の作戦において、暗に人事権を持つブロアに、起用する大義名分を持った最も適した功労者を決めてもらいたい。
 グフマンの意を察してブロアは考える。
「であれば一人、推挙したいものがいます」
「お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」
 是非もない。形式だけのやり取りだ。
「エンリケウス家の五男。カルロス・エンリケウスにその任に就かせたい」
「カルロス・エンリケウスですか」
 グフマンは意外な名前が出たことに驚いた。
 カルロス・エンリケウスは先の小競り合いについて、緊急対応として学生の身でありながら術式を展開した魔術師だった。
 その対応の中で、グフマンはカルロスの魔術的価値に心を奪われた。カルロスの放った炎が彼の意識から外れてもレンガの上で煌々と燃え続けていたのだ。本来であれば、魔力か燃料を注入し続けなければすぐに消えてしまう。
 それは彼の魔術研究あるいは技術の高さの証明だった。
 現に彼は魔法学校を主席で卒業するという噂ではないか。
 そういった有望な若者をいずれ自分の派閥内に置きたいというのは当然だった。
 カルロスが本来教官、あるいは特定指導員のもとでのみ魔術行使権を持つ学生という身分にあることもあって、不許可活動であることを原因に活躍と相殺する形で存在を公にしなかったほど、グフマンはカルロスを評価していた。
 まさか同じ人物に目をつけていたとは。
「彼を選んだ理由をお伺いしても」
 まるで知らないふりをした。
「この時期になると私の手元には多くの入庁希望者の書類が手元に届くのはご存じですか」
 グフマンのもとにも、似たような書類が毎年決まった時期に壁を作る。
「その中に、あった彼の論文が非常に興味深かった」
 ブロア准将はその論文の内容を簡単に要約して語った。
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